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第ニ章 世界で最も新しき国④

 「クレッサール王国から我々へのアンリエスト地方の割譲。私はこの提案を王が断るわけがないと思っています。デメリットがどこにもないからです」


 肆十無湊という名のその青年は、それがあたかも決定事項であるかのようにあっさりと言い放った。


 「デメリットだって? あるじゃないか! 君たちにアンリエスト地方を割譲すれば我々は領土を、それも広大な領土を失うことになる。そもそもあの魔の森には未だ手付かずの金銀鉱脈、その他の資源が眠っていると言われている。それを王女とはいえたかが一人の身の安全を保護したことと引き換えに差し出すなどあり得ないし、またあってはならない話なんじゃないのか? 君だって領地を経営しているというのならそれくらい指摘されるまでもなく分かっていて当然だと思うんだがね。それとも君の母国のカムナとやらはそんなことも理解できないほどの低脳の集まりだとでもいうのかな?」


 空に浮かぶ城を見たショック。

 そこからいつの間にか立ち直っていたアレックスがふふんとせせら笑いながら発した強烈なその皮肉を、湊はただ涼しげな一瞥だけでさらりと受け流す。 


 「広大な領土。豊かな資源。確かにあなたの言う通りそれは一人の王女の身と引き換えにするには過分な報酬でしょう」


 湊は一つ頷いて見せ、同時にアレックスの顔にそれ見たことかと言わんばかりの嘲笑が浮かぶ。

 しかし、彼の話はこれで終わりではなかった。


 「ただし、それはあなたがたクレッサール王国があの地を有効に活用しきれていれば……というのが前提の話ですがね。さきほどあなたは手付かずの資源があると言った。ではなぜ手付かずなのです?」


 「そ、それは……」


 「答えは簡単。あの魔の森に居座っている黄金竜のせいで手を付けたくとも付けることができなかったからですよ」


 「…………」


 「それであなた方はいつあの森に手を付けるつもりなんです? 百年後ですか? 千年後ですか? 仮にそこまで待ったとしてもあの竜の寿命が来る保証はないですよ? 神竜の寿命は長いですからね。そもそもあの魔の森は本当にあなた方クレッサール王国の領土と言えるのでしょうか? ああ、地図上の話じゃないですよ、あくまで現実的な話を私はしています。我々の調べではあの森の中には少なからぬ亜人たちの集落があることが確認されています。あの黄金竜が目の敵にしているのはあなたたちヒト種あるいはヒト種と亜人との混血種のみ。普通の亜人たちは黄金竜の捕食対象であれ、憎悪を向けられる対象ではない。もちろん魔の森に住まう魔獣はどれも危険な存在であり決して彼らにとって住みやすい場所ではないはずだ。だが、彼らはあえてそんな危険な場所に自らの集落を構えている。なぜだか分かりますか?」


 「……ふん。そんなこと私が知るはずがなかろう」


 「それはあなたたちヒト種から受ける迫害に比べれば魔の森の脅威の方がまだましだと彼らが判断したからです。何の罪もない亜人がヒト種のちょっとした戯れによって簡単に殺されてしまう。そんな理不尽を抱えるくらいなら常に魔獣の危険に晒されてでも魔の森の中に住んだ方が良いと彼らは考えたのでしょう。確かに魔の森の麓にあるアンリエストはこの世界でも亜人にとって優しい都市の一つではあります。しかし、そこであってもやはり亜人の地位はヒト種とは対等ではないんです」


 「それがどうしたというのだ? あんなやつらには二等市民権とて過分な待遇ではないか!」


 息子のその言いように、アレスは顔をわずかに歪める。

 熱心なナトーヤ教普及国であるトンガール出身の第一王妃の影響をまともに受けてしまっているアレックスの亜人蔑視の悪癖は、アレスが幾ら言い聞かせようともとうとうこの年まで治ることがなかった。

 そしてそれは同じ母親から生まれた第三王子であるフェリペも同様である。


 「あなた方の彼らの待遇についても個人的に思うところはありますが、今は本題ではないのてとりあえず今は横に置いておくことにしましょう。それで本題ですが、あの魔の森がクレッサール王国の支配地であるというのなら、当然あなたたちはその中に住まう彼らからも税を取り立てているのですよね?」


 「……なに?」


 何を言っているのか分からないという表情でアレックスが問い返す。


 「これはカタリナ姫に既に確認済ですが、クレッサール王国には国民であれば必ず決められた税を納めなくてはならないという法律があるはずです。そしてその税に関しては国または領主から派遣された徴税官が取り立てることになっている。であるならば、当然あなた方は魔の森の中に住む国民である彼らの人数を正確に把握した上で所定の税額をきちんと取り立てているはずです。では魔の森の中に住むあなたの国の国民は何人いて、どんな種族が住んでいるのか、今ここで説明してください」


 「そっ、それは……」


 言葉を濁らせるアレックス。

 魔の森の中に亜人たちが住んでいることなど今の今まで知らなかったのだから当然の反応だった。

 かくいうアレスですらそんなことは初耳である。


 「……そっ、そうだ! アンリエストには税を免除する特権がある! だから彼らは税を納めていない。と、当然の話だろう?」


 とっさに思いついたから言ったというのは傍から見ればみえみえだったが、何とかアレックスは湊の問いかけに切り返すことに成功する。

 しかし、一見良さそうに見えるその一手だが、アレスからすればそれは悪手もいいところだった。


 そして目の前の隻眼の青年が、その程度の稚拙な論拠の欠点を見落とす筈もない。


 「アンリエスト公爵の持つ免税特権は私も知っています。しかしそれはあくまでもアンリエスト公爵がクレッサール王国に納める税金が免除されているというだけで、アンリエスト地方に住む国民が納税の義務を免れているわけではありません。ここに来る前にアンリエスト公爵だったラムセルとその部下を問い詰めましたが、彼らは当然魔の森の中に潜んでいる亜人たちのことなど知りませんでしたよ。つまり、少なくともあの魔の森に関してはあなた方クレッサール王国の支配が及んでいないと解釈することができます」


 「かっ、仮にそうだったとしたらどうだというのだ!」


 完全に開き直ってアレックスは声を張り上げた。

 そんな彼に湊は軽く肩をすくめてみせると、まるでからかうようなおどけた口調で、


 「どうもこうも、あなた方の支配が及んでない以上、あの地は実際に住む彼ら亜人たちのものだということになります。そして私はもう既に彼ら魔の森に住まう全ての亜人から王となることの了承を得ている。つまりあなた方が今更何を言おうが魔の森は既に私の領土ということになりますね」


 「そんな馬鹿な主張が――」


 ――通るとでも思うのかとでも言いかけたアレックスの言葉を湊が横から素早く遮る。


 「馬鹿な? 今馬鹿なとおっしゃいましたか? では王とは何です? あなたは何を以って王が王足らしめると思ってらっしゃるのですか?」


 「何をだと? そんなのは決まっている。血だ。王家の正統な血を引くものこそが王と呼ばれるのだ」


 「ほう、ではその正統な血を引くというあなたは王となったら魔の森の亜人たちをどうするのです?」


 「もちろん徴税官を派遣してやつらから税をとりたてるさ」


 「ということは、クレッサールから魔の森に軍を派遣して正式に彼らの身の安全を確保するということですね?」


 「はっ? 貴様は何を言っているんだ? そんなことをするわけがないだろう。そもそもヒト種で構成されたクレッサール軍が魔の森に立ち入ったらあの黄金竜の奴の標的になって全滅するのは目に見えているじゃないか。それなのになんであんな亜人風情のためにそんな危険を冒さなければならないんだ」

 

 そのアレックスの答えを聞いて、湊は「はっ」と馬鹿にするように笑った。


 「きっ、貴様! 何がおかしい!」


 馬鹿にされたようなその態度にアレックスは激高する。しかし、湊は怒気を発している彼を完全に無視《スルー》してアレスの方へと向き直った。


 「こう言ってはなんですが、残念ながら陛下のご嫡男には人の上に立つ王者たる器はないようですね」


 「なっ、何を! 貴様っ」


 アレックスはすっかり逆上し、湊に飛び掛からんと身構えた。

 しかし、いつの間にか両者の間にメイドの少女が立ちふさがっているのを見咎めると、拳を上に振り上げたままの状態で思わずたたらを踏んで思いとどまった。

 さすがに先ほど派手に吹き飛ばされたクラントック男爵の二の徹を踏むほど愚かではなかったようである。


 アレスはそんな息子の醜態に目をやると、落胆交じりに一つため息をつく。


 「貴公の言われる通り、あれには他者の上に立つだけの器がないようだ。全く以って恥ずかしい限りである」


 搾り出すようにアレスは言葉を吐いた。


 「ちっ、父上、何を?!」


 「黙れ!」


 「しっ、しかし!」


 「黙れと言った!」


 アレスが渇を入れると、その迫力に圧されてアレックスは肩を震わせながらじっとその場に立ち尽くす。


 「お前の王位継承権は本日より第1位から格下げして第7位とする。よいな」


 「そ、そんな……」


 「アレックスよ、なぜお前に王たる器がないか分かるか?」


 がっくりと床に膝を付いてうなだれている息子にアレスは声をかける。


 「…………」


 意気消沈したアレックスは言葉すら発することができずに黙って首を横に振る。


 「そもそも王とはなんだ。なぜ私は民の上に立ち偉そうにふんぞり返っていられると思う?」


 「…………」


 「王権とは一種の契約なのだ。民を飢えさせないよう政を行い、民が安定した生活が送れるよう野盗や魔物からその身を守り、他国の軍からの略奪や蹂躙を防ぐために軍を組織し率いて民の盾となる。しかし他国の軍と戦うためにはこちらも常に錬度を保った軍を維持しなければならない。そしてその軍を維持するための費用を捻出し続けるのは生易しいことではない。軍隊は大量に物資を消費すれど何も生み出しはしないからな」


 「…………」


 「分かるか? 我々為政者が民から税を取り立てるのは贅を肥やした生活を送るためではない。民に豊かな生活と強力な軍備による身の安全を保障し、国の柱となって心の支えとなり、そして他国に攻められた時にはその矢面に立ち、そして万が一敵に破れた際には全ての責任を負ってその命を以って民の安全を保障する。それが王たる者の務めなのだ。にもかかわらず先ほどの湊殿の質問に対するお前の返答。税だけは取り立て民の身は守らぬなどと、まあよくも臆面もなく言ってのけたものだ」


 「しっ、しかし、王たる者には大を救うために小を犠牲にする覚悟も求められている筈で……」


 「このたわけ者! 王の王たる理由を知らぬお前が偉そうに王の覚悟を語るでないわ! 確かに王にはお前が言うように大を救うために小を犠牲にしなければならない非情な決断が求められる場合がある。しかし、それは我が身を切り裂くような想いを以ってギリギリの決断で行うべきもの。しかるにお前は先ほど国民の身の安全を保障するつもりが最初からないくせに税だけは徴収すると言い放ちよった。そのような恥知らずなことを言い切れる貴様はもはや最初から契約を果たす気がない詐欺師も同然。そのような愚か者に王者たる資格はない!」


 あの瞬間。そう、アレックスが亜人たちから税だけを取り立ててその身を守らぬと言い放ったあの瞬間……。

 アレスはこの自分の息子に心底失望したのだ。


 (やはり息子の教育係に妃の推したトンガール出身の者を採用したのは間違いであったな……)


 アレスは自らの失策を嘆く。

 アレックスは決して頭が悪いわけではない。しかし、彼はもう22歳。歪められた教育によって刷り込まれてしまったそのいびつな価値観とその性格は完全にその心の芯に根付いてしまっている。

 もはやこれからどのような教育をほどこしても矯正されることはないだろう。

 残念ながら、手遅れである。


 そしてそれは同時に同じ教育を受けた第三王子のフェリペにいえることでもある。


 アレックスの王位継承権を降格したことを耳にすれば、その母である第一王妃が黙っているはずがない。

 しかし、幸か不幸か彼女は今謹慎という身の隔離状態にある。

 本人が直接関与しているかどうかは定かではないが、少なくともトンガール正規軍が出てきた以上、彼女の実家であるトンガール王家がカタリナの誘拐に深く関わっていたことは疑いようがない。

 クレッサールを裏切ったラムセルの証言からもそれは裏付けられている。


 である以上は、いくら王妃といえどトンガール王家と深い繋がりがある彼女を今までのように自由にさせておくという訳にはいかなかった。

 まして王家の中にカタリナ誘拐に深く関与した者がいるというのだからなおさらである。


 事を起こしたトンガール王家も当然それくらいのことはあらかじめ想定していたはずであり、ある意味王妃は実家から尻尾を切られた状態と見てもいい。

 いずれにせよクレッサール王国とトンガール王国とでは国としての立ち位置も為政者のあり方も、そして何より宗教観が根本的に異なっている。

 それを第一王妃たち主導でトンガール式の政治手法で強引に押さえ込もうとしても早晩無理がたたるのはもはや目に見えていた。


 波風立たない平和な時代なら無能な王でも何とかなるかもしれない。しかし、今のクレッサールにはそんな呑気なことをいっていられるだけの余裕などどこにもないのだ。


 王子であるアレックスやフェリペをはじめ、ここに集っている大多数の貴族たちはまだ気付いていないであろうが、この国は現在存亡の危機というレベルにまで追い詰められてしまっているのだ。


 それも、目の前にいる肆十無湊ら異世界から来た者の存在を抜きにして……である。


 今のアレスの立場としては、たとえ血を分けた肉親であろうとも混乱の元は早急に遠ざけ、国家の安定に道筋を立てなければならないところだった。


 (いずれにせよ第一王子アレックス、第三王子フェリペを次期王位の座に据えるという選択肢は完全に絶えた。人格的にもやはり第二王子のガレスが最もふさわしいのであろう。為政者としては優しすぎるきらいがあるが、そちらの方は経験でカバー出来る範囲であるしな……)


 アレスは独りごちる。 


 実のところ、アレックスとフェリペの母親である現王妃を降格させ、政治的な影響力を完全に奪い去った上で王宮の一室に隔離し、その上で第二王子ガレスの母親である第二王妃を第一王妃として正式に昇格させる……というところまではこの国の方針として事前に行われた会議で既に決定事項であった。

 だから、その点についてはある意味計画通りともいえる。


 だが、ここで一つ最大の問題が浮かび上がってくる。


 (これで決定的にトンガールとは決別することになる……ということであるな)


 愛娘の誘拐および殺害を企んでいた時点でそれは既に決まっていた未来であるが、問題になってくるのは、現在クレッサールの国境付近に展開しているヘムガール帝国の存在である。


 クレッサール正規軍の大半をそちらに割いている現状で再び東からトンガール軍が侵攻してきた場合、それに対処できるだけの戦力が今のクレッサールには存在しない。

 国民から無理やり徴兵すれば数だけは揃えることも出来ようが、訓練されたトンガール正規軍を相手するには個々の戦闘力に関しても錬度に関してもあまりにも力不足だ。


 何より徴兵によって兵を賄った場合、仮に戦争に勝ったとしても働き手が減ったことによる食糧自給率の減少や、死亡者や負傷者に対する戦後保障で国力の著しい減退を強いられてしまう。


 一度転げ落ちてしまえばクレッサールの国力は瞬く間に失われていき、下手すれば次代の王に託すまでもなく国が滅亡ということにもなりかねない。


 (誠に頭の痛い問題であるな……)


 と、そんなアレスの心の内を見透かしていたかのように、隻眼の青年が言葉を発した。


 「アレックス王子の王位継承権を降格させたことでトンガール王国が黙ってはいない筈ですが、大丈夫ですか? このまま行けば労せずして次の代でクレッサール王家を乗っ取ることが出来たはずなんですから本件におけるトンガール王家の反発は並大抵のものではないでしょう。彼らの目論見が破れた今となっては、戦争で直接この国を奪いに来ることになるかもしれません。そしてこの国の国力ではヘムガールとトンガール同時の侵攻を止めることは出来ないのではないですか?」


 痛いところをズケズケと突いてくる。が、それはまさしくアレスが懸念していたことであり、またおそらく近いうちに現実と化してこの国を襲うだろう災厄の未来像でもあった。

 そもそもこの青年たちとの謁見の前に行っていた軍義。それがなぜああも時間ギリギリまでかかってしまっていたのか?


 反トンガール派の将軍やこの国の重鎮(第一、第三王子は含まない)たちと、ヘムガールと挟撃する形でせめて来るであろうトンガール軍にどう対処するかという方針で揉めに揉めていたからであった。


 それとて結局のところ、これといった妙案が出せず今に至るまでズルズルと結論が先延ばしになっている……というのが現実である。


 なにしろ、持てる兵力に比して、あまりに敵の数が多すぎる。

 そして刻々と変化する事態の厳しさに比して、あまりに時間的猶予がなさ過ぎる。


 それはおそらく二十四年前に王妃がトンガールからこの国に嫁いできた時点で既に仕込まれていた劇毒であり、それによって引き起こされた病はもはや自身の手では取り返しもつかないほどに進行してしまっていたということである。


 トンガールとの決別を防ぐために王妃や第一、第三王子たちの継承権を現状で維持するという方法もあるにはあるが、結局それはこの先確実に死に至る毒を飲み続けるのと同じであり、クレッサールの滅亡が早いか遅いかという些細な違いしか生まないであろう。


 (惜しむらくは時間がないことであるな。あと5年、いや、せめて3年あれば何とか国を立て直すこともできようが……)


 後悔すれども今となってはどうすることも出来ない。


 「賢明なお父様たちであれば、現在この国が皆が思っている以上の危機に立たされているということがお分かりになっているはず。しかし、たった一つだけこのクレッサール王国を生きながらえさせる方法があります」


 「カタリナ……」


 彼女はまるでそんなアレスの苦悩を理解しているかのようにアレスの手をそっと握りながら、折れかけた自分の心を支えるように優しく語りかけくる。

 

 「救い出されて最初にお会いした時に私が申し上げた筈です。ミナト様との謁見でお父様が対応を誤ればこの国は滅びますと。しかし、それは逆に言えばお父様が正しい判断を下した場合、この国は生きながらえることができるということでもあるのです」


 その言葉にアレスはハッと顔を上げた。


 「まさか、私は勘違いしていたのか?」


 謁見の間に入る時、アレスの選択次第で国が滅ぶとカタリナが囁いてきた。


 彼女の言う『この国に滅亡をもたらす者』という存在――。

 それがミナト・ヨツナシたちのことを指しているのだとアレスは今の今まで思っていた。

 だが、それが今の娘の発言によって自分の勘違いであったということにようやく気付かされる。


 我が国に滅びをもたらすのがトンガールとヘムガールであるとするならば、アレスに求められている選択とはそれに対抗するために誰と手を組むのかということになるはず……。


 そして、今までのやり取りから考えて、その相手たる存在はたった一人しか存在しえない。


 しかし、本当にカタリナのその選択が正解なのか?


 クレッサールの中でも極一部の者しか認識していない筈の国の危機に気付いていたカタリナの能力に内心舌を巻きながら、しかしそれでもアレスは疑念を晴らすことが出来ない。


 「そのようなことが本当に可能であるのか?」


 「可能ですね」


 わずかな可能性にすがるようなアレスのその問いに、あっさりと答えたのはカタリナではなくその傍らに立つ隻眼の青年。


 「ここでようやく本筋に話を戻すことが出来るようになりましたね。『私にアンリエスト地方をを譲渡する』……その条件さえ整えば、こう言ってはなんですが、全てが丸く納まります」


 「全てを丸く? ……申し訳ないが、どういうことなのかもう少し詳しく説明して貰えないだろうか」


 「いいでしょう。と、その前に改めて申し上げておきますが、『アンリエストの割譲』――これがこれから私が持ちかける提案を遂行するにあたってのこちらからの譲れぬ最低限のラインだと、そう捉えておいてください」


 「承知した」


 「それではお話させていただきますが、このアンリエスト地方。国としての体面とか領土の減少とかそういう対外的なものを取っ払ってしまえば、極端な話、これは貴国にとっていらない領地でしょう? いや、それどころかむしろ邪魔で持て余していたわけじゃないですか」


 「…………」


 いきなり核心を突いた湊の指摘にアレスは沈黙で応じる。


 正直なところ、彼の言っていることは正しい。

 アンリエスト地方はクレッサール東部を占める広大な領地であり、肥沃な大地と豊かな資源が眠っている。そしてなにより五つの国から伸びる街道が一点に交わる交通の要衝でもある。だがその一方で、領地のほぼ全てが黄金竜のなわばりの中に存在し、眠っている資源の開発どころか、黄金竜によって次々に破壊されていく都市の形を維持するのもやっとというまさに国を経営する者にとって頭の痛い土地なのである。


 国土の六分の一を失うといえば痛いように聞こえるが、アンリエスト領からの納税は免除していたこともあり、実際のところそれによって発生する経済的な損失はゼロに等しい。


 だが問題は「いらない」ということと「あげてもいい」ということは必ずしも両立するものではないということである。


 「確か貴族たちの間では『出世の墓場』と呼ばれているんでしたっけ?」


 湊が問いかけると、貴族たちが気まずそうに視線を横にそらしていく。


 「しかし、それでも広大な国土が失われるということに反対する貴族の方はいらっしゃると思います。なので王よ、後腐れがないようこの場で彼ら自身に意見を聞いてみたらいかがですか? ちょうど前代のアンリエスト公爵が捕縛されてその席が空いたばかりなことですし、アンリエスト割譲に反対する方がいたなら、やる気を認めてその方を次のアンリエスト公爵に封じてあげればいいのです。次の領主も見つかってまさに一石二鳥というやつですね」


 その言葉を聞いて、アンリエスト割譲に異を唱えようとしていた貴族たちが一斉にその口を噤んだ。


 彼らのその反応は無理からぬことだとアレスも思う。

 アンリエスト公爵の座は正確には「出世の墓場」ではない。正真正銘の「命の墓場」なのだ。

 事実歴代のアンリエスト公爵であの黄金竜に襲われずに役目を果たした者など、襲われる前に自らの寿命で天界の門を叩いた者などごく例外的なケースを除けばほぼゼロに等しい。

 まして今となっては、あの黄金竜の脅威に加えて隣国トンガールからの侵攻まで可能性的に見えている。


 自ら進んでそのような死地に赴きたいと思うような者がいたとしたら、それは正義感を飛び越えて自殺志願者のレベルにまで踏み込んでいる。


 『国のことを考えて反対するのであれば、自らが率先して死地に立候補すればよい』


 ミナト・ヨツナシの突きつけた論法はあまりに意地悪なものであったが、同時に極めて現実的にこの国の状況を見据えたものでもあった。


 あれが嫌だこれが嫌だというのは簡単であるが、対案が示せないのならばそれはとりあう必要のないただの駄々っ子の論理に過ぎない。

 残念ながら、今の自分たちはそんな口先ばかりの立派なご題目など必要としてはいないのだ。


 そう、今のクレッサール王国には、そんな子供じみた行為にいちいち付き合っていられるほどの余裕など、どこにも残されてはいないのだから。

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