第36話
空田さんは、いつもの縦縞のシャツだった。
別にそれでもいいんだけど、いいんだけど、空田さんだから。
でも、これじゃおしゃれしてきた私は何なの。
きっとミキに馬鹿にされる。
絶対馬鹿にされる。
ミキはバイトを抜けて、来るって言ってた。来ないはずがない。
空田さんが、駅の自動改札に捕まっている。料金不足かな。
後続の人を気にして、焦っている。
可愛いと思ったのは秘密だ。
駅前の商店街を抜けて公園が見え始めた。
人通りはまだ少ない。
ここからが、屋台の始まりだ。
「空田さん、そろそろです」
「イカ焼きとたこ焼きだったよね」
「はい、並んでるからすぐ分かるって言ってました」
「ぼくは、左を見るから、海部さんは右をお願い」
「はい」
どこもまだ準備中で、美味しい匂いがしない。
人混みの中の屋台しか知らない私には、とても新鮮だった。
これから始まるワクワク感でいっぱいになった。
そんなワクワク感を全てなぎ倒す特大の凄い爆弾を見つけてしまった。
「空田さん、あれ、ですか?」
「『シン・イカ焼き』と『シン・たこ焼き』。まさかあれじゃないよね」
「でも、同じデザインのあのロゴですよね。それに、シンって付いてるし。紫の登り旗があるし」
「あれのアレだよね」
「多分、私でも知ってるアレだと思います」
「まいったな」
紫のTシャツを着た細マッチョのおじさんがテキパキとプロパンガスのボンベを設置している。
ミキのオジサンの連れってあの人。
私たちを見たあの人は、ニカッと笑うと駆け足で向かってくる。
パーの手を前後に振り、モロにアスリートの走り方だ。アレの走りだ。
背中にケーブルは付いてないよね。
クセが強すぎるよ。
「よう兄弟」
いきなり、空田さんの肩に手をまわした。
「あの、お手伝いにきました‥‥‥空田です」
「分かってる」
その人は、かぶっていたタオルを少しめくる。
空田さんと私のツーショットプリクラがおでこに貼ってあった。
ミキだ。信じられない。
「『シン・イカ焼き』でいいんだったよな。俺が一人前の職人に仕立て上げてやる。そこの姉ちゃんも、特訓だ」
ミキの知り合いってみんなこうなの。私は違うよね。
細マッチョさんが、空のポリタンクを奥から取り出す。
「公園で水をよろしく。姉ちゃん、公園知ってるよな。あんちゃんはタンクを持つ係な」
細マッチョさんが空田さんにポリタンクを押し付ける。
「ゆっくりでいいからな」
ミキ、どこまで細マッチョさんに吹き込んだの。
細マッチョさんがおでこのプリクラをはがし、イカ焼きの屋台に貼り付ける。
お願い、そこに貼らないで。
細マッチョさんがまた、ニカッと笑った。
滅多に行かない通学路から少し外れた公園にたどり着く。
「綺麗な公園だね」
「下校時の隠れたデートスポットなんですよ」
言ってから、しまったと思った。
水の補給に来たんだ。
デートじゃない。
「私はデートをしたことは無いです」
空田さんは、水飲み場にポリタンクをセットする。
何も聞いていなかったように、水を入れ始めた。
「デートしたことないですからね」
私は繰り返した。




