第三章 内政編 ④ 経済戦争
読者様から文が詰まりすぎてて読みづらいとのご指摘がありましたので、今回の投稿分より改善を試みてみました。
まだ読みづらいようであれば再度改善致しますのでご指摘いただければ幸いです。
なお、以前投稿した分に関しても修正を試みたいと思ってはいますが、時間の関係上すぐにというわけにはいきませんので、こちらは追々という形を取らせて頂きたいと思います。
(2019.5.30 以前投稿分も対応済)
「これがこちらの世界の上位貴族の屋敷か。なるほど、立派なものだな……」
通された応接間のソファー腰を下ろすと、部屋に飾ってある調度品に視線を彷徨わせて片瀬川浩一はしきりに歓心してみせる。
美術の専門知識も生まれ持った選美眼も持ち合わせていない浩一ではあるが、そんな彼でもこの部屋に無造作に飾られているこれらの品々がどれもかなりの名工の手による逸品揃いであろうということは容易に想像がついた。
どれもこれもがやたらと装飾が派手にゴテゴテとしているのは地球で言うところの成金主義のようで個人的にはいただけないな……とは思うものの、おそらくはこれがこちらの世界の貴族たちのスタンダードなのだろう。
思い返しれみれば、自分たちが接収したアンリエストの前領主の屋敷や所有していた美術品なども確かにこんな感じであった。
(しかし何というかこの華やかさ、こりゃあ地味で活気のない街の風景とは正反対だな……)
この屋敷を訪れる前に三日間かけて調べた街の様子を思い出して、浩一は思わず顔をしかめてしまう。
本来ならば活気に溢れているはずの市場は、昼間であるのにもかかわらず人がまばらで、おまけに扱っている品揃えも品質も悪い。
特に食料品においてその傾向は顕著で、かなり前に取れたようなしなびた野菜や腐りかけて色が変わった肉などがアンリエストの数割から数倍の値段で当たり前のように店先に並んでいる。
その物価の高さに圧迫されてか街行く人々の表情は一様に翳りを見せ、無邪気な年頃である幼子たちの表情にも笑顔がない。
そんな中で唯一の例外とばかりに威勢よくオラついているのが、都市の人口に比して異常といってもいい割合で存在する兵士たちだった。
食糧不足で一様に不健康そうにやせ細っている市民たちの中で、彼らだけが明らかに肌つやや顔色が良く、がっしりと鍛えられた体格を維持している。
そりゃあ都市や国を守るべき兵士たちが病人のごとく弱りきっていたら他国の侵略を許してしまいかねないのだから、兵力の維持に努めるのは当然といえば当然ではある。
しかし、それにしても一般市民と兵士たちとの間に横たわる落差が極端すぎるような気がしてならない。
当然ながらそのようないびつな空気は都市全体に影響し、都市を代表するメインストリートですらゴミの山が積み重なり飛び交う大量の蠅にうんざりとさせられ、各家庭からでる糞尿も外を確認せずに窓から投げ捨てるという不衛生ぶりでおちおち建物の傍を歩くことさえできない上にあまりの汚臭に鼻が曲がりそうになってしまう。
そこからも想像できるように生活する人々のモラル意識は極めて低く、都市の外からやってくる数少ない商人や旅人に対して役人は執拗に袖の下を要求し、商店では当たり前のように品物の値段やつり銭をごまかそうとしてくる。
しかしそれならばまだましな方で、道を歩けば老若男女問わず隙あらば財布をスリ盗ろうとあちこちから懐を狙ってくる上に、泊まった宿は貴族も使うという高級なところであるという触れ込みにもかかわらず料金は高いくせにサービスは今一つで食事も不味く、おまけに毎晩押し込み強盗が襲い掛かってくる始末。
しかもその犯行を泊まっている宿の従業員が手引きしているふしすら見られる。
もはや街全体がスラムと言っても過言ではない凄まじい荒みようだった。
そして何が一番ヤバイのかって、これらが全てトンガール国第二の都市アンプースでの出来事だということだ。
(アンリエストの商人たちから酷い酷いとは聞いていたが、まさかここまでとはなぁ……)
街での惨状を思い出すだけでため息が出てくる。
元よりトンガール人のモラル意識はそれほど高いものではない。
これを民族的特長と一括りにしてしまって良いのか悪いのかは分からないが、とにかく彼らは往々にして傲慢で自分本位な考え方を貫き、ささいなことですぐに激高し、そして暴力的で理屈が通じない。
プライドが高いのか、他人に負けたり頭を下げることを酷く嫌い、時には書面で交わした契約書があってさえ平気でそれを反故にしてくる。
そのため西方諸国には『トンガール人を見たら詐欺師と思え、彼らはまるで呼吸をするがごとく嘘をついてくる』という格言さえ存在しているくらいだ。
これはもう商売の相手としてみるなら最悪の部類である。
「トンガール商人との取引はトンガール国内では絶対にとり行わず基本的には自国かアンリエストで、それも信用取引の類は一切行わないようにし、必ず現物同士もしくは現物と現金の直接取引で行うようにしろ」というのが国を股にかける商売人がまず最初に覚えなければならない常識なのだという。
ごくたまに一発当てるために危険を承知で直接トンガールに乗り込む物好きもいるらしいのだが、そのやり方で大成した商人が過去に一人も存在していないことから、その者たちの身に起こった顛末に関して言われずともお察しというところである。
このようにトンガールとの取引には大きなリスクがあるにもかかわらずどうして彼らの商売が成り立っているのかというと、ひとえにトンガールから産出する安価な鉄に需要があるからにすぎない。
品質は決して良いわけではないが、他の鉱山に比して頭一つ抜けるレベルで抑えられたその鉄の価格は、競合する他国の鉱山の発展を阻害するのに十分すぎる役割を果たしている。
安価な労働力である亜人奴隷を容赦なく酷使して使い潰すそのやり方は決して褒められたものではない。だがその一方で鉄の価格を抑えるという一点に関してのみに焦点を絞ればこれ以上ない効果を生み出していることもまた事実であった。
ここトンガールではまだそれほど知られてはいないが、来るべき戦争を前提にトンガール自身が鉄の輸出に制限をかけいることと、魔の森の中にある新鉱山の運営が軌道に乗ったという二つの要因から、現在アンリエスト産の鉄が急速にシェアを広げている。
とはいえ、いくら生産の効率化や鉱夫の労働意欲の向上があったとて、労働力を他から攫ってきて使い潰すトンガールのやり方に値段で対抗できるかといえばそれは否だ。
「値段が安い」という究極の強みを持つトンガール産の鉄に対して、アンリエスト産の鉄が持つアドバンテージはその圧倒的な品質である。
アンリエスト産の鉄を10とするなら、トンガール産の鉄の品質はせいぜいが5~6。
つまりこれは、アンリエストの鉄がトンガールの鉄より4~5割高くても十分に渡り合えるということでもある。
アンリエストの強みはこれだけではない。
トンガールにとって最大の貿易地帯であるアンリエストに鉄を持ち込むにあたっては、それにかかる関税の額をアンリエスト側が一方的に設定できる。
もちろんあまりに高額な関税を課すと鉄の価格が急騰してしまい他国の反感を買ってしまうため、アンリエスト側も露骨に高い関税を課すことは道義上できない。
しかしアンリエスト産の鉄とトンガール産の鉄の競争力が元々拮抗していたなら、課税によるほんの僅かな上積みが両者に決定的な差を生み出してしまう。
そして、アンリエストにはトンガールに対し更にもう一つの強みがある。
輸送費である。
西方五ヶ国全てに隣接している都市アンリエストは、それ自体が西方諸国にとって主要な交易の基地となっている。そのためこちらから商品を持っていかずとも相手方の国の商人が積極的に買い付けにやって来るので、基本的に商品の販売価格に輸送コストが乗ることがない。
一方、ヘムガールとアンリエストにしか隣接していないトンガールはそれ以外の国に鉄を売るためには必然的にアンリエストを経由させざるをえず、商品をトンガールまで買い付けに行く商人がほとんど存在しないことからそこまでの輸送費は自前で賄わなければならない。
そもそも大量輸送可能な大型船舶やトレーラーなどがないこちらの世界では、物資を輸送するのにも大変な手間と時間がかかってしまう。
仮に小金貨一枚でアンリエスト産の鉄が6キロ、トンガール産の鉄が10キロ買えたとする。
一見トンガール産の鉄の方がお買い得に見えるが、実はそれは大間違いで、トンガール産の鉄には多く不純物が含まれているので実質的に使い物になる鉄は10キロの中の良くて6割。
これはつまり購入した鉄の価値は実質同じということになる。
購入した鉄の量が同じということは、トンガール産の鉄10キロの中の4割は無駄なものということだ。
これは即ち一人の商人の輸送能力が一度に100キロまでと仮定すると、アンリエスト産の鉄ならば100運べるところ、トンガール産は実質60しか運べないということである。そしてその数字はそのまま売り上げに直結してくるのである。
キロ辺りの値段がほぼ同等で一度に輸送可能な量に差が出るのなら、果たして商人たちはどちらを購入するのか?
これについてはあえて解答を述べるまでもないであろう。
さらに加えるなら、トンガール側は取れた鉄をそのまま輸出することしか出来ないが、アンリエスト側は鉄をそのまま売るだけではなく、それを使用したより高い付加価値の付いた商品に加工することが出来る。
ドワーフ製の高品質な武器防具や農具、工具、日用製品、家具や雑貨などがそれにあたるが、その最たるものが現在ドワーフたちが完成させるために懸命に試行錯誤を繰り返している機械式腕時計である。
人の腕に巻きつけて使うものであるから、そこに使われる鉄の量など高が知れている。
しかし、そこに使われている超絶機工とそれを一から作り上げる技術に付けられる付加価値はまさに天井知らず。
値段というものは商品を欲しいと思うその人の気持ちと、その気持ちを持った人同士の出せる資金力と競争心のせめぎ合いで決定される。
特に芸術の世界においては人それぞれが時代時代に持つ価値観によってその値段が大きく変わるという傾向がある。
戦国武将の滝川一益が、織田信長から恩賞として得た上野一国と信濃の佐久郡の領地よりも『珠光小茄子』という茶器の名品の方が欲しかったと愚痴をこぼしたという逸話は有名であるが、これは当時戦国武将たちにとって、素晴らしい出来栄えとはいえ元をただせば土を捏ねて焼いただけにすぎない茶器が、大領ではないにしろれっきとした領地よりも価値が上であったということを示している。
そして、現在ドワーフたちが製作を進めている機械式腕時計は、本来ならばこちらの世界にまだ存在していないはず設計思想で創られたいわば時代超越品。
購入者たちの意欲と資金、そしてその場の熱気次第ではそれこそ都市1つと同等の値がついたっておかしくはないのである。
トンガール貴族たちの資金を吸い上げるために上司《湊》の命で商人にとって禁断の馳と呼ばれるこの国に乗り込んで来た浩一としては、間違いなく高値を吹っかけられたであろう機械式腕時計が商用ベースとしてまだ完成していないことが残念でならない。
しかしそれはあくまでも機械式腕時計がこの場にあればより多くの資金をトンガール貴族たちから毟り取ることが出来たというだけ。
当然のことだが、トンガール貴族相手にボロ儲けする飯の種は他にきっちりと用意してある。
アンリエスト王肆十無湊の側近である浩一が直接敵地に乗り込んできているのは伊達ではない。
今回こうして浩一が直接この地に出向いてきた。いや、出向かなければならなかったその最大の理由――。
それは、持ち込んだ商売道具が現状で浩一たち地球人にしか使用の制限が解除されていないから。
要するに、信頼のおけるアンリエストの商人に機材を渡して「はい、よろしく」という訳にはいかなかったのだ。
では、アンリエストの重鎮である浩一がわざわざこのトンガールに出向いてまで売りつけようとしているその商品とは一体なんであるのか?
それは――――。
ドスドスドスドスドス――!
頭の中で現状を整理している浩一の思考を邪魔するかのように廊下から荒々しい足音が響き渡ってくる。
徐々に大きくなってくるその音が部屋の前で突然止まったかと思うと、いきなり「バ―――ン!」と扉を蹴破る勢いで扉が開かれた。
廊下を猛進したそのままの勢いで部屋に突入してきたその騒音の発生源は、四十をわずかにこえたであろう鋭い目つきをした身なりの良い偉丈夫。
彼こそがこのアンプースの支配者、クラード・グレゴロル侯爵であった。
クラードは部屋に入るなり、まるで殺人事件の犯人を捜索しているかのような視線で部屋中を一気に嘗め回した。
そして、客用のソファーに浩一が座っているのを目に留めると、まるで闘牛のように鼻息を荒ぶらせてこちらに向かって一気に突撃してくる。
なにやら目を血走らせて興奮しながら自分へと迫ってくるその姿に若干及び腰になりながらも、浩一は礼を欠かさぬようその場で立ち上がり、頭を下げて口上を述べる。
「クラード侯爵、初めまして。私はアンリエストのフォーブリッジ商会に所属する商人ジョンと申し……」
あらかじめ決めてあった偽名を名乗っているところで、詰め寄ってきたグラードからガシッと両肩を掴まれた。
あまりの剣幕に変装がばれたんじゃないかと思い一瞬ヒヤリとしたが、髪を薄いブラウンに染め、碧眼になるようカラーコンタクトをしている今の浩一はせいぜい彫りの浅い一般人。
アンリエスト王直々の配下だと簡単に露見するとは思えない。
同じ地球人ならいざ知らず、こちらの世界の住人には見た目上の瞳の色を変えるという発想自体が存在していないのだからあながち自信過剰という訳でもないだろう。
相手の意図を量りかねたまま、とりあえずいつ襲いかかられても大丈夫なよう警戒していると、「こ、これは……」クラードは抑えきれない興奮に声を震わせながら上着のポケットから一枚の小さなカード状の紙片を取り出した。
「……これは、これはお前のところで扱っている商品なのか?」
震えた手で突き出されたそれは、帝国で4号規格と呼ばれる91×55mmサイズの綺麗な長方形に切り分けられた厚手の紙で作られた一枚のカード。
コート加工されたその滑らかな表面には、西方諸国標準語で『アンリエスト王国 フォーブリッジ商会所属 ジョン・スミス』と印刷されている。
「お前、ジョンと申したな。お前はこれと同様のものを私のために用立てることができるか?」
おずおずと切り出してくるクラード侯爵。
「はい、もちろん可能ですよ。それとお値段次第になりますが、ご希望とあらば紙の色やデザインなどは侯爵様のセンスに合せて自由に変更可能です。社交界でのご挨拶の場などでこれを相手にお渡しになれば、クラード様が他の貴族様方から一躍注目の的になられること請け合いかと」
「おお! なるほど。そのような使い道が!」
「そしてこれをお受け取りになられた貴族の方は、これを見るたびに侯爵様のお顔を頭に思い浮かべることになるでしょう」
満面の営業スマイルで説明する。
「確かに。紙にして大理石の如き手触りと艶を持つこれほどの逸品、手が空けば取り出して眺めてみたくもなろうというもの。事実これを受け取った後の私が正にそうであったわ。ジョン・スミス、お前の名はしかと我が心に刻み込まれておるぞ」
「有難きことでございます。ところでこちらの品ですが、ご覧の通り貴重な紙。それも私ども以外この世界の何者であっても用立てることのできない最高の物でございます。そしてそこに書かれている私の肩書きの文字、これは私どもが誇る最高の職人の手による書。そのためこちらのお品のお値段、大変に高価なものとなっておりますが、よろしいでしょうか?」
浩一が問うと「ふむ」とクラードが一つ頷く。
「私も今まで最高とされた高価な紙を何度か扱ったことはあるが、それとこれとでは比べるのもおこがましい……それこそ天地ほどの差がある。確かにこれの価格は従来の紙などとは比べ物になるまい。それにこの紙に書かれた文字の美しさと正確さ、人の手によるものとは信じられぬ。これだけの品であれば値が張るのもやむを得まい。とりあえず立ち話もなんだ。腰を据えててゆっくりと商談に移ろうではないか」
「はっ、恐縮です」
上機嫌な様子で打ち解けてきたクラード侯爵に、浩一は心の中で「フッ……勝ったな」とほくそ笑む。
今回の侯爵との商談にあたって浩一が敵をしとめるために用意した弾薬は二つ。
そしてこれは、侯爵の資金力を撃ち抜く第一の銃弾。
地球において24時間世界を股に駆けて戦っている企業戦士たちの基本武装にして最終兵器、その名は――『名刺』
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中世ヨーロッパでも排泄物は普通に窓から投げ捨られていたようです。
ハイヒールの起源は道端に投棄された汚物を踏まないようにするためなどというものや、日傘も投げ捨てられる排泄物を被らないようにするために使われたのが起源などという逸話があるくらいです。(ただしこれらの話を否定する説もあるようですが……)
いずれにせよ、中世ヨーロッパの都市が我々が思っている以上に不潔で不衛生なところであったのは間違いないようです。そりゃあペストも流行りますよね。




