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第四章 戦争編 ⑤

久々の更新となります。

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


半年ほどネット環境のない場所にいたため物理的に更新が不可能な状況にありました。

唯一使えたスマホも、月の中ごろでデータ容量使い果たし翌月一日まで速度制限かかって激遅になる……というサイクルをひたすら半年間繰り返すという苦難の日々。

それがようやく通常状態に戻り清々した気持ちです。


(活動報告にてお約束していた7月頭更新を果たすため、山になった引っ越し荷物のどこかに埋もれてしまったパソコンを必死になって発掘しましたw)

 ◆◆◆


 「しかし、予定通りの流れとはいえ、可哀想なほど見事にハマったわね……」


 敵軍の虎の子である飛竜部隊を壊滅させ、一人狙撃地点の高台から双眼鏡で戦況をみつめていたルシルは、川を渡ろうとする敵が滑る苔とところどころに設置された落とし穴の罠に次々とかかっていく様を眺めながら、憐れみさえ感じさせる声音で苦笑交じりに呟いた。


 足を滑らせて敵陣を混乱に陥れているあの苔は、敵の調査隊が川の水深などを調べて帰ったのを見計らってエルフによる樹木の精霊魔法によって新たに設置されたものだ。


 しかしあれをただの滑りやすい苔と思うなかれ。


 その苔の名前は悪魔苔。


 それは現在魔の森最奥の極一部の地域にのみ存在が確認されている新種の苔で、足で踏まれるなど外部から強い刺激を受けるとその表面から無色透明の粘液を大量に放出するという特性を持っている。


 その粘液はただでさえぬめりを持っているというのに、水に漬けるとなぜか容積を大量に増して、ぬめり気も更に強力になり、しかも強靭な粘性まで持つというとんでもない性質を兼ね備えているのだ。


 ここまで言えば分かるだろう。


 そう、川の中に転がって起き上がれないあのトンガール兵たちは苔そのものに滑っているのではなく、それが吐き出した粘液に滑っているのである。


 押し寄せる大軍の中の誰か一人でもあの苔を踏むと苔の表面から大量の粘液が発生してしまう。


 そしてその粘液は水中にあることで強い粘性を発揮して周囲の石や苔を踏んだ対象に張り付き、川の強い流れにも洗い流されずその場にしっかりと留まりながらネバネバ領域を拡大して、苔を踏んでいない対象をも捕捉していく。


 新たにその粘液に触れてしまった者は、川の流れに足を踏ん張ることが出来ずその場に横転し、転んだその衝撃でその下にある苔から更に粘液が発生する。

 一度付着してしまった粘液は、その強い粘性により特殊な処理をしない限り数日間は離れることはない。

 つまり、一度倒れたらもはや起き上がることすらままならないのだ。


 そして倒れた者は溺れまいと必死にもがくことでまた別の苔を刺激してしまい、さらに周囲に粘液が広がって立ち上がるどころか体を起こすことすらままならなくなってしまう。そして大量に撒き散らされた粘液は見えざる罠として近くの者を次々と巻き込んで水中に沈めていく。


 無色透明で水の中にあると全く見分けがつかないので目視で避けて通ることが出来ないという点もまた嫌らしさに拍車をかける。 

  

 これが川のあちこちで繰り返された結果、被害者がネズミ算的に増えていく。


 言うならばあれはヌルヌルハザードとでも言うべきモノである。

 

 魔の森最強クラスの魔獣ですら水の中でこれにはまると抜け出せずに溺死してしまうこともあるという正に悪魔の名を冠するにふさわしい恐ろしい苔である。


 『ぬはははは! トンガール軍め、ヌルヌルローション地獄でお笑い芸人の気持ちを骨の髄まで味わうがよいわ! 代償は貴様らの命だがな!』


 ……などと意味不明な供述を繰り返しながら小此木紗希が高笑いしつつこの作戦を立案していたが、目の前に繰り広げられている阿鼻叫喚の光景はとても『お笑い』で済ませられる状況ではなかった。


 最前線は悪魔苔の罠にはまり一斉に将棋倒し。

 この状況にありながらトンガール司令部から前進の指示しか出ていないため、前が詰まっているにも関わらず後続が続々と苔地帯に押し寄せて大渋滞。

 兵士たちはヌメる粘液にまみれ、ある者は転んだ拍子に石に頭を打ち付け命を落とし、またある者は起き上がることすら出来ずに溺死する。かろうじてまだ息がある者も次々押し寄せてくる後続に無残に足蹴にされてボロ雑巾のようにその躯を晒していく。

 中には前進するのはやばいと気づいて後退しようとする者もいるが、後ろから津波のように押し寄せてくる人の波に飲まれてそれも叶わない。


 そしてそこへ更にアンリエスト軍から容赦のない弓と魔法の攻撃が雨あられと襲い掛かっていく。


 攻撃陣が狙っているのはヌルヌル地獄で倒れている兵士ではなく、続々と押し寄せ渋滞を起こして固まっている後続に対して。

 既に倒れている兵士は生死に関わらず最早戦力として機能しない以上、彼らに止めを刺したところで攻撃の無駄撃ちでしかないからだ。

 矢も魔力も限りがある。敵より圧倒的に数で劣っている以上こちらはより効率的に戦わねばならなかった。


 そして川を挟んだ河川敷の丘から敵の渋滞している地点がギリギリ弓と魔法の射程に入るという絶妙に距離と高低差が計算された味方のポジショニング。

 さすがはA級派遣者のセリネとノワールと言ったところか。


 攻撃の的となったトンガール兵たちは、自らに降り注ぐ弓と魔法の遠距離攻撃に為す術もない。

 弓で応戦しようにも満員電車並みの混雑では満足に身動きすらままならない状況で、一方的に攻撃を受けるのみ。

 逆にアンリエスト側から見れば距離感さえ間違っていなければ適当に射ってさえ誰かに当たるという正に入れ食い状態であるため、普段は弓を使わない者や苦手な者も含めほぼ全軍で攻撃している。


 その攻撃の密度たるや圧倒的。


 更に無理に前線に出ようとして敵陣中央で停滞している敵魔法部隊も、射程外からエルフ部隊の新型弓コンパウンド・ボウによる狙撃で一方的に数を討ち減らされてしまっている。

 新型弓に慣れるために十分な訓練を積んだエルフたちの射撃は通常の弓の射程よりも遥かに長く、そして正確だ。

 一射一殺の勢いで次々と敵の魔法使いが倒れていく。

 魔法部隊の部隊長も馬鹿ではないようで、このままだと魔法の射程に入る前に全滅してしまうと気づいて慌てて後退しようとしているが、他の部隊を押しのけてまで前線に出ようとしたことが仇になり、今度は後ろから押し寄せる味方が栓になって下がるに下がれない状態に陥ってしまっている。


 「可哀想に……あのままだとせっかくの魔法部隊なのに何もしないまま壊滅してしまいかねないわね」


 憐みの籠った視線で戦況を見つめるルシル。


 こちらはまだ一兵たりとも失っていないのに、トンガール軍は既に数万もの被害を出してしまっている。

 戦闘時間に比して恐ろしいまでの死傷者数である。

 そしてそれだけの被害を出しながらも、まだ一人たりとも川を渡り切れた者は出ていない。


 「どんな罠があろうと数で押し切れば何とかなると思っていたんでしょうが、悪魔苔の恐ろしさとこちらの攻撃密度を読み間違えたようね。特に魔法に関しては、トンガール軍の将軍はこちら側から押し寄せる予想以上の魔法攻撃の圧力に今頃大慌てってところかしら?」


 敵将はアルマーク。無能ではない。おそらく彼はこちら側の魔法使いの数を織り込んで前線部隊を突撃させている筈だ。

 生まれながらに優れた魔法の才能を持つエルフ、妖精族、鬼人族、一部の蟲人族、そして他の部族に極めて低確率生まれてくる稀有な魔術師たち。

 後者は別にしても前者の種族の数を計算すればおおよそのアンリエスト軍の魔法部隊の数は割り出せる。


 だからこそ、彼は今混乱の最中にいることであろう。 


 なぜならば、今の時点でアンリエスト軍からの魔法圧力はアルマーク将軍の予想していたであろう倍数にまで達しているからだ。 


 一体どうしてそのようなことが可能であったのか?


 答えは簡単。アンリエスト軍には今まで世に知られていない未知の魔法部隊が存在していたからである。


 では、どうして急にそれほどの魔法部隊が組織できたのだろうか?


 その魔法部隊はアンリエスト軍を構成する数多の種族の中のたった一つの種族で構成されている。そしてその種族は、ごく最近まで魔法にほとんど適性がないと思われていた。彼らが種族ごと魔法の使い方に目覚めることで、アンリエスト軍は魔法部隊を既存の倍の数にまで増やすことが出来たのだ。


 アンリエスト軍の救世主たるその種族――。

 

 彼らは単体ではヒト種の平均の八割程度の能力値しか持っていない最弱とみなされてきた種族。

 しかし、その繁殖力はこの世に存在する全ての種族の中で最も高く、アンリエストに住まう者たちの中で最も多い人口を誇っている。


 その種族は長らく繁殖力と数しか能がないと思われてきた。


 ヒト種のみならず他の全ての種から役立たずの種族と蔑まれてきた。


 しかし、アンリエストの新たな王・肆十無湊よつなしみなとにより、かつて大地の妖精族に属していた彼らに優れた農業の才能が眠っていたことが新たに発見された。

 そして、エルフや妖精族には大きく及ばないものの、その種族全体に『地』の魔法適性があったことも。


 その弱さから他の種族との競争に負け定住の地を奪われて流浪にその身をやつし、それまでの農耕生活から一転狩猟生活を強要されることで大地の妖精族としての資質の多くを失伝し、ただかろうじて唯一旺盛であった繁殖力のおかげでかろうじて絶滅を免れてきた種族。


 大地の妖精族に属しながらドワーフ族のように強靭な肉体や採掘や鍛冶の才能には恵まれなかった。


 しかし『ヒト種の八割しかないとはいえ偏りがないバランスの良い能力値と、弱いとはいえ種族全体が魔法適性を持ち、ヒト種を大きく上回る繁殖力を持つ。ちょっとした運命のかけ違いがあればヒト種に代わってこの世界の覇権を握っていた可能性すらあったかもしれない唯一の種族――』とあの湊をして言わしめるほどの可能性の塊――。


 その種族の名は、ゴブリン族。


 ヒト種によって虐げられてきた全ての亜人の希望となった種族である。

近日中にもう一話アップします

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