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第三章 内政編 ④ 経済戦争-6

更新に間が開いてしまい申し訳ありません。

長らく体調を崩していましたが、ようやく落ち着いてきました。

当初は数日に分けて投稿する予定でしたが、予定していた分を一括で投稿します。


「では、この度小域ながらも一つの独立国家を立ち上げさせていただきましたので簡略ながらもそのご挨拶と、これから我が国で新たに導入されることになっている独自通貨についての説明をさせていただきたいと思います」

 

 改めて湊が話題を切り出すと、瞬間的にエドワルドやヘムガール大使たちの顔が曇った。

 

 「我が国はまだ貴国の存在を公式に認めてはいない! にもかかわらず勝手に建国を宣言など礼を失するにも程があるのではないのか?」


 トンガールの外交官から挟まれるそんな鋭い指摘にも、湊は涼し気な表情を崩さない。


 「確かにトンガールとヘムガール両国からは未だ我が国を承認するという返答は届いてはおりません。ですが、現にこの地には我々が統治している他のどの国家の支配下にも置かれていない新たな国が存在しているわけです。その現実の前には貴国の承認の有無など全く意味があるとは思えませんが?」


 「我が国の承認が、全く意味がないだと! きっ、貴様っ!」


 案の定トンガール王子エドワルドが激高して突っかかってくる。


 「国家も人と同じ。仲の良い隣人もいればその逆もいる。いくら仲の悪い隣人が私の存在を認めぬと喚き散らしたところで、私が生きてこの場にいる以上はこの世に私が存在している事実を否定することは何人たりとも出来ない訳です。第一、国家の存在に双方の承認が不可欠というのであれば、クレッサール、ロンジエン、ダルムスの三国から既に承認を得ている我が国からその存在を公式に承認されていない貴国もまた正式な独立国家ではないということになりますが、いかに?」


 「……っ、後から湧いて出た新参者がなにをぬけぬけと! 我が国とおまえたちとでは国家として築いてきた歴史が違う! お前らの承認などいらんわ」


 「国家というものは長い歴史の中で興っては滅んでいく泡のようなもの。泡の古い新しいには何の意味もありはしませんよ。それにもし歴史の長い方がより上位にあるということであれば、この中で最も歴史があり、かつて西方諸国全体を支配したアンリエスト王家の正統な血を引くクレッサール王国のその王族を勝手に誘拐し、あまつさえ処刑しようとした貴国にその資格があるとはますます考えられないのですけれど?」


 「……であるな。エドワルドよ、私もお主らトンガール王族とはその件について後でじっくりと話し合ってみたいと思っていたのだ。それにこの席に参加する資格としてここにいる全ての国の承認がどうしても必要だとこれ以上お主が騒ぎ立てるようであれば、我が国も正式に貴国の承認を取り消すこととする。資格のない貴殿も早々にこの場を立ち去るがよかろう」


 エドワルドを射抜くアレス王のその視線には隠しきれない殺気が含まれていた。

 自分の愛娘が誘拐されて処刑される寸前までいったのだ。普通に考えればその主犯の一族を目の前にして心穏やかでいられるはずがない。


 「エドワルドよ、お前がいるといちいち場が掻き回されてちっとも話が先に進まん」


 「少しは黙ってその場に座ってはおれんのか」


 彼のあまりの態度の悪さを見かねたミレガ皇帝とロスク公王からの苦言もそれに追い打ちをかける。


 「…………っく」 


 王たちの威圧を真正面から受けたエドワルドは、悔しそうな表情を滲ませながらもしぶしぶと引き下がった。

 とはいえ、


 「ふん。お前らのような小国が独自通貨などと笑わせる。そのようなことやすやすと運営できるとは私には思えんがな」


 ……と、それでもこの期に及んで負け惜しみじみた嫌味を残すことを忘れないのだけの度胸があるのは大したものではある。


 「それについては論より証拠。まずはこちらをご覧ください」


 エドワルドの嫌味をサラリと受け流しながら、湊は手元にある数枚の紙束を王たちの前に差し出した。


 「貨幣ですと? これはただの紙ではないですか」


 いぶかしげな目で視線を送るヘムガールの外交官。


 「いや待て、おい良く見ろ。これら一枚一枚に精緻な絵が描かれているぞ! しかも見たところどれも寸分たがわず同じ出来栄えだ」


 「馬鹿な、一体どうやってこのようなものを……」


 「見ろ、ここに1金貨札と記されている。もしや……これは、紙で出来た金なのか?」


 視線で確認を求めてくるロスク公王に湊は頷いて見せる。


 「ええ、公王の仰る通り、これは紙でできた金『紙幣』というものです」


 「紙幣とな……」 


 「各国から伸びる主要交通路が入り混じるこのアンリエストにおいて、現在各国の貨幣が雑多に入り混じって使用されている状態です。それが可能なのも各通貨に含有される金属の割合に関して西方諸国で取り交わされた条約があるおかげなのですが、とはいえ市民が普段使いする硬化が金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、中銅貨、小銅貨などでそれぞれ5か国分5種類が使われている現状はとても利便性が高いとは言い難い状態です。そこでより大きい単位である金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨までをこの紙幣に、そしてその下の中銅貨、小銅貨を我が国で製造した新しい硬貨へと統一し、利便性の向上を図ります」

 

 「紙で出来た金とはその発想に驚きであるな。これならば金貨を大量に持ち歩くよりも遥かに軽い。貴重な紙にこれだけ精密な絵が描かれているならばその価値は金貨一枚どころの話ではないであろうから価値としても十分……。いやしかし、そんなものは使っている内すぐに破れて使い物にならなってしまうのではないのか?」


 「その点に関してですが、その紙は特殊な加工がされていますので折ったり曲げたりしても普段使いの範囲内では易々とは破れないように出来ておりますのでご心配には及びません。もちろんそうとうな力を籠めて引き裂けば人の手でも強引に破くことは可能ですが、そのようなことをしても自分の資産が失われるだけで意味はないですから実行に移す人はほとんどいないといって良いでしょう」


 「しかし、丈夫に出来ているとはいえども所詮は紙。人の手によってすら破けるというのであれば不慮の事故で破けてしまうこともあるのではないか? その場合はどうすれば良いのだ? それで価値がゼロになってしまうというのであれば、やはり使う者は出てこないであろう」


 「そのケースに関しましては、我々が設置する銀行という場所にて破れた紙幣を提示していただければ同等の価値を持つ新たな紙幣と交換いたします。もちろん使えないほど汚れてしまったものや、使用しすぎてボロボロになったもの、火事などで一部燃えてしまったというケースにも対応いたします。もっとも、火に関しては制作の段階で燃えにくい加工を施すと共に紙幣の柄自体にも耐火の魔術陣が仕込まれていますのでよほどのことがない限りは大丈夫なように出来ていますが……」

 

 「なるほどな。それで、もしもの場合には具体的にどのように交換したら良いのだ?」


 「交換自体は我々が設置する銀行という役場で行っていただきます。実際の手続きですがこれは残っている紙幣の割合によって交換できる金額が異なります。紙幣全体の3分の2以上が残っていれば全額交換します。またそこまでは残っていなくても5分の2以上残っていれば半額と交換できます。それ以下の場合ですと残念ながら交換には応じられません」 


 「なるほど。1金貨紙幣を半分に割いて別々の日にその銀行とやらに持って行って交換したとしても、1金貨札2枚にはならないわけだな」


 「ええ、そうです」


 この辺の破損紙幣の交換システムに関しては、湊たちの出身である帝国や日本で既に使われていて実績のあるものをそのまま流用しているので特に問題にはならないであろう。


 「しかも、紙に描かれたこの模様と絵柄。いったいどのような技術を以て製造しているのか皆目見当もつかないが、これほど精緻なものを寸分たがわず模倣することなど我々には到底不可能」


 「……つまり、あのいまいましい貨幣の偽造を防ぐのにもうってつけというわけだな」


 ロスク公王とミレガ皇帝が納得顔で頷きあっている。


 通貨の歴史とはすなわち偽造貨幣の歴史でもある。

 地球にも「悪貨が良貨を駆逐する」という諺があるが、湊たちの調査でも各国ともに質の悪い偽造貨幣の流通には頭を痛まされ続けているようである。


 もっとも、この西方一帯には偽造貨幣ではなくとも、更に重大な問題を孕むものが大手を振って堂々と市場に流通しているのであるが……。


 「それでだ。俄かに信じがたいことではあるものの仮にこの紙幣とやらを流通量に足りるだけ用意できたとして、それをどのように市場に流していくつもりなのであるか?」 


 「これから新たに外部からやって来る者に関しては都市に入る際に入国審査と並行して貨幣の交換を行います。この都市の中の交換に関しては、少し段階を踏む必要がありますが、まずは規模の大きい大店の所有する貨幣を交換し、それから中、小と枝葉を広げるようにして都市に流通している各国の貨幣を交換、回収します。また、それとは別に新たに銀行という組織を立ち上げますので、そちらに設置した貨幣交換所でも個別に交換に応じます。また、新貨幣の流通し始めは都市の複数個所に臨時に硬貨の交換所を設置して対応します。このように速やかに交換を進め、遅くとも一月の内には都市に流通する貨幣の9割以上を新貨幣に変えたいと考えています」


 「それはまた随分と急激に事を進めるのであるな」

 

 アレス王が驚くのも無理はない。

 こちらの世界でも国家の勃興や国王の崩御による王権の移行などの理由により、国がそれまで流通していた貨幣を新たなものに変更するなどということはままあることだ。

 しかし、その新貨幣が市場に流れていく速さは湊が推し進める速度に比べると非常にゆったりとしたスパンで行われる。

 

 湊たちのように紙幣を印刷する輪転機や硬貨を製造する機械をガンガン回せばそれも可能であろうが、この世界では貨幣を鋳造するのにもいちいち手作業で行わなければならない。どれほど職人たちが精を出して貨幣を製造しても短時間でそれまで流通している貨幣を全て染め変えるまでには至らないというのが現実である。


 「既存の通貨にはこのまま野放しにしておけない重大な問題がありますからね」 


 「問題……であるか?」


 「ええ、看過することが出来ない問題です」


 その場にいる一人一人にゆっくり視線を回しながらそう告げた。

 すると、案の定というべきか、その中にほんの一瞬だが顔色を変えた者たちがいる。


 ヘムガール帝国の外交官ドワイド・カーラーと、トンガール王国の外交官グラツェフ・フェイノルトの二人だ。


 該当者ということではもう一人トンガール王国王子エドワルドがいるのだが、どうやら今の彼の心を占める関心事はこの話し合いにはないようで、先ほどからやたらとあらぬ方向へと視線を送っている。


 そんな論外エドワルドはもちろんとして、行動に明らかな不審さが見られた残り二人の外交官に対しても湊はポーカーフェイスを貫いて彼らの様子の変化に気づいていることを悟らせない。

 己の一瞬の不覚は当人たちも自覚していることであろうが、こちらが表情や態度に出さなかったことで本人たちは誰にも気づかれなかったと今頃心の中で安堵しているに違いない。


 もちろんそのような不用意な失策を見逃すような湊ではないのだが……。


 とはいえ、ここでいちいち声を荒げながらそれを問い詰める必要はない。

 もう既に魚はまな板の上に乗っているのだ。後はただ熟練した職人技でゆっくりと丁寧に捌いていけばいい。

  

 「その問題がなんであるかはとりあえず横に置いておくとしまして、こちらが当方の発行する新貨幣と市場に出回っている既存の通貨との交換レートになります」


 そう湊が告げたところで、メイド姿のシーリン・ナタレが一人一人に交換レートが記された紙を配っていく。

 半身の大やけどという苦境を乗り越えた彼女は、その後数か月間に渡って五十鈴による厳しくも丁寧なメイド教育を受けたことにより、今はこうして王族の前に出しても恥ずかしくないだけの所作を身に着けている。


 そんな彼女の着用している使用人用の制服は、こちらの世界で出回っている野暮ったいメイド服とは明らかに異なる洗練されたものだ。

 それはいわゆる「アレ」な趣味を多数抱える小此木紗希がゲーム仲間であるシーリンのためにと気張ってデザインした結果といえるが、とかく空回りしがちな彼女のその熱意が珍しく良い方向に作用したようで、そのメイド服は仕事着としての機能性を備えながらも清楚さと優雅さを兼ね備えた非常に良い出来上がりになっていた。


 そしてそれに身を包むのが「可憐で健気」を絵に描いたようなシーリンなのであるから人目を惹かない訳がなかった。

 事実、そんな彼女が気になるのか、王たちが集まるこの重要な話し合いの中においてさえ心ここにあらずとばかりに先刻からシーリンに熱い視線を送り続けている男がいる。

 その人物とは、言うまでもなくトンガール王国を代表してこの場にいる王子エドワルド(ばかちん)である。


 あの己の感情を制御出来ない愚物がようやく静かになったかと思って見てみれば、口を閉ざしたその理由までが俗物的であった。

 こんな状況でよくもまあ呑気にと思わず呆れかえってしまうが、どうせ彼がそんな余裕を心に持っていられるのもここまでであろう。


 そんな湊の予想に違わず、だらしない表情を浮かべながらお目当てのシーリンから資料を受け取った彼は、ちらりとそれに目を落とした瞬間、日本の刑事ドラマ史上最も殉職率が高いと評判の七つ曲がった警察署においてその下馬評に違わず順当にピストルに撃たれて死亡した某ジーパン的な刑事のごとく「なんじゃこりゃ~~~~~~~~~~っ!」と顔を真っ赤にして悲鳴にも近い絶叫を上げるはめになった。


 吠えるのは太陽に向かってだけにして欲しいものである。


 とはいえ、驚愕の表情を浮かべているのは何もエドワルドに限ったことではない。

 彼の部下であるグラツェフとヘムガールの外交官であるドワイドも、声を荒げこそしなかったもののさすがに不快そうな表情を隠しきれない様子で、良く見ると抑えきれない怒りのせいかシーリンから受け取った紙を持つ手が細かく震えている。 


 「………………申し訳、ありませんが」


 心に渦巻く感情を整理するのに時間がかかったのであろう。しばし無言を貫いてからおもむろに口を開いたグラツェフは、隣で例の如く大声で喚き散らしているエドワルドに勝るとも劣らないほどの鋭い視線を湊に向け、喉の奥から懸命に絞り出したような声音で発言する。


 「申し訳ありませんが、この紙に書かれている内容のその理由をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」


 それでも怒りを必死で押し隠し、務めて冷静な口調で話そうとしている彼の姿勢は立派と言うべきであろう。 


 彼が怒るのも無理はない。

 シーリンから手渡された資料には新貨幣と各国の通貨との交換比率が記されている。


 で、それの何が問題になってくるのかというと、ここにいる5国の中で交換比率が高い国と安い国があるということだ。


 具体的に言うと、クレッサール王国、ダルムス大公国、ロンジエン帝国の3国は等価の1:1なのに対し、ヘムガールとトンガールの2国に限ってはその3割増しである1対1.3の割合になっている。


 これを日本円で例えるなら、クレッサール、ダルムス、ロンジエンの通貨が1金貨札1枚を100万円で交換出来る時に、ヘムガールとトンガールの通貨では130万円必要になってしまうということである。


 これでもヘムガール、トンガール両国の商人がアンリエストを経由せずに他国と取引を行えるということであれば問題はないかもしれない。


 しかし、あいにくとトンガール王国が接しているのはヘムガールとアンリエストだけであるし、ヘムガールは他の3国とも国境こそ接しているものの、そこに通じる道は魔物の跋扈する深い山越えのルートであり、貨幣の交換比率に不満があるからと山越えのルートを選んだ場合、平坦な道を行くアンリエスト経由のルートに比べかかる日数と経費も倍増し、なにより身の危険が数十倍にも増幅されることになってしまう。おまけに山道ということもあり馬車で通過することも叶わないため、運べる荷物も大幅にすくなくなってしまう。


 これでは、例え3割増しという暴利を支払ってでも山越えのルートを通るよりはアンリエスト経由のルートを通過した方が遥かに安上がりという計算になるわけで、ヘムガール、トンガール2国の商人からすれば、不平等で足元を見られていると分かっていてなお3割増しの交換比率で通貨を交換する以外の選択肢が存在していないという絶望的な状態に陥ってしまうのである。


 だからこその、グラツェフのこの反発である。


 「私もグラツェフ殿と同意見です。失礼であると承知の上であえて言わせて頂きますが、確かに我が国は貴国の存在を公式には認めてはおりませんし、また宗教上の理由などから両国の関係が円満であるとは決して言えない状態であることは紛れもない事実です。しかし、だからといって他に選択肢がないことを盾にこれほどまでに不平等な交換レートを押し付けてくるなど暴挙も良いところではないですか。それとも他にそうせざるを得ないだけの確固たる理由があるのでしょうか? もしあるというのであれば是非ともお聞かせ頂きたい」


 「理由ですか? もちろん補填ですよ」


 「補填? 一体何のです?」


 「補填と言ったら損失のに決まっているじゃないですか」


 「ですから、一体何の損失の補填だというのですか?」


 「この期に及んでまだとぼけますか……」


 ドワイドの言葉を受けてポツリと呟いた湊は、一つだけ大きなため息を漏らすと、そのまま下を向いてじっと黙り込んだ。


 「ミ、ミナト殿、いきなりどうしたのだ? ……大丈夫か?」


 心配したミレガ皇帝が声をかけてくる。


 俯いている湊は小刻みに肩を震わせていて、それを目にしたミレガ皇帝はもしかしたら湊が顔を伏せて泣いていると勘違いしたのかもしれない。

 しかし、当たり前の話だが湊は泣いてなどいない。


 心の底からふつふつと湧き上がってくる可笑しさをどうしてもこらえることが出来なかったのだ。


 しばらくそのままうつむいて肩を震わせていた湊だったが、1分ほど経過してようやく落ち着いたのでゆっくりとその顔を上げた。

 

 一方、彼に何が起こったのかさっぱり理解できない一同は、どこか緊迫した雰囲気の中そんな湊の奇行をじっと固唾を飲んで見守っていた。

 そんな彼らは、ようやくとばかりに顔を上げた彼の表情を目にした途端、そろって心臓を鷲掴みにされたような恐怖にその身を支配されてしまうことになる。


 正面を向き直った湊の口元に、にやーっと三日月型に歪んだ悪魔のような笑みが貼り付いたままだったからだ。


 「き、貴様っ、不気味にニヤけおってからに、何がそんなにおかしいのだ!」


 「…………ニヤけている? 私がですか?」


 エドワルドに指摘されて不思議そうに小首を傾げた湊は、両手で己の口元を覆うように触ってようやく自分がまだ笑みを浮かべたままであることに気が付いた。


 さもありなん。


 「可笑しいかですって? ええ、可笑しいですとも。なにしろヘムガールの外交官とトンガールの外交官、私からの説明なぞなくとも本当は両者とも嫌と言うほど詳しくその理由を知っているというのに、ギリギリまで追い詰められてなお私の口から説明を聞かなければ分からないなどと必死にしらを切ろうと頑張っているのですから。そんな涙ぐましい茶番劇、傍から見ていて可笑しくないはずがないじゃないですか。ですよねぇ、お二方」


 「「……………………」」


 湊の問いかけに対する二人の回答は揃って無言であった。


 「ミナト殿、我々には何を言っているのかさっぱり分からんのだが、これはいったいどういうことなのであるか?」


 湊に追い詰められて明らかに顔色が悪い2人(+1人)を横目に、完全に外野に置かれていたアレス王がおずおずといった口調で説明を求めてくる。


 「説明ですか? そうですね。ではその前に私からも一つを質問をさせてください」


 「質問……であるか?」


 「ええ、まあ簡単なものですよ」


 不安げなアレス王にやんわりと微笑んで話を続ける。


 「この場にクレッサール王国出身の商人とダルムス大公国出身の商人の二人がいたとします。彼らはともに独自の貨幣を発行している国の商人同士なのにもかかわらずそれぞれの国の貨幣を使って複雑な貨幣レート計算なしに取引することが出来ました。それはどうしてでしょうか?」


 「それは条約によってそれぞれの国で発行される通貨に含有される貴金属の割合が決められているからであるな」


 「そう、アレス王の仰る通り、西方諸国一帯で結んだ条約によって単位毎に含まれるべき貴金属の含有量がきちんと定められているからです。つまり、クレッサール王国の発行する金貨1枚とダルムス大公国発行の金貨1枚は見た目や形こそ違えど中身は全く等価値であるからこそ両者の間で何の混乱もなく公平で対等な取引が成立しえるというわけです」


 「……であるな」


 うむとアレス王は頷いて同意する。 


 これが地球のような変動相場制であると、1ドルが120円とか、円が上がっただの下がっただのと日によってすら複雑に通貨の価値が変わってしまうのだが、幸いにしてかこちらの世界では商品の価値を金を基準に算定される金本位制度なため、貨幣と言いつつも実際は金や銀などの貴金属で買い物をしているのと同じということになる。


 「今の例えと同様に西方5国全てがその条約に加盟することで異なる通貨の価値を一つに揃えているわけですが、では、仮にその中の一つの国がこっそりと自分の国の金貨に含まれる金の含有量を規定値よりも減らしたりしたらどうなりますか?」


 「どうなる……というか、それは由々しき事態であるぞ」


 ここにきて事態の深刻さに気が付いたアレス王の顔色が変わった。


 「16%です」


 湊は簡潔に告げる。


 「ヘムガール帝国とトンガール王国は自分の国で発行する金貨の金の含有量を条約で定められた規定値より約16%もごまかしています。驚くべきことに両国ともにぴったりと同じ数値。これを偶然と言い張ってしまうにはあまりにも出来過ぎな話ですよねぇ」


 条約では金貨1枚に含まれていなければならないとされている金の重さは地球換算でおよそ25グラム。しかし、ヘムガール帝国とトンガール王国の発行する金貨には21グラム程度しか金が含まれていない。

 つまりそれは、10万円の品物を買うのにあたって10万円と偽って8万4千円しか払っていないことに等しい。


 たとえ金の含有量が少なかったとしてもそれぞれの国の中のみでしか使えないということであればそれほど問題はならない。

 事を大きくしているのは、トンガールやヘムガールの通貨でクレッサールやダルムス、ロンジエンの品物がそのまま購入できるという点にある。

 規定量に満たない金(銀もだが)で買い物をしている以上、外国と取引を行えば行うほどトンガールとヘムガールは得をし、一方で残りの3国は損をしているという計算になる。

 そして取引する量や年月が増えれば増えるほどその儲けは膨れ上がっていく。それも天文学的に。

 

 「まさか、そんなことが現実に起こり得るのであるか? いやしかし、そのような事態が起こらぬよう我が国だけでなくこの条約に加盟している国それぞれで定期的に検査を行っているはず……」


 「賄賂に目が眩んだ。家族を人質にとられて脅された。その他様々な理由があれどその検査を行っている担当からして既に黒なのです。もちろん歴代の担当全てが犯罪に手を染めたとは言いません。ですが、クレッサール王国の貨幣検査官は不審な死を遂げたり行方不明になって交代するケースが不自然なほど多いみたいですね」


 「つまり、検査で不正を行うのを拒んだり、不正がある事実を我々に報告しようとしたものたちは全て闇に消されてきたというわけであるか?」


 「状況から考えると、そういうことになりますね」


 「おお……、なんとむごいことを……」


 「ふっ、ふっ、ふざけるなぁっ!」


 裏返った叫び声を上げながら両手で強くテーブルを叩いて、勢いよく立ち上がったのはエドワルドであった。

 

 「ちょっとお待ちいただきたい! そんなのはそこの若造が一方的に主張しているだけの言いがかりではないですか! そこまでして我が国を貶めたいというのならばちょうどいい。ここに来るにあたって貴様が我々に用意させた金貨40枚。その中に我が国のものはないが、同様に疑いをかけられているヘムガールの金貨は10枚含まれている。我が国の金貨が必要であるというのならばこの場で私が用意しよう。その上でここにいる全員立ち合いの元、金の含有量を調べて貰えば貴様の言うことが出鱈目であると証明することもできるはずだ。違うか?」


 「そうおっしゃると思ってクレッサール、ロンジエン、ダルムスの宰相を立会人として別室で既に検査が進んでいますよ。……と言っている間にも結果が出たようですね。ああシーリン、ありがとう」  

 

 言っている最中に横合いからメイドの手によりうやうやしく用紙が手渡される。


 「それで、どうだったんだ?」


 大丈夫だという確信があるのだろう。そう問いかけるエドワルドの口調は自信に満ち溢れていた。


 「結果としましては、あなたが持参したヘムガールの金貨の含有量は条約で定められた規定値にきちんと適合していましたね。あとそれとは別にヘムガールの外交官殿に持ってきて頂いたトンガール王国の金貨の含有量も同様に検査させていましたが、こちらもきちんと適正値におさまっていたようです」


 手元の用紙に書かれた検査の結果を湊は淡々とした口調で読み上げる。


 「ほれみたことか! これで我々の正義が証明され、我が国とヘムガールを虚言によって貶めようとした貴様の悪事が露見したわけだ! ざまあみろ! 実に愉快だ。ふははははははははは―――――「ええ、だからこそあなた方は有罪ギルティです」―――――はぁ?」


 検査では白であったのに黒だと宣告されたエドワルドは湊が一体何を言っているのか理解できないようで、その感情は怒りを突き抜けた混乱によって真っ白に塗り潰されたのか、あんぐりと口を開けたまま彫像のようにフリーズしていた。


 「検査で適正値を出しているというのに有罪ギルティとは、一体どういうことなのだ?」


 エドワルドほど大仰な反応ではないものの、やはり狐につままれたような表情を浮かべている王たち。そんな彼らを代表してロスク公王が尋ねてくる。


 「確かにそこで固まっているトンガール王子(バカぼん)の持参してきたヘムガール金貨、そしてヘムガールの外交官殿が持参してきたトンガール金貨は条約に規定された値に適合していました。しかし、残念ながらそれ以外のもの――アレス王、ミレガ皇帝、ロスク公王がそれぞれの国から持参してきたものや、検査にも立ち会った3国の宰相たちがそれぞれアンリエストの街に繰り出して無作為に手に入れてきたトンガールとヘムガール発行の金貨など、それぞれ100枚以上のサンプルを検査させましたが、その全てが基準値に満たないものでした」


 「我々が持ってきたものや実際に都市で流通している金貨は全て駄目であるのに、トンガールとヘムガール疑惑の当事者同士が持参してきた金貨だけはきちんと基準をみたしている……それはつまり――」


 「ええ、ロスク公王の考えている通り、この一連の不正行為に関してトンガールとヘムガールは完全に共犯グルの関係であるということです。『こんなこともあろうかと』とばかりに王宮に収める金貨に関してはわざわざ規定値に適合したものを用意したのでしょうが、その慎重さが裏目にでましたね」


 「……で、だ。かようにミナト殿は主張しておられるが、そちたちにこれ以上なにか申し開きはあるかの?」


 「「「………………………」」」


 アレス王を始めこの場にいる王全員に鋭い視線を向けられてすっかり縮こまってしまっている彼らは、国を代表している手前素直に不正の事実を認めることも出来ず、さりとてこれ以上の反論を繰り出すことも出来ず、ただこれ以上の失点を重ねるわけにはいかないとばかりに沈黙モードに突入したようであった。


 結局この後の話し合いで、王たちは今後は自分たちの国でも湊が示した新貨幣の交換レートに倣ってトンガール、ヘムガール両国の貨幣との交換レートを見直すことを宣言し、協議の末分かり易く横並びということで一律1対1.3の懲罰的レートを採用することが正式に決定された。

 またその制裁の期限についてであるが、今から約70年前に即位した四代前のトンガール王が即位後1年だけ発行したとされる金貨がアンリエスト城の宝物庫に残されていたためそれを調べてみたところ、既にそれが不正の品であったことが判明したため最低でも70年以上前からその不正行為が続いていたことが証明されてしまった。したがってその数字をベースに懲罰としての年数を加算して算出した制裁適用期間を今後100年と設定し、後日両国王に対してもその旨が正式に通告される運びとなった。


 この経済制裁により、ただでさえ浩一の工作によって国内の資金が大量に外へと流出しているトンガール、ヘムガールの両国は今後更に厳しい資金繰りを余儀なくされることになってしまう。

 来るべき戦争に向けて大量の物資を調達していた両国にとって、自業自得とはいえこれはあまりにも大きい痛手であった。


 しかし、話はここでは終わらない。


 捨てる神があれば拾う神もいる。


 ◆◆◆


 トンガール、ヘムガール両国の資金難の隙を突くようにそこへと進出して行った商人たちがいた。

 彼らを率いる男の名はコルドバ。

 アンリエストで唯一生き残っている奴隷商である。


 そんな彼らの目的は何か――などとは今更説明するまでもないであろう。

 アンリエストの奴隷商人が外国で買い付けて帰るものと言えばたった一つしかないからだ。


 そう、亜人奴隷である。

 

 彼らが外国に出て亜人奴隷の買い付けを行う事に関して何を今更と思うかもしれないが、今回の買い付け交渉は今までとは少々趣旨が異なる。

 普通に奴隷市で購入できる亜人奴隷は既に大方買い付けてアンリエストへと送り届け終わっているからだ。


 では今回の買い付けは何を目的にしているのかと言うと、そのメインターゲットはヘムガールやトンガールの貴族や大商人などが囲って手離そうとしなかった愛玩用のお気に入り、そして国家や領主たちによって鉱山や農地で欠かすことのできない労働力として過酷な労働を強いられている奴隷たちである。


 愛玩用のお気に入りはもちろん、労役用の奴隷ですら今までコルドバが相場にかなり色を付けて交渉しても一定数以上は絶対取引に応じて貰えなかった。

 いくら相場より高く売りつけることが出来るからといっても、肝心の労働力がいなくなってしまえば収入そのものがなくなってしまうのだからそれもある意味当然のことである。


 しかし、戦争が近づいたことで物価が急騰している上に国の発行している通貨の価値そのものが3割も下落している中、追い打ちをかけるように片瀬川浩一の手練手管により次々と高額商品を買わされて懐が寂しくなってきている今の彼らならば籠絡するのもさほど難しいことでははない。


 それでも多数存在する貴族たちの中には、生活がかかっているのだから絶対に労働奴隷を手放せないと考える堅実思考の者や、お気に入りの愛玩奴隷はどれほど金に困ろうが絶対に譲り渡さないと頑なな態度を崩さないようなやっかいな者もいる。


 しかし、結果としてコルドバは交渉を持ちかけた相手ほぼ全てから所有している亜人奴隷を買い付けることに成功している。


 一体どんな魔法を使ったのかと思うかもしれないが、コルドバがやったことといえば、ただ相手の耳元で「私は一応アンリエストの商人であるのでこのようなことを大きな声では言えませんが――」と囁いただけである。


 労働奴隷を売り渋っている者に対しては「これから起こる戦争で勝利しアンリエストを支配することで今まで以上に大量の亜人奴隷が手に入るようになり、それによってこの先亜人奴隷の価値は間違いなく暴落するでしょうから今の内に高く売って戦争後に安く買いなおした方が遥かにお徳になりますよ」と。


 愛玩奴隷を売り渋っている者に対しては「戦争に勝てば今手元にいるお気に入りなぞ比べものにならないレベルの奴隷も市場に流れるようになるはずです。ただしそれほど質の良い奴隷となるとどれほど多くの奴隷が市場に溢れようが目が出るほど高額になることは間違いないので、今手元に置いているお気に入りの奴隷を高く売れる今の内に手離して戦争後に激しい購入競争が予想される最高レベルの奴隷の購入資金に充てた方が良いでしょう」と。


 トンガール人やヘムガール人は戦争での自分たちの勝利を誰一人として疑っていなかったので、この甘言は効果てきめんであった。


 もちろんコルドバ自身はトンガールやヘムガールがアンリエストに勝てるなどとは微塵たりとも考えていない。

 ミナト王の手により急速に発展を遂げているアンリエストと他の国の主要都市を見比べてしまえばその技術力の差は歴然。

 戦争の結果など深く考える必要もなく簡単に予想できてしまうからだ。


 ともあれ、このコルドバたちの奮闘によりトンガール、ヘムガール両国に取り残されていた亜人たちはほぼ全てアンリエストに引き上げることが出来た。

 

 問題点があるとすればこの奴隷を購入した資金で多少なりとも両国の資金繰りが改善してしまったことであるが、そもそもその奴隷の購入資金は浩一が両国の貴族や商人たちに名刺や写真などをウルトラぼったくり価格で売りまくったものの一部から捻出されている。

 言ってみれば、トンガールやヘムガールから大量に集めた資金からほんのちょっと割引サービスとして返してあげたようなものだ。


 湊たちにとっては微々たる額とはいえ、それで両国の戦争準備が一段進むのは間違いないであろう。

 だが、元々湊はトンガールやヘムガールの戦力など恐れてなどいない。


 万全な状態の敵よりはそうでないほうがより楽に勝てる――。


 言ってみればその程度の認識である。

 

 湊には敵を迎え撃つにあたって、万全な状態の数十倍の敵兵に四方を囲まれることなんかよりも遥かに実行されたら嫌な戦術が一つだけあった。


 それは、敵が湊たちの同胞である亜人奴隷を集めた肉壁を先陣にしてこちらの陣の突破を図ってくる戦法である。

 壁役の亜人奴隷たちをいわば人質にとった外道な戦術であるが、自分たちの正義のためなら隣国の王族だって平気で誘拐する両国の王ならばそれを実行することにわずかな躊躇もないであろう。


 そして、現実としてその作戦は非常に有効なのである。


 敵の先陣で真っ先に攻めてくるのが自分の意思によらず無理やり戦わされている同胞ともなれば、迎え撃つこちらの戦意が上がるはずもない。

 戦場で少しでも相手を殺すことを躊躇したらやられるのはこちらである。

 戦意を揺るがす動揺が軍全体に広がってしまえば勝てる戦だって勝てなくなってしまう。


 とはいえ、それでも最終的にはこちらの勝ちは揺るがない。それだけは確信を持って言える。

 しかし同時にこちらの被害も大きく膨れ上がってしまうであろうことも間違いない。

 であるならば、その懸念事項こそ真っ先に潰すべきであった。

 ましてそれが金で解決できる問題であるというならなおさらである。

 

 原資はあぶく銭とはいえ、今回の策は今まで膨大な資金をかき集めてきたた湊たちにとって多少なりとも財布が軽くなるものであった。

 だが、当然これだけでは終わらない。

 その損失すらまたすぐに取り返してやるとばかりに、片瀬川浩一と里見聡志の二人がまたなにやら悪だくみを進めているようであるし、それでなくともトンガールの方では既に今までこき使っていた働き手が一気にいなくなったことで鉱山での鉄鉱石の産出量が激減しているという報告が上がっているようである。


 そしてこれら労働者の激減は、何も鉱山だけに影響があるわけではない。

 これから秋に向けて収穫の時期がやってくるが、育てた野菜や穀物の刈り入れにだって人手は必要だ。

 建築やインフラの整備などにしたって同じである。今まではそういう特に過酷な力仕事に関して彼らは亜人たちを酷使して行ってきたわけで、それらが急にいなくなってしまったら工事だって碌に進まない。

 

 今まで亜人奴隷という都合の良い労働力に頼りきって楽をしていたツケが一気に襲い掛かってくるのだ。




 どうやら拾う神といえど落してくれるのは金のみで、それが幸せを運んでくるのかというと必ずしもそうとは限らないようである。


 ◆◆◆


ずっと政治の話ばかりで戦闘が好きな方には退屈になってしまい申し訳ありません。

あともう少しで戦争編が始まりますのでもう少しだけ我慢してください。

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