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第四章 戦争編 ②

明日も更新します。

次話から戦闘に突入します。

 ◆◆◆



 「おいおい、どうやらアンリエスト側の司令官ってのは戦《いくさ》ってものを知らない奴がやってるようだぞ」


 アンリエストへ向けて進軍している先鋒の部隊から送られてきた伝令の内容を聞くと、トンガール軍総司令官アルマーク・ドノバは予想外の驚きに一瞬だけ目を見張り、次の瞬間には苦笑いを浮かべながらおさまり悪そうにガシガシと頭を掻いた。


 「まったく、将が無能とは敵ながら兵たちが可哀想になりますな」


 「ふん、亜人たちの軍ならば将もその程度のものなのだろうよ」


 部下たちからも次々とあきれたような声が上がる。


 「とはいえ、それで我が軍が敵の裏をかかれたのは紛れもない事実ではあるのだが……。まさか敵将が籠城戦を選ばないとはな……」


 トンガール軍10万に対し、アンリエスト軍はせいぜいが3万。

 両軍の圧倒的な兵力差を鑑みて、アルマークたちは敵側が堅固なアンリエスト城塞の内側に籠って執拗に抵抗してくるものと予想していたのだ。

 トンガール軍が予想される敵兵力の3倍以上の兵を動員したのも実はこの攻城戦を意識してのものであった。

  

 ところが、先遣部隊が送ってきた伝令によると、敵軍はアンリエスト・トンガール両国を繋ぐ唯一の橋を落とした上でこの先3キロほどにある国境沿いの平地に陣を張ってこちらを待ち構えているという。

 一応幅40メートルほどの川を挟んだ向こう側に陣を張っているということなので敵将も多少は物を考えているようだが、その川とて事前の調査でそれほど水深の深いものではなく、歩兵の足でも簡単に向こう岸へと歩いて渡れるものだと分かっている。


 どう考えてもその川の存在が両軍の間に横たわる決定的な戦力差を埋めきれるとは思えない。


 「この兵力差でなお野戦を選択する……。それにどういう意味があるのか……」


 敵将が何を考えているのかさっぱり読めないのは少々不気味ではあるが、トンガール側からすれば単純に兵力差で押し潰すことが可能な野戦はむしろ願ったり叶ったりの状況ともいえた。


 「敵の意図など深く考える必要はありませんよ。古来から敵より多い兵力を用意した方が戦に勝つと決まっています。いくら小賢しい策を弄しようが3倍の戦力差を覆すことは容易なことではないのです。むしろ城に籠った敵を崩す困難を考えれば野戦という単純に数が物を言う戦場を敵方からわざわざセッティングしてくれたのですから、兵の消耗を抑えつつ簡単に勝つことが出来て結構なことと割り切って考えるべきではないですか?」


 「……そうだな」


 部下の言葉にアルマークは自分の中に住まう僅かな迷いを断ち切るように強く首肯する。


 トンガール兵10万の内2割以上が農民からの徴兵だ。

 そして軍隊における農民兵とは、いわば使い潰しの捨て駒である。


 しかし、いくら捨て駒といえど、彼らを大量に失うということは同時に食料の生産者を失うということを意味する。

 そうなればただでさえ自給率が低いトンガールの食糧事情が更に悪化することは目に見えている。


 もちろんその問題は交易の要衝であるアンリエストを押さえることで大きく解消する予定ではあるのだが、当然ながら自軍の損耗は少ないに越したことはない。


 野戦によるメリットはそれだけではない。


 籠城した相手を攻め落とすということになれば、下手したら勝利するまでに数か月、抵抗が激しければ年をまたぐということも考えられる。

 経済の中心地であるアンリエストで数か月も籠城戦を行うということ、それは即ちその期間の経済活動の休止を意味する。


 その影響力は実のところかなり深刻で、アンリエストの経済活動が止まってしまうとそれに引っ張られて西方諸国全ての経済活動が大きく停滞してしまう。

 もちろんそれで全ての経済活動が止まる訳ではないし、商人たちも生き残るためにあらゆる抜け道を模索するに違いない。

 だが、後手に回って今から懸命に対策を練ったところで即効性がある対策などそうそうありはしない以上、その努力が市場に効果を及ぼしてくるのは随分と先の話である。


 そうなると、今の所は日和《ひよ》って様子を見ているだけのダルムスやロンジエンが、停滞した状況を打破するためにその重い腰を上げて敵対してくる……などという最悪の可能性《シナリオ》だって考慮しなくてはならなくなる。


 トンガールの立場としては当然そのような状況は避けたかった訳で、早期終結が可能な野戦を選択してくれた敵司令官に対しては後で心の籠った季節の品でも贈ってやりたい……と真面目に思える程には感謝の気持ちを持ちあわせている。


 なにしろ、実力を買われて総司令官に任命されたのは良いものの、「これは下手すれば冬をまたぐ厳しい戦になるかもしれないな……」と多少憂鬱な心持ちで出兵してきたアルマーク個人にとっても、短期決戦を見込んだ敵司令官の失策は大いに歓迎すべきものであったからだ。


 ◆◆◆


 トンガール側に好機と受け留められたアンリエスト軍の平地布陣であるが、当然ながらアンリエスト軍総司令官であるカタリナにも相応の思惑があった。


 トンガール軍を迎え撃つ防衛側として、カタリナの頭の中にも門を固く閉ざして防衛に徹するという選択肢は確かに存在した。

 しかし、戦争プランを練る早い段階で彼女はそれをゴミ箱へポイと投げ捨ててしまった。


 その理由は大きく4つ。


 第1に、籠城戦というのはそもそも援軍が期待できる状態で行うものであるということ。

 食料の備蓄も十分にあるので通常であればクレッサールからの援軍を待つという選択肢もあった。

 しかし、あいにくクレッサール王国も進軍してくるヘムガールの大軍に対する防衛で手一杯であり、こちらに援軍を送ってくる余裕などあろうはずもない。したがって、いたずらに籠城したところで単なる時間稼ぎにしかならないのは明白であった。

 

 第2に、城門を閉ざすことによって自国を含む西方諸国全ての経済が停滞してしまうこと。

 もちろん「援軍を送ってくれる訳でもない国の経済の心配などこちらの知ったことではない」と一言で切って捨ててしまうことは簡単に出来る。

 しかし、カタリナはその道を選ばない。

 これから先の友好国との関係や、戦時中を含めての自国が生み出す経済的利益を考えたら、籠城戦を選択することは全く割に合わないからだ。

 だからこそあえて野戦を選択し、トンガール王国との国境付近を戦場とすることで戦争の影響を大きく受ける街道をトンガール王国とヘムガール王国に繋がるもののみに限定する。これによって戦争を起こす二国には打撃を与えつつも、残る三国及びアンリエスト自身への戦争による経済活動の悪影響は極力減らすことが出来る。


 第3に、城門を固く閉ざすことで守れるのは王都に住むものだけであり、国境から王都に至るまでの村々が悲惨な略奪行為にあうのを防ぐことが出来ないこと。それに、せっかく時間をかけて土づくりをしてきた田畑が無残に荒らされてしまうことはどうしても避けられないだろうということ。

 トンガール王国軍に民間人の命や財産、田畑には不必要に手を出さないという強い良識《モラル》があれば話は別であろうが、残念ながらあの国の人間にそんなモノを期待するのは盗みの常習者に「お願いだから大人しく泥棒稼業から足を洗ってくれ」と土下座して懇願するようなものである。


 そして第4(さいご)に、『例え敵が自軍の三倍を超える兵力であろうが自分たちは籠城せずとも決して負けることはない』という確固たる自信があるということ。

 そのために兵たちは厳しい訓練に耐えてきたし、敵軍よりも遥かに優れた武具を揃えたし、相手の戦力を分析して必勝の策を練ってきた。


 あとはこの戦場でトンガール軍を完膚なきまでに叩き潰し、この先二度とアンリエストへの領土的野心を抱かないようその心に徹底的に恐怖心《トラウマ》を植え付けてやるだけである。


 「さて、敵の司令官はまずどんな手を打って来るかしらね」


 「……考えられるとしたら先鋒の歩兵部隊を一当てさせて様子を見るか、ワイバーン部隊で一気に制空権を奪いにくるかじゃないでしょうか」


 カタリナの一人言に、副官であるセリネが横から乗っかってくる。


 「そうね。恐らくはそんなところでしょうね」


 「無駄に派手なことが好きなトンガール人の気質を考えたらワイバーンの方で来る可能性のが高いと思うにゃん」


 「……確かにそうかもしれないわね。情報によると今回のトンガール軍を率いる司令官はアルマーク将軍が濃厚だいう話だけれど、あの人はあの国の人にしては珍しく堅実な性格をしているようですから単純に派手だからという理由ではないでしょうが、航空戦力のないこちらに初手で確実に打撃を与え、それによってこちらの戦意をくじこうという意味では飛竜部隊を投入してくる可能性が高いかもしれないわね」


 ノワールの意見にカタリナが同意する。


 「かの黄金竜のお膝元であった我が国ではトンガールのように隠れてこそこそ攫ってきたワイバーンの子供を育てるなどという芸当は到底不可能な話であった訳で、その事実はトンガールに限らず周辺諸国に筒抜けでこちらも特に隠し立てしていなかった――というかしても無駄だったというだけの話ですけど、そこを突いてくるというのは相手側から見れば当然の戦術だとは思いますよ」


 「そうね。セリネさんの仰る通り、向こうは確実に制空権を取れると思っているでしょう。こちらにも一応航空戦力はあることはありますが、今回の戦争ではそれをこちらの戦場に投入する予定は元々ないのですから現実的にはないのと同じですし、結果から見れば向こうの判断はあながち的外れということはないでしょう」


 「彼女さえいなければ……ですよね?」


 そのセリネの一言で三人の視線が部屋の一点に集中する。


 そこには相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべながら、長大なライフルを抱えて静かに目を瞑っている銀髪の美少女の姿があった。


 「どちらが来ても叩き潰すことには変わらにゃいんだけど、相手の重要戦力に大打撃を与えることで敵兵の戦意を喪失させ味方の士気を煽る……そういう意味ではこちらにとっても飛竜部隊の方がありがたいにゃん」


 「そうですね。さてさて、アルマーク将軍がどのような手を打ってくるのか……まずはそのお手並みをじっくりと拝見させて戴きましょうか」


 くすくすとカタリナは楽しそうな笑みを浮かべる。


 優れた武勇で知られるあのクレッサール王をして「カタリナが男児で生まれてきていたら今頃は自分を軽く凌ぐ王となっていたであろうに……」と惜しんだその才能が、今まさにトンガール軍に牙を剥こうとしていた。 


 

 ◆◆◆


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