乾照白绪ここで参上!
「先輩先輩っ、こんにちは~! 乾照白緒っていいます、よろしくお願いしますっ♪」
「……ああ、よろしく」
放課後。
終業のチャイムが鳴ったあと、本当ならそのまま帰宅して、ついでに駅前へ寄ってピザでも買って帰ろうと思っていた。
……のだが。
突然エリヴィアに呼び止められ、「ちょっと待ってて」と言われた結果。
夕陽に赤く染まる教室で数分ほど待たされたあと――
ガラッ、と教室の扉が開く。
その瞬間、エリヴィアの隣に小動物みたいな後輩キャラがひょこっと現れた。
そして冒頭の会話へと繋がる。
「……で、これはどういう状況?」
「じゃじゃーん♪ ここは私が説明しちゃいまーす」
エリヴィアは楽しそうに片手を挙げた。
「この子は乾照白緒ちゃん。中等部三年生で、私のお友達の一人だよ~。今日はちょっと彼方にお願いしたいことがあるみたいだから連れてきたの♪」
「そうなんですそうなんですっ!」
白緒はぱたぱたと頷きながら一歩前へ出る。
「突然お邪魔しちゃって本当にごめんなさいですっ。人に頼ってばっかりなのもどうなのかなぁ~って自分でも思うんですけどぉ、でもでもぉ、今ちょーっとだけ大ピンチでしてぇ……! だから彼方先輩に少しだけお願いしたいことがあるんですっ♪」
……回りくどいな。
「別に構わないけど」
俺は頬杖をつきながら白緒を見る。
「そっちは大丈夫なのか? 一応言っとくけど、俺って学校じゃ結構有名だからな。悪い意味で」
「あっ、大丈夫ですよぉ?」
白緒はにこっと微笑んだ。
「わたしぃ、そういう噂とかぜーんぜん気にしないタイプなのでぇ♪」
そう言ってから、少しだけ首を傾ける。
「わたしぃ、彼方先輩のことちゃんと信じています~って思ってるんですっ♪ だから先輩にも、少しだけわたしを信じてもらえたら嬉しいですぅ」
「……そう」
「安心していいよ、白緒ちゃん~♪」
エリヴィアがニヤニヤしながら俺の肩を叩く。
「この男の株価はもう底辺だから、これ以上は下がらないよっ♪」
「おいそこの金髪女、言い方を考えろ」
「えぇ~? だって事実じゃん」
エリヴィアは肩をすくめた。
「私みたいな愛と慈悲に満ちたボランティア精神の持ち主でもなければ、もう誰も彼方と遊んでくれないよ~?」
「へえ。普段のお前の嫌がらせ行為って“遊び”だったんだな」
「そうそう、愛情表現ってやつ♪」
「お前の頭の中ってオレンジジュースでも詰まってんのか?」
「むきーーーっ!! なにそれぇっ!!」
次の瞬間。
エリヴィアが後ろから勢いよく俺の頭を抱え込んできた。
「ちょ、やめろバカ、髪が抜ける……!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき乱される。
しかも背中には柔らかい感触が押し当てられていて、さらに近距離からエリヴィア特有の甘い香りまで鼻に入り込んでくる。
色んな意味で心臓に悪い。
「えっとえっと……エリヴィア先輩と彼方先輩って、すごく仲良しなんですねぇ?」
白緒がぱちぱち瞬きをする。
「目が悪いなら眼科行った方がいいぞ乾照後輩」
「ふにゃっ!? 白緒ちゃんにそんな言い方しちゃダメ~!」
エリヴィアは今度は白緒へ飛びついた。
「わぷっ」
そのまま白緒の頭がエリヴィアの胸元へ埋まる。
さらに猫を撫でるみたいに優しく頭を撫で始めた。
「よしよし~♪」
「く、くすぐったいですよぉ~エリちゃぁん……」
「かわいいねぇ、小猫ちゃん♪」
「にゃ、にゃぅ……ね、猫じゃないですよぉ……?」
……なにこの百合空間。
見てていいの?
本当にいいの?
視線だけでセクハラ判定とかされない?
でも見る。
絶対見ないと。
改めて見ると、乾照白緒はかなり作り込まれた“可愛さ”をしていた。
身長はそこまで低くない。
けれど全体の雰囲気が妙に小動物っぽい。
姫カット気味の前髪に、後ろはゆるく結ばれた低めのツインテール。
制服はあえて少し大きめサイズを選んでいるらしく、袖が余っていて、その長い袖を両手でちょこんと摘んでいる。
わざとらしさはない。
けれど、「自分がどうすれば一番可愛く見えるか」を完璧に理解しているタイプだ。
……恐ろしいな女子中学生。
「あっ、すみません彼方先輩っ。まだ本題を話してませんでしたぁ!」
「別に急がなくていいぞ」
「ありがとうございますぅ~♪」
白緒は嬉しそうに笑ったあと、少しだけ表情を真面目にした。
「えっとですねぇ……彼方先輩って、英翔先輩と仲いいですよねぇ?」
「中一英翔? まあ普通くらいには。前学期ちょっとゲームしてたし」
「あっ、やっぱりですぅ!」
白緒の顔がぱっと明るくなる。
「それでそれで、もし良かったら英翔先輩の連絡先を紹介していただけないかなぁ~って……! できれば直接お話できたら一番嬉しいんですけどぉ……!」
「いや、勝手に人の連絡先渡すのはダメでしょう」
俺は即答した。
「そういうのは本人の許可が必要だし。というか紹介役なら俺より隣のバカの方が向いてるんじゃないか?」
「女の子はちょっとおバカなくらいが可愛いんだよっ♪ つまり私は最強ってこと!」
「勝手に新常識を作るな」
思わずいつもの調子でツッコミを返してしまう。
すると白緒がくすっと笑った。
「ふふっ、やっぱり二人って仲良しさんなんですねぇ」
「どこがだ」「超仲良しだよ♪」
声が綺麗に重なった。
「やっぱり仲良しさんですぅ♪」
白緒は満足そうに頷く。
「でもでもエリちゃんだと色々立場的に難しいかなぁ~って思って……。その点、彼方先輩ってなんだか安心できるんですぅ。ちゃんと頼れる感じがしてぇ」
初対面なのにそんな信用されてるのか俺。
そろそろ俺の魅力が市内に広まり始めてもおかしくないな。
「とりあえず本人には確認しとく。向こうにも予定あるだろうし、了承もらえたら連絡する」
「わぁっ、本当ですかぁ!? ありがとうございますっ♪ えへへぇ、もうどうお礼したらいいかわかんなくなっちゃいますぅ……!」
「彼方先輩ってぇ、なんだかすっごく安心感ありますよねぇ~♪」
「じゃ、話はそれで終わりな。俺は帰る」
鞄を持って立ち上がる。
ついでにエリヴィアへ「帰るぞ」の視線を送ると、彼女は夕陽の中で楽しそうに手を振った。
「ばいばーい彼方~♪」
「え、えっと先輩っ!」
白緒が慌てて俺を呼び止める。
「もし良ければ連絡先交換しませんかぁ? 英翔先輩のお返事来たら直接送ってもらえたら嬉しいなぁ~って……!」
「いや、別にしなくてもいい」
俺は即答した。
「連絡あるならエリヴィア経由で十分だろ。それじゃ」
「あっ……は、はいですぅ。今日は本当にありがとうございましたぁ、彼方先輩っ♪」
白緒は少しだけ反応が遅れながらも、ぺこっと頭を下げた。
俺は軽く手を振り、そのまま教室を出る。
重たい扉が静かに閉まった。
「よかったねぇ白緒ちゃん♪ たぶん英翔ならOKしてくれると思うよ~」
「でもぉ、彼方先輩に迷惑かけちゃいましたぁ……」
「全然そんなことないよ」
エリヴィアはくすっと笑う。
「あれでも意外と面倒見いいし。ちゃんと最後まで責任取るタイプだから♪」
「……エリヴィア先輩ってぇ」
白緒が少しだけ視線を泳がせる。
「彼方先輩と付き合ってたり……するんですかぁ?」
「――え?」
言った本人ですら驚いたみたいに、白緒は慌てて両手をぶんぶん振った。
「ち、違うんですぅっ!? そのぉ、二人がすっごく仲良しさんだったのでぇ、もしかしてぇ~……って思っちゃっただけでぇ……!」
「んー……そうだなぁ」
エリヴィアは唇へ指を当てる。
少し考えるような仕草をしたあと。
「あっ♪」
何か思いついたように笑った。
「白緒ちゃんは、私たちが付き合ってた方が嬉しい?」
そう囁きながら、エリヴィアは白緒の耳元へ顔を寄せる。
まるで甘い毒でも吹き込むみたいに。
夕陽に伸ばされた二人の影は、長く、長く床へ落ちていた。
◇
夜。
夏が近づき始めた風が、窓から静かに流れ込んでくる。
夏の夜って、独特の匂いがある。
ソファへ寝転びながらぼんやりしていると、スマホがふっと光った。
エリヴィアからのメッセージだった。
『OKもらえた?』
『一応』
『りょーかいっ♪』
続けて猫のスタンプが三連投される。
「了解」
「敬礼」
「甘える」
……仕事終わり。
これで任務完了。
あとは静かに月でも眺めながら休むか――
そう思っていた数分後。
またスマホが光った。
「……なんだこれ」
思わず声が漏れる。
画面には。
『「青春わいわいにゃんにゃんグループ」に招待されました』
なんだこの頭おかしいグループ名。
若葉に見られたらいたい人に思われるだろう。
そして犯人も考えるまでもない。
その直後。
次々とメンバーが追加されていく。
英翔『みんないるじゃん。こんばんはー』
エリヴィアが即座に敬礼猫スタンプで返事する。
すると他の連中も続き始めた。
真雪『これは遊びに行くためのグループ?』
エリヴィア『その通りであります♪』
佐浜『なんか楽しそう~。行きたいかも』
エリヴィア『まだ日程は決めてないよ~。みんな行ける日にしたいなって』
英翔『俺は基本いつでも平気』
真雪『私も大丈夫』
佐浜『じゃあ四人で楽しく遊べそうだね~♪』
エリヴィア『あ、ちなみに中等部の後輩ちゃんも一人いるけど大丈夫?』
三人とも問題ないと返していた。
乾照『先輩方こんばんはぁ~♪ 中等部三年の乾照白緒ですっ、よろしくお願いしますぅ♪』
真雪『こんばんは、乾照さん』
佐浜『全然気にしなくていいよ~♪五人で楽しく遊びましょう!』
……女子会みたいな空気すぎて入りづらい。
そう思っていた瞬間。
エリヴィア『あ、ちなみに五人じゃなくて六人だからね?』
次の瞬間。
俺がメンションされた。
本当に巻き込むなで心から祈りたい。
英翔『なんだ彼方もいるのか。なら面白くなりそうじゃん』
『こんばんは』
俺が返した瞬間、なぜか空気が止まる。
気まずさが画面越しに伝わってきた。
真雪『こんばんは。前は色々ありがとうね』
『恐れ入ります』
……気付いたら敬語になってた。
本能だ。
英翔『じゃあ俺そろそろ寝るわ。明日朝練あるし。おやすみー』
真雪『ちゃんと早く寝るのよ? おやすみ』
乾照『先輩方おやすみなさぁいっ♪』
佐浜『おやすみみんな~』
『おやすみ』
エリヴィア『おやすみん♪』
……胃が痛い。
なんだこの状況。
これが俗に言う修羅場ってやつか?
本当に楽しく遊びに行けるのか?
女子ってメンタル強すぎない?
怖いんだけど。
そんなことを考えながら目を閉じようとした瞬間。
またスマホが光った。
『乾照白緒さんから友達申請が届きました』
『乾照白緒ですっ♪ 彼方先輩、これからよろしくお願いしますねぇ~♪』
……面倒だな。
一瞬拒否しようと思ったが、何度も送られてくる方がもっと面倒そうだったから。
仕方なく承認を押す。
月明かりが、とある少女の部屋を照らしていた。
柔らかなベッドの上。
白緒はお気に入りの猫のぬいぐるみを脚で挟み込み、その尻尾部分を足先で弄びながらスマホを見つめている。
『彼方先輩、よろしくお願いしますっ♪』
送信。
返ってきたのは。
『おやすみ』
たった四文字。
白緒は複雑な表情で目を細めた。
「……ふふっ♪」
スマホを胸へ抱き寄せる。
そしてそのまま、小さく笑いながら眠りへ落ちていった。
星明かりの中。
翼を休めた天使みたいに。
静かに、静かに。




