第33話
電車の窓から、刈り入れの済んだ田んぼが見え始めた。
円柱状に積み上げられた稲わらが並んでいる。
今年は豊作だと聞く。
「もうすぐ、秋祭りですね」
会話が途絶えたあと、不意に海部さんが切り出した。
「秋祭りか。豊作を祝う祭りだよね。花火とかないけど、あの雰囲気好きだな。浮かれた感じが無くて、でも活気があって。まあ、うちの家農家じゃないけど」
「私の家もです。でも、一緒にお祝いしてもいいんですよね」
「もちろん。祭りだから。みんなで祝うものだと思うよ」
「夏祭りより、人出も多いですよね。屋台とかたくさん出るし。私も秋祭りの方が好きです」
「焼きイカと焼きトウモロコシが好きなんだ」
海部さんがクスっと笑う。
「食べ物ですか? 空田さんにしては珍しいですね」
「あの香ばしい匂いが、ね」
「そうですね。あの匂いには、勝てません」
「焼きイカか。もう何年も行ってないな」
「行ってないんですか?
「行かないな」
どうしたんだ? 海部さんがうつ向き始めた。
少し離れたところで誰かがガタゴトと窓を開ける音がした。
エアコンは先月から稼働していない。
ちょっと蒸し暑かったので、助かる。
この暑さは、外気からくるものだろうか。
それとも内側からくるものだろうか。
流れてくる風に混じって、干した稲の匂いがした。
「お祭り。私は好きですけどね。去年はミキと行きました」
「じゃあ、ミキさんと今年も行くんだ」
海部さんが悲しそうな顔をする。
「そうですね。行くかも」
海部さんが急に黙り込む。
鞄につけたアクセサリーをいじっている。
吹き込む風が強くなる。
髪が乱れ始めた。
海部さんが髪を押さえる。
風、強すぎだろ。
「すみません」と声が聞こえ、窓が閉められる。
髪を押さえていた海部さんの手が膝の上に落ちる。
会話を続けようと思うが、何も浮かばない。
「海部さんも浴衣を着るの?」
驚く海部さん、だがクスッと笑う。
「浴衣は夏祭りですよ。秋は着ません」
「そうなの?」
まずい、会話がまた途切れる。
海部さんが見つめてくる。
「浴衣姿」
「えっ?」
「見たかったですか?」
これは、どっちだ。
何が正解だ。
明るいピンクの浴衣を着た海部さんが浮かんだ。
綿菓子とヨーヨーを持っている。
はしゃいでいる海部さん。
イメージが、少し子供っぽかっただろうか。
あれは小学生の重美の姿のままじゃないか。
僕は改めて時が止まっていることを実感した。
「まあ、そうだね」
僕は素直に答えていた。
海部さんの表情が明るくなる。
「じゃあ、来年の夏、浴衣を着ます。だから‥‥‥」
「夏祭りか」
「はい」
海部さんが楽しそうだ。
これは約束になるのだろうか。
でも僕はすでに来年海部さんと夏祭りに行く気でいた。
ピンクの浴衣を着た海部さんが頭にチラつく。
今度はちょっとだけ、大人っぽかった。
これは約束だ。




