第15話
朝、いつもの時間に海部さんが電車に乗り込んでくる。
微笑む海部さんは、いつものように胸のあたりで小さく手を振ってくる。
僕も、ちょっとだけ手を上げて合図する。
僕は、海部さんに返事をすることが出来るようになっていた。
「涼しくなりましたね。来週からは、衣替えなんですよ。上着を着るんです」
「そうなんですね」
「言っておかないと。空田さん、見落としそうだから」
「さすがに、衣替えには気づきますよ」
「でも、髪を切ってきたのは気づきませんでした」
海部さんが髪の先端をいじる。
「あれはたった五センチですよ。僕の髪形なら分かるけど」
僕は、海部さんの変化に気づかなかった。
髪が肩に掛かっている状態から、少し浮く状態に短くなった。
並べてみないと、この間違い探しには気づかない‥‥‥と思う。
それで海部さんにすねられてしまった。
あの髪形は、セミロングなのだろうか? ショートヘアなのだろうか?
もっと細かい、十段階くらいに分けられるのだろうか。
個性が細分化されすぎている。見分けがつかない。
みんな、どうやってこれをクリアしているんだ。
女性は、口紅の赤を細かく分類できるってテレビでやっていたな。
男にはそれが同じ色にしか見えない。
無理だ。分かるわけがない。
「何ですか? 髪の毛から、口元に視線が移りましたよね。私、メイクしていないですよ。唇があれてきているから、無色のリップはつけていますけど」
僕の視線がばれている。
そして、無職という言葉を連想して、ドキッとした。
僕は学生扱いだ。年齢的には、無職みたいなものだけれど。
ちょっと、恥ずかしかった。
上りの電車とすれ違う。
相変わらず上りの電車は人でいっぱいだ。
立っている乗客しか見えない。
逆に向こうからは並んで座っている僕と海部さんがはっきり見えるはずだ。
制服を着た海部さんは、誰が見ても女子高生だ。
では、私服の僕はどう見える。
学生服を着ていれば、友達くらいには見えただろうか。
それから、話題は妹の重美に移った。
「重美ちゃん、可愛いですよね。一緒に暮らしていると、女の子の基準があの子になったりしませんか」
「しませんよ。あいつは、特別だって分かっていますから。あのレベルの陽キャラはめったにいません。僕の陽気なはずだった部分まで、全て取り込んでいるから」
「自虐にならないでください。重美ちゃん、明るくていい子だけど。空田さんも、その、とても、素敵ですよ」
ちょっと、もじもじしている。
しまった。海部さんに気を使わせてしまった。
「ありがとう、ございます」
「いえ‥‥‥」
自然な会話って、どうすればいいのだろうか?
この続きの話題が見つからない。
僕は窓の外を見る。
駅のホームの先端が通り過ぎていく。
住宅街を抜け、農地にかわる。
ここからは次の駅まで距離が長くなる。
大丈夫。電車は、あと二駅ある。
会話を立て直すことが出来るはずだ。
僕は、会話の糸口を探り続けた。




