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第三章 内政編 ② 技術者たち-3

 「機械式腕時計じゃと? 随分と小さいようじゃが、それは我々ドワーフ族の中でも極一部の者だけが作れるぜんまい仕掛けの時計と同じもの……と考えてもよいのじゃろうか?」


 ゴラードからの問いかけに、湊は目線で頷く。


 「まあ、そうですね。これがぜんまい仕掛けで動いている時計であるという一点においては同じといえます。ただ……」


 「動力は同じでも、そこに施されている機構と精密さのレベルがぜんぜん違いますけどね」と、小さな声で湊はそう付け加えた。


 この異世界では魔法というある意味理不尽なまでに便利な技術が発展してしまっているおかげか、自然科学、物理学、機械工学、天文学などありとあらゆる点で地球に比して大きく遅れを取ってしまっている。


 もちろんこれには一長一短あるのでどちらの方がより優れているとは一概に言い切れない部分はあるのだが、湊たちのリサーチの結果ではこちらの世界の文明は地球でいうところのせいぜい15~16世紀程度のものであろうと推測されている。


 事実、天文学について言うなら未だ天動説が広く信じられており、地動説という概念自体が姿を現していない。


 科学の前身たる錬金術もほとんど研究している者はいないようである。


 医学に至っては治癒魔法などという即応性に優れたものが存在している弊害か、簡単な薬草学以外には存在の影も見られない。


 この世界はこのような地球よりも大きく遅れた文明レベルが、少なくともここ800年に渡って大きな進歩が見られないまま完全に停滞している状態なのである。


 おやっさんからその理由を尋ねられた湊は、その大きな原因として二つの点を挙げた。


 一つは魔法という物理法則を大きく逸脱した力の発展により、科学《サイエンス》の発展が阻害されてしまっているということ。


 そしてもう一つは、この世界においては排他的な一神教であるナトーヤ教が大きな力を持ちすぎてしまっているため、その宗教観にそぐわない物が徹底的に排除されてしまっていることである。


 科学の阻害に関しては、仮に『火』を例えにするならば、この世界には使い方さえ学べばほぼ全ての者が使えるという『生活魔法』という便利魔法があるが、この『生活魔法』の中の『発火』と呼ばれる小規模魔法を使えば誰でもそれをあっさりと火を発現させることができる。


 これが何を意味するかというと、この世界の者たちは皆その手にライターを常備しているに等しいということだ。

 発火に際していちいち火打石の火花を利用したり、木と木をすり合わせ、その摩擦熱を利用したりする必要などどこにもないのである。


 必要に迫られていない以上、火そのもののメカニズムに対して酸素がどうだのなどと躍起になって考える必要はない。


 地球に住んでいる者だって、その道専門の学者でもない限り道端に転がっている石ころを見て「この石はどうやって出来たんだろう、何でここにあるんだろう」などといちいち考えたりするものは稀だ。

 それと同じで、この世界の者にとって火とは魔法で簡単に手に入る当たり前の物なのだ。


 仮にそれらの現象に疑問を抱き、その謎を解き明かそうと試みるような者が過去に存在していたとしても、自然現象としての科学《サイエンス》と、物理法則を無視して発現する魔法《マジック》との間で整合性が取ることができず、結果として理論の構築に失敗してしまったのではないかと推測できる。


 基本的に魔術という概念のない世界から来た湊たちは科学としての炎と魔法としての炎を頭の中で分けて考えることが出来るが、初めから両者が混在するこの世界の者に同じことを求めたところでその概念を受け入れることは容易ではない。


 これが科学の発展を阻害する魔法的な弊害である。

 

 一方、後者の宗教的弊害に関して言うならば、前者がどちらかというとこの世界の成り立ちそのものいわば《天災》による弊害であるのに対し、こちらは完全にナトーヤ教という《人災》によるものだと言える。


 この世界で最も信仰されている宗教はナトーヤ教と呼ばれる極めて他種族や他宗教に排他的な教義を持つ一神教である。


 その教義の是非については置いておくとして、科学の進歩を妨げるという点について考えるならば、この『排他的な一神教』というのは実に大きな問題を抱えている。


 皆が揃って一つの方向を向くということは困難に立ち向かう際には共に助け合う大きな力になる一方、その共通する価値観から逸脱するものには非寛容的で、また皆が揃って間違った方向に進んだ際に誰もそれに歯止めをかける者がいないという大きな弊害を抱えてもいる。

 更にそのような人の群れが神の名の元に極少数の指導者たちによって簡単に操ることができ、また自分たちに都合の悪いものは簡単に握りつぶすことが出来るという点でも大きな危険を孕んでいる。


 これは実際に地球の中世時代に往々にして見られた弊害である。


 嘘の密告によって突き出された多くの罪のない女性が過酷な拷問の末に殺されていった『魔女狩り』


 『聖戦』の号令の元にイスラム世界へと侵略していった十字軍。


 異端扱いされ、その意に反して撤回を余儀なくされたガリレオの『地動説』


 これらはいずれも後世においてなんら正当性がなかったことが証明されている事例である。


 何が一番問題なのかというと、本来人々の心のよりどころであった宗教が政治的な力を持ち始めると、同時に人々を教え導く立場である宗教指導者たちが政治の世界にまで口を出す支配者の一角に変容していくということだ。


 腐敗した政治家と腐敗した宗教家というのは、最も最悪の取り合わせの一つである。


 一度力を得てしまった者はそれを失うことを酷く恐れる。そして同時に自分の立場を危うくする変革を酷く恐れる。

 恐れた結果どうするのかというと、それを武力や政治力を使って徹底的に弾圧するのである。


 自分が叩き潰そうとしているその変革が仮にこの世の真理であったとしても、彼らにとってそんなものは関係がない。自分たちの聖域を犯すものは無条件で悪とみなしてしまうのだ。


 形を持たない人々の思想や理念、そして神という存在に対しての想像力が積み重なることによって形成される宗教観と、観察と考察、そして実証の結果である科学。根本的に相反するこれらは往々にして衝突する。


 しかし、得てして勝利をおさめるのは、現実や理屈をすっ飛ばして『神』という理不尽なカードを懐に隠し持った宗教家の方なのである。


 歴史を紐解けば、このような宗教側の主張が正しかったことなど皆無に等しい。そして凝り固まった一つの価値観への傾倒は、それ以外の価値観への思考の停止を招いてしまう。


 もちろん宗教の全てが悪いという訳ではない。


 それらの教えが敬虔な信徒たちの心を癒しているという事実は間違いなく存在している。

 しかしその一方で、本来清いはずのその教えを、一度悪意ある者によって捻じ曲げられてしまうと、神の名によって扇動された狂信者的たちが罪の無い人々に対して平気で牙を剥く恐ろしい刃となり果ててしまうのである。


 そのような宗教的世界観の影響力とある程度折り合いをつけることの出来た地球(の先進国の国々)と、未だ深い影響下にあるこの異世界――。


 この両者のその差こそが、この世界の機械式時計と湊の機械式腕時計の基となる技術力の差となって顕著に現れているのである。

 

 「我々ドワーフの生み出す最高の機構でさえ足元にも及ばない作品……か。なるほど、な……」


 湊から受け取った腕時計を一目見るなり「むっ」とうなり声を上げ、暫し思いに耽るように黙り込んだ後、ゴラードはその悔しそうな表情を隠そうともせずにそう呟いた。


 普通の時計はカバーが施されているため外見からでは中の機構はうかがい知る事はできない。

 だが、湊の持つそれは裏面が強化ガラスで覆われたシースルー状態になっているため、ぱっと見だけでも彼の知る時計とは全く異なる複雑な機構を伺い知ることができたからだ。


 「同じ動力を用いながらここまでの差があろうとは……。悔しいがこうして現物が目の前にある以上、現実として受け入れざるをえまい」


 ゴラードが言うように、こちらの世界にも地球と同様にぜんまい仕掛けやふりこの原理等の技術は存在する。

 なので、熟練したドワーフの職人に限定されるものの、その技術を用いた置時計や懐中時計、そしてふりこ時計までならこの世界でも既に作られてはいるのだ。


 だが、逆に言えばそこまでだった。


 最初の懐中時計がこの世界に出てから数百年経た今でも一向にそれ以上のものが現れる気配がないのである。

 懐中時計から腕時計に見られる小型化への進歩も然り。

 同じ懐中時計であってもその中に組み込まれる機構の多様性や複雑性も然りである。


 地球においては、18世紀にアブラアム=ルイ・ブレゲという時計の歴史を200年早めたとも言われる超天才時計師が現れ、永久カレンダー、音で時を知らせるミニッツリピーター機構、対衝撃機構パラシュート、そして、ゼンマイ仕掛けが重力の影響を受けて狂うのを防ぐための超絶複雑機構であるトゥールビヨンを生み出すなど、時計制作の歴史に大革命を引き起こした。


 そんな彼の開発したこれらの仕掛けは、地球における最新式の機械式時計においても未だ現役という優れものなのである。


 湊の持つ腕時計には、これらブレゲが作り上げた数々の機構に加え、複雑機構であるクロノグラフ《ストップウオッチ》機構や、装着者が生活の中で使う腕の動きを利用してローターを回し、その力でぜんまいを自動で巻き上げる自動巻機構《オートマチック》なども組み込まれている。


 これらがぜんまいという原理としては単純な仕掛けで動くのであるから驚異としか言いようがないが、そのぜんまい仕掛けでさえ持て余しているこの世界において、地球で最も普及している水晶振動子を利用したクオーツ時計が姿を現すのは果たしていつのことになるやら正直見当もつかない。


 「それで、おぬしらに教えを請えば我らドワーフもこのような精巧な作品を作ることが出来るのか?」


 「まあ、残念ながらすぐには……無理でしょうね」


 「そ、そうか……」


 「ですが、元々懐中時計を作る技術は持っている訳ですし、何よりも最も重要な設計図が用意されている訳ですから、比較的複雑でない機構から少しずつステップアップを繰り返していけばいずれはこれと遜色ないものを作れる者も出てくるんじゃないかと私は思っています」


 「本当か!?」


 湊のフォローに、駄目出しされて落ち込んでいたゴラードの顔がパッと跳ね上がる。


 「ええ、この機械式腕時計を商業ベースに乗せることは私の計画の中でも最重要課題の一つでもありますから、逆にそうなって貰わないと困ってしまいます。それに最初から全ての機構を組み込んだ作品を出す必要もない訳で、まずは腕時計のレベルまでの機構の小型化を実現し、それを腕時計の第一弾として大々的に売り出して、そこから徐々に機能を付け加えたバージョンアップ版を発表していけば良いのではないでしょうか。なにしろ人の心理として他人が新しい物を持っていれば仮に旧式を持っていたとしても新作が欲しくなってしまうものですからね。特に見栄という言葉が服を着て歩いているような貴族たちならば尚更のことです」


 「そ、そうか……」


 ふふふと暗い笑みを浮かべている湊の迫力に気圧されつつゴラードは頷いた。


 「そういえば、もう一つ疑問があるんじゃが……」


 「なんですか?」


 湊は小さく首を傾げる。


 「どうにもわしの頭では理解しきれんのじゃが、お主らは別の世界とやらからやってきた訳じゃろう?」


 「ええ、そうですね」


 「その別の世界とやらから持ってきた時計をそっくりそのままこちらの世界で真似して、それで果たして売り物になるものなんじゃろうか?」


 「と、いいますと?」


 「なんというか……上手く説明できなくて申し訳ないんじゃが、お主たちの世界で一日に二周回る時計が、果たしてこちらでもこう……ズレずにきっちりとその仕事を果たしてくれるものなのかどうか……ということなんじゃが……」


 「それは、向こうとこちらで一日の時間にズレがあるのではないかという質問でよろしいですか?」


 「おお、そうじゃ。お主の言うとおりじゃ。世界が違うというのがわしにはどうにもピンと来ないんじゃが、何もかもが同じという訳ではないのじゃろう?」

 かなり鋭いところを突いてきたゴラ-ドの質問。しかし余裕に満ちた湊の表情は変わらない。


 「それが、不思議と大丈夫なんですよねぇ」


 ゴラードの投げかけた疑問がよほど嬉しかったのか、機嫌よさそうな表情で湊は改めてドワーフの鍛冶師へと向き直った。


 「とはいえ、それは良い質問です。極めて良い質問だと思います」


 「ん? どういうことだ? 何が良いのか教えて貰ってもよいかの?」


 「いいですか? 先ほどの質問がどうして良いものなのかと言うとですね、それはゴラードさんが我々の故郷『地球』について、一日の時間の長さがこの世界とは異なるのではないかという推論を立てた上で私に質問を投げかけてきたことです。つまりですね、今ゴラードさんが行ったようにささいなことに疑問を持ち、そしてそれに対して自分なりに仮説を立てていくこと、それこそが最も大切なことなんです。仮にその仮説が間違っていたとしても、それは決して無駄なものではありません。トライ&エラー、その限りない積み重ねこそが今の停滞したこの世界の科学を進歩させていくための大きな礎になっていくんですから」


 「そっ、そうか。それは何よりだ」


 ベタ褒めされたことが嬉しかったのか、照れくさそうな表情を必死に押し隠すようにゴラードは赤らめた顔をそっと床に向けた。


 一方で、そのような彼の純粋な反応を見せられた湊は、先ほどの質問を中途半端な答えでやり過ごしてしまったことに申し訳なさを覚えていた。


 地球の時計がこちらの世界でもそのまま使えることに関して、湊は先ほどゴラードに「不思議と」という言葉で濁しながら返答をした。


 しかし、実際のところ湊たちは『両方の世界の一日の長さがなぜ同じなのか』と『どうして地球とこの世界が巨大空間裂によって繋がってしまったのか』という二つの大きな謎について、大よその仮説の構築を既に終えている。


 ではなぜそれを彼に説明してあげなかったのかというと、それは地動説どころかこの世界が丸いという概念すら持たない今の彼にそれを事細かに説明したところで、話があまりにも性急過ぎて理解しては貰えないだろうと考えたからである。


 湊たちがこの異世界にやってきた最大の目的は、言うまでもなく地球とこの世界との間に繋がってしまった巨大空間裂を閉じるためである。

 今回のケースにおいては地球側の過失によって人工的に巨大な空間の裂け目が生み出されてしまったのだが、本来この空間裂は小規模ながら自然界でも普通に発生していた現象である。


 世界各地の記録や言い伝えに残っている神隠しや集団失踪事件(もちろんその全てではないが)などは、おそらく地球からこの空間裂を経てこちらの世界に繋がってしまったいわゆる事故ではないかと推測されているし、反対に妖精の目撃談や神話などに見られる地球に存在しないはずの魔物の記録なども、この異世界側の人や魔物が地球に迷い込んでしまったケースが後世に伝わったものであろうと考えられている。


 とはいえ、これらの事件の原因となる空間裂の発生は極めてレアなケースの上年々減少傾向にあり、事実、自然発生した空間裂の記録については19世紀以降は数えるほどしか確認されていない。


 その一方で、それら空間裂が引き起こしたと思われる事件の記録を詳しく調べてみると、不思議な事実が一つ浮かび上がってくる。


 その空間の裂け目を通じて繋がる先が、湊たちが今正に足を踏み入れているこの『異世界』と、湊を始めとする地球産の能力者たちが契約している「守護神」とよばれる『精神生命体たちの故郷である世界』のたった二つに固定されているということである。


 神話上で妖精や魔物と呼ばれるものが主に湊たちが今いるこの異世界から、神や悪魔、精霊、英雄などに分類されるものが精神生命体の世界から地球に迷い込んだと考えられている。


 とはいえ、後者の精神生命体に関しては人と契約しないとその力を振るうことが出来ない上に、彼らと契約したものは強力な力を得るのと引き換えに大幅に寿命をすり減らし、僅か5年(帝国ではそれを回避する手段が発見されているためその限りではない)でその宿主の命を燃やし尽くしてしまうという弊害も抱えている。


 伝説に出てくる英雄が往々にして悲劇的な最期を遂げたり、短命だったりするのはおそらくこれが原因であろう。


 だが、この精神生命体が出没するのはなにも地球に限ったことではない。

 こちらの異世界においても古来よりその存在は確認されており、精神生命体と契約を交わした者が地球では『能力者』もしくは『契約者』と呼ばれているのに対し、こちらの世界では『祝福者《ギフトホルダー》』と一般的に呼称されている。


 つまり、見方を変えれば『地球』とこの『異世界』と『精神生命体の世界』の三つは、空間裂を通じて互いに繋がっている状態であるとも言えるのである。


 ここで、どうして空間裂で繋がった先が決まった世界にのみ固定されていてその他の世界には繋がらないのか? という疑問が残る。

 そしてその謎を調査するのも湊たちがこの世界にやってきた重要な任務の一つなのである。


 湊たちがこの世界の歴史に顔を出したのはトンガール軍からカタリナ姫を救出した一月前のことである。

 だが、実際にこちらの世界に渡ってきたのは実のところそこから更に半年前にまで遡る。


 この世界に渡ってきた湊たちが真っ先に行ったのは魔の森の中から海にかけてパックリと開いてしまった巨大空間裂を閉じることであったが、そこからの半年間はひたすらこの世界の情報を収集する作業と魔の森の中で生活する亜人たちとの情報交換に費やしていた。


 この世界の空気組成や植生、気候、動物や魔物の分布の調査。種族ごとの能力の把握、人間の王国それぞれの戦力と産業、技術力、そして勢力圏の把握。こちらの世界をほぼ牛耳っているナトーヤ教の教義の研究と地方によるその影響力の強弱の調査。この世界と地球との病気やウイルスの差異の研究。鉱物や石油・ガスなどを含めた資源の埋蔵地域の捜査と推定埋蔵量の調査などなど、やることは幾らでもあった。


 もっとぶっちゃけてしまうと、カタリナ姫の救出、あれについても湊たちがあのタイミングで駆けつけたことは決して偶然ではない。


 湊たちの事前の調査でトンガール王国が不穏な動きをしていることは把握していたし、送り出された兵たちの動きもあらかじめ打ち上げられているスパイ衛星からの情報で常に把握していた。それどころか、攫われた後のカタリナ姫の身の安全を確保するため、彼女が罠にはめられて身柄を拘束されたその瞬間から常に彼女の傍らには湊の腹心である館林五十鈴が姿を消してついていたのである。

 人質を救出してクレッサール王国に恩を売るにしても命や貞操を含めて無事な状態でないと意味がないからである。


 その五十鈴がカタリナの傍を離れたのはたった一度、湊がセリネたち派遣者を救出するためにヘリから飛び降りた際、その足元の安全を確保するため彼の傍に駆けつけたほんの僅かな時間だけ。その後は再びカタリナの閉じ込められていた檻の傍で彼女の身を守っていたというわけである。


 要するに、クレッサール王国を揺り動かしたあの一連の事件ですら実のところは湊たちの完全なる制御下にあったものなのだ。


 唯一の誤算は、一人の派遣者の暴走により湊たちが想定していた時間よりも早く戦闘が始まってしまい、戦闘への介入のタイミングが遅れてしまったことであろうか。


 ならばカタリナ姫が攫われる前に未然に防げば良かったではないかという話になるが、湊たちがカタリナ姫を救出したその目的そのものが王女を救出することによってクレッサール王国に恩と実力を売りつけ、その上でアンリエスト地方を割譲させることであったのだから、一度は攫われて貰わないと話が進まなかったのである。


 腹黒いと言われればそれまでだが、あれはあれで政治的判断として仕方がないことだったのだ。

 とはいえ、もちろんカタリナ姫には救出した時点でその辺の事情は正直に包み隠さずに説明し理解をえているので問題ないはずである。


 そんな訳でこの世界に渡ってくるなり海中から成層圏を越えて宇宙空間に至るまで調査を進めた湊たちは、当然ながらこの異世界の惑星そのものの調査も進めている。


 結果、惑星の大きさ、惑星表面の海と陸の割合、惑星や太陽の年齢、太陽までの距離、太陽の大きさとその熱量、公転と自転の速度、地軸の傾き、衛星である月の大きさと惑星からの距離及び惑星の周りを回る周期と速度、同一太陽系の他の惑星までの距離とその数、そして公転速度などなど、あらゆるデータが地球および太陽系のそれとほぼ合致しているという結論を得ている。


 惑星の大きさや自転と公転の周期が同じなのだから、地球の時計がこちらの世界でそのまま使えたとしても不思議な話ではない。


 ただこれは、『地球と太陽だけというならばともかく、太陽系内全てがほぼ地球世界と同じ動きをしている異世界が存在するなど普通に考えれば幾ら宇宙が広いと言えども確率的にあり得ない』と、一言の元に切り捨てられてしまいそうな話ではある。


 しかし、実のところ、この世界に渡って来て調査を行うその前から、この世界の惑星系はほぼ自分たちの世界の太陽系と同じもしくは酷似している状態であろうということは湊たちによって予め予測されていた。


 宇宙には無限に近い星々が存在する。

 確かにその通りである。


 広い宇宙、他に生命が存在する惑星や我々と同等、いやそれ以上の知能を持った知的生命体が存在したとしても決しておかしい話ではない。

 しかし、だからといってその中に太陽系と全く同じ大きさ、構成を持つ惑星系があるとまでは流石に考えづらい。偶然として考えてもちょっとありえないレベルである。


 だが、それはあくまでも宇宙を一つと考えたらの話である。


 人類が宇宙という存在を知ってから、おおよそ長きに渡って宇宙は一つ(ユニバース)であるという概念に支配されてきた。

 しかし、多元宇宙《マルチバース》論に基づいて考えるならば、惑星系がたくさん集まって銀河系になり、銀河系が集まって銀河団となるように、この宇宙もまた一つではなく数多くの宇宙が存在する中のたった一つに過ぎないと考えることが出来る。


 仮に太陽系と同じ構成を持つ惑星系が宇宙規模の宙系百個につき一つしか存在しない極々低確率のものであったとしても、宇宙そのものの数がそれ以上に確認されるならば、決してその存在が否定されるものではない。


 どんなに限りなく小さなものであろうが、その確率が同じである以上、分母が増えれば分子もまた増えるのというのは道理である。


 そうなると問題は『数ある星々の中からなぜこの世界と地球そして精神生命体の世界の三つが時空を越えて繋がってしまったのか?』ということになる。


 そしてそれに対する湊の答えが『異なる宇宙の相似惑星系同士が互いに時空を越えた擬似同一存在として干渉しあった結果』ということになる。


 実際、空間裂を渡ってやってきたこの星及びそれを内包する惑星系は、湊たちの調査の結果地球が存在する太陽系とほぼ誤差がないレベルで同じと断言して良いものであった。

 であるならば、精神生命体の住まう世界も同様である確率は極めて高い。


 つまり、この世界に渡ってくる前の湊の仮説は限りなく正しいものであると推測できるのである。


 ……と、ここまでゴラードに説明してあげられれば湊の胸も痛まずに済んだのであろうが、惑星や宇宙に対する知識が不十分な者に多元宇宙論の概念を短時間で説明するのが困難な上、同じ宇宙の中にたまたま同じ構成を持つ太陽系とこの惑星系が共に存在しているという極々低確率の偶然の可能性も否定はできない(とはいえ、地球とこちらの世界では時間そのものの流れる速度がおよそ10倍程度異なるという事実が確認されている以上、両者が別の宇宙に存在しているのはほぼ確定的である)ので、彼には申し訳ないと思いつつも説明を端折らせてもらったという訳である。

 

 ゴラードへの後ろめたさに対してのせめてもの償い……と言うほどに大したことではないが、湊はその腕時計とその設計図を彼に渡し、現在製作中の武具防具に対して二三意見を交わした後、速やかに工房を辞して帰途に着いた。

 

 なお、機械式腕時計という新たな燃料《エサ》を与えられたドワーフの職人たちは、鼻息を荒くしながら我先を競うようにしてこの未知の技術に飛びついた。

 何しろ現物が目の前にあるだけでなく、お膳立てされたかのように設計図まで用意されているのだ。

 この状態で機械式腕時計への制作欲をスルーできるようなら、それはもはやドワーフではない。


 そんな彼らに立ちはだかる最大の難関、それは既に湊から受けている武器防具の製作である。

 既に受けている仕事の期限をそんな理由で引き延ばすことは許されない。

 かといって受けた仕事の質を落とすようなことはドワーフとしての矜持が許さない。

 しかし、未知の技術が搭載された機械式腕時計《おもちゃ》には何としても手を出したい――。


 そんなジレンマに抱え込んだ結果、彼らが出した結論は己の肉体と魂の限界まで振り絞って請けた仕事を早期に終わらせる――というなんとも力技に満ちたものであった。

 かくして彼らドワーフの職人がどうにかこうにか依頼された最後の防具を納入した後、それまでの修羅場がまるで嘘であったかのように街中から一斉にドワーフの姿が消え去ってしまったという。


 それは度を越えた酒好きの彼らが実に一週間もの間アンリエスト中の酒場に出没した報告がなかった程である。


 皆が皆、ただひたすらにこの世界で機械式腕時計を作り上げた第一号という名誉をその身に得んがための研究で、自分の家や工房に立てこもったのがその原因であった。


 しかし――残念なことにあれから二週間が過ぎた今に至っても、彼らの中で作品を完成させたという声が上がったというような話は一向に耳に届いて来ていない。


 ドワーフ職人たちの苦悩の時間はまだまだ続きそうである。 


 ◆◆◆

推敲している時間がありませんでしたので文章におかしなところがあるかもしれません。時間が取れたら直したいと思います。

読みづらくて申し訳ありません。

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