第4話
「で?」
ミキがお弁当に箸をつけずに聞いてきた。
「一文字で、聞かないでよ」
「どうだったのよ。学生? 社会人? 名前は? 年は?」
前のめりという言葉は、この状態を表すんだろうな。ミキ、重力に逆らってるよ。
向かい合わせにつけた机のセンターラインの上あたりに、あごがのっている。
審判がいたら、タッチネットをコールするだろう。
「学生だった」
「年上? 年下?」
「分かんない。でも、大学生ですかって聞いたら、違うって言われた。何だかその言い方が、これ以上聞くなって言われたみたいで」
「もしかして、浪人生?」
「下り電車で行ける予備校はないよ」
「じゃあ、城北タウンで時間潰してるんだ。あそこなら、一日中居られるもんね」
「だったら、一緒に電車降りるでしょ。それに、浪人生が毎日遊び歩いているのも変だし」
「家にいると、家族がうるさいんじゃ。ほら、リストラされたサラリーマンが、公園のベンチに‥‥‥」
「やめて。悪く言うのは」
のけぞるように今度は椅子の背もたれに倒れこむ。
ミキがニタニタしている。
「じゃあ、無職。引きこもり」
「電車に乗る引きこもり?」
「情報が足りない。飯が旨くならないよ。それで、何を話したの?」
「名前」
「ほうほう。で?」
ミキがお弁当に箸を突き刺す。
「空田さん」
「空田さんね。下の名前」
「聞けないよ。そんな事」
「あんたの名前は教えた」
「海部潮美。フルネームで言った」
「よし。偉い。いいぞ」
ミキが、やっとお弁当を一口食べた。
「連絡先は?」
「まだ」
「どこに住んでるの?」
「始発からですか? って聞いたら、そうですって」
「当たり前だろ。あんたが始発の次の駅で乗り込むんだから。もっと、何丁目とか、マンションに住んでるんなら部屋番号とか」
「聞けるわけないでしょ。それじゃ、ストーカーになっちゃうよ」
「会話はつづけたんだろ。黙り込んだりしてないよね?」
ミキの顔が少し険しい。
「言ったよ。最近、暑いですねって」
「天気の話かよ。ばーさんじゃないんだから」
「だって‥‥‥」
「まあ、あんたにしちゃあ、よくやったほうか。ご褒美だ」
ミニトマトをくれる。
「いい加減、自分で食べなよ。栄養あるんだから」
もらったミニトマトを食べた。
美味しい。
「栄養をつけたら、次はデートに誘え」
「ミニトマトで?」
「トマトはイタリアの象徴だ。イタリア人は口説くのが礼儀だとオジサンが言ってた」
「連想ゲーム?」
「そうそう。うちらの文化祭がもうすぐあるじゃん。来週、出し物を決めるってさっちゃんが言ってたよ。文化祭デート、盛り上がるぞ。デートは前日が一番楽しいんだ」
「そうなの?」
「アタシも見てみたいし、そのお気に入りの彼氏を」
「まだ、彼氏じゃないもん」
「彼氏モドキの顔が見たい。見せろ。アタシが査定してやるよ。スマホがあるだろ。出来れば、動画撮ってこい。ダメなら、ツーショットの画像でもいい。待ち受けに使うからとか」
「バレバレじゃない、それって」
「ツーショット、欲しくないの?」
「‥‥‥欲しい」
ミキが頭を撫でてくれた。
「ちなみに、潮美の話に積極的にのってくれた? 相槌うつとか、私みたいに前のめりになってるとか」
分かってるんだね。
「うーん、どうだろ」
「つまらなそうにしてた?」
「それは、ないかな」
「楽しそうだったか‥‥‥潮美とのお喋りが楽しい。そうか。いいおかずになった」
ミキは白飯をかきこむ。
「とにかく会話を重ねて、相手を知ること。そして、自分を知ってもらうこと。慌てて、ボディタッチとかしちゃ駄目だよ」
「できません!」
私は、ミキの話を無視してお弁当を食べ始めた。
「いいなあ。アタシも恋がしたいな。どっか、その辺に落ちてないかな」
「落ちてるものなの?」
「あんた、落とされたじゃない。ねえ、どこがよかったの? きっかけは?」
「ひみつ」
「教えてよ。やんわりとでもいいから」
「やさしい、ところ」
「ふぅーん、何かあったな。いつか聞き出してやる」
ミキはお弁当を食べ終えた。
私のお弁当は半分残っていた。
相変わらず、ミキは早い。
ツーショットか。
今の私にはハードルが高すぎる。




