第12話
連れ出してしまった。
メイド服の海部さんは少し息を切らしている。
僕は廊下の途中で立ち止まった。
ちょっと強引だっただろうか。
でも、あの場所にいるのは限界だった。
妹の重美がもう一人いた。
海部さんの親友、ミキさんといったか。
強者だ。
二人そろうと、とてもじゃないが常人では太刀打ちできない。
推古天皇と厩戸王みたいだ。
平民の僕は、逃げ出すことでしか抵抗できなかった。
それは数分前、メイド喫茶の教室の出来事だった。
妹の重美と海部さんの友達のミキさんが睨んでいる。
仁王立ちだ。
メイド服を着た海部さんも、なんか困り果てている。
「まだやるの?」
僕の声は小さくなっていった。
「当たり前でしょ。ニイチャン、萌え萌えキュンの所から、いい?」
この二人、やらせるつもりだ。
「テイクツー『萌え萌えキュン』ヨーイ、アクション」
重美は、なに監督気取りで指示出ししているんだ。
僕は役者じゃない。
気の利いた芝居なんかできるわけない。
それが出来たら、僕の人生は薔薇色だったかもしれない。
駄目だ。こんな所で鬱になるのはやめよう。
僕は海部さんを見つめる。
不安な顔の海部さんが見つめ返してくる。
行くぞ。
僕は出来る。やるんだ。
こうして僕は海部さんの手を引き、教室から連れ出した。
でも、本当に海部さんを一緒に連れ出してよかったのか。
海部さんも僕と同じ気持ちだっただろうか。
分からない。
引きこもりの人生。
僕には経験値が圧倒的に足りなかった。
何だ、みんなの注目を浴びている。
海部さんの顔も少し赤いし、うつ向いている。
僕は、初めて海部さんと手をつないだままだということに気づいた。
教室からずっと手をつないだままだったのか。
六十秒以上つないだままじゃないか。
海部さんの呼吸が荒いままだ。
このまま、柔らかい手をつないでいたいという気持ちを抑えて、僕は手を離した。
「ごめん、急に手をつかんだりして、セクハラになっちゃうよね。これ」
「大丈夫です。訴えませんから」
「えっ?」
「いえ、その。ちょっと、動揺して、変なことを言いました。その、嫌じゃなかったです。手を握られて‥‥‥」
海部さんが、顔をそむけた。
「いえ‥‥‥その‥‥‥」
やはり、嫌だったのか。
顔をそむけるほど、僕はまた失敗したのだろうか。
今夜は重美の説教を甘んじて受けよう。
正座でも、石抱きの刑でも。
人生経験では、妹の重美の方が圧倒的に上だ。
渡り廊下の手前、僕たちは腰を落としていた。
海部さんの呼吸は通常に戻ったみたいだ。
僕は海部さんから片手を伸ばしたくらいの距離に座っている。
走って、少し汗をかいた。
臭くはないだろうか。
重美の友達が選んでくれた服は、意外と通気性がよかった。
それでも、体は火照ったままだ。
海部さんをうかがう。
うつ向いたままだ。
しまった。ミニスカートのメイド服のままコンクリートの上に座らせてしまった。
大丈夫なのだろうか。僕はミニスカートなんか履いたことがない。分からない。
「ごめん、変な場所に座らせてしまって。別の場所へ行こうか」
「ここでいいです」
「えっ?」
「もう、少し。この場所で」
「そう、ですか」
「‥‥‥」
「教室に戻らなくて、大丈夫かな。急に飛び出しちゃったから」
「大丈夫です。ミキがそのへん、うまくやってくれてるはずです」
それから、僕たちはしばらくの間、話をした。
とりとめのない話だったが、僕も海部さんも会話をとぎらせることはしなかった。
あの電車の中が続いているようだった。
楽しかった。
頃合いを見て、教室に戻ると、何故か妹の重美がメイド服を着て働いていた。
「お帰りなさいませ。ご主人様。お嬢様」
重美はニッコリ微笑んだ。




