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第3話

 部屋に戻ると、ドアのカギをかけた。


 今、家には誰もいない。


 これは僕のルーティンだ。


 両親はノックなしに部屋に入ることはしなくなった。


 必要ないのに、つい鍵をかけてしまう。


 スマホと財布をパソコンデスクに置く。


 今僕が持っているものは、それだけだった。


 カーテンの隙間から西日が差し込む。


 子供たちの元気な掛け声が、近づいては遠ざかっていく。


 子供の声も、少しドップラー効果みたいになるんだな。



 一度、留守の時に入られて、僕は部屋中の家具や荷物を廊下に放り出してしまった。


 ベッドや本棚、着替えの服、全て投げ捨てた。


 自分の物でなくなったような気がしたからだ。


 カーテンだけが残った何もない部屋は、とても広く感じられた。


 今、この部屋にはパソコンデスクと寝袋がある。


 僕はこの部屋でキャンプをしているのだろうか。



 もう両親は二度と許可なしに入らなくなった。


 酷いことをしたと思ってる。


 そこまでする必要はなかった。


 あの時は抑制が効かなかった。


 いま、両親の気遣いを感じている。


 歩み寄るためには、どうすればいいのだろうか。


 僕から近づかなければいけないことは分かっている。


 どうすればいい?


 きっかけがほしかった。


 これは甘えだろうか。



 フリースクールは別に嫌じゃなかった。


 高卒認定試験は既に受けている。


 在籍している高校の内申点や出席日数への配慮などはどうでもよかった。


 教科書など、一か月もあれば全て覚えられる。


 数学は少ない公式をあてはめるだけでいい。公式が何千もあるわけではない。


 この部屋で一人ですることもできるが、フリースクールでするプログラミングの授業は楽しかった。


 誰かが、そばにいる。


 相手も気にしないし、僕も特別意識しない。


 あの空間が楽しかった。


 これが授業かと思った。嬉しかった。



 ふと、朝電車の中で会う女子高生・海部潮美のことが浮かんだ。


 ほとんど、挨拶をした程度だったが、フリースクールのみんなとは違う距離感を感じた。


 仕草。話すリズム。間の取り方。気遣い。


 あの距離感も心地よかった。


 ふと、彼女の顔をモデリングしてみたいと思った。


 パソコンを起動させる。


 首から上だけでいい。


 綺麗なフェイスラインを描写したいと思った。


 立体のモデリング。


 油絵を描くとかならいいけど、モデリングは気持ち悪がられるか。


 こういうところだよな。


 油絵の肖像画は素敵で、モデリングで色々な角度から眺めるのは気味悪がられる。


 写真のような絵を描いても、嫌がられることはないだろう。


 嫌いな部分をデフォルメしなければ、多分喜ばれるだろう。


 でも、モデリングだったら。3DのCG画像でも嫌がられるだろうな。


 不気味の谷は、まだ存在する。


 三頭身のアニメキャラみたいにするか。それも、引かれるか。


 パソコンスキルじゃなく、絵の才能が欲しかったな。


 みんなが喜んでくれる、絵の才能が。


 モデリングソフトを立ち上げて、やめた。


 海部さんに許可をもらってからにしよう。


 どちらにしろ、彼女の顔をあまり覚えていない。


 近すぎて、直視できなかったからだ。


 隣同士で見つめ合ったら、それは‥‥‥やめよう。


 モデリングのための写真を撮らせてくれと頼んだら、やはり気持ち悪がられるだろうか。


 海部さんは違うかもしれない。


 僕を拒絶した中学のクラスメートたちとは。


 悪口もやめよう。あれは、しかたなかった。


 あまり、期待しない方がいい。


 今の距離感で十分だ。


 それ以上望んで、何をしたい。


 無機質な部屋で、ふと海部さんのシャンプーの香りがしたような気がした。

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