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第ニ章 世界で最も新しき国③

 「そ……それはまことなのか?」


 あまりに奇想天外な話に、百戦錬磨のアレスをしてそう問いかけるのが精一杯だった。

 このような突飛な話を真顔で話せる目の前の青年は、実は狂人なのではないかとすら疑いたくなってしまう。


 「そんな話、全部出鱈目に決まっているでしょう。そもそもそれは全て彼の口からのみ出た話で、なんらその神無という国が存在するという証明にはなっていないではないですか」


 「それみたことか」と言いたそうな表情でアレックスが己の主張を喧伝する。


 「……いいえ、残念ながら彼のおっしゃったことは全て事実です。お兄様」


 そう言ったのは湊ではなく、彼の傍らにいたカタリナだった。


 「そもそもお兄様たちはおかしいとは思わなかったのですか? 私が彼らに助けられたのは昨日の話で、そこはアンリエストとトンガールの中間地点に当たる場所です。そもそもがアンリエストからこの王都までやってくるのに馬を乗り換えつつ不眠不休で飛ばしたとしても最速で三日はかかるはずです。ならば私たちはどうして今ここにいることができるのですか?」


 「……飛竜を飛ばせば不可能ではあるまい」


 「黄金竜がいるのにですか?」


 「………………」


 カタリナの反撃にアレックスはぐぬぬと言葉を詰まらせた。


 魔の山の黄金竜は酷く人間を嫌っている。もはや憎んでいると言ってもいいくらいだ。

 あの邪竜が自分の縄張りでヒト種が竜族を下僕として使役することなど許すはずがない。

 仮にそれが竜族の末端の末端に位置する飛竜であったとしてでもある。


 かつてアンリエスト帝国で隆盛を誇った飛竜部隊――。

 クレッサールやトンガールなど比較的魔の森に近い国々において、それが全く見られなくなってしまったのが全てあの黄金竜のせいであることは、この国に住んでいれば子供でも知っていることである。


 なによりそれを裏付ける事実として、クレッサール王国では飛竜を一騎たりとも保有していない。

 そんなことはアレックスも今更カタリナから説明されるまでもなく知っていることだ。


 「それに……」


 カタリナは言葉を続ける。


 「よしんばあの黄金竜の目を盗んで飛竜を飛ばしたとしましょう。それで、私たちは何匹の飛竜を飛ばしたのですか? 私と私を救出しに来てくれた派遣者たちの生き残りが九名。そして湊様とその部下の方々が十名。合わせて十九名にもなります。仮に飛竜一匹に二人乗ったとしても十匹必要なのですが、それほどの飛竜をどこで用立てることが出来たと? また、仮に用立てることが出来たとして、私たちが乗ってきたその飛竜は今現在この王都のどこに繋がれていると? そこの辺りはどうお考えですか? 出来ると出来たでは天地ほども意味合いが違いますよ、お兄様」


 「……ぐっ、そ、それではお前たちはどうやってやってきたというんだ!」


 妹のこれ以上ない正論に、先ほどまでの余裕はどこへやら、アレックスはすっかり語気が荒くなってしまって憤りさえ隠せない。

 こうも簡単に感情に流されてしまうとは次代の王としてはまだまだだなとアレスは思いつつ、個人的な興味からも娘の返答を待つことにした。


 「ここへは彼らが「ボセン」と呼ぶ巨大な空飛ぶ鋼の城に乗ってまいりました」


 「…………は?」


 「ですから、空を移動する鋼の城に乗ってここまでまいったと申しました」


 「カタリナよ、お前まさか本気で城が空を飛ぶと言っているのか? そんなのは御伽噺とか神話の中での話だぞ。よもやトンガールのやつらに攫われた恐怖で頭がおかしくなってしまったのではあるまいな?」


 「いいえ、私は至って正気ですよ、お兄様」


 にわかには信じ難い話だが、愛娘の瞳には明確な強い意志が宿っており、アレスの見る限りとても気が狂《ふ》れたようには見受けられない。


 「娘はこういっているが、どうなのだ?」


 なので、念のために第三者の意見を参考にすることにした。

 問い詰めた相手は、カタリナを救出に向かった派遣者たちだ。


 「……信じられないのも無理はございません。ですが、姫様のおっしゃったことは全て事実でございます」


 派遣者を代表して戦士の男が問いに答えた。


 名前は覚えていないが、この男、確か四人いたAランク派遣者の一人だったはず。

 同じAランク派遣者でも銀色の髪の少女――セリネ・アル・ウルカが答えなかったのは、彼女がカタリナと血縁関係にあるため、アレックスからその発言の信憑性を疑われかねないとの判断からだろう。


 それはこの場にアレックスがいる以上100%正解ともいえる対応であったが、ことアレスに対してのみの対応であれば、必ずしもそこまでの気遣いは必要なかったかもしれない。

 なぜなら、アレスは娘の口から例えどんな突飛な発言が飛び出そうともそれを絶対に信じるとあらかじめ決めていたからだ。


 (洞察力と判断力に優れ、他者にも優しい。同時に敵に対しての厳しさも兼ね合わせている。やはりこの娘が私の子供の中で一番王としての才に恵まれているな。次いでは実直な秀才タイプの次男ガレスか。アレックスは決して頭は悪くないが感情に溺れやすくまた己が信頼を寄せる者の意見に簡単に流されてしまう悪い癖が抜けぬし、三男のフェリペは武には優れるが政治には全く興味を示さない。そして何よりあれは弱者の気持ちに考えが及ばない男だ。他の娘たちはそもそも社交界にしか興味がないようなのでこれもまた論外であろう)


 そう改めて考えると、カタリナが女に生まれたことが残念でならない。


 (一を聞いて十を知る。この娘の明晰な頭脳はやはりアリアネ譲りなのだろうな……)


 銀色の髪の可憐な女性の面影がふと頭をよぎる。


 アレスが唯一心から愛した女性――アリアネ・アル・ウルカ。

 王宮に巣食う負の部分によって随分と辛い目にあわせてしまったが、皮肉なことに彼女は「幸せにしてやりたい」とアレスが最も心に願っていた女性でもあった。


 そんなアリアネへの愛情は別としても、一人の父親としてアレスは全ての子供に平等に愛情を注いできたつもりだった。その上で客観的に自分の子供の中で最も優れた王になるだろうと感じたのがカタリナなのである。


 しかし、残念ながら彼女がこの国の頂点に立つことはあり得ない。


 女性が王位に就いた事例はアンリエスト帝国の時代から一度として存在したことはなく、アレス自身もまた、あえてそれを変更するつもりは毛頭ないからだ。


 そしてそれはカタリナのためでもある。


 せめて娘には母の分まで幸せに嫁いで欲しいと思う。

 政略による結びつきではなく、自分とアリアネのように本当に自分の望む相手のところへと嫁がせたい。

 そうしみじみと感慨にふけりながら、娘のウエディングドレス姿まで想像したところでアレスはふと我に返った。アレックスの声高な演説によってである。


 「百の言葉を重ねようと、目の前の一つの事実の前には意味がないという。そんなものが本当にあるのならば、実際この目に見せていただきたい! それ以外は絶対に私は認めん!」 


 やれるものならやってみろと言わんばかりのドヤ顔で言い放ったアレックスの最後通牒。

 しかし……。


 「いいですよ。というか、どうしてそれをもっと早く言ってこないのか私はさっきから不思議で不思議で仕方がなかったんですけども……」


 それは予想外の湊の了承によってあっさりと空振ってしまう。


 「五十鈴……」


 彼が指示を出すと、


 「はい。もう既に宮子さんに連絡を取ってあります」


 間髪入れずにメイドから返答が返る。


 そんな彼らのやりとりからおそらく一分も経たなかったであろうか。不意に外から入ってくる日の光が弱まり、謁見の間が薄暗く翳った。

 気のせいか、城を守る兵たちの動きが慌ただしくなり、その中にはなぜか悲鳴に似た悲壮感溢れる叫び声を上げている者さえいる。


 まだこの謁見の間にまで報告が上がってきてはいないが、一変した城内の雰囲気は明らかにただ事ではないことを示している。


 「な、なんだ?」


 「何が起こっているんだ?」


 貴族たちが口々に声をあげ、その中の一人が外の様子を見るために恐々とテラスへと移動していく。……と、


 「ぎっ、ぎゃぁああああああああっ! なっ! なぁぁぁぁぁっ、なんだ、なんだ、なんなんだあれは! あれはいったいなんなんだ?」


 まるで断末魔の絶叫のような声が謁見の間に響き渡る。

 その声を聞いて、貴族たちはみな一様にすくみ上ってしまう。


 城の外で明らかに異常なことが起こっているにもかかわらず、それが何なのかが分からない。


 この部屋の外で一体何が起こっているのかを知るのが怖い。

 だが、何が起こっているのかを知らないことの方がもっと怖い――。


 心の底から湧き上がってくる未知への恐怖をなんとか薄めようとアレス含め居合わせる貴族たちは一人また一人と勇気を振り絞って謁見の間の外へと向かって歩を進めていく。


 この時、自分たちの心を占めた割合はおそらく八割恐怖二割好奇心といったところだろうか。

 しかし、すぐにそれは絶対的な恐怖へと塗り替えられてしまう。


 近衛に周囲を固められながら慎重に扉を抜けて外に出たアレス。そして後に続いた一同は、その場で信じられないものを目にして一瞬にして言葉を失った。


 視界に入ったのは空を覆わんばかりの巨大な物体。

 それがあろうことか何の支えもなく宙に浮いている。


 それはかなりの高度に浮いているので正確な大きさを測ることは難しい。だが、どう考えてもこの城よりも大きいのでないだろうか。


 「ば、馬鹿な! こんなものが一体どこから……。そもそもどうしてあんなでかい物が宙に浮くのだ? ありえない。ありえない!」


 呆然とした表情でそう呟いたアレックスは、腰が砕けたのか、床に尻餅をついてガタガタと身体を震わせていた。


 しかし、そんな彼を誰も笑えない。

 程度の差こそあれ皆が皆似たような状況で、呆然と口を開けたまま身を震わせて空を見上げるしかなかったのだから。


 推定でも全長1キロメートルはあろうかという巨体に優美なデザイン性を兼ね備えたそれは、明らかに人の手によるもの。

 歪み一つ見られない鏡のような光沢を放つ表面を覆う金属は、少なくても自分たちの技術では絶対に真似することなど出来ない代物だ。


 見たところ空に浮いているだけのあの鉄の城にどれほどの戦闘力があるのか、神ならぬアレスでは想像することもできない。

 まずあり得ぬとは思うが、一切武装を積んでいない可能性だって皆無とは言えない。


 しかし、仮にその希望的観測が事実だったとしても、今の段階で確実に言えることがある。


 このヨツナシミナトという青年が部下に命じてあの鉄の城をこの都市の上に落とさせたとすれば、確実にこの都市、いや……この国が滅ぶということだ。


 つまり、アレスたちは今、この隻眼の青年によって国の命運を握られているも同然なのである。


 「あれは帝国宇宙軍 殲滅戦用宇宙戦艦 番外艦『天下布武』帝国にも六隻しかない貴重な艦の一つです。……とは言っても、これはその中でも特殊仕様ですけどね」


 そんな彼の説明など、もはや誰の耳にも届いていなかった。


 「あ、あり得ない。こんなもの、神にしか……人の手によって造りだせるものとは思えぬ……」


 「神でないとすれば、もしや悪魔なのか?」


 「言われてみれば、黒い髪に黒い瞳……。それらはナトーヤ原典に載っている悪魔の特徴そのものではないか!」


 恐怖に顔をわななかせながら、貴族たちが口々に叫び声を上げる。


 「悪魔かと聞かれれば、その問いには否と答えるしかないわけですが……。まあ、その様子ではいくら否定したところで無駄なようですね……」


 そんな声などもはや耳に届いていない貴族たちを苦笑しながら一瞥して、彼はくるりとこちらに向かって振り返った。


 「あれを見ても動じないとはさすがは一国の王というところですか。そこらの貴族どもとは胆力が違うようですね」


 気力を振り絞ってかろうじて平静を保っているアレスを見て、彼はニコリと一つ微笑んだ。

 彼はただ笑っただけだ。なのにどうしてかアレスは自分の首元に死神の黒い鎌を押し付けられたような錯覚にとらわれてしまう。


 怖い。一見女性のように華奢で繊細な見た目のこの青年が怖い。

 立場が許さぬからそれが出来ぬだけで、本来ならばこの場から真っ先に飛び出し、彼の目の届かぬところまで逃げ去ってしまいたいくらいだった。


 『心してください。他の者ならいざ知らず、もしもお父様が彼に対して対応を誤った場合、最悪……国が滅びます』


 娘が自分に残した警告のその真意、それを今になってようやく理解することができた気がする。


 「さて、我々がこことは異なる世界からやってきた存在だということが皆様に信じていただけたところで交渉の続きに戻るとしましょうか。本来ならばこのような形で己の武力を誇示しながら話し合いをすることは私の本意ではありません。ですが、今となってはそれも詮無きこと。とはいえご心配なく。この交渉、必ずやアレス王にも満足いただける結果になると私はそう信じています」


 穏やかな彼の口調が、逆にそら恐ろしい。


 場の空気は、完全にこの青年に支配されていた。

 そしてそれを打ち破れるだけの交渉の駒を残念ながらアレスは一枚たりとも持ち合わせていない。


 (これは、困難《タフ》な交渉になりそうであるな。王とは、辛いものだ……)


 人知れずそっとため息をつきながら、アレスは隻眼の青年との交渉のテーブルについた。

 

 ◆◆◆

 

すいません。最近ちょっとパソコンの調子がおかしく、せっかく書いた文書が消えたりとなかなか作業が進みません。

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