第三章 内政編 ④ 経済戦争-2
近日中にもう一話投稿します。
「ふはははは、儲かりすぎて笑いが止まんねぇっすわ!」
「貴族様々ってやつだな、これは」
自分の元に送られてくる金貨の詰まった箱が積み上げられた山を眺めながら、高笑いしている片瀬川浩一と里見聡志。
湊の命を受けた浩一が中心になって売り込みをかけた名刺は、今やトンガール王国のみならず西方五国全ての貴族たちの間で大ブームを興していた。
その値段はまっ白いカードに名前と所属が印刷されたベーシックなもの100枚1セットで金貨10枚。
ざっくりと帝国円に換算するとおよそ100万円の売り上げである。
ただし、これはあくまでもなんの飾り付けもされていないプレーンな状態のものであって、資産の少ない下級貴族たちや中堅どころの商人レベルならばともかく、王族や上級貴族、大商人などであれば色や装丁に贅を凝らし独自にカタスタマイズするのが今や当たり前という状況になってきている。
例えどんなに爵位が高かろうとも、社交の場でつまらない名刺を差し出そうものならとたんに相手から侮蔑の視線を受けてしまう――既にそんなところまで流行の度合は進行していた。
もちろん潤沢な資産を持つ上級貴族や大店の商人にとっては金貨10枚が5倍の金貨50枚になったところで痛くも痒くもないであろうが、ここで重要なのは、あくまでもこの名刺が消耗品であるということだ。
地球でもいえることだが、下っ端社員ならばともかく会社の経営陣ともなると付き合いを持つ人数や範囲は計り知れない。その場限りのちょっとした仕事付き合いを含めれば更にその数は増加する。しかも、会社の規模や経営の多角さに比例してその増加率は加速度的に跳ね上がるのだ。
つまり、枚数辺りの単価が高い上流階級であればあるほど数多くの名刺が必要になるということである。
ならば、上流階級同志の場合には高級仕様の名刺を、適当な相手にはプレーンの名刺をと状況や相手に応じて使い分ければいいではないかという話になるのだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。
先ほども少し触れたが、名刺というものは今や己の権威を示す一つのステータスである。
例え相手がどんな下っ端であろうが、つまらない名刺を差し出そうものなら、「この程度の男か」と例えその場で態度には出さなくても後で陰口を叩かれ侮られてしまう。
例え相手が何者でどんなに小さい関わりであろうとも贅を凝らした名刺を渡すことこそがその人物の器と権威の大きさを示すこととなり、身分が高ければ高いほど差し出す名刺の質で度量が図られてしまう。
そしてこの名刺が必要とされるのはなにも貴族家の当主に限ったものではない。
嫁や子供にだって社交の場での人付き合いというものは存在するのだ。
100枚なら金貨50枚でも、渡す相手が千人なら金貨500枚、一万人なら金貨5000枚にもなる。
金貨5000枚といったら帝国円に換算しておよそ5億円。
ここまで来ると、大貴族であっても決して小さいダメージとは言えない。しかも商品は自分の手元に一切残らない消耗品である。
同じものを浩一の母国で手に入れようとすれば、安いもので100枚で千円、老舗の凸版印刷屋で刷ってもらった高級品でも8千円ほどで購入できる。
そう考えると、浩一たちの高笑いが止まらないのも無理はない。
もっとも、物を書き留める媒体の主流が羊皮紙で、質の悪い紙ですら希少な高級品であるこの世界において、綺麗に漂白されてコート加工やマット加工された紙や、それに寸分たがわぬ精度で同じ文字を写す印刷技術は完全な時代超越品であり、紙もインクも材料さえあれば『天下布武』内の工場で生産可能とはいえ無尽蔵に湧き出てくるものでもないことを鑑みれば、決してぼったくりと批難される謂れはないであろう。
「やっぱり敵から巻き上げる大金はサイコーすなあ」
「越後屋、お主も悪よのう」
「いやいや、お代官様こそ……」
影響あるとすれば、せいぜいがこうして金貨の山の前で「「ふひひ」」と不気味に嗤い合い、小躍りしながら悪乗りしている浩一と聡志が馬鹿をやっているその姿をシーリンとロジエを引き連れた小此木紗希に発見され、
「ねぇ、紗希、あれは何をやってるの?」
「金貨の周りで奇声を発しながら踊っている……何かの儀式ですかぁ?」
「しっ! あれはアホアホ病という不治の難病です。感染力が強いから近づいちゃだめですよ!」
……と人知れず無垢な少女たちからの評価を下げていることくらいだが、アンリエスト国全体にとってそれは取るに足りぬ微細な被害であった。
知らないところで手痛いダメージを受けてはいたものの、名刺を使った各国上流階級からの集金作戦は極めて順調。
しかし、これですら集金工作を進める浩一にとってはあくまでも様子見のジャブに過ぎない。
売り上げの数こそ名刺に遠く及ばないものの、その圧倒的収益率によって名刺の数十倍の勢いで貴族たちの懐をガリガリと削り取っている本命の商品が別にあるからだ。
これこそが貴族たちの資金力を撃ち抜く第二の銃弾。
天文学者ジョン・ハーシェルによって光の、描くものと名付けられたそれは――帝国公用語で一般的に『写真』と呼ばれているものである。
デジタル一眼レフを片手に各国の貴族たちに売り込みをかけた浩一は、手近な風景などを写真に撮って見せて彼らを一通り驚かせた後、その耳元でこう囁いた。
『これで記録を遺せば、あなたの姿と名前は永久に母国の歴史に刻まれることになりますよ』……と。
芸術には肖像というジャンルがある。
知っての通りこれはモデルの外観を表現した絵画や彫刻などであり、時の権力者たちは己の威光を示すためにこぞってお抱えの画家や彫刻家などに自分の姿を写し取った作品を制作させた。
そしてそれを見た後世の人々は、「ああ、○○という人物はこういう顔をしていたんだ」とイメージする訳である。
我々がベートーベンと言われて頭ボサボサの目つきが悪いおっさんが描かれているあの絵画を思い浮かべる(実は若くてイケメンな別の肖像画も残っているのだが)のも、アインシュタインと言われてあのベロを出したお茶目な姿を思い浮かべるのも、坂本竜馬と言われて着物の懐に右手を突っ込んで遠くを見つめているあの写真を思い浮かべるのも、全てその人物を肖像する絵なり写真なりが残っているからである。
このように自分の姿を後世に残すのが目的であるからして、必然的に肖像画を描く画家の画風は写実性を重視したものが尊ばれる。
地球の貴族たちの例を見ても、時代的な価値観の違いはあるものの、本人の姿をそれこそ一切の装飾を加えず忠実に再現させたものが喜ばれる傾向が比較的多い。
もちろん中には自分の姿を美化して描かせた者もいるし、伊達正宗の肖像画のように隻眼であるはずの目をあえて損傷ないかのように描かせたというような例も存在している。
しかし、現代に残っている多くの肖像画を見れば分かるが、自分の姿を必要以上に美男子として残そうとしたような例は案外少ない。
当たり前の話だ。
本当の自分と全く異なる肖像画が後世に残ったならば、それはもはや同姓同名の別人である。
偽りの姿を遺すのなら、はなっから肖像画など描かせる必要が存在しない。肖像画とは本人の似姿であるからこそ意味があるのだ。
要するに、肖像画は実際の本人と似ていればいるほどいいわけである。
そして、人物の姿を写し取るという点で言えば、絵画よりも圧倒的に優れているのが写真だ。
良く出来た肖像画もかなりの物であるが、それでもやはり実際の景色をそのまま切り取る写真には敵わない。
何より、絵画には多かれ少なかれそれを描く者の癖や好み、その時々の流行などというものが強く関わってくるため、それこそ写真のように人物をそのまま写し取ったかのような精巧なものから、実際の人物よりもやや丸みを帯びて肉感的になったり、浮世絵のように癖の強いアレンジをされてしまったりするケースもある。
そうでなくとも、時代が下るにつれて別人のものと間違われて伝わってしまう例もある。
例えば、長谷川信春が描いた武田信玄の有名な肖像画は、実のところ能登の戦国大名「畠山義続」の物なのではないかという説もあるし、上野にある西郷隆盛の銅像を見た西郷糸子夫人が「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてえ(うちの主人はこんなお人じゃなかったですよ)」と言ったという記録が残っている。
糸子夫人の発言については、外見が似ていないことについて言ったという説と、浴衣姿で犬を散歩していることについて、主人はそんな姿で外を出歩かなかったということについて言ったという説の二つが存在しているが、いずれにせよ、本人含む関係者がみな鬼籍に入っている今となってはどちらが正しいとも証明しようがない。
写真なら教科書に載っているものがあるじゃないかという方もいるかもしれないが、有名な西郷隆盛の肖像は写真ではなく死後に描かれた絵であり、それを描いたイタリア人銅版画家は直接西郷隆盛と面識があったわけではないので肖像画というよりもむしろあれはモンタージュ画である。
写真一枚でも残っていれば話は変わったのであろうが、残念ながら西郷隆盛は相当な写真嫌い(天皇陛下に写真を求められても断ったという位であるので、筋金入りな写真嫌いであったことは間違いない)であったと言われ、一説には暗殺を恐れていたのがその理由ともされているが、いずれにせよ実際に彼を写したものが一枚も残っていない以上今更どうすることも出来ない。
今後新たな発見でもあれば別であるが、現状では西郷隆盛の真の姿は失われてしまったと言っていい。
もちろん、それは写真嫌いの西郷本人にとって望むところであっただろう。
だが、画家に己の肖像画を描かせる者たちはその逆だ。
彼らは西郷と異なり己の名と姿を後世に遺したい訳であるから、そのいずれかであっても記録として散逸してしまうこと、或いは他者のものと混同されたりするようなケースは到底許容できない。
……そんな彼らの需要を十全に満たす品、それが肖像写真(名前・日付・紋章・題名入り)なのである。
写真そのものにいつどこで誰が何の目的で撮ったのか直に記されるのだから、疑い深い後世の歴史家であろうと間違いようがない。
そして、この肖像写真は、自分がその時代に生きたという痕跡を残す何よりの足跡になるとして現在上流階級にバカ受けしており、出張撮影を申し込む貴族からの使者が浩一の名義の商会へ殺到していて、従業員たちから嬉しい悲鳴が上がっている状態だ。
もちろん写真としての需要は、肖像を遺すという目的だけに限らない。
子供が生まれた。子供が成人した。子供が結婚した。一族が集まった。爵位を継いだ……などという記念日に撮るものや、美しい風景、感動した景色などを記録にとどめる風景写真、息子や娘により良い縁談をまとめるためのお見合い写真、離ればなれになった家族や恋人を身近に感じるために懐に忍ばせるスナップ写真、そして気に入った役者や歌姫の姿を写真にして鑑賞するブロマイドなど、その需要は多岐に上る。
用途は様々であるが、いずれにせよ撮影に必要な流れはだいたい共通して以下のようにして進む。
まず撮影場所を決定し、ライティングのための設備を設置する。
そして衣装を着た被写体が好みのポーズを取って撮影。
タブレットの画面で撮影したものの中から一番気に入ったものを選んでもらい、一度そこで設備を解体して撤収。
印刷設備のある車両で写真を印刷した後、専用の額に入れて後日依頼者の元へと品物を持参する。
最後に依頼金と引き換えに品物と領収書を渡し、受け取りのサインを貰って契約終了……となる。
これで葬式に使う遺影サイズでなんとお値段金貨2千枚!
サイズの変動によって値段は大きく動くが、壁一面という巨大サイズの注文(これは風景写真であったが)の際に金貨10万枚を超えたケースすらある。
被写体と紙とインクがあれば簡単に作成できる写真に対し帝国円に換算して100億円もの値段が付くのだ。これならば浩一と聡史が浮かれるあの醜態も頷けるといえよう。
とはいえ、一応高額商品として売るからには浩一たちもそれなりの手間と労力を費やしている。
まず、写真をプリントする紙とインクであるが、これは編年劣化しにくい最新技術で作られたものであるし、写真を飾る額のカバーは完全に透明でありながら光を一切反射せず、しかも紫外線を完全にシャットアウトしてかつ防水防火耐衝撃加工されている。
つまり、写真にありがちな焼けや色褪せがなく、いつまでも撮影時の質を維持できるようになっている上に、光を吸収するカバーのおかげで透明版に光が反射して見えづらくなることもない。
また、額の持つ防水防火耐衝撃性能についても帝国の美術館で正式に採用されている技術局太鼓判の一品であり、戦火で完全に焼け落ちた屋敷の中から浩一たちが売りつけた当主の写真だけが傷一つない完全な状態で出てきた――などという軽くホラーな逸話がこの先異世界中を駆け巡るほど丈夫にできている。
それほどまでの性能を見せつけたこの額に費やされた技術力の価値だけでもこちらの世界では一財産あると言っても過言ではない。
そして、それに加えてもう一つ浩一たちが提供する商品への付加価値――。
それは――何より忘れてはならない被写体へのサービスである。
写真の被写体には羽間黒子による厳しい指導を乗り越えた美容スタッフが付き、各自で入浴を済ませてもらった後で洗顔、洗髪、ヘアスタイリング及び化粧がなされ、必要とあらばこちらの世界とは異なるデザインの地球産衣装もレンタルで貸し出される。
美容スタッフによるサービスを受けた者は、まずこの世界の質の悪い石鹸と全く異なる髪の毛の洗い上がりに驚愕する。
特に女性たちは今までにない色艶を放ちサラサラになった己の髪の感触に歓喜し、次いでスタッフの手によって施されたヘアスタイリングと化粧によってすっかり変身した自分の姿を鏡の前で目にして、そのメイクの自然さと美しく生まれ変わった自身の姿に暫し呆然とし、その後満面の笑みを浮かべる。
自分の一番良い姿を後世に遺せるのだから、その喜びもひとしおであろう。
ここまできてようやく撮影となり基本的な撮影の流れに乗るわけであるが、ありのままの自分の姿を遺そうとする当主たちと異なり、貴族の婦人たちに大人気なのが撮影後に編集でホクロやシワ、シミなどを消すサービス(当然ながら別料金)である。
こうして貴族のお歴々は競うように浩一たちの提供する写真サービスに飛びつき、ついでに美容サービスで使われ感動した品質の良いアンリエスト産の石鹸やシャンプー、化粧品などの固定客として新たな金づるとなってくれるというわけである。
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