第43話
柿の実が枝になっている。
最後のひとつだ。
去年も遅くまで残っていた。
「柿の実が一つだけ残ってるね」
「ほんとだ」
海部さんが、僕の視線を追いかけるため少し顔を寄せてくる。
ドキッとしたが、海部さんと気まずくならないよう平静を装った。
「おばあちゃんちもそうでしたよ。最後のひとつは必ず残しなさいって。取っちゃ駄目だって」
海部さんが、顔を離して喋り始める。
どうやら、意識していないようだ。僕だけが意識するのは、滑稽だと思い会話を続けた。
「木守の風習があるんだね」
「木守?」
「柿を一つだけ残すのは、自然に感謝して、鳥たちに分けてあげるという意味があるんだ」
電車が出発する。
「そうなんですか。知らなかった。ちゃんと理由があったんですね」
昔からの風習には理由がある。
僕たちは、それを取りこぼしながら生きていく。
偶然かもしれないが、残された一つの柿はなんだか物悲しく感じられた。
「柿、好き?」
「はい。毎年、おばあちゃんから送られてきます。そのまま食べたり、料理に使ったり」
「料理?」
「はい。炒め物やスイーツ、ジャムなんかも美味しいですよ」
「スイーツは想像できるけど、炒め物は分からないな」
「豚肉とのオイスターソース炒めが好きです」
「美味しそうだね」
「はい。秋限定の定番料理です。私も一緒に作るんですよ」
「海部さん、料理得意だって言ってたよね」
「はい」
いい奥さんになるよは定番だが、今は使ってはいけない。
ポンポン会話を続けることが出来た昭和のドラマが羨ましい。
「それと、今日は持ってきましたけど本当にいいんですか? 朝渡しても。大きいですよ」
海部さんが大きな紙袋を持ち上げる。
舞妓さんが描かれたいかにも京都土産が入ってるという紙袋だ。
この中に、八つ橋の箱が入っている。
「大きいね」
「はい。渡すこと考えずに買ってきちゃいました」
「運ぶの大変だったでしょ」
「大丈夫です。同じものを四つ買いましたから。ミキなんて、もっと多かったですよ」
すごいな、誰に渡すんだろ。オジサンとかその連れのシンジさんとかに渡すのかな。
「凄いね」
いくつ入っているのだろうか。
きっとすごい量が入ってるのはこの大きさから分かる。
「ありがとう」
僕は紙袋を受け取った。
海部さんが小さく手を振って電車から降りていく。
僕も手を上げて合図する。
このやり取りは、もう習慣化されていた。
残された電車の中で考える。
この大きな紙袋をもって、フリースクールに行くか。
駅のコインロッカーに一時預けるか。
考えた末、僕はコインロッカーを選んだ。




