第四章 戦争編 ④
引っ越しの準備が忙しく更新が遅くなってしまいました。
申し訳ありません。
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飛竜部隊、全滅――――。
突如としてもたらされたその報は、トンガール軍司令部に大きな衝撃を与えた。
『飛竜部隊に対抗できるのは飛竜部隊だけ――』
世界共通の認識としてそういう格言があるほど、地上戦力に対する航空戦力の持つ一方的な打撃力は圧倒的な優位さを誇っていた。
であるというのに、先遣隊からの報告では、あの精強を誇った飛竜大隊が自分たちの領域である空で、ろくな航空戦力も保有していないアンリエスト側からの攻撃によって何も出来ないまま一方的に屠られてしまったという。
それも、何かが破裂するような大音響こそ鳴り響くものの、実際に攻撃を加えた敵の姿を一切視認することが出来ないという全く未知なる攻撃によるものであったらしい。
「くそっ……。一体何があったというのだ!」
己が心にのしかかってくる不安を押し払うように、トンガール軍総司令官アルマーク・ドノバは胸の内を吐き捨てた。
「全滅だとっ! ファウンダルムめ、何をやっている!」
「あ、あの飛竜大隊が……」
「いくら初陣であったとはいえ……」
「し……信じられん…………」
「しかし、一体いかような方法で……」
司令部の将兵たちも、あまりの出来事に皆呆然としている。
トンガール軍最強と言ってもいい飛竜大隊の全滅でただでさえ浮き足立っているというのに加え、その恐るべき所業を為した敵の情報が皆無に等しいという現在の状況が、更に司令部の者たちの不安を掻き立てていた。
「アンリエストの魔王め、一体どんな魔法を使ったのだ?」
「然り! 敵の首魁は魔王なのだ! 神の敵である魔王に我らヒトが挑むなどあまりに無謀が過ぎたのではないか?」
「そ、そうだ! ナトーヤ神をして未だ滅せざる魔王を我らが倒すことなど出来るはずがない!」
「ここは退却の一手では?」
「そうだ、退却だ!」
(こやつら……)
そんな部下たちの様子を見て、アルマークは心の中で舌打ちする。
敵に対して自分が優位、もしくはそう思い込んでいる時にはやたらと居丈高だが、ちょっとでも不利になるとすぐに逃げ腰になり保身に走る――。
典型的なトンガール人の気質である。
とはいえ、トンガール軍の宝たる飛竜部隊を一方的に潰されたまま一戦も交えずこのままおめおめと本国へ逃げ帰るなど、あの不遜にして冷徹なトンガール王が許すはずがない。
トンガールの名を汚した敗軍の将およびその幕僚など、運が良くて一兵卒への降格、最悪断頭台へ一直線だ。
つまり、この任を受けた時点で自分たちに退路など始めから存在していないのである。
(やはりこの任務、貧乏籤であったな……)
大きなため息をつきながらも、アルマークは逃げ腰な部下たちを鼓舞する。
「皆の者、静まれ!」
最上位者の一喝で、その場がシンと静まり返る。
「良いか、我らが王は敗者がなによりもお嫌いだ。これほどの大軍を用意しながらこのまま一合も槍を交わさず逃げ帰ったところで、我々に待ち受ける運命は戦にて無残に討ち死にするよりも遥かに悲惨な事となろう。よしんば助命が許されたとて、無能者のそしりを受け続けながら長い余生を過ごすことになる。諸君はそれでも良いのか?」
「そっ……それは……」
アルマークの言葉に誰も反論できない。
『他人には厳しく、自分には甘い』
自分たちの王の気質など、ここで改めて説明されるまでもないことであったからだ。
戦闘を放棄して母国に逃げ帰った場合の、己の未来に待つ悲惨な運命を嬉々として受け入れられる者など存在するはずがない。
「我々には退却という選択肢は最初から存在していない。であれば、我々に残された道は前進あるのみ! 違うか?」
「それは……」
「確かに……」
「それにだ。報告を聞く限り、敵の未知なる攻撃は確かにあの精強な飛竜を落とす程に強力ではあるものの、その攻撃のものと思われる被害と轟音との因果関係から、あくまでもその一つ一つは単発のものと予想される。であるならば、幾ら敵の攻撃がどれほどに強力なものであろうが、敵に数倍する我らが圧倒的な数の力で単純に飲み込んでしまえばいい」
そう。先遣部隊からの報告では、飛竜部隊は一機ずつ落とされていったという。
それはつまり、その攻撃手段を持っている敵は少ないということを意味する。アルマークの予想ではせいぜい一人か二人、多くても片手の指の数を超えることはないであろう。
飛竜部隊全滅の報には確かに驚かされたが、冷静に考えてみればこれは相性である。
一撃で飛竜を落とす程の射程と威力は確かに脅威であるが、単発攻撃でしかもその数も少ないとなれば、津波のように押し寄せる圧倒的な数の暴力の前にはなんの意味もなさない。
「……将軍の言うとおりだ。飛竜部隊を失ったとて我らにはいまだ敵に数倍する大軍があるではないか。今更何を臆することがあろうか!」
「確かに。私としたことが精鋭たる飛竜部隊を失ったことで少々視野が狭くなってしまっていたようだ」
「うむ。考えてみるに個々の戦闘力では亜人どもの方が高いことは今に始まったことではなかったな。そしてそれを打ち破るため用意した大軍。最初の予定から何一つとして変わってはいない。敵には『宵闇の魔女』や『蜘蛛の女王』がいるのだ。個人で強力な戦力がいることなど織り込み済み。我らの戦術は敵の弱点をつくこと。そしてその戦術も過去の偉人によって既に確立されている。今更恐るることなどなにもない!」
アルマークの言葉に応じて部下の一人が先陣を切って気炎を上げると、他の者たちもそれに追従して次々と前向きな声を上げ始める。
「よし、それでは先鋒部隊が川岸まで到達したら、一気に突撃させよ」
逃げ腰だった部下たちが持ち直したことに内心ホッとしつつ、アルマークは前線の兵士たちに進撃を指示した。
◆◆◆
「ナトーヤ神の名の元に亜人を異教徒どもを殲滅せよ!」
「「「「うおおおおおおおおおおぉっ!」」」」
「全軍、突撃っ!」
アルマークの掛け声とともに、川を挟んでアンリエスト軍と対峙していた歩兵部隊が敵陣めがけて猛然と突っ込んでいく。
トンガール軍の歴史でも類を見ない圧倒的人員で行われるそれは、正しく人による津波といってもいい様相であった。
「殺せ! 異教徒は一人残らず殺せっ!」
「お前たち亜人や異教徒は死んでこそ神に許される! 死ねっ!」
「「「「「「「「亜人たちに死を!」」」」」」」」
「「「「「「「「異教徒共に死を!」」」」」」」」
前線の兵士たちは口々に叫ぶと、槍を構えながら敵陣めがけ目の前に広がる川へ向かって突っ込んでいく。
事前の調査でこの位置の水位はせいぜい膝までと分かっているからこそ出来る戦術であった。
自分たちの敗北など欠片ほども頭にないトンガール兵たちは、水をかき分けながら必死に前へ進む。
神の敵である異教徒どもを殺して、犯して、略奪する。
それこそが彼らの足を前へ前へと進めさせる原動力。
飢えて後がない兵というものはとにかく強い。
同じように貧しいトンガールの兵の頭の中には、とにかく豊かだと評判のアンリエストを略奪するということしか頭になかった。
そんなふうにすっかり欲に目が眩んでしまっている彼らは、文字通り己の足元が良く見えていなかった。
「うわっ!」
「なんだこれは!」
「すっ、滑るぞ!」
「こんなところに穴がっ!」
勢いよく川を渡っていたトンガール兵たちは、川の3分の1ほどに差し掛かったところで突如として皆揃って何かに足を取られたようにすっ転び始めた。
「何だ? 一体何が起こっている?」
味方の突然の乱調に戸惑いを隠せないアルマーク。
そんな彼の元に、部下から報告が届く。
「苔です! 川の中の石にやたらと滑る苔がびっしりと生えていて、走るどころか前へ進むこと自体困難な状況になっています!」
「穴が! 川底のところどころに深い落し穴が掘ってあります!」
「馬鹿な! 落とし穴はともかく、苔など事前に調べた時にはなかったぞ! なぜだ⁈」
アルマークは驚きに目を見開くが、残念ながらそれで現実が変わるという訳でもない。
トンガール軍の前線は、落とし穴に落ちたり苔に足を取られて転倒したり、そうでなくとも転ばぬよう慎重に進むことで移動速度が激減してしまった先頭と、そんなこととはつゆ知らず略奪という高級な餌につられて駆け込んでくる後続とが次々と追突事故を起こして大混乱していた。
その混乱ぶりたるや、まだアンリエスト軍とぶつかっていないにも関わらず少なくない死者を出すほどであった。
悪いことは続く。
そんな混乱の極みにある彼らに向かって、アンリエスト陣営から一斉に弓と魔法による遠距離攻撃が降り注いだのだ。
そして、その密度たるや……。
「なぜだ! 弓はともかく、我が軍の半数にも満たない敵軍からなぜこれほどの魔法が来るっ?」
トンガール司令部が事前に予測していた倍以上の勢いであった。
「このままでは一方的にやられるだけだ。こちらも弓と魔法で応戦させろ!」
「無理です! 敵軍は弓と魔法が届くギリギリの距離から攻撃しているらしく、我が軍の遠距離部隊は後方に配置されていますので、今から最前線の川の中まで移動させない限りこちらの攻撃は届きません!」
「ではさっさと移動させろ!」
「既にさせていますが、前線が混乱しているため前に出るにでれないようです。それに……」
「敵に攻撃が届く距離に出るためにはあの苔と落とし穴を潜り抜ける必要がある……か?」
「……おっしゃる通りです」
「くそっ、悪辣なっ!」
アルマークは不機嫌さを隠すことすらせず忌々しげに舌打ちするが、悪い知らせはそれだけではなかった。
「司令! 前線へ移動中の遠距離攻撃部隊が攻撃を受けています!」
「なに? 伏兵か? どこにそんなものが!」
「いっ、いえ……違います……。敵軍のエルフ部隊の弓が……我が軍の攻撃の届かぬ場所から飛んできて、しかもそれが恐ろしいほど狙いが正確で……味方の魔術師が次々と被害に遭っています」
上官の剣幕に半ば萎縮してどもりがちながらも、伝令はなんとか報告する。
「こちらの弓や魔法は届かないのか?」
「はい。全く」
問いつめられた伝令は力なく頷く。
「なんという射程なのだ……」
「くっ、敵め、一体どんな手を……」
「現在のところ弓の威力に影響があるほどの風は吹いていない。となると、こちらは完全に弓の性能で劣っているということか……」
アルマークは冷静に状況を分析する。
「敵にはその手の製作が得意なドワーフがいますからな。仕方ありますまい」
「ふむ、さて、どうするか……」
今のままでは味方部隊が一方的にすり潰されるのは目に見えている。
なにしろ、戦闘が始まってからこっち、トンガール側は既に甚大な被害を出しているにも関わらず、アンリエスト側はおそらくかすり傷すら負ったものはいないという圧倒的不利な状況である。
かといって戦略を変更して前線部隊を引き帰させたところで、事態は振出しどころかマイナスである。
ならば一刻もはやく前線部隊を向こう岸へ送りたいと思うところなのだが、苔と落とし穴とで遅々として先に進めないでいる。
「……そうだな。まずは敵の遠距離部隊をどうにかしないことにはどうにもなるまい。オレグル、クロッサスとレイダーのところへ伝令を出してくれ」
暫く熟考した後、おもむろに顔を上げたアルマークは、副官に命じて二人の部隊長のところへ己の指示を伝達させる。
「さて、これで少しでも事態が動けば良いのだが……」
侍従が差し出してきた茶を一気にあおると、アルマークは祈るような気持ちで自分の指示で動く前線の推移を見守った。
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