第39話
電車のドアが開く。
ドアの向こうから、海部さんが来るんじゃないかとつい見てしまう。
乗り込んできたのは、子連れの母親だった。
海部さんの制服と似たような色合いの服を着ていた。
よく見れば、全く違うデザインなのに。
やはり、海部さんは乗り込んでこなかった。
今日で修学旅行二日目だ。
海部さんと会えない日も二日目になる。
無遅刻無欠席の海部さんと初めて会えない時を過ごす。
そういえば、あれから僕も無遅刻無欠席だった。
多少の熱でもフリースクールを休んでいた僕が、無理をしてでも電車に乗るようになった。
家族のだれも、それを止めなかった。
重美などむしろ、喜んでいるようだった。
『微熱程度で、死ぬことはない。行ってこい』重美は笑って送り出してくれた。
重美のそんな気持ちが嬉しかった。
ふっと思う。
帰りの上り電車はいつも一人じゃないか。
それはフリースクールに通い始めてから、ずっと同じだった。
フリースクールは全員そろったとしても8人。
電車を利用するのは僕一人だった。
同い年はいない。
僕が最年長だった。
この三日間だけ、帰りの電車と同じと思えばいいだけだ。
僕はがらがらの車両の中、ずっとひとりだった。
向かいに座った子供が母親に甘えている。
どうやら膝枕をねだっているようだ。
母親は会釈をして、子供の靴を脱がせた後、頭を膝に上に乗せる。
騒がしくて、ごめんなさいだろうか。
僕は気にしませんと相槌を打つ。
思い出せないが、あんなふうに僕も母親に甘えていた時期があったのだろうか。
その時、母親はどんな反応をしていたのだろうか。
父親はどうだった。
全く思い出せない。
僕は自分から、記憶を消去してしまったのだろうか。
でも妹の重美のことは覚えている。
毎回必ず両親のどちらかの膝の上に座ってる。
両方が自分の定位置であるかのように。
僕は空いている膝の上に座った記憶もない。多分座らなかったのだろう。
甘えてると思っていたが、重美は代わりばんこに同じくらい両親均等に座ってた。
やるな、陽キャラ全開だ。
あの頃から、片りんはあったんだ。
重美はどこまで行くのだろうか。末恐ろしいさえ思う。
停車した窓から小鳥が見えた。
枝に止まっている二羽はツグミだろうか。
色合いが違うから、つがいかもしれない。
枝の位置が母親の頭と重なって、母親の頭の毛づくろいをしているように見える。
はるばるシベリアからようこそ。
日本はいいところだよ。
海部さんに伝えたくて、つい隣りを見てしまった。
この座席シートには僕しか座っていない。
向かいの母親が不思議そうに見ている。
やってしまった。
そうだ、海部さんは修学旅行中だ。
ここに海部さんはいない。
でも、楽しみが出来た。
海部さんが戻ったら、渡り鳥の話をしよう。
ツグミを見つけたって。
ついでに毛づくろいの話もしようか。
海部さんは喜んで聞いてくれるだろうか。




