第31話
今日もカネタタキが鳴いている。
よかった。
隣の駅にもカネタタキがいるといいな。
ドアが閉まり電車が走り出す。
隣の駅までの距離は、とても短い。
都市計画のミスじゃないだろうか。
おかげで海部さんにすぐ会うことが出来る。
電車の窓から次の駅のホームが見えてきた。
海部さんが立っている。
乗車人数が少ないので、とても目立つ。
女子高生は一人だけだ。
この電車が来るのを見ている。
ちょっと、すました顔だ。
僕は、2.0の視力が初めて役に立ったと思った。
海部さんが乗り込んできた。
「聞こえた?」
「聞こえました。今日はカネタタキ以外の虫も鳴いていました」
「どんな鳴き声だった?」
「こう、ジュリリリリ、ジュ、ジュって」
困った。独特の擬音だ。
「姿は見てないよね」
「見ません!」
「はい」
僕はスマホを取り出す。
「あの、私、姿は見てないので‥‥‥」
用意していた動画から、それらしい候補を選び、タップする。
「この鳴き声とか、どう?」
スマホを、海部さんの耳元に近づける。
「違うかな?」
海部さんがスマホに近づく。
電車の中では聞き取りにくそうだ。
周りに人がいないとはいえ車内なので、音量も控えてあるし。
海部さんがさらにスマホに近づいた。
スマホを持つ僕の手が、少し海部さんの髪に触れてしまった。
「そうです。この声です」
ぱぁっと明るくなって振り向く。
待て!
途端に固まってしまった。
スマホの動画を間近で見てしまったようだ。
やはり、虫の形状は苦手か。なんとなく分かっていた。
僕はスマホの画面を下に向ける。
でも、安心しろお前たち。鳴き声は好きみたいだぞ。
「ササキリって言うんだ。キリギリスの仲間」
「そう、なんですね。キリギリスは知っています。童話とかで」
蟻とキリギリスかな。海部さんが見た絵本のキリギリスは、可愛いフォルムをしてるんだろうな。
「あの、カネタタキとは違うんですか」
「そうだね。カネタタキはコオロギの仲間」
「コオロギ」
ちょっと、嫌そうな顔をした。
コオロギはゴキブリとは違うよ。
僕はコオロギの童話が無いか考えた。思い出せない。
「そうなんですか。でも、どちらも好きです」
よかったな、お前たち。嫌われてないぞ。
鳴き声だけ、だけれども。
それから虫について話した。
生態やエサの話じゃない。
鳴く時間帯やどのあたりで鳴いているかだ。
海部さんが笑ってる。
本当は夕方の方が、静かで色々な種類の虫たちが鳴いているが。
海部さんと一緒に聞いてみたい。
いつか誘えるようになるといいな。
海部さんは来てくれるだろうか。




