第13話
「こちら、愛情たっぷり、特製クッキーになります」
教室では火が使えない。
だから『乾き物しか用意できない』とは海部さんから聞いていたが、まさか妹の重美が運んでくるとは思わなかった。
なんの変哲もないクッキーが、クッキングシートをしいた皿の上に乗っている。
考えたな。皿を洗う必要がない。
そして使い捨ての紙皿にしなかったのは正解だ。
ここはメイド喫茶を模している。
場の雰囲気が付加価値を決める。
そして、最大の付加価値は決まっている。
誰が運んでくるか。それが全てだ。
重美がこれほど人を惹きつけるとは思わなかった。
「重美ちゃんで紅茶とクッキーセットを」
「こっちも、重美ちゃんでクッキーセットを追加」
「まだ、食べるんですか?」
重美がニコニコ対応している。
追加オーダーという形で、もう一度重美と会おうとしている。
これ、その場のリピーターだ。
あまりのやり手ぶりに、僕は海部さんを見る。
海部さんも、驚いていた。
不登校で引きこもっていた時、ただひとり寄り添ってくれたのが妹の重美だ。
一時期、両親にさえほとんど見放されていた時期がある。
そんな時、拒絶しても、拒絶しても、僕のプライベート空間に入り込み、重美は引きずり出そうとしてくれた。
そんな重美を僕は完全に拒絶することが出来なかった。
重美は僕の無くしてしまった欠片だった。
こうして現実世界に細い糸で繋がり続けてこれたのは、確実に妹の力だった。
本当に天才なのは妹の方だ。
僕は歪な天才もどきだ。
「ニイチャン。また、何か変なこと考えてるね」
妹はまるで、僕の心を読んでるかのように声を掛ける。
重美は僕にだけテレパス能力を使えるのか。
「そんな顔してたら、わかるよ。だめだよ、自分の世界に入り込んでちゃ。ほったらかしにするなんて、潮美さんに失礼だよ」
「大丈夫です。私もなんとなく少しだけ分かるようになってきましたから。でも、力になれないことが、少しだけ悔しいです」
「潮美さん、すごい。私だけかと思ったけど。ちゃんと分かってくれてるんだね。ニイチャン、絶対手放しちゃだめだよ」
僕も驚いた。
テレパスは二人いた。
「じゃあ、ニイチャン。潮美さんにお礼しないとね」
「お礼?」
「そう、お礼です」
ミキさんも、加わってきた。
二人の圧がすごい。
「大変だったんですよ。潮美と二人でこれ作るの。潮美、大活躍だったんですよ」
ミキさんがプリクラハウスをチラチラ見ながら話す。
だから?
「ニイチャン、プリクラってしたことないでしょ。私と行ったこと無いよね。無いよね」
確かに無いけど。
「分かってるよね」
「分かってますよね」
「あの‥‥‥」
「潮美さん、まだ早いです!」
「潮美は、黙って空田さんの告白を聞きなさい」
「そうそう、ニイチャンへ返事はその後で。因みに返事は、ハイしか受け付けませんから」
「‥‥‥はい」
「だから早いですって。でもこれで、言質取りましたよ」
心臓が早鐘を打つ。
脈拍は百を優に超えているだろう。
勝ち戦だ。
海部さんは、両手を広げていてくれる。
何を躊躇う必要がある?
重美とミキさんの圧もすごいが、他のみんなの小さな圧の塊もすごい。
「とりあえず、海部さんプリクラに入りませんか?」
教室のみんなから、この先を見届けられなかったという残念感が伝わってくる。
でも、ごめん、見世物じゃないんだ。
「はい」
諦めのようなみんなの微笑みの中、ニンマリした重美が言った。
「ニイチャン、今夜はお赤飯だ」




