第6話
「そろそろ、何か進展があったよね?」
ミキが逃がさないぞという顔で聞いてくる。
私はお弁当のふたをあける。
「いつも通りだよ。天気の話をして」
「まあ、天気は毎日変わるからな。それでもいいけど。でも、電車の時間はたった十五分だぞ。有意義に使いな」
今日のミキのお弁当はコロッケと唐揚げだ。ミニトマトが彩りを添えてはいるが、全体的に茶色い。男子か。
「それから、お弁当の話をして」
「それ、聞いてないよ」
「今日、初めて話したんだもん」
「空田さんと、お弁当の話か。もちろん作ってきてあげるって方向で?」
「その方向は、ありません!」
「何だよ。女子高生だろ。料理得意だろ。それ、自前のお弁当だろ。二人分作るのだって一緒じゃないの?」
「ミキ、作ったことないでしょ」
「お握りならあるよ」
「お握り?」
「お握りで釣って、親戚のオジサンに夏服買ってもらった」
一瞬、パニックになった。
「ミキ、前から聞こうと思ってたんだけど、その‥‥‥」
「なに?」
ミキはお弁当を食べている。もう、残り半分だ。ミニトマトは残っている。
「オジサンって、この前言ってたディレクターのオジサンだよね」
「私にオジサンは一人しかいないよ」
「‥‥‥」
ミキがクスっと笑う。
「ママの弟。血のつながり、あるよ。私の二番目のパパみたいな人」
「三親等だよね。オジサンなら」
ミキがこらえきれずに笑い出す。
「パパ活してるって? アタシが」
ミキが爆笑する。
「心配してたんだから‥‥‥」
ミキは体を揺らして爆笑している。
私はミキのジュースがこぼれないように押さえた。
「おかしいんだ。確かに、小さいときオジサンと結婚するって言ってたような気がするけど」
まだ、笑ってる。
「オジサン、結婚してるよ。子供がいないから。私の事、娘みたいだって。たまに、デートしてあげるんだ。いろいろ買ってもらえるし。面白いネタも仕入れられるし」
「パパ活じゃん、それ」
「違う。ボランティア。私から、ねだったりしないし」
「お握りは?」
「広場でピクニック。オジサンがしたかったんだって。娘が生まれたら」
ミキは唐揚げを食べきり、ミニトマトだけが残った。
「そこ病院前の広場でさ。おばさんも、病室から手を振ってたよ。アタシの第二のママみたいな人。容態が良くなったら、今度は三人でピクニックするんだ」
「‥‥‥そうなんだ」
ミキがさりげなく、残ったミニトマトを私のお弁当の中に入れてきた。
「だから、食べて」
「意味、わかんない」
「空田さんさ、健康そう?」
「多分」
「女の方が長生きするし。おばあちゃんになっても、天気の話が出来るといいね」
想像してしまった。空田さんと二人、縁側でお茶をすすっているところを。
長野のおばあちゃんちの風景が重なった。
「今想像していたでしょ」
「違う」
「年を取った二人が、マンションのバルコニーから夜景を眺めているところ」
「夢がないな。都会の暮らしだよ。それ」
「じゃあ、何がしたいの?」
「縁側でお茶」
「サザエさんかよ」
ミキは知らないんだ。田舎には、まだあの風景が残っていることを。
「どっちにしろ、年取った空田さんと一緒なのね」
しまった。ミキにおかずを与えてしまった。
「お弁当、空だった」
ミキは箸で弁当の底をつついた。
「足りないの?」
「あんたがおかずをさしだすから、ご飯が欲しくなっただけ。空田さんは病気とかしないで、長生きするんだね」
「日に焼けてないけど、顔色は、悪くないと思う。インドアの人なんだと思う」
ミキがニヤリと笑う。
「ご飯無くなったのに、またおかずが投下された」
「何よ?」
「ちゃんと、顔を見ることが出来るようになったんだね。空田さんの方は、見つめてくれる?」
「全然、いつも、ちょっとだけ下の方を見てる。だから安心して、こっちが見ることできるんだけどね」
「電車の中なんだから、見つめ合ったって変な空気にならないって。今時、恋愛ドラマだって電車の中でキスなんかしないぞ。コウキョウコウツウキカン」
早口言葉、言えてないぞ。
「まあ、なんだ。そうか‥‥‥見つめてくれないか」
ミキの表情が変わった。悪い顔をしている。
「ちょっとだけ下って、あんたの胸を見てるんじゃないよね。至近距離から」
「違う!」
私はミニトマトを口に放り込んだ。




