第四章 戦争編 ③
トンガール軍の先陣を切ったのは、カタリナたちが予想した通りトンガール軍の虎の子ともいえる飛竜部隊であった。
この日のためにかの黄金竜の目を盗みつつ、多大なリスクと莫大な資金を投入して育成したワイバーン部隊は総勢15騎。
中央や東方の国々に比べれば決して十分と言える数字ではないものの、それでも西方諸国の中では圧倒的な数字といえるだろう。
彼らトンガールのワイバーン部隊――正式名称飛竜打撃大隊は、大隊長のファウンダルムを先頭にしてその後方にそれぞれ2騎の中隊長が付き、それぞれの中隊長が各3騎の小隊を2部隊ずつ率いる扇形の編隊で、誰も邪魔する敵のいない大空をアンリエスト陣へ向けて悠然と侵攻している。
アンリエスト軍への威圧も兼ねているので、飛行速度はそれほど上げてはいない。
彼らの駆るワイバーンは一般的には竜の一種と認識されているが、正確には体格も戦闘力も本物の竜と比べれば足元にも及ばない亜竜種に属している。
とはいえ、竜種の中では最弱とも呼ばれる彼らも、脆弱なヒト種にとっては遭遇してしまったなら無事に生還できる望みなどゴミ屑の如く捨て去らなければならないほど深刻な脅威となる。
彼らワイバーンを乗騎とする飛竜騎士たちとて、卵から孵った時から時間をかけて育ててきたからこそ乗りこなすことが出来ているが、調教されていない野生のものとバッタリ出っくわそうものなら交渉の余地なくあっという間に襲われて彼らの食料に成り果ててしまうに違いなかった。
そんな反則ともいえる怪物を飼いならしているファウンダルムら飛竜騎士は、自他ともに認めるトンガール軍の最高戦力である。
しかし、そんな彼らのトンガール軍内での発言力は残念なことに世間一般に認識されているほどには高いものではなかった。
何故か?
それは、戦えば最強ともいえる彼らの部隊だが、末端とはいえ同じ一族を下僕として使役することを決して許さない黄金竜が魔の森に居座っていた以上、表立って戦闘に参加させる訳にはいかなかったからだ。
仮にそれで戦争に勝ったとて、その後確実に黄金竜から無慈悲な報復が襲って来るのでは到底割に合わない。
つまり、ファウンダルムたちの部隊は軍の中で完全に役立たず扱いであったのだ。
そういった意味では、アンリエスト王ミナト・ヨツナシが発した黄金竜討伐宣言は飛竜騎士たちにとって福音に近いものだった。
黄金竜の消滅によって彼らは初めて表舞台に立つことを許されたからである。
とはいえ、黄金竜の討伐を単独で成し遂げたミナト王のいるアンリエストに、こちらからわざわざ戦争を仕掛けることなど誰がどう考えても無謀な行為である。
いくらこちらに飛竜部隊があろうが、それで黄金竜を倒せないから今まで表舞台に出すに出せなかった訳で、単騎で神竜殺しを為し得たということは、単純に考えればアンリエスト王は単体戦力として黄金竜よりも強いということになり、当たり前の話であるが、そんな相手に今さら飛竜部隊でどうこう出来るはずかない。
では、トンガール王家を始めとする首脳陣は、いかなる理由を以てアンリエストに戦争を吹っかけようなどと無謀な考えを起こしたのであろうか?
理由は簡単。
ミナト王が黄金竜を討伐した事実そのものを疑っているのだ。
確かにミナト王の宣言とともに黄金竜の亡骸は一般に公開された。
遺体が存在している以上黄金竜の消滅は確実なものなのだろう。
しかし、そこに遺体があるからといって必ずしも公開した人間が倒したとは限らない。
もしかしたら病死したのかもしれないし、単純に寿命が来たのかもしれない。あるいは他の神竜たちと諍いを起こして殺されたのかもしれない。
とにかく、別の理由で死亡した黄金竜の遺体をたまたま発見したアンリエスト王が己の手柄として世間に公表した……。
少なくともトンガール王国上層部はそのように考えている。
『本当にそれだけ他者を圧倒する武力を持っているならば、今の段階で少なくとも西方諸国を纏め上げている位でなければおかしいだろう』というのがその主張の根拠だ。
確かに上層部の言うとおり、若くして一国の王にのし上がった彼のその手腕は見事であると言わざるを得ないが、自らの国を興すほどの野心の持ち主が今の支配領域で満足できるとは到底考えられない。
それほどの野心がありながら次の行動を起こさないということは、つまり、相応の理由があるということだ。
敵に隙を見つけながらそれを見逃すようなトンガール王ではない。
まして、現在この国の第一王子はアンリエストの手に囚われている。
外交的取引によって王子の生存は一応のところ確認されているが、彼に執行された刑を聞くに、かろうじて死んでいない状態という極めて残酷なものだという。
囚われの王子を一刻も早く野蛮な亜人たちの手から救出しないとならない――。
それは、トンガール王国国民全てに共通した想いであり願いだ。
もしかしたら戦争状態に入ったことでアンリエスト側がエドワルド王子の処刑に踏み切ることがあるかもしれない。しかし、王家を始め全ての家臣たちがその可能性をも覚悟している。
王子が捕縛されて以降、ありとあらゆる外交手段を駆使してその身柄の解放を要求してもアンリエスト側はうんとは言わなかった。
である以上、危険は大きいが、もはや武力による奪還しか方法が残されていないのだ。
仮に救出が間に合わず処刑されてしまったとして、エドワルド王子の立場としてもこのままずっと生殺しのような生き地獄が続くくらいならば、いっそすっぱりと殺してもらった方が余程幸せだろう。
処刑されたならば処刑されたで、生き地獄のまっただ中にいる王子にとって死はある意味で救いでもある。
神の子の子孫である王族ならば、天上の世界できっとナトーヤ神が暖かい癒しを与えてくれるはずなのだから。
今まで正当な活躍の場を与えられなかったため軍の中での発言力は弱いが、自分たちの神と王家への忠誠心は他のどの部隊よりも強いとファウンダルムは思っている。
つまり、今回の出撃は飛竜騎士たちにとって己の名声、自軍の勝利、王家への忠誠、そして神への信仰心全てを満たす絶好の機会なのだ。
そのためファウンダルムを始め全ての隊員の士気は過去に例がないほどに高い。
騎乗している飛竜たちにもファウンダルムらの想いが伝わっているのか、風を斬って飛ぶ彼らの姿もいつになく気合いが入っているように感じる。
今ならば敵の城の一つや二つ簡単に陥とすことが出来そうなくらいであった。
そして事実、大空を行く自分たちの進軍を止めることが出来るものなどどこにも存在していない。
そうこうしている内にファウンダルムたちの視界の向こうにアンリエスト軍の陣営が飛び込んでくる。
トンガール軍のそれに比べれば微々たるものとはいえ、それでも総勢3万の大軍である。
空から見たその姿は、敵ながら壮観たるものであった。
『コレヨリ・テキホンジンヘ・トツゲキヲ・カケル』
声に出しても伝わらないため、あらかじめ決められたハンドサインで部下に指示を出す。
確認のために後ろを振り返ると、全員からよどみなく『リョウカイ』のサインが返ってくる。
いつもの訓練と変わらぬスムーズなやりとり。
(どうやら緊張で萎縮している者はいないようだな……)
ファウンダルムは誇らしさのあまり部下たちに向け一度ニヤリと笑みを浮かべると、突撃の指示を出すために右腕を天に掲げる。
『コレヨリ・トツゲキ・ワレニ・ツヅ…………』
そこまでサインを出したところで、異変は発生した。
自分の顔の真横を、何かとてつもなく速いものが通過していく風圧をファウンダルムは感じとる。
そして少し間を置いて『ターン!』という聞き覚えのない音が耳に入ってきた。
一体その正体がなんであるのか?
とにかく一刻も早く確認しなければと思い、ファウンダルムは風圧が通り過ぎていった背後へと視線を向ける。
――と、次の瞬間。
「なっ、なにぃっ!」
ファウンダルムは思わず声を上げていた。
背後を確認した彼の目に飛び込んできたのは、頭部から大量の血を撒き散らしながら墜落していくワイバーンとそれに騎乗している自分の部下の姿であった。
落ちていくワイバーンから一番近くにいた部下が重力に引かれて地面に落ちていく仲間を助けようと慌てて追いかけていく。
だが、あと少しというところで彼の乗騎であるワイバーンもまた頭部を吹き飛ばされ、最初の部下共々地面めがけて一直線に墜落してしまう。
残された者は落ちていく仲間に対して何とかしてやりたい気持ちでいっぱいであったが、今から追いかけてももはや救援が間に合う高度ではなく、頭が真っ白になりながら、ただただ地面に激突して命を散らす仲間の姿を見守ってやることしか出来なかった。
「い、一体何が起こった……?」
まるで現実に起こった事ではないかのように墜落していく己の部下たちの姿を呆然と見つめていたファウンダルムたちであったが、あいにくと状況が思考停止することを許してはくれなかった。
先ほどやられた2人に起こったのと全く同じように、立て続けに2騎のワイバーンが頭部を破壊されて地面へと落ちていく。
(しゅ、襲撃かっ!)
ここに至ってようやくファウンダルムは自分たちが敵からの攻撃に晒されているのだということに思い至る。
『テキカラ・ノ・コウゲキ・サンカイ・セヨ』
慌てて部下に指示を送るが、そうしている間にも更に2騎が落されてしまっている。
(弓矢が届く距離じゃない! 仮に届いたとしてもワイバーンの頭をああも簡単に破壊するなどあり得ない。魔法か? だがこの距離と高度では魔法とて届く筈がない! では、いったいこの攻撃は何だというのだ?)
互いの視界には入るとはいえ、まだアンリエスト軍の陣地からは1キロ以上の距離がある。
この距離で攻撃が可能でワイバーンを一撃で殺傷できそうな攻撃となるとファウンダルムにはもはや攻城用の大型弩砲しか思い当たるものはなかったが、今受けている攻撃は明らかに弓によるものではなかったし、そもそもファウンダルムの知る大型弩砲の射程はせいぜいが400メートルほどである。
なにより大型弩砲の命中率がこんなに良いはずがない。
この攻撃、何によるものかも誰によるものかもさっぱり分からない。
まさしく正体不明の未知なる攻撃としか表現のしようがなかった。
もはや部隊の統制など最初から存在しなかったかのように、見えない何かに追い立てられて必死に空中を逃げまとっているファウンダルムたち。
そんな自分たちの姿が情けないとか無様とか言っている余裕すらない。
先ほどまで狩る側だと思っていたはずの自分たちが、気付いたらいつの間にか狩られる側に回っていた。
死力を振り絞った逃走劇にも関わらず、1騎、また1騎と地面に落とされていき、気付いたら残っているのは自分だけになっていた。
(くそっ、俺は死ぬのか? 逃げ回ることに精一杯で、敵に一矢報いることすらできずにっ!)
悔しさに歯噛みするが、圧倒的に劣勢なこの状況をどうすることも出来ない。
(やっと我ら飛竜部隊が日の目を見る日が来たというのに、初陣でこのような理不尽な敵と当たるなど、そんなことがあっていいのか? ナトーヤ神はどうして敬虔な信徒である我らにこのような試練ばかりお与えなさるのだ? なぜだ!)
「神よ! なぜなんだぁ~~~~~~~~~っ!!!!!!!!」
その絶叫とほぼ同時に、ファウンダルムの体は何か固いものに勢いよく衝突したかのような激しい衝撃に襲われ、ほんの一瞬だが意識を手放してしまった彼はそのまま宙へと投げ出されてしまう。
命綱が乗騎の鞍に結びついているのでそれだけで命の危険に見舞われるということはなかったが、今まで苦楽を共にしてきた相棒に目を向けると、その巨大な頭部は何か強烈な一撃で撃ち抜かれ、まるで噴水のように大量の血液を撒き散らしながら、自分と同じように大地に引かれて墜落しているところだった。
(即死か……苦しまずに逝けたようだな……。俺もすぐに追いつくから一足先にあの世で待っていてくれ。今まで本当にありがとう、ラヴィ)
最期に優しく首筋を撫でながら愛騎の名前を呼ぶと、ファウンダルムは今まで数知れぬほど祈りをささげてきた首元の十字架を引きちぎり、力の限りに投げ捨てると、静かに目を閉じる。
(ああ神よ、私はあなたを恨みます……)
――そう心の中で呟いたその数瞬後、彼は神を呪いながら自分の相棒の後を追った。
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