第19話
今日も海部さんが電車に乗り込んでくる。
いつものように手で挨拶をし、隣に座る。
距離は広辞苑一冊分。
でも最近は縦サイズじゃない。横の幅だった。
それが、本の厚さになればいいなと思う。
「今日は曇ってますね」
天気の話で始まり、その後は海部さんが話を広げてくれる。
僕は、ほとんど聞き役だった。
笑顔で話す海部さんを見てるのが楽しかった。
駅で止まっていた電車が再び、動きだす。
まだ半分、後八分ほど時間がある。
不意に海部さんが鞄からスマホを取り出した。
ついに海部さんは僕との会話に飽きてしまったのか。
相槌を打つだけで積極的に会話を広げようとしない、僕はつまらない男だった。
仕方がない。
女の子を楽しませることが出来ない男が悪いんだ。
できれば、次乗り込んでくるときは車両を変えてほしいと思った。
はす向かいの席で無視されたりするのはやはり辛い。
でも、この車両は駅の改札口の前で止まる。
この場合、僕が車両を変えた方がいいのか。
そうだな。僕が移動するべきだ。
海部さん、今まで、ありがとうと笑顔で言おう。最後くらいは。
海部さんが寂しそうに見ている。
「迷惑でした?」
何故か海部さんは、スマホの裏を見せていた。
僕と海部さんの大きなプリクラシールが貼られていた。
少し、ぎこちない二人の笑顔が写っていた。
「喜んでくれるかなと、思ったのに‥‥‥」
頭から、脳みそが抜け落ちる感覚を味わった。
海部さんが悲しんでいる。
勘違いだった。僕は何をしようとしていた。
どんな顔をしていた。
「いや、嬉しいよ」
「‥‥‥うそ」
誤解を解かなければいけない。
早急にだ。一分一秒を争う。
取り返しがつかなくなる前に急ぐんだ。
駄目だ、脳みそが頭に戻ってこない。
何かしろ。
僕もスマホを取り出し、海部さんに見せた。
「うそ‥‥‥」
僕のスマホには小さなプリクラシールが貼ってある。
写真の向きが逆さだった。
逆に持ち替える。
「見せようかどうか、迷ったんだけど。スマホを置いて、入浴している間に重美がやったんだと思う。何も言わないけど、あの家でこれができるのは僕と重美だけだ」
「重美ちゃんが? 何かちょっと光ってる」
「多分、剥がれないようにコーティングしたんだと思う。剥がさないのに」
海部さんが僕のスマホの横に自分のスマホを並べる。
大きなシールと小さなシールが並んでいた。
同じ写真だ。二人ともぎこちなく笑っている。
「私もコーティングすればよかった。角の所なんか少し剥げてきちゃって」
「そしたら、また新しく作ればいいよ」
「プリクラ、付き合ってくれるんですか」
「シールがダメになったらね」
「はい。その時は」
海部さんが、人差し指でシールをなぞった。
きれいな指だった。




