第17話
「そう言えば、妹に勉強を教えたことは、一度もないかな」
「えっ」
電車の中、窓の外を流れる景色を見ながら僕は答えた。
「一人でできちゃう子なんだ。勉強は、家庭に持ち込まないがモットーみたいで。宿題も、休み時間に片付けるようだし」
「それ、出来るんですか?」
「出来るんじゃないかな。僕も宿題は、休み時間に教科書ガイドを見て、写していたし」
「それで、いいんですか?」
「いいんじゃない。とりあえず、答えを覚えられるし。授業に困らないから、問題ないよ」
「空田さん、勉強できたんですか?」
「まあ、まあかな」
そう、中学に入ってからは、わざとまあまあな成績を維持していた。
目立たず、バカにされない程度の成績を。
最初に受けたIQテストがまずかった。
十数えてから、遅れてスタートしたがそれでも上位だったらしい。
普段の成績を見て、担任から努力が足りないと説教された。
僕は努力していた。まあまあな成績を維持する努力を。
窓の外の風景が建物から、農地に変わる。
「海部さんは、どんな勉強法をしているの?」
「私ですか? 私は、教科書をよんで、アンダーラインで色分けして、ノートに要点をまとめて、参考書を読んで、それから問題集をして。そんな感じかな」
「全部やるんだ。王道だね。それで、いいと思うよ」
「なんだか、つまらない学生みたいですね」
「勉強はつまらないものだよ。楽しむ人間が理解できない。もちろん、スポーツや美術音楽の授業は別だと思うけど。楽しんでるやつ、結構いたな」
「過去形ですか?」
「僕が、そっち方面苦手だったから。スポーツ音痴な男って、カッコ悪いよね」
「人それぞれだと思います。私も、球技とか苦手です」
「僕も、球技は特に苦手だ」
そう、チームプレイが苦手だった。
「重美ちゃん、来年受験ですよね。志望校とか、もう決めてあるんですか」
「みたいだよ。受験生なのに、音楽をかけて、ずっと踊ってる。志望校はもう決めてあって、理由がダンススクールが近くにあるかららしい。中卒や通信教育は親に止められたから。ほら、世間体がね。近所の噂話になるから、これ以上‥‥‥いや、何でもない」
自分のことを話しそうになった。
引きこもりの後フリースクールに通っていることを、まだ海部さんに知られたくない。
いつかは、話さなければならないと思っている。
僕は海部さんを騙している事になるのだろうか。
もう少し待ってほしい。
「将来の夢まで、はっきりしてるんですね。凄い妹さんですね」
海部さんが、話をつないでくれた。
大きなショッピングモールの前を通過する。
海部さんがそわそわし始める。
降りる駅が迫ってくる。
海部さんが立ち上がる。
電車のドアが開く。
ちょうど改札口が目の前だ。
「じゃあ、また明日。行ってきます」
「がんばって」
笑顔で海部さんが降りて行った。
僕は何を頑張れと言ったのだろう。
自分でもわからない、意味のない言葉だった。
でも、意味のある言葉もある。
それは、また明日も会おうという約束だった。




