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第三章 内政編 ④ 経済戦争-8


 「それでは此度の会合はこれで閉会ということで。長時間に渡る話し合いで皆様お疲れでしょう、今から部下に茶の用意をさせますので以後はゆるりと……」


 「ちょっとまったぁーっ!」


 会合の締めに入った湊を、横から突然エドワルドが制止する。

  

 「……なにか?」


 「まだ、話は終わっていない!」


 「終わっていない? 何がです?」


 「貴様が取り潰した我が国の商会の件だ」


 「……それが、なにか?」


 「なにかではない! 貴様の一方的ないいがかりで勝手に我が国の商会を取り潰すなど許されるはずがなかろう。貴様の決定は我が国の利益を犯している。即刻処分の取り消しと損害の賠償と謝罪を要求する」


 「……………………」


 はあー、と無言のまま湊は一つため息をついた。  

 エドワルドの要求があまりにも馬鹿馬鹿しいものだったからだ。


 「何とか言ったらどうなのだ? 貴様が取り潰した商会には私も出資していたのだ。それをそちらの都合で一方的に取り潰されて大損害を被ってしまった。我が王家に損害を与えた以上我が国としては相応の保証を求めるものである」


 湊の無言を肯定と受け取ったからであろうか、調子に乗ったエドワルドの口が今日一番の滑らかさで次々と耳障りな言葉を吐いていく。


 「……保障の内容は、取り潰した商会の原状復帰と営業を止めた日数の利益の補填。拘束された商会員の釈放。あとは貴様から我が国への公式な謝罪と賠償金として金貨500万枚。あとは、そうだな……」


 会議室の中をフラフラと視線を彷徨わせていたエドワルドは、ある一人の人物にロックオンする。


 「あのメイドの身柄も寄越してもらおうか。以前手に入れ損なって悔しい思いをした女に良く似ているのでな」


 そうのたまうエドワルドに指名されたのは、シーリン・ナタレ。

 奇しくも彼女はエドワルドが文句を付けてきた放火強盗の件で、被害を受けた商会の経営者一族唯一の生き残りであった。


 「……随分と勝手な言いぐさですが、被害者の証言も犯人からの自白もある本件を、我が国の一方的な言いがかりと決めつけるその根拠は何ですか?」


 問い返した湊の目は氷のように冷えきっており、今にも目障りなエドワルドの首を刎ね飛ばしかねない剣呑な雰囲気を纏っていたが、すっかり調子に乗ってしまっているトンガール王子は全くそれに気が付いていないようだった。


 「根拠か? 根拠は、私だ。被害者という下賤な女の証言よりも、犯人だという汚らわしい獣人族の者たちの自白よりも、高貴な王族である私の意見の方が優先される。当然のことであろう?」




 「「「…………なっ、なんじゃってぇー!」」」




 事のなりゆきを横から興味深そうに眺めていた王たちが、あまりに酷いエドワルドの言い分にハモりながら叫び声を上げていた。


 「あっ、明らかに自分たちに非がある一件で、相手が被った被害を丸々無視した挙句、加害者一味の釈放と廃止された商会の原状復帰を求めただけでもあつかましいというのに、同じ王族……というか王である分湊殿の方が格上であるが……を相手に謝罪と金貨500万枚+α(メイド)を求めるその根拠が、エドワルドの一方的な思い込みのみじゃとっ!!」

 

 「あの小僧、正気かっ?」


 「うむぅ、酷い酷いとは思っておったが、まさかここまで残念であるとは……。まがりなりにも他国の王を貶めるのだ、普通は証拠の捏造くらいしてくるところであろうに……」


 「というか、あの部下の男(グラツェフ)もエドワルドの反論の根拠を知らなかったのか? 自分の主の言い分を聞いて絶望的な表情を浮かべておるぞ……」

 

 「ヘムガールの使者なぞはアレが自分の主でなくて良かったと明らかにホッとした表情を浮かべておる」


 「いや、それはそうじゃろう。ワシだってあれの下について働くくらいなら一兵卒として城の門番でもしていたほうが百倍はマシじゃと思うもん……」


 横で王たちが小声でボソボソと言い合っている。

 散々な言われようであるが、得意満面のエドワルドは残念ながらそれに気づいていない。


 「で、湊殿は何と応じるんじゃろうな?」


 興味津々といった感じの三人の視線を背にひしひしと感じながら、湊はエドワルドに言い放つ。




 「寝言は寝てから、言え」




 「「「……じゃよねー」」」


 予想通りの反応に、王たちは愉快そうな口調で盛り上がっていた。


 「わっ、私の意見が寝言だとっ! ふっ、ふざけるなっ!」


 「は? ふざけているのはそっちだろ?」


 顔を真っ赤にして怒り出したエドワルドを、湊の一言がバッサリと斬り捨てる。

 礼を尽くす必要もないと感じたのか、もはや彼相手にはいつもの丁寧語ですらない。


 「こっちはお前のしょうもない話を聞くためにわざわざ時間をとって付き合ってやってるんだ。それを手前勝手な要求ばかり突き付けてきた上に、証拠が揃っているこちらの言い分を否定する根拠がお前の意見だけだと? それが寝言でなくて一体なんだって言うんだ?」


 「だからそれは王族たる私の……」


 「そもそもお前さっき自分で取り潰された商会に出資しているって言ってたよな? つまりあれだ。お前の意見は関係者のものであって客観的な第三者の意見ですらないってことだ。お前まさか泥棒の一味が自分のことを泥棒ですって名乗るとでも思っているのか?」


 「きっ、貴様、王族である私を泥棒と揶揄するのか! 許さん。許さんぞ!」


 「奴隷だろうが乞食だろうが立派な人間は立派だし、貴族だろうが王族だろうが屑は屑だ」


 「くっ……屑……私が……屑」


 もはや怒りでまともに思考が回っていないのか、発する言葉ですら明瞭でなくなってきた。

 一方、完全に観客気分で両者の対決を眺めている王たちは、湊の発した屑認定に腹を抱えながら大爆笑していた。


 「……もはやなんと言ってよいやら」


 「エドワルドの小僧は自分の言っていることのおかしさに気づいておらんのか? 仮に百歩譲って王族の意見とやらがまかり通ったとしてじゃ、それを王である湊殿に言っている時点で自慢の高貴さは打ち消しあっているどころかただの王子にすぎぬエドワルドでは完全に負けておるわけなんじゃが……」


 「言ってやるな。その分別があるくらいなら最初からあんな阿呆丸出しのセリフは言うておらんじゃろうて」


 「しかし、あんなのが次の王でトンガールは大丈夫なのか? 明らかに後継者の育成に失敗しておるだろうに……」


 「……それについては第一王子の王位継承権を格下げしたばかりの我が耳にも少々痛いところであるが、幸いにして繰り上がった第二王子のガレスはワシよりも出来が良いから一安心なのである」


 「我が国も継承問題については少々ごたついておるが、それでもアレを見た後ではまだ大丈夫かと楽観してしまいそうなくらいに駄目だな、あやつは」 


 王たちの感想もかなり辛辣であった。


 それから暫くの間エドワルドは「高貴な……」「王族が……」などと独りブツブツ呟いていたが、ようやく落ち着いてきたところで、「そろそろワシの出番であるかな」とアレス王がトンガール一行に向けて口を開く。


 「もしかしてお主らは忘れているのかもしれんが、実はワシの国もその件の当事者なのであるが……」

 

 「クレッサールが、ですか?」


 そうアレスに問うたのはエドワルドではなく部下のグラツェフだった。


 「そうである。件の押し込み強盗の一件、解決したのは湊殿であるが、そもそも事件が起こったのはまだアンリエストがクレッサールの一領であったころである。そして実行犯を使役していた二人の黒幕の片割れである元アンリエスト公爵ラムセルは、現在我が国で拘束して牢に収監しておる。本件については湊殿からの問い合わせもあり、我々の方でもラムセルを締め上げて事の次第を事細かに白状させたが、拷問の結果ラムセルが白状した内容は正に湊殿が主張している通りであった。その上でお主たちに問うが、これだけの追加証拠があってもなおそちらの商会は無実だと荒唐無稽な主張を続けるつもりであるか?」


 「誰が何と言お……「王子っ!」……」


 この期に及んで反論しようとするエドワルドを、横からグラツェフが制した。


 「いいからお前は黙ってお「王子っ!」……」


 「うるs……「王子、あなたの方こそいい加減にしてください!」……」


 静まり返った会議室に、グラツェフの怒鳴り声が響き渡る。 


 「ぐっ、グラツェフ……お前……」


 絶対服従であるはずの部下のそのあまりの剣幕に、エドワルドは度肝を抜かされたように驚きの表情を向ける。

 グラツェフはそんな主を一顧だにせず、背筋を伸ばして己の佇まいを正すと、一同に向かって深々と頭を下げた。


 「諸王の方々にはお見苦しいところをお見せしまして誠に申し訳ございません。主に代わりましてこの通り深くお詫び申し上げます」


 「うむ。貴殿の謝罪、確かに受け取った」


 アレス王の言葉に、ミレガ皇帝、ロスク公王、そして湊も頷く。


 「しかるに、係争中の本件でありますが、トンガール王国としましてはミナト王およびアレス王の主張の全てを認め、加害者へ下された処分の全てを適正なものであると追認し、お二方の王ならびに全ての被害者の方々へ公式に謝罪の意を表させていただきたいと思っております。また、今回の一件にて生じた被害及び我が国の王子の度重なる無礼と虚言に対する賠償といたしまして金貨500万枚を正式な文章で調印の上ミナト王にお支払いさせていただく所存でございます」


 そのグラツェフの言葉に驚いたのが、エドワルドであった。


 「きっ、金貨500万枚だとっ! 貴様何を勝手にっ……」


 激高しながら自分の部下に掴みかかった彼は、しかしあっさりと反撃に遭って床に転がされてしまう。

 横になった主をまたいで馬乗りになると、グラツェフはエドワルドの襟元を掴んで強引に上半身を引き起こす。

 

 「金貨500万枚は高いですか? 高いでしょうね。この話を母国に持って帰ったら王や国民は怒りで我を失ってしまうかもしれないですね。ではなぜ賠償金が金貨500万枚なんですか? 分かりますか? 分からないでしょうね。この金額はあなたがミナト王に吹っかけた金額です。一方的な加害者である我が国が、被害を被った相手に対して更に支離滅裂な言いがかりをつけて要求した金額です。一度ひとたびその金額の要求を口にしておいて、いざ立場が逆転して自分たちが謝罪する立場になった時、それ以下の金額をこちらから相手側に提示することが出来るとお思いですか? 無理ですよね? 分かりますか? この金貨500万枚というとんでもない賠償額は、他ならぬ()()()が決めた数字なんです」


 言いたいことを全て言い終えると、グラツェフは掴んでいた主の襟を床に向けて突き放す。


 「くっ……、くそっ、グラツェフ、貴様王子であるこの俺にこんなことをしてタダで済むとは思うなよっ!」


 地位をかさに着て脅しかけてくる主を、グラツェフは乾いた表情で笑い飛ばす。


 「ただで済む? この状況でそんなこと思ってもいませんよ。この件の調印文章を作り上げたら、それを最後に私はその場でこの職を辞させていただくつもりです。故郷であるアンリエストを離れ、苦労の末にトンガール王国で外交官になってみれば、国として行っている外交政策は理なぞ関係なく相手の弱っているところに付け込むか、さもなくば言いがかりを吹っかけて相手を辟易とさせることだけ。これならば子供の喧嘩のほうが遥かにマシです。今回の会議でもでしゃばってきた王子は深い考えもなしに思いついたことを適当に言い散らかしては他国の王たちから失笑を買うばかり。気付いていますか? ここにいる全員があなたのことを救いようのない馬鹿だと思っているんですよ」 


 グラツェフの言葉に、全員が一斉に頷く。


 エドワルドの下でよほどの鬱憤が溜まっていたのだろう。溢れる怒りによって堤防が決壊したその勢いは、傍で見ていた諸王が顔を引き攣らせながらどん引いてしまうほどであった。


 「ミナト王……」


 毒を吐きつくして一心地ついたのか、普段通りの落ち着きを取り戻したグラツェフは、湊に向かって一礼する。


 「王の御前にも関わらずこの場をお騒がせいたしまして誠に申し訳ありませんでした。この責に関しましてはご命令があればこの命に替えさせていただく所存でございます。諸王の方々におきましても、ご無礼のほど幾重にもお詫び申し上げます。また、クレッサール王アレス陛下に対しましては、過日の王女殿下の誘拐及び殺害未遂事件につきまして我が国の王に成り代わりまして深くお詫びを申し上げるとともに、謝罪の証といたしまして金貨200万枚をお支払させていただきたく存じます。本件に関しましても後で書面にて正式に調印を行わせていただきたいと思っておりますが、よろしいでしょうか?」


 「ほう、そうきたであるか。お主の立場は更に悪くなるが、それでも良いのであるか?」


 「毒食わば皿までですから」


 アレス王からの問いに、何かが吹っ切れたような表情でグラツェフは答えた。


 「グラツェフ」 


 「はっ」


 湊からの呼びかけに膝をついて応える。


 「あなたは、今回の責任をその命を以て果たすと、確かにそう言いましたね?」


 「はい」


 心の中ではっきりと覚悟を決めているのだろう。湊の問いに応えた彼のその表情には、微塵たりとも動揺は見られなかった。


 「陛下のご命令とあらば、二通の書面の調印を済ませ、大使としての責任を果たした後、速やかに刑に服させていただきたいと存じます」


 「なるほど……」


 そう呟いて暫し考え込んだ後、湊は言葉を続ける。


 「此度の件、あなたが命を懸けて償う気があるというのであらば、その命私が貰い受けることにいたしましょう。今回の会議での一連のあなたの対応。残念な主と上からの無茶な命令という恵まれない条件の中で奮闘したあなたの実力を私は高く評価しているつもりです。悪いようにはしませんから、その力を私の国で生かしてはくれませんか?」


 湊からかけられた言葉に彼は一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めると、深々とその場に平伏する。


 「私ごときに温情溢れるお言葉、まことにありがたく存じます。ですが、今の私はトンガール大使。お誘いは嬉しく思えど、この場でその勧誘をお受けすることは申し訳ありませぬが致しかねます。しかるに、ご返答のほどは無事二件の調印が交わされた後にさせていただきたく存じますが……」


 「なるほど。確かにあなたの言うとおりですね」


 グラツェフの視線を真っ向から受け止めた湊は、彼の意図に気づいてニヤリと笑う。


 グラツェフが今ここで湊の勧誘を受けてしまうと、湊の部下であるグラツェフがトンガール大使という立場を騙って損害賠償の文章を調印してしまうことになってしまう。これでは後々トンガール側から付け入る隙を作ってしまいかねない。


 だが、正式に調印文章を交わした後でグラツェフがエドワルドに大使職を辞する意を発し、無職になった彼を湊が勧誘するということであれば、それについては誰も文句を言うことは出来ない。


 そのことに即座に気が付く点など、やはり彼は優秀な外交官である。


 そんな彼がこの地で安心して実力を振るって貰うためにも、トンガールに残っている彼の家族や恋人などの関係者の身柄を、速やかに回収せねばなるまい。

 湊はその旨を記したメモを五十鈴に渡して、文章の調印が済んだら速やかにヘリを飛ばせるよう準備させることにした。


 と、ここまできて、当事者であるにも関わらずすっかり置物のように影が薄くなってしまっているエドワルドが、ようやくその口を開いた。


 「しゃ、謝罪と賠償の件は諦めた。こちらからの賠償についても認めよう。だが……あのメイドの身柄だけは私の方で引き受けさせていただきたい」


 そう言って彼が指名して来たのは、変わらずシーリンであった。


 どうして彼がそれほどまでに彼女を身受けすることにこだわるのか。というか、そもそも謝罪と賠償について彼の立場でどうして「諦めた」と上から目線で言えるのか、彼の考えていることが天才的な湊の頭脳を以てしてもさっぱり理解できない。


 彼を理解するくらいなら、言葉が通じない宇宙人と人差し指を突き合わせた方がよほど互いを理解しあえる気さえする。


 「トンガールの次期王である私の元で妾になった方が、こんな場所でメイドをしているよりも遥かに幸せであろう?」


 「自分がお願いをしている相手の城を「こんな場所」よばわりとは、その考えのなさに本当に驚きである」


 「…………?」


 後ろでアレス王がボソリと呟いたが、その言葉が耳に届いていてさえ彼は自分の何が悪かったのかさっぱり理解できていないようであった。


 「どこで何をするのが幸せかは本人が決めることだ。お前の妾になる気があるのかどうか本人に直接聞いてみるがいいさ。俺は彼女がいかなる決定を下してもそれを尊重するし、意にそぐわないからと邪魔をすることもしない」


 「本当だな?」


 「無論」


 「よし! 後でなかったことにしろと泣きつかれても私は聞かないからな!」


 湊の了解を勝ち取ったエドワルドは、断られる可能性など全く考えていない様子でシーリンの元へと駆け寄っていく。そして……


 「メイドの少女よ、お前を次期トンガール王である私の妾として見受けしてやるから喜ぶがよい」


 満面の笑みを浮かべながら、シーリンの目の前へ右手を差し出した。


 目の前にある王子の手を見たシーリンは、暫し考え込んだ後、ニッコリと笑って――。



 「死んでも嫌です。ごめんなさい」



 きっぱりとした口調で告げると、スカートの裾をちょいとつまんで、見た者がほれぼれするほど優雅な仕草でペコリと一礼した。 


 「…………なっ」


 まさか断られるとは思っていなかったエドワルドは、相手から拒絶された現実を受け入れられないのか、右手を差し出した格好のまま彫像のように固まってしまっている。


 そのままの静かな状態でいつまでもいてほしいと誰もが願っていたが、どうやらシャットダウンしたОSが再起動したらしく、出したままの右手を引っ込めると、改めてシーリンに話しかける。


 「お前はどうやら今の主に気を使っているようだが、既に私はあ奴からお前の選択の自由に関する許可を得ている。もし家族のことが心配であれば、そちらの面倒もまとめてみることにしよう。お前自身にも王妃とまではいかないが、準王族としての贅沢な暮らしは保証しよう。その上であらためて聞こう。どうだ? 私の元へ妾として来ないか?」



 「……ですから、死んでも嫌です。ごめんなさい」



 返ってきたのは、やはり拒絶だった。


 「死んでも嫌だとっ? なぜだ! 何がいけない!」


 怒ることすら忘れて、エドワルドはシーリンに迫る。


 「なぜって……私には心底お慕いしてお仕えさせていただいている方がいらっしゃいますし、それに……」


 「それに……?」


 「正直、あなたの存在を生理的に受け付けられないので」



 『『『『『……ですよねー(じゃよねー)』』』』』



 エドワルドを除く全員が、心の中で彼女の言葉に同意していた。


 「どうしても、無理なのか? 王族として贅沢な暮らしが出来るのだぞ」


 なおも食い下がるエドワルドだが。


 「はい。絶対に無理です。王族として贅沢な暮らしが出来ても無理です。気持ち悪くて耐えられません。あなたのものになることを強要されるくらいならば殺された方がましです。ごめんなさい」


 『まだだ! まだやれるっ!』……と考えられる余地すら残さない完璧な拒絶であった。   


 「くっ……貴様っ、王族である俺に恥をかかせて、ただで済むとは思うなよ! 貴様もあの時の女と同じように破滅させてやるからな!」


 怒りに体をブルブルと震わせたエドワルドは、顔を真っ赤にしてそう言い放った。


 「……あの時の女?」


 怪訝そうな表情でシーリンが尋ねる。

 そんな彼女の様子を見て、エドワルドは壊れたような笑みを浮かべた。


 「そうだ。以前にも私が見初めたとある商家の娘がいたがな、あろうことかその両親は王子である私が妾として貰ってやると言ってやったにも関わらず断ってきおった。そ奴らがどうなったと思う? 屋敷を襲った強盗によって両親は殺され、かろうじて生き残った娘も燃え上がった屋敷から逃げる際にその身を焼かれ醜い姿に成り果てよったわ! お前もそうだ、生意気な小娘め! 覚えておくがいい。王族を怒らせるということはお前たち庶民にとって身の破滅と同義なのだということをな!」


 得意げな口調で己の所業を語るエドワルド。

 より具体的な例を挙げた方がシーリンの恐怖を誘うと思ったのであろう。


 ――しかし、これで湊の中で全てが繋がった。


 座っていた椅子からおもむろに立ち上がった湊は、その次の瞬間にはテーブルを挟んで5メートル以上離れた場所にいるエドワルドの首を片手で絞め上げていた。


 「「「…………なっ!!!!」」」


 いきなりエドワルドの首を絞め上げた湊の行動もさることながら、その目にも止まらぬ挙動の速さに王たちは驚きを隠せなかったのだ。

 全力で移動した湊の動きは、王たちの目にはさながら瞬間移動したかの如く映ったに違いない。


 エドワルドは何とか湊の手をほどこうと必死に抵抗しているが、全くびくともしていない。


 「なにを……る……離s……貴さ…こ………とを……て、ゆる…………………」 


 「うるさい。黙れ」


 全く感情の籠っていない冷酷な声音で命令すると、湊は空いている方の手でエドワルドの腹を有無を言わせず殴りつける。 


 「ぐえっ」


 下から上へと繰り出されたその一撃は、衝撃を余すところなく目標に伝えた。

 くの字になって宙に浮き上がったトンガール王子は、まるで死にかけのカエルのような声を上げると、そのまま腹を押さえて床に這いつくばる。

 

 「なんなんだ、ちょっと小突いたくらいで大げさに」


 呆れたような口調で湊は言ったが、事実、彼は十分すぎるほど手加減していた。

 最強レベルの能力者である彼が本気で腹パンした日には、悶絶どころか腹に穴が開いていてもおかしくはないのだから。


 「立て!」


 湊は命じるが、急所であるみぞおちに強烈なのを貰ったエドワルドは、腹を押さえながらうめき声を上げるばかりでちっともその場を動こうとはしない。


 「立たないとその顔を踏みつぶすぞ」


 言うや否や、遠慮なく他国の王子の顔をぐりぐりと足蹴にする。


 「き……きざま……俺の、頭を…………」


 「なんだ? 文句があるなら立ってから言え」


 伸ばした手で無造作にエドワルドの髪を掴むと、そのまま湊は強引に自分の目線の高さまで持ち上げた。

 己の髪で吊りあげられる痛みに耐えきれなかったエドワルドは、ぎごちない仕草ながらも何とか両の足を地面につけて床を踏みしめる。


 そんな彼を次に襲ったのは、高速で絶え間なく繰り返される往復ビンタであった。


 「きひゃま……トンガ……ル王子であ……れにこんな……をしてただ……と思っ……か?」


 懸命に何かを言おうとしているが、そんな彼の顔は機関銃のような高速ビンタによって元の面影が見る影もなく、風船のようにぱんぱんに膨れ上がっていく。

 それでも湊は情け容赦なくパパパパパパパパッと小気味良いリズムでビンダを繰り返す。


 「心配するな。今のお前はもはやトンガール王子ではない。ただの罪人だ」


 「はいひん? ……わらしがひゃ?」 


 「以前に商家の娘を見初めたとお前は言ったな。そしてその両親に娘を差し出すよう求めて断られた。その腹いせに強盗に襲われたように見せかけてその両親を殺させた。その強盗たちが放った火で娘は大火傷を負ってしまったが、本当は両親だけ殺して娘は攫ってくるよう強盗役に命じていたんじゃないのか?」


 「どっ、どうひてそれを……」


 湊の言葉に、エドワルドは驚いたように大きく目を見開いた。


 「強盗に襲われ、たった一人生き残った娘は大やけどを負い商会の支配人だった老人に引き取られた。その後はその老人が亡くなるまで彼女は一歩たりとも家から外に出ることはなかった。身体に負った大火傷のせいでまともに体が動かなかったし、何より醜くなった自分の姿を衆目に晒したくなかったからだ。そんな彼女の生存をどうしてお前が知っている? 答えはたった一つ。大やけどを負った少女を治療した治癒術者を探し出し、その者から彼女の生存を聞いたからだ。そして彼女の半身を覆った火傷がもはや癒えることはないということもだ。そしてそこまで調べてお前は娘から興味を失った」 


 「………………」


 「思えばピースはいくつもあった。強盗の黒幕であったトンガール系の商会の出資者の一人がお前だったこと。お前がかつて見初めた相手が商家の娘だったこと。シーリンが以前お前が手に入れ損なって悔しい思いをしたという相手に似ていること。そして、少女を引き取った商会の支配人が言っていた、強盗に襲われたのが『ちょうど領主から多額の賄賂を求められて断ったタイミング』だったという言葉。おそらくこの多額の賄賂の中には、娘の身柄も含まれていたのではないか?」


 湊が問い詰めると、顔を腫らしたエドワルドの口元が僅かに歪んだ。


 「図星のようだな」


 「………………くっ」


 「つまり、こういう図式が成り立つ。実行犯は虎の獣人を始めとするゴロつきたち。それを陰から操っていたのがトンガール系の商会長と前アンリエスト領主。そして、更にその二人を闇の中から操っていた事件の真犯人、それがお前だ」


 「ふん。だったら、どうひゃというのだ? あれひゃら二年、もひゃやあの娘も生き残ってはいひゃいだろう。被害者が誰一人、生ひ残っていない……状況ひぇ、フォンガールとの関係をふち壊してまで、このわらしを罰して……一体何に、ふぁる?」


 「トンガールとの関係? 笑わせるなよ。お前の国は今この瞬間も俺の国との戦争準備を進めていて、ここで今お前の身に何がなくとも攻めてくる気満々じゃないか。それに、お前たちが誘拐して処刑しようとしたクレッサール王女は今は俺の妃だってことを忘れた訳じゃないだろうな? そして何より…………『もはやあの娘も生き残ってはいないだろう』だって? 何を言っているんだお前は。被害者の少女が生き残ってはいないもなにも、さっき他ならぬお前自身の口で『被害者という下賤な女の証言よりも、高貴な王族である私の意見の方が優先される』とか偉そうにぬかしてたんだろうが。証言があるということは普通に考えれば生きているということじゃないのか? それともそんなことにすら思い至れないほどお前のおつむは残念なのか? というか、そもそも死んだどころかさっきからずっと本人が目の前にいるじゃないか」


 「目の前、ひゃとっ……そんな馬鹿な、ことが……」


 途中まで言いかけて、彼はハッと顔を上げる。


 「まひゃか…………!」


 彼の視線が一人の少女に向けられる。


 「そう、彼女の名前はシーリン・ナタレ。お前の悪意によって潰されたナタレ商会一族の唯一の生き残り……。つまり、彼女にとってお前は殺された両親の仇というわけだ」 


 「ばっ、ばきゃな! そのおんにゃには……火傷が、にゃいでは、ないかっ……!」


 度重なる湊のビンタによって口の中に溜まった血を、まるで涎のようにダラダラと垂れ流しながらエドワルドは叫んだ。


 「火傷の跡? そんなものは俺の部下がとっくに治しているさ。綺麗さっぱりとな」


 「ばひゃ……な。高位、しんきゃんが、さひを……投げた傷を……」


 「高位神官がさじを投げたから何だというんだ? 俺の部下を甘く見るなよ。もっともそんな天才女医も残念ながらお前(バカ)を治療する奇跡だけは起こせなさそうだがな……」


 湊の言葉に王たちが爆笑する。


 「馬鹿エドワルドを治療することが奇跡とは、これはまた良く例えたものじゃわい」


 「しかし、あの少女メイドの半身が消すことの出来ぬ火傷に冒されていたとは……それが事実だと教えて貰ってすら信じられないのである」


 「うむ。火傷どころかシミ一つ見当たらない見事な治療。言われなければどころか、言われてすら分からぬ」


 「だが、あれほどエドワルドが執着を見せたあの少女が、かつて自分が手に入れ損なった少女に似ていたどころか本人そのものであったとはな」


 「同一人物であるのだから、瓜二つなのは当たり前であろう。あくまでも結果から見ればであるが……」


 「知らなくとも同じ人物を引き当てるのだからこと女性に対するエドワルドの眼力は大したものと言えるのかもしれんが、そこまでして手に入れようとした少女メイドから王族という特大の餌を使ってさえ『生理的に受け付けないから死んでも無理』と断られた訳じゃ。しかも他国の王たちが居並ぶその場で。憐れ過ぎて涙を誘う話じゃて。これはもう、ある意味で伝説になったかもしれぬ」


 ナイフで刺せば単純に命が終わるだけだが、伝説になればその馬鹿な行いが人々の間で永遠に語り継がれる。

 それどころか、今貴族たちの間で流行している写真を既に撮っていれば、名前だけでなくその姿まで永遠に後世に残ることになる。


 王たちの言うとおり、求愛してきた王子エドワルドに対し、居並ぶ王たちの前で考えられる限り最大級の拒絶によってその高慢ちきなプライドを木端微塵に叩き潰したシーリンは、ある意味でエドワルドの名誉を殺すという最高の復讐を成し遂げたのかもしれなかった。


 「では、こいつの処遇についてですが、これ以後は罪人として私の方で身柄を預かるということでよろしいでしょうか?」


 「「「うむ」」」


 列席している王たちに確認すると、皆揃って肯定の意を示した。


 「さて、王たちの許可も得たところで、エドワルド、お前の処分をいい渡す。……と言いたいところだが、その前にシーリン。両親の仇であるこいつに復讐させてやってもいいがどうする? さすがにこんな男でも隣国の皇太子だ。簡単に殺すという訳にはいかないが、即死しない場所であれば黒子が幾らでも治してくれるからナイフで好きなだけ切り刻んでもらっても構わないぞ」


 サラリととんでもないことを言った湊に、腫れ上がって小さくなったエドワルドの目がギョッと恐怖の色に染まる。


 「……………………」


 湊の提案を受けて暫く無言で考え込んでいたシーリンは、憎しみを込めた瞳でエドワルドを一瞥すると、自分の主に向き直る。


 「いえ……こんな腐ったゴミの血で私の手が汚されることは死よりも耐えがたい屈辱ですので、処分の裁量は陛下にお任せいたします。私の口からお願いできることがあるとするならば、願わくばその生臭い汚物を今後二度と私の目に触れる場所に置かないでいただければと」


 そう言って臣下の礼を取るシーリンに、湊は一つ頷く。


 「了解した。ではこの男の処分だが、奴隷落ちの上両手足を拘束し、自殺出来ぬよう口にも拘束具を付けた上で点滴によって死なないギリギリの量の水と栄養を与えることとする。生きるだけの最低限の栄養はあるのだから、当然食事は必要ない。おそらく時期的にトンガール軍が我が国に攻め入ってくるのは一月ほど後になると思うが、それまでじっくりと餓死寸前までいったシーリンの苦しみを噛みしめながら、己の愚かさを後悔しつづければいいさ」


 餓死というのは、死に至る苦しみの中でも最も辛いものの一つである。

 死に至るまでの苦しみがとにかく長いからだ。


 己の欲望のために一人の少女の財産を奪い、健康を奪い、人生を奪い、そして大切な人を奪った。

 世話をしてくれた老人の死後、シーリンは重い火傷を負って自由に動かないその身体で、それでも雑草を口にし、残飯をあさり、泥水を啜って必死に生きてきた。


 そんな彼女の筆舌に尽くしがたい苦しみを考えれば、簡単に処刑してしまうなどなんと生ぬるいことか。

 死などという一瞬の苦しみに逃げることなど、決してさせはしない。

 愚かで身勝手なあの男を罰するには、苦しんで、苦しんで、泣き叫んで死を渇望するようになってさえなお死を選ぶ自由が与えられない生き地獄を、魂が擦り切れるまで存分に味わい尽くさせることこそがふさわしい。

 

 「なに、食事抜きの苦しみがたったの一か月です。こんなか弱い少女ですら耐えきったのだから高貴な血を持つエドワルド殿ならその程度余裕でしょう。まあ、トンガールの対応次第では更なる延長戦も待ち受けている訳ですけど」


 ふふふと笑いながらかけられた湊の言葉に、エドワルドは全身を恐怖で震え上がらせながらその場に崩れ落ちた。 

 

 


 ◆◆◆


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