第25話
海部さんが少し疲れているみたいだ。
電車に乗り込んできた海部さんはいつもの元気がない。
僕はズボンのポケットから、キャンディを二つ取り出す。
「はい。糖分。テスト前に脳を活性化させないと」
海部さんは、キャンディを受け取り、じっと見つめてくる。
もしかして嫌だった?
男のズボンにずっと、しまわれていたキャンディなんて。
溶けていないかな。汗臭くないかな。
包みを開け、口に含むついでにさりげなく匂いを嗅いでみた。
ミルクの甘い匂いしかしない。
海部さんも包みを開け、キャンディを口の中に放り込む。
「あまぁーい」
ちょっと、ほっとした。
海部さんは紺のブレザーを着ている。
衣替えから、一週間が過ぎていた。
衣替えの当日、僕は服装が変わったことを伝えた。気づいているよと。
でも、褒めることは出来なかった。
制服姿を褒めていいのか、未だに分からないからだ。
制服を褒められると嬉しいのだろうか? 気持ち悪いのだろうか?
僕は海部さんが喜ぶような褒め方を知らない。的確に褒めるワードセンスに自信がなかった。
「このキャンディ、美味しいです」
海部さんが、ニコニコしている。
キャンディは正解だったようだ。
海部さんが喜んでくれている。
「今日で終わりだよね。中間テスト」
「はい。最後です。でも苦手な物理と化学があります。最終日にまとめてくるなんて酷いです」
「物理とか公式が少ないから、簡単な気がするけど。化学は暗記する量が結構あるけど、それ程でもないか」
「ありますよ。元素記号とか周期表とか。この先、絶対に使いませんよね」
「研究者くらいだろうね。一般人は、CO2とH2Oくらいかな」
でも、僕は好きだけどな。元素記号。
「ですよね。それだけ知っていれば十分生きていけますよね」
生きていけるけど、人生に元素記号の潤いは必要だと思うけど。
「十分、かもね。でも、それを言ったら、日本史の武将だってまめ知識以外で使わないし」
「戦国武将は、ゲームや漫画とかに出てきますし。色々あると思います」
「好きなんだ」
「はい。伊達政宗と石田三成が好きです」
海部さんが前のめりになっている。
「その二人、人気あるよね」
「ですよね」
海部さんの顔が輝き出した。
それから、伊達政宗のすばらしさ、主に容姿と猫好きだったエピソードを力説してきた。
その圧倒的な熱量に僕はたじろいでしまった。
「‥‥‥それで、勉強の方はいいのかな」
海部さんから笑顔が消える。
「物理の公式の解き方を教えてください」
窓の外の景色は既に市街地を抜けていた。
残り時間は七、八分。
「とりあえず、あまり時間ないし一つに絞ろうか。どれが分からない」
「全部です」
海部さんが絶望的な顔で答えた。




