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第三章 内政編 ② 技術者たち-5

 それは、ゴラード工房からの帰り道での出来事だった。


 湊が感じたそれは、殺気と呼ぶにも足らないあまりにもかすかな、しかし張りつめた覚悟の込められた明確な意思の気配。


 「湊様、どうかなさいましたか?」


 急に立ち止まった湊を見て鷲尾竜太郎おやっさんが不思議そうに尋ねてくるが、その問いかけを最後まで耳にすることなく湊は動き出していた。

 消え入りそうな小さな気配の後に、明らかな別人による強い殺気が同じ場所から膨れ上がっていたからだ。

 

 今いる大通りから脇へと抜ける小さな路地。

 人の目に止まらぬほどの速度でその場に駆け付けた湊の瞳に映ったのは、地面に転がった今にも命の炎が消えそうなやせ細った少女と、怒りの形相をその顔に浮かべながらその少女を攻撃しようとしている二人の虎人族とおぼしき獣人の姿だった。


 虎人族の男の一人が地面に横たわっている少女を今にも蹴り上げようとしているが、弱り切った少女ではその蹴りの衝撃に耐えきれないであろうことは誰の目にも明らか。


 瞬間、湊は迷わず介入に踏み切った。

  

 男の足が振り下ろされるよりも早く両者の間に立ち入ると、男の頬に右ストレートを一閃。


 男は口元からど派手に血を撒き散らしながら仰向けに倒れこんだが、死なないように手加減しているのでおそらく命に差し障ることはないだろう。


 「デ、デッドっ……」 


 地面に倒れこんだ男の元へ仲間の男が慌てて駆け寄っていく。


 「て、てめぇ、一体どこから……いや、それよりいきなり何しやがる!」


 「何しやがるだって? それはこっちのセリフだ。あのまま蹴飛ばしていたら確実に彼女は死んでいた。殺人を犯すのを防いで貰ったんだ、そこはありがとうとかしこまって礼を言うところじゃないのか?」


 仲間がやられて怒りの形相を浮かべている男を、湊は冷ややかに一瞥する。  


 「うるせえ! 先にこいつの手を噛んだのはそのガキの方だ。やられたら仕返しして何が悪い」


 男は反論してくるが、湊は「ほう?」と小さく首を傾げながら再度男に問い返した。


 「見たところこの少女は自分の足で立ち上がることさえ出来ないほど弱っているようだが、そんな彼女がどうやってそいつの手を噛むことが出来たというんだ? それこそその男が彼女の首元にかけられている高価そうなペンダントを奪おうとして手を伸ばしたとか……そういう状況でもない限りは起こりえないと思うんだがね」


 「うっ……」


 図星だったのか、男は思わず声を飲み込んだ。

 代わりに答えたのは、湊に殴られて地面に転がっていた方の男だった。


 「なに言ってやがる。俺はただそのガキに盗まれたペンダントを取り戻そうとしただけだ!」


 その言葉にもう一人の男もハッとしたように「そうだそうだ」と相槌を打つ。

 湊はそんな二人の言い訳を聞いて、思わず「くくっ」と小さく肩を震わせて笑う。


 「なるほど、それは面白い。見たところ身体能力の高い虎人族の獣人で、おまけに人一倍元気が有り余っていそうなお前達が、見るからに栄養失調で自力で起き上がることも出来そうもない彼女にペンダントを盗まれたと? それはいつどこでどうやってだ? その間抜けっぷりをこの場で俺に詳しく説明してくれよ」


 男たちを揶揄しながらも剣呑な光を帯びた瞳で油断なく二人を牽制していた湊は、後を追ってきた部下たちに少女の身柄を確保させる。


 「こんなにやせ細っちゃって……私、そこら辺の屋台で何か食べ物を買ってきます!」


 そう言って駈け出そうとした紗希の背中を、湊は「待て!」と引き止める。


 「どうしてですか? 早く何か食べさせないと死んじゃいますよぉ」


 抗議の視線を向けてくる彼女に、湊は小さく横に首を振る。


 「見たところ彼女は餓死寸前の状態だ。そんな彼女にいきなり普通の食べ物を食べさせたらそれこそショックで死んでしまう。五十鈴、ヘリの使用を許可するから至急宮子に連絡を取って黒子と霧枝をここに向かわせろ!」


 「かしこまりました」


 恭しく一礼すると、メイド姿の少女は懐から携帯を取り出して仲間に湊の指示を伝える。


 「おやっさんは確か治癒魔法を使えたはずだな?」


 「使えるといってもほんの気休め程度ですが……」


 「むしろそのほうがいい。その娘の身柄を保護しつつ、体力が続くよう黒子たちが着くまで最小出力で治癒魔法をかけ続けてくれ」


 「了解しました」


 「さて、と……」


 指示通りテキパキ動きだす部下を視界の端に捉え満足そうに口元に笑みを浮かると、湊は虎族の男二人に向き直る。


 「そこの盗人二人組。何かこれ以上言い訳することはあるか?」


 「っざけんな! 誰が盗人だ!」


 「そうだ! 俺たちがあのガキからあの宝石を盗もうとしたっていう証拠でもあるっていうのかよ? あるって言うのなら今すぐここで出してみろよ、ああ”?」 


 「そもそもてめぇらヒト種風情がデカそうな面してんじゃねぇぞ。てめぇらこの国の王が出したっていう触れを見てねぇのかよ。この国でお前らが偉そうな面が出来る時代は終わったんだ。分かってるか? もう立場は逆転してんだよ。これからのお前たちヒト種は俺たち亜人の下で奴隷のように小さくなって生きていくことになるんだ。それなのに偉そうに正義の味方面して俺様を殴りやがって、どうなるか分かってんのかてめぇこの野郎!」


 「デッドの言う通りだ。それによぉ、その黒い髪……。知ってんだぜ。最近増えてんだって話題だしな。なんでもこの国の新しい王が黒い髪だからってんで派遣者の間で髪を黒に染めるのが流行ってんだろ? まあ、わざわざそんなことをして見た目を取り繕う奴らに限って大した実力もねぇんだけどな。大方お前らもそんな輩の仲間だろう? なあ、お前らも憐れなこいつらを笑ってやれよ!」


 騒ぎを聞きつけてか、いつの間にか周囲に野次馬が集まっていて、虎人族の獣人の煽りを受けてか湊たちに対してクスクスと嘲笑じみた笑みを向けてくる。

 だが、当然ながら湊はそんなものは意にも介さない。


 「王の出した触れは今まで迫害されていた亜人たちを含めて人はみな平等だと書いてあるだけだ。亜人がヒト種よりも上になったとはどこにも書かれていない。だがしかし、王を真似て髪を黒く染めている……か。面白い。それは実に面白い事実だ。派遣者たちの間ではそんなことが流行ってるというのか……」


 あごに指を乗せて興味深く考え込む。

 幾らこの国の新しい王が黒髪だからとはいえ、ナトーヤ教で悪魔の印とされる黒髪に進んでなろうとする者が出てくるとは、本当に興味深い事例である。

 つまるところそれは亜人たちの多く住まうこのアンリエストでは、それだけナトーヤ教の影響力が少ないと言うことなのだろう。


 「はっ、分かっているのか? 自分がやってることをさも他人事のように聞き流せば、それで自分の恥ずかしい行いが帳消しになるってもんじゃねぇんだぜぇ」


 心底おかしいという風に男は「ヒャヒャヒャ」と高笑いする。

 もちろん男たちのそんな挑発めいた言動も、絶対零度まで冷えきった湊の心を欠片たりとも溶かすことは出来なかった。

 だが、その代わりにと言うのも変な話ではあるが、煽り耐性の低い一人の少女がこめかみにでっかい怒りマークを貼り付けながらのっしのっしと湊の隣まで進み出てくる。

 小此木紗希であった。


 「……湊様、こいつらの内一人でいいですからあたしが殺っちゃっていいですか? いいですよね? ね? ちょっとだけでいいんです。先っちょだけでもいいですからっ!」


 なにが先っちょなのかもはや意味不明だが、湊の方に懸命な視線をチラチラと送ってくる彼女の顔には言葉とは裏腹に実に爽やかな笑顔が張り付いている。


 「そんなの駄目に決まっているでしょう!」


 湊が言葉を発するよりも先に彼女をそう叱りつけたのは、メイド姿の館林五十鈴。


 「紗希さん、あなたは自分の立場を本当に分かっているのですか?」


 「……でもでも、心配しなくてもこんな雑魚相手に不覚を取ることはないから大丈夫ですよぉ」


 「その男が雑魚なのは否定しませんが、問題はそこではありません。あなたは私たちと違って仮に事故でも過失でも決して死ぬことが許されていない立場なのです。そのことについてあなたの自覚が足りないと言っているんです!」


 「でもぉ、私だってあの地獄の訓練をくぐり抜けてきた訳で、その成果を試したいっていうか……」


 五十鈴の迫力に圧されてか、紗希の言葉にも当初の勢いはない。

 とはいえ、湊には言葉を濁しつつも諦めきれない紗希のその気持ちが分からないではなかった。


 湊の部下として共にこの異世界へと渡ってきた紗希を始めとする部下たちは、みな帝国陸軍の誇る特殊作戦群、通称『S』と同等の訓練を潜り抜けてきている。

 もちろんそれは紗希たちが普通の人間に比べて遥かに身体能力が優れている能力者だからこそ可能であっただけで、常人のままその訓練を潜り抜けた本職の『S』の面々から見ればズルっこもいいところだろう。

 だがそれでも彼女たちが帝国陸軍最精鋭と同等(身体能力を考慮すればそれ以上)の技術を持っていることは間違いなく、そしてそれを得るために受けた訓練が能力者の優れた身体能力を以てしても決して楽なものでなかったこともまた事実なのである。


 紗希曰く「地獄の訓練」を潜り抜けたその結果を実践で試してみたいという気持ちは人として決して理解出来ないものではないし、五十鈴ですら雑魚と認める目の前の獣人相手にそれを試させることに関しても、湊自身の気持としては認めてもいいのではないかと思う。


 だが一方で、五十鈴が言うように、紗希に課せられた役割に対し少々彼女自身の言動が軽率ルーズである事実は否めない。

 

 五十鈴の言葉にあったように、リーダーである湊は別枠として、共にこの異世界へとやってきた部下9人の内、西陣宮子と小此木紗希の2名だけはどんなことがあろうと戦死することが許されていない。

 当然ながらその命の危険が僅かでもある行為は全てが禁止事項である。


 今回は五十鈴と湊がいるから特別に許可されたが、本来ならこうして気ままに外出する行為自体アウトなのだ。

 

 では、湊の部下9人の中でどうして彼女達2人だけが戦死を許されていないのか。

 それは、紗希と宮子の持つ能力の役割に代わり得る者がいないからである。


 湊の部下として共に異世界に渡ってきた部下は以下の9名。

 

 長距離狙撃を始めとする銃各種の取り扱いとナイフなどの近距離格闘戦を併せ持ち、いわゆる暗殺や対テロに特化した実力を持つ『ルシル・テンペスト』


 治癒能力者であり、また天才的な外科医でもある『羽間黒子』


 湊たちの母艦である『天下布武』の艦長兼操縦者であり、各種機械を支配する能力を持つ『西陣宮子』


 料理人であり、また優れた農学・環境・土木博士でもある『篠原霧枝』


 チーフメカニックであり、金属の専門家であり、また、帝国第3位に位置づけられる誉れ高い鍛冶師でもあるおやっさんこと『鷲尾竜太郎』


 サブメカニックで催眠系の能力者であり、また繊維関係の専門家でもある『片瀬川浩一』


 サブメカニックで変身系の能力者であり、プログラミングやハッキングの天才である『里見聡志』


 サブメカニックで人形を操る「人形遣い」であり、建築の専門家。そして困ったことに腐女子でもある『小此木紗希』


 湊直属のメイドであり、剣の天才にして幻影系能力者『館林五十鈴』


 彼らは個人で圧倒的な戦闘力を持つルシルや五十鈴などの例外を除けば、能力の強さで選ばれた訳ではない。

 湊たち地球人が全く未知の世界であるこの異世界で生き抜くにあたって最も重要視されたのがその生存生活サバイバル能力。

 選考段階においては個人の武勇はあまり重要視されていなかった。


 その理由としては、能力者は元々下地として常人を遥かに超えた身体能力を持っており、戦闘技術は後から身に付けても間に合うと判断されたこと。

 そしてなにより文明レベルの隔絶した異世界に渡るにあたって必要とされるのは戦闘に特化した能力ではなく、広く応用の効く能力の方が適していると判断されたためである。

 全員が自身の固有能力の他に学術的なサブスキルを複数所持しているのもそのためである。

 

 もう一つ付け加えるならば、個人単位の武勇の不足であれば、「戦艦『天下布武』およびその搭載機をフルに活用すればそれを補って余りある」という内輪の事情もある。

 極論でいえば、この艦一隻あればこの異世界どころか地球を征服することだって決して絵空事ではない。


 この宇宙戦艦『天下布武』、当然ながら元々の用途は異世界潜入用などではなく、帝国が火星開発用として建造最終段階にあった最新鋭艦を改修したものである。


 「最新鋭」ということから分かる通り、帝国にはそれ以前にも建造された火星開発用戦艦が既に存在しており、この『天下布武』はその陸番艦になる筈のものであった。

 つまり、それはとりもなおさず壱番艦から伍番艦までは既に火星で本格稼働しているということでもある。


 全長一キロにもなろうかというこの巨大艦シリーズは、万を超えるクルーが長期に渡って火星や宇宙という過酷な環境下で生活していくため、ストレスなく社会的で文明的な生活を送るのに必要だと考えられるありとあらゆる施設が組み込まれている。


 ゲームセンターやスーパー銭湯、公園などの娯楽施設や憩いの場。


 農業プラントもあれば、魚の養殖区画や畜産区画もある。


 かと思えば、味噌や醤油、みりん、酒など各種調味料の醸造施設や、海水から塩と真水を取り出す施設などというものも存在する。


 それだけではない。

 製紙工場や、紡績、自動織機、各種工作機械工場に製鉄工場、はては石鹸やシャンプーなど細々とした日用品の工場から半導体の工場、はては石油化学プラントまで、規模の大小はあるもののおよそ日常生活に必要と思われるものは一通り揃えられ、必要なものは艦内のショッピングモールにて販売されている。


 搭載設備だってそうだ。

 戦闘用、輸送用各種ヘリを始め、各種建機、移動・輸送用車両、移動用船舶、戦闘用車両に炊飯車に医療用車両、戦闘機から筋力補助用外骨格パワードスーツ、各種武器弾薬に至るまで、ざっと思いつく限りのものは一通り格納されている。


 そしてもちろんのことだが、艦そのものの戦闘力も「戦艦」の名に恥じることのない十分な能力が備わっている。


 要するに湊はこの異世界に渡ってくるにあたって、この最新鋭の超高性能艦を計画の横からぶんどってきた訳である。


 「たった十人が異世界へと渡るのに宇宙戦艦一隻及びそれに付帯する設備一式丸々持っていくなど贅沢が過ぎるのでは?」


 などという批判も一部にはあるにはあった。しかし、


 「これがもし突然異世界へと召喚されたであるとか、死んで気づいたら異世界だったという小説の題材にありふれているような突発的ケースであったならば下準備がないのもやむを得ないだろう。だが俺たちは空間裂を通って自分の意思で異世界へと渡っていくんだ。であるならば事前に考えられるいかなる危険や不便さにも対処できるよう万全の準備を整えていくことは寧ろ当然のことだろう? なにも異世界行きの切符は限定席でも指定席でもないんだ。こちらの要求が贅沢というのならば自分が身一つで試してみたらどうかな? もっともその言葉が間違いじゃないことを証明してもらうため、事前に着の身着のままで冬のエベレストに登頂してみせて貰うがね」


 そう湊から反論されてしまうと、批判していた者たちも一様に言葉を失って押し黙るしかなかった。

 とはいえ、そのような批判を繰り広げたのもごく一部の者たちだけで、元々帝国首脳部からは皇帝御影数馬を含め誰一人としてそれに反対している者はいなかった。


 そもそも今回の作戦は、世界でたった一人巨大空間裂を元に戻すことが出来る『肆十無湊という個人』の双肩に地球と異世界両方の存亡がかかっているわけで、彼を失うということは世界が滅亡するということと同義なのである。

 である以上は彼に襲い掛かる可能性のあるいかなる非常事態(例えばかの神竜クラスの化物が集団で襲い掛かってくるようなものであってもだ)からも彼の身を完璧に守り通すことができるようなものでなくてはお話にならない。


 それに、いくら世界の存亡が関わっているといえど、帝国六大貴族の当主を帰還の保証のない任務に送り出す訳であるから、送り出す側にも当然それなりの誠意を見せなければならないという政治的な理由もある。


 特に渋谷公爵である肆十無湊は、先に起こった名古屋公爵反乱の際に首謀者である皆本清十郎みなもとせいじゅうろうを事実上討ったという大きな武勲と、見目麗しいその絶世の容姿とで帝国民、それも女性に絶大な人気のある能力者である。


 まあ、要するにそんな彼を身一つで異世界へポンと送り込んだ日には、それを聞きつけた彼の熱烈なファンどもが黙ってはいないという訳である。

 肆十無湊と親友とも言われる帝国皇帝御影数馬はともかくとして、彼のことを日頃快く思っていない政敵たちであってもその決定に異論を唱えることが出来なかったのはそんな理由があってのことだった。


 とはいえ、いくら地球消滅の危機といえど、その資金と技術力を惜しみなく注ぎ込んだ『天下布武』をただポンと拠出したのでは、帝国の丸損である。

 一隻で一つの都市にも匹敵しようという艦である。建造にかかる費用は中堅国の国家予算を遥かに上回る。


 『地球存亡の危機なのである。その負担が自身に責任がある訳でもないのに帝国一国で負うのはどう考えてもおかしい。当然ながらこれは世界全てで賄うべきものである』


 その考えを基に、帝国は世界の他の国々にもその費用の負担を要求した。


 富める国もあれば貧しい国もある。


 当然のことながら、その巨額費用のほとんどはG9(既存のG8+帝国)およびG20と呼ばれる先進国及び各国の大企業が負担することになった。

 しかし、このG9には入ってはいないものの、最も多額の費用の拠出を求められた国がある。


 それは身勝手な儀式の失敗によって、湊たちがこの異世界へと派遣されるその全ての原因となった巨大空間裂を生み出し、また世界滅亡への導火線に火を灯した国家。


 ――国家社会主義大華人民共和連邦である。


 遅れてやってきた覇権国家とも呼ばれる彼らは、西側諸国の反対を押し切って圧倒的な軍事力による侵略戦争を開始した。

 第三次世界大戦及びそれによる核戦争の勃発という最悪のシナリオをを危惧する西側諸国の動きは想像以上に鈍く、その隙をつくように大雅は東南アジアの一部を平らげ順調に勢力を拡大していった。


 しかし彼らのその破竹の勢いも急速に停滞してしまう。

 帝国戦で大敗北を喫してしまったからだ。


 東南アジアを手に入れ、その余勢を駆っていよいよ合州国の勢力圏である台湾、そしてさらにその先の尖閣へと支配の手を伸ばそうとしたその時、彼らの情報部は驚きの情報を入手した。


 それは、日本の首都であった東京を中心にして新たな帝国主義を掲げる国家が誕生し、さらにその国と合州国・日本連合軍が太平洋上で戦争になるというものだった。


 この情報を得て、大華上層部は急遽侵攻の方向を台湾から帝都(旧東京)へと変更する。


 太平洋上でにらみ合う帝国と合州国の隙を見て漁夫の利を狙ったのと、民主主義を掲げる台湾、そして日本の尖閣に攻撃するよりも帝国主義を掲げる神無に侵攻したほうが国際社会の批判が少ないだろうという狙いがあったからだ。


 ついでにいうなら、旧日本の首都圏を擁する帝国領を上手く支配下に置くことができれば、それだけでも世界最大級の経済圏と今まで欲しくて仕方がなかった太平洋への入り口が手に入る上に、さらに日本列島の中心に勢力拡大していくための楔を打ち込むことができるという思惑もあった。


 かくして意気揚々と帝国へと侵攻していった大華国の大艦隊は、帝国の送り出したたった一隻の潜水艦と四機の軍事衛星によってあっという間に沈められ、送り出した将兵たちは帝国の領土を踏むことないまま海の藻屑となり消え去ってしまった。 


 能力者の国である帝国の台頭と帝国への侵略戦争での敗戦によって追い詰められた大華の首脳は、日々高まっていく十五億を数える国民からの非難を反日・反帝国を煽ることで何とか逸らしてきた。


 しかし、帝国侵攻以前から既に起こっていた不動産バブルの破裂と金融システムの崩壊で既に巨大なヒビが入っていた大華共生党の独裁システムは、混在したあらゆる歪みが複雑に絡み合った結果いよいよ本格的な決壊の危機を迎え、かといってその他の国との戦争で国民の目先を逸らそうにも帝国との戦争によってめぼしい戦力は既に日本海の底に沈んでいて、さらにそこへ帝国への天文学的賠償金の支払い義務が加わり、とてもではないがそのような余裕はなかった。


 一度上げてしまった生活レベルというものはそう簡単に落とすことが出来ない。


 しょせんは泡のような幻だったとはいえ、一度は先進国に近いレベルの生活を経験した国民が、容易にまた貧しかったころのかつての生活を受け入れられる道理がない。

 しかし、既に社会システムは崩壊し、経済は底なし沼のようにズブズブと沈み込む泥沼状態に陥っている。

 景気が良かったころに散々ため込んだ外貨も完全に底を尽き、それどころか沈みゆく株価を買い支えるために銀行に預けられていた国民の貯蓄まで使い果たしてしまった。


 人民の怒りという火薬庫には、もう火がつく寸前の状態だったのだ。


 ここにきて大華を支配する共生党は、自らの政策の失敗の責任を負って国民から粛清されるか、背後に帝国がいるのを承知で周辺国に戦争に打って出るかの二択を迫られてしまう。

 しかし、圧倒的な科学力と多数の超常の力を持つ能力者を抱える帝国には、どう逆立ちしても勝つことなど出来るはずもない。


 こうして追い詰められた共生党指導部が手を出したのが、パンダハガーと呼ばれる合州国の親華議員(その実態は度重なる賄賂と性接待のたまものであるが)を脅しつけて極秘に入手した、かつて大規模な食糧危機が日本を襲った際、合州国からの大量の食糧援助と引き換えに首都圏で強行された能力者実験のデータである。


 その実験とはいかなるもので、そのデータとはどのようなものであったのか?

 それを説明するためには、当時の政治的背景から触れねばならないであろう。


 当時はちょうど世界的にもまれに見る気候不順で、日本のみならず世界中で食糧が不足する非常事態に陥ってしまっていた。

 ご存じの通り日本の食糧自給率は65%前後と少ない。


 これによって、当時日本のマスコミと組んだネガティブキャンペーンが功を奏して政権与党だった民自党を追い落とすことにまんまと成功し、政権を奪取することに成功したばかりで我が世の春状態だった主民党政権は一気に窮地に追い込まれてしまった。


 そんな中、世界でただ一つ天候に恵まれ、豊作だった地域があった。それが北米大陸である。


 一方、その当時の北米大陸の雄、合州国首脳はというと、一人の自称錬金術師の提出したレポートに悩まされていた。

 そのレポートの冒頭には、十人に一人の確率で超能力サイキックに近い能力を手に入れることが出来る方法を見つけたと記載されていた。

 これを目にした当時の合州国首脳部は色めき立った。

 これを軍事利用することができれば合州国にかなう国など世界のどこにもいなくなるからだ。


 これさえ実用化できれば、合州国の持つ覇権を狙いアジア諸国に対して侵略まがいの行為を繰り返している大華にも軍事的に大きく優位に立つことが出来るはずだと誰もが喜んだ。


 しかし、そのレポートを最後まで読んだ彼らは瞬く間に落胆することになる。

 それはレポートの最後に書かれていた一文が原因である。即ち――


 『ただし、超常の力を得て超能力者サイキッカーとなった者は、例外なく五年後に死ぬ』


 ……というものであった。

 どんなに強力な兵士を手に入れることができたとて、それがわずか五年しか維持できないのでは意味がない。

 まずかけた費用コストに結果が追いつかないし、消費するのが人命であることから世論もそれを許さない。

 とはいえ、軍の中に超能力者の部隊を抱えることができるという事実はそれだけで他に代えがたい魅力であり、折角のチャンスをこのまま捨ててしまうのも勿体ない話である。


 そんなわけで合州国は錬金術師クリストファー・グレイソンを中心としたチームを結成してなんとかその欠点を克服する術がないかという研究に入った。

 しかし、どれほど年月を重ねようと、どれだけの資金を投入しようと、彼らは芳しい結果を得ることは出来なかった。


 研究の結果唯一分かったことといえば、能力者になって五年のリミットを超えて生き残れる者が現れるだろう確率がおよそ50万人に1人しかいないという絶望的な数字だった。


 クリストファー・グレイソンの研究によって生み出せる能力者の確率は10人に1人。それが50万人必要なのだから、つまりそれは研究対象としての一人の成功例を出すために最低500万人の犠牲が必要だと言っているのと同じだからだ。

 このあまりに眩暈をおこしそうな数字にこの研究は一時頓挫することになるのだが、やがてそんな彼らにこの悪魔の実験を強行する絶好のチャンスが訪れることになる。


 世界同時食糧飢饉である。


 こうして合州国政府は大量の食糧援助と引き換えに、たまたまその時だけマスコミと連携した情報操作で奇跡的に民自党から政権を奪取することに成功したはいいが、まともな国家運営ノウハウもなく、また空前の食料危機に対応できるだけの実力もなくただあたふたするばかりであった日本国の主民党首脳部に悪魔の取引を持ち掛けることになる。


 それが首都圏一千万人を犠牲にした一大魔術実験である。

 ごく狭い範囲に一千万を超える人口が集中する日本の首都圏は、クリストファー・グレイソンたちの求める実験の条件にうってつけだったのだ。


 こうして主民党は民自党の強い反対を押し切り、一部の国民を犠牲にして食糧援助を得ることに成功する。

 実験の被験者は首都圏に生活するおよそ一千万人。

 その中で能力に目覚めたのはほぼ十人に一人の確率、つまりおよそ100万人。

 そしてその実験のスポンサーである合州国が、能力に目覚めたその100万人に何をさせたのかというと――。


 データ取得を兼ねた能力者たちによる殺し合いである。


 実験に強制参加させられた被害者たちは、ギルドと呼ばれるグループに分かれて互いに潰しあうことを強要させられた。

 これが後に『キルド動乱』と呼ばれる能力者戦争である。


 もちろん、ただ殺しあえと言ったところで被験者たちが大人しく言うことを聞くはずがない。

 だから、彼らは餌を与えた。魅力的な餌である。


 「五年後、この戦いの覇権を握っていたギルドの代表にこの国の王となる資格を与える」


 合州国直々のお墨付きである。

 もちろんほとんどの被験者はそれに乗り気ではなかった。しかし、ほんの一握りでもそれに乗り気な者が出てくると、その状況は一変してしまう。

 積極派は己の野望を叶えるために容赦無く他の能力者に襲い掛かり、これによって消極派も自衛のために応戦せざるを得なくなったのだ。

 まんまと合州国の思惑に乗せられてしまったわけである。


 しかしこの「勝利者に国を与える」というそのお墨付き、それ自体が盛大な嘘であった。


 能力者は力に覚醒してから五年後には死んでしまう。

 それは確定した未来である。


 つまりこの『ギルド動乱』には最初っから勝利者など存在しえないのである。

 

 ……そのはずであった。

 

 しかし、誰かが何かをしたのか、あるいは合州国側の実験方法自体に何か原因があったのか、とにかく能力者たちは死のリミットである五年を超えて生き残ってしまった。

 それどころか契約した守護神によって覚醒時の状態で肉体が固定(当時子供だった者はおよそ18歳前後まで成長してから固定される)され、年を取ることもなくなってしまった。


 奇しくも実験は想定以上の結果を出すという最大級の成功を修めた訳であるが、残念ながらその結果には再現性がなく、その実験データを基に合州国が意気揚々と生み出した能力者たちが5年の壁を越えて生き残ることはなかった。 


 日本での実験で生き残ることができた能力者はおおよそ50万人。

 実験当初、能力者たちは100万人いたことから、実にその半数が『ギルド動乱』で命を落としてしまった計算になる。

 そして、その地獄を潜り抜けた50万の超能力者集団、彼らは一斉に合州国と日本にその敵意を向けた。


 生き残った能力者たちは、ギルド動乱を勝ち抜いた御影数馬率いる目黒ギルドとそれに協力した渋谷ギルドを中心として首都圏を中心に新たな国を興した。

 その国こそが湊の所属する新興国家、魔法帝国神無《Greater Sorcery Empire Kamna》である。


 新たに産声を上げたその小さな小さな新興国家は、自らに向けられる敵意におびえ襲い掛かってきた合州国との戦争に勝ち、自分たちを売り渡した日本との戦争に勝ち、そして漁夫の利を狙って背後から急襲してきた大華国の軍勢を蹴散らして、旧日本国土の東半分と全ての島々、アラスカ、そして太平洋上に存在する旧合州国領の島々全てを、そして領土の割譲のない国からは天文学的な賠償金を手に入れ、瞬く間にその勢力を拡大していくことになる。



 ――こうして大華国首脳部がしたいと思っていたこと全てを先に成し遂げた帝国は、一大軍事・経済国家として世界中にその名を馳せることになったのである。


 一方、経済政策に失敗し、戦争にも負けていよいよ追い詰められた大華国首脳陣。

 彼らはどうしたら帝国に勝利できるのかを必死に考えた。

 帝国の軍事力の双璧は優れた科学技術に裏付けされた超絶兵器と、超常の力を持つ能力者達の存在である。


 悩んだ末に彼らが出した結論は、帝国から科学技術を盗み取り、また大華側も一般人を能力者にする方法を手に入れればいいという単純なものだった。


 困ったときの技術窃盗パクリ頼り。

 発想は昔から何も変わらない。


 しかしその成果はというと、肝心の技術力の方は四橋重工の誇る鉄壁な機密障壁に遮られてどうしても入手することが出来ないどころか、送り込んだ工作員がことごとく露見し拘束されるという惨憺たる有様。

 こうなるともう一方の能力者獲得に希望を託すしかなくなってしまう。


 四橋重工での一件の反省から、能力者獲得儀式のデータ入手は帝国からではなく大元の合州国から行うことにした。

 

 こうして合州国の裏切り者(パンダハガー)からまんまとデータを入手した大華国は、そのデータを元にホクホク顔で能力者獲得を画策した。

 大華指導部が能力者を獲得するために招集した人数は一億人。


 「帝国が一千万人なら、自分たちはその十倍の一億!」


 そう叫ぶ指導者のダミ声が聞こえてきそうな、妄執のなせる一大国家事業であった。


 合州国から入手したデータでは5年たったら能力者は全員死んでしまう。だが、指導部にとってはその方が逆に都合が良かった。

 彼らの計画では、まず帝国を20倍する能力者たちで以て滅ぼし、四橋重工の持つ隔絶した技術力を奪取する。そして次に手に入れたその科学力と一千万の能力者で合州国や欧州へ攻め込み一気に世界の覇権を掴み取る……と、ここまでを五年以内に行うということになっていた。


 帝国及び欧米打倒の目的まで達すれば、能力者たちはもう用無しの存在である。

 それどころか、自分たち指導部に反乱する可能性がある分有害ですらあった。

 そんな危険な能力者たちが、自分たちが手を下さずとも勝手に自滅してくれるというのだから指導部としてみればこんな有難い話はない。

 それどころか増え続ける人口の問題も解決して正に一石三鳥。

 ……そこまで考えていたのかもしれない。


 しかし、事態は彼らの思惑通りにはならなかった。

 合州国から入手したデータが完璧なものではなく、穴が空いた部分を理論の裏付けなく適当に弄り回した状態で儀式を強行してしまったためである。

 結果から先に言うと、彼らは期待していた能力者を手に入れることが出来なかった。


 本来ならば守護神と呼ばれる精神生命体の住まう世界に繋がるはずの次元裂が、全く違う世界である今湊達が来ているこの異世界に繋がってしまい、更に本来ならば二つの世界をほんの僅かな時間だけ繋ぐはずの空間裂が、予定していたこの二つの世界を挟みガッチリと固定して元に戻らなくなってしまったのだ。


 それも、一億人の尊い命を犠牲にしてである。


 災厄がそれだけで済めばまだ良かった。


 だが後はご存知の通り、二つの世界が次元裂によって無理矢理繋げられてしまったことで結果世界そのものへ過剰な負担をかけることになり、世界滅亡へのカウントダウンが点灯したことが判明することになる。

 

 ――とまあ、長々とした説明になってしまったが、こうして世界滅亡の原因を作った大華国は、当然ながら湊たちを異世界へと送り出す費用の四割という巨額の負担を強いられることになった。


 当初は「これは不運な事故」だの「国連の拒否権がどうだの」と共生党指導部はごねながら支払い拒否の姿勢を見せていたようだが、さすがに世界の存亡がかかっている状態ではどの国もこの件で妥協してくれるところはなかった。


 大華最後の希望である国連の拒否権であったが、そもそも当事者である帝国が「特定の数ヵ国が拒否権を持っていて肝心な時に何も決められない。そんな組織にはゴミ屑ほどの価値も感じないし加入する意義も感じない」という理由で国連そのものに加盟していなかったので「はぁ? 拒否権? なにそれ? 美味いの?」の一言で終わってしまった。


 これを受けG7各国は、共生党幹部が合州国を始めとする銀行に隠し持っていた口座を即時に凍結。

 国民の目を欺いて貯められていた巨額の資金は全て没収され、その上で大華国自体も今後数十年先(金額そのものは数十兆円規模だが国力がガタ落ちているので一括で支払う能力がなくなってしまっている)まで払い続けなければならないほどの大きな負債を抱え込んでしまう事態に陥ってしまった。

 まあ、これも規模の大きい自業自得と言えるかもしれない。

 

 このように各国から巨額の資金や物資が集められた潤沢な資金と設備で『天下布武』は建造され、簡単に地球に戻ることが出来ないという最大にして唯一の欠点を除けば、かなり快適な異世界行となった湊たちであったが、ここで一つ問題が発生する。


 いくら『天下布武』そのものに便利な施設があろうとも、湊とその部下9名だけでは、それを到底維持・管理・運営しきれないという事実である。

 元々万単位の人員が運営していくために設計された艦であるのだから、当たり前といえば当たり前の話である。


 帝国としても入れ物だけならばともかく、火星を開発するために育ててきた人員を丸ごと異世界へと引き抜かれるのは勘弁してほしいところであったし、かといっていきなりアンリエストの民にその施設の全てを開放するというのも機密上問題がある。


 いかに優れた設備であろうとも、そのまま稼働することなく放置しておくならそれはただの鉄の山。

 施設というものはカタログスペック通りにきちんと運営出来て初めてその意義を見出せるのである。

 

 それでは計算高い湊がなぜこの『天下布武』を異世界へと持ってきたのか?


 答えは簡単。

 その欠点を埋めることが出来る画期的性能を誇るAIと二人の能力者が手元にいたからである。


 その二人の能力者の内の一人目は、西陣宮子。

 機械支配の能力を持つ彼女は、自身の動きが制限される欠点はあるものの、電子制御されたものであれば同時に最大10ユニットまで遠隔操作することが可能という破格の能力を持っている。

 つまり、彼女さえいれば『天下布武』や他の戦闘艦を制御しつつ、艦載機であるヘリや航空機、戦闘用車両などが同時に運用可能になるのだ。

 彼女の支配下にある兵器は稼働する限り常にフルスペックで運用可能なため、某白い木馬的な艦の砲手のように艦長から弾幕薄いと怒鳴られずに(もっとも、天下布武の艦長が他ならぬ宮子自身なのだが)済む訳である。

 

 そしてもう一人が小此木紗希。

 人形使いの能力者である彼女には、自身の魔力を吹き込んだ人形に特定の命令を下し操ることが出来るという能力がある。

 一度命令を下された人形は、その場に紗希がいなくとも魔力が続く限りはその命令を忠実に実行し続ける。

 そしてこの能力のキモは、人形を操る数に上限がないということだ。


 自動制御である以上あまりに複雑な命令はこなせないものの、細かく作業を分担することで艦内で稼働している各種工場を円滑に運営することを可能にしている。

 もちろん広大な艦内の清掃や一部メンテナンスもこの人形たちが担っている。


 西陣宮子がいなければ艦を動かすことが出来ず、小此木紗希がいなければ艦内の施設を運用することができない。

 彼女たちを失うことは、湊たちの活動に極めて深刻な支障が発生するということでもあった。

 だからこそ、湊の部下の中で宮子と紗希の二人には何があっても絶対に戦死することが許されていないのである。


 『天下布武』の艦長であり、この異世界派遣部隊のサブリーダーである西陣宮子は元来の責任感の強い性格もあり、自分の立場を誰よりも理解しているのでその点あまり心配がない。


 一方で小此木紗希の方はというと、元々が引きこもり体質ということもあり艦に缶詰になること自体はそれほど抵抗ないのだが、性格にややルーズなところがあるせいか、たまにこうして外に出たがることがある。

 もちろん気晴らしそれ自体がいけないという訳ではないし、湊か五十鈴のいずれかと一緒であれば外出の許可は出るのだが、好奇心旺盛な性格のせいか、たまに今回のケースのように自ら進んで危険に飛び込もうとしてしまう悪癖がある。

 無論人間である以上、どこかでストレスを発散させるガス抜きは必要なのであるが、彼女が関わりたがるケースが往々にして安全の見極めの困難なものばかりというのが頭の痛いところでなのだ。


 それで、目下の問題であるが……。


 「湊様ぁ、こいつ、私がやっちゃっていいですよね? ねっ? ねっ?」


 まるで昔流行った某消費者金融のCMのチワワのようなうるんだ瞳を湊に向けてくる小此木紗希……。


 「心配しなくても大丈夫ですよ。こいつ、見るからに弱っちいですし、それに万が一危なくなったら五十鈴ちゃんが助けてくれますから!」


 「………………」


 自分の袖を引きながら必死に懇願してくる紗希の言葉を聞きながら、湊は思わず自分のこめかみを押さえた。

 悪気はない……と本人だけは思っている紗希の天然な挑発によって、虎人族の男の怒りが暴発寸前であったからだ。


 ――はぁ、と思わずため息をつく。


 「……今回だけだぞ。それと五十鈴、彼女のフォローを」


 折れたのは湊の方だった。

 こうなった紗希をいちいちいさめるのも面倒だというのもあったし、何より彼女に馬鹿にされた当の虎族の男が既に武器を抜いて彼女に襲い掛かろうとしていた。

 それにいざとなれば五十鈴が何とでもフォローしてくれるだろうという信頼もある。


 「おおおおおお!! 了解したであります!」


 「……はぁ、かしこまりました」


 湊の回答を受けて歓喜と呆れ両極端な反応を示した二人。

 しかし、両者とも向かってくる敵に対しては一切油断していないところは流石だろうか。


 「よぉーし、やっちゃいますよー、やっちゃいますよー、やってやんよーかかってこいやぁ!」


 見たところ完全に手ぶらで武器を隠し持っている気配すらない紗希。

 彼女は短いキーワードを唱えると、おもむろに虚空に向かってその両手を伸ばした。


 すると、ちょうど彼女の掌のあたりに二つ小さな魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣の中心から金属製の取っ手のようなものが出現する。


 「さあ、いよいよ私専用武器、異世界初お目見えですよぉ!」


 呟きながら彼女はむんずと取っ手を握りこむと、魔方陣の中から「えいや!」とそれを引き出した。


 フィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!


 ノコギリのような鋭い凹凸のついた円盤状の凶悪な刃、それが高速で回転しながら空気を切り裂く音が不吉に響き渡る。


 「な、なんだありゃぁ!?」


 野次馬たちが驚愕の声を上げるのも無理はない。

 もしそれなりに工具の知識のある地球人がそれを目にしていたなら、その者は即座に「電動金属カッター」だと答えていただろう。


 もちろん、その用途はあくまで工具であって、本来は武器として使用する類のものではない。


 「死ねやごらぁっ!」


 もの凄い形相で目の前まで迫り寄り、長剣を突き込もうとしてくる虎族の男。


 「フッフッフ! とおっ!」


 その攻撃を横へひらりと華麗にかわしながら、その剣の腹に向かって、紗希はそれを一閃させる。


 ギャギャギャギャギャギャッ!!


 激しく火花を散らせながら、思わず耳を塞ぎたくなるような金切り音が周囲一帯に鳴り響く。

 そのあまりの怪音に、野次馬達の中には耳を塞ぎながらその場にしゃがみ込んでしまう者までいる始末。

 そこまでしてもたらした彼女の一撃の結果はというと……。

 

 「ばっ、馬鹿な!!!」


 虎人族の男は自分の手が握っている剣を見て驚愕の声を上げた。

 

 そう……彼の持っていた剣は、その根元からすっぱり綺麗に両断されていたのだ。

 

 「そ、そんなっ……ミスリルの剣だぞ、これはっ……!」


 戦闘中だということも忘れて切断面を呆然と見つめながらそう呟いた男の言葉を、紗希は「ちっちっち」と金属カッターの取っ手から人差し指だけ伸ばして否定する。


 「残念でしたね。たかがミスリル如き、四橋重工謹製の超硬魔法金属『ヒヒイロカネ』の前では粘土も同然ですよ」


 ヒヒイロカネといっても日本神話に出てくる伝説のそれではない。四橋重工が開発した軽く、硬く、衝撃に強い新素材に付けられた単なる名称である。

 この新素材、極めて魔力との親和性が高く、まるで伝説のヒヒイロカネのようだということから開発者たちの間でそう呼ばれ続け、なんとそのまま社内でヒヒイロカネという名の素材として正式に認められてしまったという一品である。


 「さぁて、剣の次は人体切断ショーになるわけですが……」


 ぺろりと舌なめずりした紗希が剣呑な視線を向けると、自分にふりかかるであろうおぞましい未来が脳裏に浮かんだのだろう、男の身体が傍目にも分かるほどガクガクと震え出す。 


 「右腕と左腕と胴と首、次はどこがいいですかぁ?」


 「ひいっ、やっ、やめっ……」


 懸命に呟くその男の顔面は涙と鼻水でベトベトになり、その股間は漏れ出た生温かい何かでグシャグシャだった。

 紗希に指摘されるまでもなく次に両断されるのは自分の身体だと分かっているのだ。


 「さて、こいつ……どうしましょうか?」


 さすがに小便漏らした男にこれ以上近づくのも嫌だなと躊躇していると、ちょうどいい具合に横合いから湊にやられた彼の仲間が飛んできて互いにぶつかり合い、両者ともにその場に崩れ落ち意識を失った。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた憲兵が駆けつけてくる。


 「静まれ、静まれ! 騒ぎを起こした貴様ら全員詰所へしょっぴいてやる!」


 憲兵たちは湊たちから事情を確認しようともせず有無を言わさぬ高圧的な態度でその場にいる全員を捕えようとしてくる。

 傲慢極まりないその態度に五十鈴が文句をつけようとその場から一歩踏み出るが、それよりも早く湊の顔を見た憲兵が「ひいっ」と悲鳴を上げ、顔を青くしながら突然その場に平伏した。


 アンリエストの憲兵を再雇用するにあたり、一度憲兵たちを集めて「不正に手を染めることなく市民たちの模範となる態度を取り、困っている者たちには親切に接するように」と湊直々に薫陶を垂れたことがあったので、顔を覚えていたのだろう。

 最初の態度から鑑みるに、残念ながら覚えていたのは王の顔だけで、話の内容自体はそれほど彼らの記憶に残っていなかったようである。

 ここは徹底的な再教育若しくは人材の入れ替えが必要であろう。


 ――と、ここにきてようやく野次馬たちも湊たちが髪を黒く染めたお節介者などではなく、この国を支配する本物の王とその従者たちであることに気付きはじめ、その場が騒然としだした。


 虎人族の男の口車に乗って湊たちのことを嘲笑したあの行為。

 今更ながらではあるが「まずいぞアレは……」と気付いたのである。

 彼らも慌ててその場に平伏し、口々に先ほどの行為の謝罪と助命の嘆願を申し出てくる。

 少なくともこれが前の領主であったなら、その場で即座に首を刎ねられていてもおかしくないケースであったからだ。


 だからか、おやっさんの口から「王はそのことを全く気にしてないので特におとがめはないしその場に平伏する必要もない」旨を聞きかされると、みな一様に命を拾ったとでもいうような心底安堵した表情を浮かべた。


 現代社会に生きている湊たちから見ると大げさに感じるが、封建社会に生きる彼らにとって領主の理不尽な一言により命を失うということは常に生活の隣にある厳しい現実なのだ。

 そんな野次馬たちは、直々のお墨付きを頂いたものの少し遠慮がちに、それでもやはり気になるのか先ほどよりも一回り遠巻きにしてこの騒ぎの顛末を見届けるべく様子を伺っている。


 そして虎人族の男二人組はというと、湊から「この二人はまだ余罪がありそうだからきちんと漏らさず調べておくように」と強く言い含められて顔を強張らせた憲兵によって荒々しく引っ立てられながら詰所まで連行されていく。

 

 それを見ていた観客たちからわっと歓声が巻き起こった。

 なんだかんだいって庶民は勧善懲悪なストーリーが大好きなのだ。


 今までさんざん悪事を繰り返してきたのだろう、ドナドナされていく男らの背に野次馬たちからも悪事を追及する糾弾の声が次々と投げつけられていく。

 中には手にしたゴミや石を投げつける者もいたが、それもまた彼らが為したことの報いというものなのだろう。

 

 その後衰弱した患者を収容するためのヘリが登場してその場が騒然とする一幕もあったが、一流の名医である黒子と栄養の専門家である霧枝が手を尽くしたことで少女は無事一命をとりとめることに何とか成功した。


 ◆◆◆


回想に更に回想が重なる分かりづらい構成で申し訳ありません。

本当はもっとあっさり流す予定だったのですが、湊の仲間の詳細や次元裂の発生の原因など、ここらできちんと説明しておかないとまずいかなということであんな風になってしまいました。


シーリン編は既に全部書き終わっているので、続きは明日投稿する予定です。

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