第三章 内政編 ② 技術者たち-2
更新遅れてすいません。
パソコンが壊れてしまって続きを書くことが出来ませんでした。
「おう、誰かと思ったらお前たちか……」
重厚そうな扉を開けて建物の中に入った湊達の姿を目に留めるなり、中にいた人物からぞんざいな口調がかけられる。
その声の主は成人男性にしては小柄な、それでいてがっしりとした筋肉質で赤銅色の肌を持つもじゃもじゃな髭面であった。
そう、彼こそが地球においてもエルフと並んで有名な妖精族の一員、こちらの世界で俗にドワーフと呼ばれている種族の鍛冶師であった。
「この作業が終わったら行くからそれまで適当に時間潰しててくれや」
自分たちの王である湊を前にしてもふてぶてしい態度を崩そうとしないそのドワーフ族の男。
忠義に厚い五十鈴がそれをただ見過ごすはずもなく、ほんの一瞬だけではあるが彼女は剣呑な気配を発した。
ただならぬその気配を敏感に察して、思わず横にいた沙希が彼女の行動を制するようにメイド服の裾を指先できゅっとつまむ。
しかし、幸いにしてそれは杞憂だったようで、五十鈴がそれ以上のリアクションを起こすことはなかった。
職人気質のドワーフに折り目正しい礼儀を求めるのは無理だと彼女も頭ではきちんと理解しているのだ。
そして何より、彼らのそういう粗雑な振る舞いを他ならぬ湊自身が許している。
である以上、忠実な部下である五十鈴が己の分を超えて行動することなど元よりあり得ないのである。
おそらく彼女が先ほど一瞬だけ攻撃的な気配を発したのも、限度を超えた振る舞いを抑制するための警告としての意味合いが強かったのだろう。
もっとも、普通の者であればそれだけで腰を抜かしてしまうであろう五十鈴の殺気を受けてもなお平然としているこのゴラードというドワーフの男が、一体どれだけ彼女の意を汲み取ってくれたのかという疑問に関して、確たる答えを持つものは少なくともこの一行の中には誰一人存在しなかった。
「ところで、例の件の進捗状況はどうなってますか?」
水面下で自分の部下とドワーフの男との間で交わされた一連のやりとりを完全に理解しつつ、その上で何もなかったように湊はゴラードに問いかけた。
この場合むしろ湊の方が敬語になってしまっているが、湊の場合は相手にへりくだっているのではなく単なる慇懃であるので、五十鈴的判定ではセーフなようである。
「……ふむ。それならばとりあえず武器に関しては一通りではあるが全ての兵に行き渡っておるよ。武器を優先させたために防具はまだ全体の3分の1……といったところじゃろうか。まあ、これも全ておまえさんの指示通りな訳じゃから今更文句を言われても困るがの」
「それで結構です」
ゴラードの説明に湊は納得いったように頷いてみせる。
「それより、量的にも日程的にもかなり無理を言ったのにも関わらず、当初の予定からほとんど遅れがないというのは流石ですね」
「我々ドワーフを筆頭とするこの都市の全ての鍛冶師が一丸となって事に当たったからな。もちろん時間が追っているからといって品質にも手を抜いてはおらんよ。もちろんお主やそちらの嬢ちゃんの所有するレベルの剣を期待しているのならばガッカリも良いところじゃろうが、少なくても他国の正規兵の持つ装備に比べたら性能が一段も二段も上なのはワシの名において保証しよう」
言うと、ゴラードは後ろに控える弟子の一人に合図して一振りの剣を持ってこさせる。
よほど重いのか、それを持ってくるゴラードの弟子は両腕で抱えながら、それでも今にも地面に落としてしまいそうな感じでよたよたしている。
「見てのとおり、それは獣人族の中でも特に腕力のある者達向けじゃからして、ヒトが手にするにはちと重すぎるかもしれん。だがまあ剣の出来を見るだけなら別にそれでも構わんじゃろう?」
「そうですね。どれ……」
湊は真新しいその剣を涼しい顔をしたまま軽々と片手で受け取ると、皆から少し距離をとるように奥へ移動する。
「お、お主なにを……まさか……!」
狼狽するゴラードを尻目に、湊は一部の無駄もない滑らかな動きでスラリと剣を鞘から抜き放つと、そのまま目にも留まらぬ速さで上段から一気に地面スレスレまで振り下ろした。
これにはさすがのゴラードさその弟子も「まるで信じられないものを見た」とばかりに大きく目を剥いたまま暫くその場で固まってしまっていた。
無理もない。
湊は軽く振ってみた程度のつもりだったのであろうが、おそらくそれでもその剣線を目で追うことが出来たのはおそらくここにいる者では五十鈴のみ。
残念ながら五十鈴と同じく地球からやってきた能力者である紗希や鷲尾でさえもそれは適わなかった。
館林五十鈴が剣の申し子と呼ばれる由縁である。
「造り、バランス……さすがゴラードさんが太鼓判を押すだけはあります。いい出来ですね」
湊は満足そうな笑みを浮かべながらそれを手がけた職人達の腕を賞賛した。
「あ……ああ、とりあず満足してもらえたようでなによりだ。しかし、何とか言われた数は揃えることはできたが、トンガールの奴等はこないだ痛い目をみて敗走したばかりなんだろう? 本当にあいつらは近いうちにこの国に攻めてくるのか?」
「……来ますよ。間違いなくね」
ゴラードの問いに、控えめながらも湊は断言した。
「どうしてそう言いきれるんだ?」
「色々と理由はあるのですが、その最たるものはトンガールの産業構造の歪さ……でしょうか」
「歪?」
「ええ、そうです。ご存知でしょうが、トンガールはその国力に比して軍事力の占める割合が異常に大きい国です。総人口およそ80万に対して正規兵だけでも8万人。国民の10人に1人は正規軍兵士というのはちょっと普通では考えられない数字です。正規軍というのは徴兵された兵や農民も兼ねた屯田兵などとは異なり何も生産することがありません。もっと言ってしまえば、戦争がなければただただそこにいるだけで物資を大量に消費してしまう無駄飯食らいなわけですから」
「正規軍が無駄飯食らいってのは極論のような気もするが、確かに国民の10人に1人が何の生産活動にも関わってないってのは国として異常だわな」
「もちろんトンガールも昔からこんな歪な産業構造をしていたわけではありません。クレッサール王に聞いたところによりますと、トンガールが国民総生産における軍事力の割合を今のように極端に増やしてきたのはここ数年という話です。今の状態を何十年も続ければ国の経済状態が滅茶苦茶になってしまいますから当然といえば当然の話なのですが、そのリスクを犯してまでなぜそうするのかというと、そこには二つの理由が考えられます」
「二つの理由? なんだそれは?」
「まず主たる理由として、その無理を押して増やした軍事力で他国を侵略すること」
言いながら、湊は差し出したピースサインから指を一つ折ってみせる。
そしてもう一本の指を折りつつ、
「そして従属する理由として、水増しした強力な軍事力で他国を侵略して、支配下に置いたその国から不足している食料や資源などを略奪して補うこと……です。この場合目標はここ、アンリエスト。そしてその先のクレッサール王国ということになります」
湊は淡々とした口調で不吉なことをスパッと言い捨てた。
「俺には小難しいことはよくわからねぇが、要するにあの国は早急にどこか別の国を侵略して略奪行為を行わないと国民の生活が成り立たなくなるところまで既に来てるってことか? そしてその略奪先としての矛先がこのアンリエストに向いていると……」
「端的に言えばそういうことになりますね。トンガールが軍拡を始めた頃はまだこの国はありませんでしたから、当初彼らが想定していた侵略の目標は当然ながらクレッサール王国ということになります。この国が出来た現在ではトンガールが直に接しているのはこのアンリエストとヘムガール帝国の二国のみで、そしてその内のヘムガールは水増しされた状態のトンガールよりも更に大きい軍事力を持っています。ヘムガールの支配するその広大な領地は国土が狭いトンガールにとっては大きな魅力でしょうが、流石に軽々しい気分で手を出すにはリスクが大きすぎます。その点このアンリエストは国土の大部分を魔の森で占められているもののその広さ自体は申し分なく、人の集まる都市といえばこの王都しかないわけですが、ここはかつて大陸の西側一帯を支配したアンリエスト帝国の首都であったという歴史とそれに伴う権威、そして西方諸国から伸びる道が一点で交わる交通の要衝という戦略的商業的価値があります。そして何よりも……」
「……長らくこの都市の支配者を悩ませ続けていたあの黄金竜が討伐された……か」
「仰るとおりです。当初考えられていたクレッサール侵攻案ではトンガールの目標はこのアンリエストではなくもっと王都よりの穀倉地帯だったはずです。しかし……」
「おあつらえむきにクレッサールよりも更に軍事力の小さい国が隣に出来て、その上目の上のたんこぶだった黄金竜がいなくなった……と。そりゃ飢えた狼の前にウサギを放つようなものだな」
「ええ、実際トンガールの上層部はそのように考えているでしょうね。元々トンガールとヘムガールは互いに宗教的に同じナトーヤ教を国教とする親密な関係であり、また歴史的に見ても軍事的経済的にも国力に劣るトンガールは事実上ヘムガールの庇護下に入ることで生き延びてきたようなものなので、トンガールがヘムガールに攻め込むようなことはよほどなことが起きない限りはないと思っていいと思います」
「先だてのカタリナ姫誘拐に関しても、裏でヘムガールと通じているような動きがあったようだしのう」
「そうですね。軍事的な背景でも経済的な背景双方においてもトンガールは事実上のヘムガールの属国と考えても良いと思います。とすると、順当に考えれば次にトンガール王国が動きを見せる時には同時にヘムガール帝国も何らかのリアクションを起こす可能性が高いと予想できます」
「なるほど……な。それで、大丈夫なのか? 今この国が動員できる兵力は正規軍1万5千に傭兵や志願兵などの非正規兵がおよそ1万、あわせてもせいぜいが2万5千といったところじゃろう?」
「そうですね。兵の募集は続けていますから実際はもう少し増えるでしょうが、現状ではそんなところだと思います」
不安そうな表情を浮かべるゴラードに湊はあっさりと頷いてみせる。
現在のアンリエストの総人口はおよそ40万。
元からこの都市に居住していた者たちに加え、湊の発した人種差別撤廃及び奴隷制廃止宣言を受けて魔の森に隠れ住んでいた亜人たちが大量に移住してきたことと、近隣諸国から迫害されていた亜人たちが大量に流入してきていることからこの都市の人口は元の20~25万から急激に膨れ上がっている。
総人口40万というこの数字は、かつてこの地で繁栄したアンリエスト帝国の50万にはまだまだ及ばないものの、アンリエスト帝国崩壊後の規模で見れば過去最高と言っていい。
「仮に相手の正規軍だけが相手でもこちらの倍以上。向こうにはさらに徴兵された一般国民や金で雇った傭兵部隊、それにおそらくは奴隷部隊もいるはずじゃ。そうなるとおそらくその総数は……」
「ええ、少なくとも10万は軽く超えてくるでしょうね」
「最低でもこちらの3倍というわけじゃ」
「……まあ、そうなりますかね」
そう答えた湊の口調はどこか他人事のようだった。
「それで……正直なところどうなんじゃ? 勝算は本当にあるのか?」
尋ねながら、無頼を地で行くようなこのドワーフの鍛冶師もさすがに内心の不安を隠しきれないという様子で、こわごわと身長差のある湊の顔を見上げた。
湊たちの故郷には「戦争は数だよ兄貴」という名言があるが、戦場における3倍の兵力とはつまりそれほどまでに絶望的な数字なのである。
だが……。
「問題ないです」
ゴラードの不安をよそにあっさりと湊はそう答えた。
「そ、そうか。そうじゃろうな。なにしろたった数人で万の大群を蹴散らしたというお主らがおるんじゃ、負けるはずがなかろうて」
思わずほっとしたため息を漏らすゴラード。
しかし、次の瞬間、湊の口から返ってきた返事は彼にとってあまりにも意外で、そして絶望的なものだった。
「あらかじめ言っておきますが、私達はトンガールとの戦いに参加する予定はありません」
「…………は? 何を言っておるんじゃ?」
湊の意味不明な返答にゴラードの表情が歪む。
「何をもなにも、私達異世界組はトンガールとの戦いに参加する予定は一切ないと言っています」
「なぜじゃ! ここは貴様の国じゃろうが!」
「なぜと聞かれるなら、それはトンガールのアンリエスト侵攻に併せてクレッサールに攻め入るであろうヘムガール帝国に対処するため……ですね。したがってこのアンリエストに攻め入ってくるであろうトンガール軍に対処するのはあなた達亜人を中心とした戦力のみということになります」
「そんな馬鹿な! いくらなんでも我々だけで勝てるはずがない! それにそもそもクレッサールは他国ではないか! なのにどうして自分の国をないがしろにしてまで援軍を送る必要があるんじゃ!」
「そうは言われましてもね。クレッサールへの牽制という意味合いが強かった前回の国境の動きとは異なり、この次のヘムガールは本気ですよ。おそらく他の二国との国境に展開している部隊をギリギリまで減らすリスクを抱えてでもクレッサールを落としにかかる筈です。もし我々が援軍に赴かなかった場合、おそらくクレッサール一国では次のヘムガール侵攻に耐えることはおそらく出来ないでしょう。そしてクレッサールがヘムガールの手に落ちてしまえば、その勢いのままヘムガール軍はこのアンリエストに攻め入ってくることは明白。そうなってしまえば我々はトンガールとヘムガールに挟撃されることになります。状況としては最悪です」
「おぬしの言いたいことは分かる。じゃが、トンガールと戦う我々はどうなるんじゃ? お主らが後を任せてクレッサールに行くと言うからには何か明確な勝算があるんじゃろうな?」
まるで藁にでもすがるかのようなゴラードの問いに「ええ、もちろんです」と力強く湊は頷いた。
「大丈夫ですよ。そもそもあなたたち亜人は身体能力なり内包している魔力量なり、種族としての基本的な戦闘能力がヒト種と比べものにならないくらいに優れています。3倍程度の戦力くらいなんてことはありません」
ゴラードの疑問に対して湊の口から紡がれた自信満々な回答。
しかし、それはゴラードの不安を更に掻き立てるものでしかなかった。
「……それだけなのか?」
「……それだけとは?」
「まさか、本当に理由はそれだけだとでもいうのか?」
問い返したゴラードの顔色が一瞬で失望のそれに染まっていく。
あまりにショックで眩暈を起こしてその場で倒れてしまいそうだった。
「……いや、せっかく我々の能力を褒めてもらっているというのにこんなことを言わなければならないのは大変申し訳ないんじゃが……」
申し訳ないとはいいつつも、ほとんど非難に近い口調でゴラードは湊に反論する。
「我々亜人の先祖はヒト種よりも優れているというその種族特性を持ってしてなお彼らの数の力に歯がたたなかったんじゃ。その上、ヒト種に迫害されて数を減らし続けた今の我々ではかつてヒト種に決戦を挑んだ当時の頭数すら揃えることはできん。かたやヒト種はその数を順調に増やし続けているというのにも関わらずじゃ。残念じゃが我々だけではヒト種には到底勝つことはできんよ」
『個々の戦闘力が高いくらいで圧倒的な数の暴力を誇るヒト種との戦いに勝てるくらいなら、自分たち亜人はこうして今ヒト種の後塵を拝す屈辱に甘んじていることはない』
――そう言外に滲ませつつ、自信満々な湊の勝算の根源がそんなどうしようもない理由だったのか。そんなどうしようもない男に自分はこんなにも大きな期待を寄せていたのか。そして自分たち亜人を含めたこのアンリエストを戦乱に巻き込む男がこんなにも愚かだったのか……と、もはやガッカリを通り越して絶望の表情すら隠さないゴラード。
そんな失望に満ちた彼の表情を見て、しかし、湊は思わずクスクスと悪戯っぽい含み笑いを浮かべる。
「何がそんなにおかしい!」
瞬間的に噴出した怒りに任せて湊に詰め寄ろうとするゴラード。
そんな彼をを牽制するようにメイドの五十鈴が一歩前に踏み出すが、湊はそんな彼女を軽く手で制すると一転して真剣な表情に戻り、ゆっくりと彼に向き直る。
「ゴラードさん。あなた達亜人は自分たちの力を過小評価しすぎですよ」
「……過小評価じゃと? じゃが現に我々の先祖はあのヒト種にさんざんに蹂躙されて……」
「まあ、最後まで話を聞いてください。文句はそれからでも遅くはないでしょう」
「……むう」
言葉を遮るように発せられた湊の言葉に制され、ゴレラードは思わず言葉を飲み込む。
「わかった。ひとまずお前の主張とやらを聞いてやろう。確かに文句ならば後でいくらでも言えるのじゃからな」
言うと、彼は覚悟を決めたとばかりに工房内に設けられた自分の椅子にどっかりと腰を下ろす。
「ありがとうございます」
その整った顔にニッコリと笑顔を貼り付けると、湊もまた優雅ともいえる挙措でゴラードの対面にある来客用の椅子へと腰を下ろした。
「いいですか? 確かにあなたたちのご先祖様は優れた能力を持っていながらヒト種との戦いに勝利をおさめることは出来ませんでした。それは紛れもない歴史的事実です。
しかし、だからといってあなたたちが3倍の人数のトンガール軍に勝てないかというと、必ずしもそうとは限りません」
「なぜそう言いきれる?」
湊の言いたいことがさっぱり分からないと首をかしげるゴラード。
「いいですか? あなたたちの先祖は確かにヒト種に敗れた。しかし、私に言わせればその戦闘において彼らはほとんど自分たちの実力を発揮できていません」
「そんなことはない! 我々の先祖はヒト種と激しくぶつかり、最終的には数の力に負けはしたもののかなり善戦したと聞いておる」
「個々の戦いではそうでしょうね。ですが、全体で見たならばそれは否です」
「……どういうことじゃ?」
「当時の亜人とヒト種との戦いを一言で言い表すなら「ヒトという単一種対亜人たちの連合種」という図式になります。ヒト種対亜人の戦いと簡単に言葉で括ってはいますが、記録を見ると実際には各種族がたまたま同じ戦場に集まったというだけで、ある場所ではエルフ族が固まって戦い、また別の場所ではドワーフ族が集団で戦闘を繰り広げと、せっかく集まった多様な種族間でお互い横の連携を取った形跡が全くありません」
「お互いに閉鎖的な集落を作っとった者達同士が集まったんじゃ、その状態で急に横の連携など取れるわけもない。戦闘において中途半端な連携など害になるばかりじゃ。それならば互いを知り尽くした各々の種族に別れて戦った方がまだましじゃろうて」
「そこですよ!」
ゴラードの説明に湊は我が意を得たとばかりに鋭く突っ込む。
「かつての戦いで亜人たちが敗北したのが単純に数の力だったといまだにあなたたちが考えている時点で既に大きな勘違いなのです。いいですか? あなたたちの先祖は大きな、そして致命的なミスを犯しました。それはヒト種よりも多い兵力を用意出来なかったなんて単純なことじゃありません。ヒト種との戦争が迫っているのを分かっていながら、互いの種族それぞれのコミュニティーの閉鎖性を言い訳にして協力体制を取らなかったことです」
「…………」
「その結果として、肉体的に強靭でも魔法に弱い種族は魔法兵を中心に集められた部隊から有無を言わさぬ遠距離攻撃の的になり、逆に魔法が得意でも接近戦の苦手な種族は魔法抵抗力に特化した近接部隊の餌食になったりと、それぞれの種族の弱点用に特化した部隊から事実上の各個撃破を受ける結果になってしまいました。蟲人種の蜘蛛人族などのように身体能力や魔法力全てに優れた種族も中には一部存在しましたが、彼らは種族としての総数が少なすぎて全体の戦況に影響を及ぼすことまでは出来ませんでした」
「……む。それは……」
「その決戦においてのヒト種と亜人種の人数比はおよそ5対2。人数で負けて更に弱点を突かれたというそんな絶望的な状態でも、最終的に負けはしたもののどの戦場でも決して一方的な敗北を喫したという訳ではなかったのですから、相当に善戦したと言っていいでしょう。その一点からだけでもあなた達のご先祖様がいかに命を顧みない決死の覚悟を持って奮戦したかが伺い知ることが出来ます。もちろんあなたもご存知の通り最終的にはヒト種の数の力に押し負ける形になってしまった訳ですが、しかし間違ってはいけないのはその戦闘での直接の敗因は数に押し負けたことではなく『選択した戦略が間違っていた』ことであるということです」
「つ、つまりそれってぇことは、その戦略選びさえ失敗しなければ俺達のご先祖様はヒト種に勝ってたかもしれないってこと……なのか?」
「ええ、私はそう分析しています」
わなわなと身体を震わせながら尋ねるゴラードに湊は一つ頷いてみせる。
「……てことはだ。俺達亜人が種族の垣根を越えて互いに力を合わせることが出来れば、お前達の力を借りなくとも3倍の兵力を持つトンガールの糞野郎共に一泡吹かせてやることも可能って考えてもいいってことなのか? そうなんだな?」
「仰るとおりです。そしてそのための訓練を私の部下が現在正規軍及び傭兵部隊、そして志願兵たちに施しているところです。そして何より……」
言いながら湊は先ほどゴラードから受け取ったこの工房で打たれた一振りの剣に視線を流す。
「次の戦争では、あなたたち職人に作成を依頼しているこれらの上質な武器が全ての兵に行き渡ります」
「……それはそうじゃろうが、それがどうかしたのか?」
不思議そうに問い返すゴラードに「何を言ってるんですか」と湊は苦笑してみせる。
「『他の国の正規兵の持つ装備に比べたら少なくとも性能が一段も二段も上なのは保証する』……これは先ほど他ならぬあなた自身の口から出た言葉じゃないですか」
「それは確かにそうじゃが……」
「そもそもあなたたちドワーフ族という優れた鍛冶師が味方にいながら、過去のヒト種との決戦においてその優れた武器の恩恵に預かれたのが種族同士の交流がわずかばかりあったエルフ族のみ。もっと言うとその中でも極一部の支配者層のみでしかなかったという驚愕の事実。正直その話を聞いた時、私は我が耳を疑いましたね」
「どういうことじゃ? それの何がおかしい?」
「私がここの王となってから魔の森に身を隠していた多くの種族を受け入れてきました」
「そうじゃな」
「例にたとえるならば巨人族のサイクロプス。私が彼らに会って驚いたのは、彼らの持つ最も一般的な武器が丸太から切り出した原始的な棍棒だったということです。そして聞くところによると、かつてのヒト種との決戦においても同様であったと」
「そりゃ仕方あるまい。やつらにすれば他の種族の使っている武器など小さくて使えたもんじゃなかろうて」
何を当然のことをと言わんばかりのゴラードの口調。
「確かにあなたの言うとおり彼らには普通のヒトの武器は小さすぎるんでしょう。では、どうしてあなたたちドワーフは彼らの大きさに見合った剣を打たなかったのです? その技術がないわけではないのでしょう? 鎧もそうです。彼らは戦闘時でも最低限の服しか身にまとっていません。剣と同じくヒト種のものでは入るサイズがないからです。ですが、あなたたちドワーフ族が味方についていながらどうして彼らにふさわしい鎧を作ってあげなかったのです? これはサイクロプスに限らず獣人族や蟲人族、妖魔族、その他先の決戦に参加したほとんどの種族にいえることです。もちろんあなたがたドワーフとて依頼がなかったからこそあえて武器防具を作成することなどなかったのでしょうし、そもそも相応の材料がなければ剣を打つことすら出来なかったことでしょう。ですがここで問題にしなければならないのは、他の種族が石器のような原始的な武器ではなく強力な武器を手にすることが出来ていたならば、それだけでも戦争の結果が変わっていたかもしれないという可能性です」
湊の説明を聞いてゴラードは神妙な表情で頷いた。
「そうか……。確かにそうかもしれないな。そして結果的にそういう話が出てこなかったのも我ら種族間の横の交流不足が原因……というわけじゃな」
「その通りです」
同じ戦争に参加していながら皆が種族ごとのコニュニティー意識にこだわり過ぎてしまった。
そのため他の種族はドワーフに武器の製作を依頼せず、そしてドワーフたちも特に進んで彼らへ武器を供与することはなかった。
そしてその結果として、身体能力に大きく優るという自分たちのアドバンテージを、手にした武器の優劣でヒト種に大分取り戻されてしまったのである。
「それでは根本的な問題として、どうして種族の垣根を越えて協力し合うような話が出てこなかったと思いますか?」
「どうしてって、そりゃあそれぞれの種族意識が高すぎて……」
「そうですね。それを踏まえて考えていただきたいのですが、かつてあなたたちの先祖が犯した最大のミス。それは対亜人で国を超えて一つにまとまったヒト種に対し、亜人たちには集結した多くの種族を一つにまとめる強力なリーダーシップを持った指導者が現れなかったことです。その結果としてそれぞれの種族が好き勝手に行動し、そして個別に敗北してしまった」
「なるほど。全ての種族を一つにまとめる指導者……か。なるほど、勝てぬわけだ。はは……」
まるで胸に引っかかったつかえが取れたようなさっぱりとした、しかしやや憂いを含むどこか達観した表情でゴラードは乾いた笑みを浮かべる。
「だが……!」
次の瞬間、そう言葉を続けた彼の瞳には再び強い光が宿る。
「今の俺たちは前とは違う! そう、今の我々にはお前がいる。戦う術を教え、武器を揃え、そして種族の垣根を越えて力を一つにまとめる強力な王がいる! ならば俺たちは今度こそ負けない! そういうことだろう?」
「もちろんです」
湊は力強く頷いて目の前のドワーフの言葉を肯定すると、「そこでですね」と前置きを置いて、改めて彼に向き直る。
「これからが今日の本題なんですが……」
言いながら、彼は自分の上着の袖を軽く捲くってみせる。
そこにはゴラードの今まで目にしたことのない細かい細工の施された銀色の太めの腕輪が装着されていた。
「戦争というのは何も武器を手に戦場で行うものだけとは限りません。そもそも戦争を行うのも、そしてもっというのならば国を運営していくのにも絶対に必要なものがあります。それは言うまでもなくお金です。つまり相手の国の経済力を大きく弱めることが出来れば、それは目に見える領土に現れないだけで事実上相手の戦力を削ったも同然ということです。そこでなんですが、材料も設計図も私たちが提供しますのであなたたちドワーフの職人たちにはその技術を結集して是非ともこれを再現して欲しいのですよ」
言うと、彼は己の腕からその銀色の腕輪のようなものを外してゴラードに差し出した。
「初めて見るが、何だこれは?」
湊から受け取ったそれは、小さな見た目に反して以外にずっしりとした重量感を掌に感じさせた。
「それの名は――機械式腕時計。わが国の特産物候補の一つにして、他国の貴族たちの懐からとことんまで金を搾り取り、経済的に屈服させるための刃を持たない武器ですよ」
そう言ってその秀麗な顔にニッコリと笑顔を貼り付けた湊。
――しかし、後にゴラードは語る。
『あの瞬間、天使もかくやという美しい笑みを浮かべた彼の背に、まるで悪魔のようにどす黒い三日月のようにぱっくりと裂けた口で哄笑する影が見えた』
……と。
◆◆◆
2019.5.28
トンガール軍の兵数を調整。




