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7/7

遊びからの恋心

六月、夏を目前にしたこの時期の天気は本当に厄介だ。

晴れたと思えばうだるような暑さが続き、次の日には土砂降り。体の弱い人間にはなかなか堪える季節だと思う。


そんなことを考えながら、俺は眠気を引きずったままベッドから這い出した。


スマホを確認すると時刻は9時05分。

本来なら休日の俺はまだ夢の中にいる時間帯だ。だが、今日はそうもいかない。


――これから胃が痛くなるような「お出かけイベント」が待っているからだ。


「行きたくねぇ……」


自然と本音が口から漏れる。

外に遊びに行くって、こんなにも精神力を使うイベントだったのか。


とりあえず着替えようとした俺は、部屋を見回して固まった。


……ない。


俺の“快適度100%”を誇る愛用の部屋着が見当たらない。


六月の気まぐれな気候と一緒にどこかへ消え去ったのか?


「若葉、ちょっと聞きたいんだけど」


「あ、お兄ちゃんおはよー」


リビングでは、若葉がソファに寝転びながらファッション雑誌を読んでいた。

相変わらずこういうのには熱心だ。


「……って、なんで上半身裸なの朝から。え、なに。ちょっとえっちすぎない?」


「俺の快適度100%の服、どこやった」


「洗濯したよー。昨日ちょっと忘れてたから、まとめて放り込んじゃえって」


「つまり今朝の俺は上裸確定ってことか。悲しき生き物だな」


「適当にシャツ着ればいいじゃん」


「この家には“部屋着”か“裸”しか存在しないんだよ」


「そんなこと言わないでよ~。私だって下着一緒に洗っちゃったから、今ノーパンだし」


「……は?」


つまり、ショートパンツ姿でソファに寝転がっている若葉は――現在、下は完全にノーガードということか?


「朝から上裸の兄とノーパンの妹……」


「変態的で背徳感あふれた兄妹だね〜」


いつも通りのくだらないやり取り。

その騒がしさで、ようやく「ああ、新しい一日が始まったんだな」と実感する。


「……あ、そうだ。乾照白緒ってお前と同学年だよな?」


「ラブレター渡すの? だーめ。お嫁さんは若葉じゃないと認めません」


「まだ偵察段階だ」


「んー、有名ではあるよ。可愛いしセンスもいいし。男女どっちからも人気あるタイプ」


「お前より?」


「なんで私と比べるのさ」


「いや、お前なら中等部でもラブレター大量に貰ってそうだなって」


「そこまででもないよ。私あんまり陽キャグループで遊ぶタイプじゃないし。今は音楽教室でピアノやってる時間と、お兄ちゃんといる時間のほうが多いかな。もうすぐ選抜大会だし」


「当日は見に行く」


「来なかったら逆立ちで家の周り一周だからね?」


「厳しすぎ」


 そう言いながら笑うと、若葉はそっと俺の手を握ってきた。


そう言うと、若葉はそっと俺の手を握ってきた。


白く細い指が、逃がさないように俺の手の甲へぴたりと重なる。

まるで隙間なんて最初から必要ないと言うみたいに、ぎゅっと。


「来てね、絶対」


若葉は静かに微笑みながら、まっすぐ俺の目を見つめてくる。


ふざけた調子も、いつもの軽口もない。

ただ純粋に、来てほしいと願っているような目だった。


その体温が妙に温かくて、少しだけ胸の奥がくすぐったくなる。


「……ああ」


俺は小さく頷いた。


 その空気がしばらく続いたあと、インターホンの音が部屋に響いた。


「はーい」


 誰だ、朝っぱらから。


 そう思いながら玄関を開けると――。


「やっほ〜彼方っ♪ 来ちゃった〜」


 朝日を背に、金髪の少女が立っていた。


 エリヴィア。

 やたらテンションの高い同級生である。


「どちら様で?」

「もう集合時間近いから迎えに来たの〜」


 てへっ、と舌を出しながら拳で頭を小突く。


 ……ちょっと可愛いのが腹立つ。


「個人情報の売買は犯罪だぞ」

「英翔くんに聞いただけだもん」

「あいつ余計なことを……」


 平穏な日常がどんどん遠ざかっていく。


「とりあえず入れてよ〜。今日暑いし?」

「あと彼方、そんな格好で女の子迎えるとか大胆だね〜」

「……あ」


 上半身裸だった。


「お兄ちゃん、お客さん?」


 若葉が玄関までやってくる。


「こんにちは。彼方くんのクラスメイトのエリヴィアです」

「これはご丁寧に。妹の若葉葵です」


 妙にしっかり挨拶を交わす二人。


 その横に、裸の俺。


「っていうかなんでエリヴィアが家に?」

「今日みんなで遊び行くから迎えに来たんだよ〜」


「浮気ですね」


「浮気とかじゃないからな。あとお前、なんでこの変人と知り合いなんだよ」


「変人ってなにさ!? ちょっとぉ!!」


 エリヴィアが頬を膨らませながら抗議する。


「だって同じ学校に外国人留学生なんていたら、嫌でも目立つじゃん。しかもこんな派手な美人なら尚更」


「ふふ〜ん♪ 分かってるじゃん」


 なるほど。

 確かに見た目だけなら、文句なしの美少女なんだよな。


「……若葉葵、さん? あれ、星晴景って名字じゃなかった?」

「あ……それは……」


 若葉は少しだけ困ったように視線を落とした。


 さっきまでの軽い雰囲気が、ほんの少しだけ揺らぐ。


「まぁ、色々事情があってね。いわゆる家庭の事情ってやつ。あんまり深掘りしないでくれると助かるかな」


「あっ、ご、ごめんねっ? 変なこと聞いちゃった」


 エリヴィアは慌てたように両手を振った。


 ……こういうところは妙に素直なんだよな、こいつ。


「気にしてないよ」


 若葉はふっと微笑む。


 その笑顔を確認して安心したのか、エリヴィアは「よかったぁ〜……」と胸を撫で下ろした。


 ――そして。


「じゃ、お邪魔しま〜す♪」


「っておい、まだ入っていいって言ってないんだが?」


 俺が止めるより先に、エリヴィアは勝手に家へ上がり込んでいく。


 靴をちゃんと揃えて脱ぐあたり、育ちは良さそうなのが妙に腹立つ。


「彼方の家、なんか落ち着く匂いするね〜」


「犬みたいな感想やめろ」


 騒がしい朝だった。


 そしてそのまま、俺はエリヴィアに連行されるようにして私服へ着替えさせられることになる。


「何飲む?」

「真心たっぷり愛情ドリンク♡」

「水でいいな」

「質素ぉ〜」


 抗議の声を完全に無視して、俺はコップに入れた水をテーブルへ置いた。


 エリヴィアは「むぅ〜」と頬を膨らませながらも、それを素直に受け取る。


「……で? もうすぐ集合だろ。なんでわざわざ家まで来たんだよ」

「彼方ってさ、あんまり誰かと遊びに行ったりしないでしょ?」


 そう言って、どこか得意げな顔でこちらを見る。


 ……なんだその“分かってますよ”みたいな顔。


「朝っぱらから喧嘩売りに来たのか?」

「いや、男友達と遊ぶとかじゃなくてさ〜。女の子もいっぱい居るお出かけって意味」

「……それはまぁ、確かに無いかもな」

「でしょ〜?」


 なぜか嬉しそうだった。


 こいつ、俺のことを“友達少ない陰キャ”みたいなカテゴリで見てないか?


「それで? 何が言いたい」

「彼方が白シャツ一枚で来そうだったから心配で来たの♪」


 白シャツの何が悪い。


 清潔感、誠実感、知的さ。

 人類が辿り着いた完成形だろうが。


 全国の白シャツ愛好家へ謝罪してほしい。


「確かに、お兄ちゃんの服装ってちょっと味気ないかも」


 若葉がくすっと笑いながら言う。


「別によくないか? 服なんて隠すとこ隠れてれば」

「今ぜんぜん隠れてないけどね?」


 若葉とエリヴィア、二人の視線が同時に俺の裸の上半身へ集まった。


 俺は慌てて胸元を隠す。


「や、やだぁ〜♡」

「「キモっ!!」」


 息ぴったりすぎるだろこいつら。


 いやまぁ、服が乾いてないのは不可抗力なんだが?

 こっちだって好きで朝から半裸やってるわけじゃないんだが?


「ふふっ、お兄ちゃんほんと変な人〜」

 

 若葉は楽しそうに肩を揺らしながら笑っていた。


「とにかく、彼方の服いくつか持ってきたからさ〜。着替えて一緒に出発しよ♪」


「いいじゃんお兄ちゃん、そのいつもの外出用コーデ、そろそろ卒業した方がいいと思うの」


「でしょでしょ若葉ちゃん! せっかくそんな“ヒモ適性高そうな顔”してるんだから、ちゃんと活かさなきゃもったいないって〜!」


「うん、そこは割と同意かも」


おい、“ヒモ顔”ってなんだよ。

俺そんなに女に養われてそうな見た目してるか? これでも中身は実力派なんだが?


「ていうか、なんでお前が男物の服持ってんだよ」


「前に雑誌の撮影したとき、ついでに貰ってきたの♪」


“ついで”で男服を持ち帰る女、怖すぎるだろ。

女子の世界って意味わかんねぇ……。


「はいはい、それじゃさっさと着替えよ〜♪」


「お兄ちゃんはソファ座ってて? 私が脱がせてあげるから、じっとしてるの」


「通報していいか? 今ここに性犯罪者が二人いるんだが?」


当たり前みたいに人の身体を触り始めようとしてくる辺り、この二人ほんと痴女寄りなんだよな……。

このままだと俺の純情、いつか本当に食い尽くされそうだ。


というか若葉、お前いま自分が“下も履いてない状態”なの忘れてないか?

この変態妹め。


「おぉ〜、彼方って腹筋あるんだ。よく見たら腕も結構筋肉ついてるじゃん♪」


「お兄ちゃん、夜になるとよく“ふっ……はっ……♡”とか言いながら汗だくで運動してるもんね」


若葉、妙に俺の日常へ理解度高いな……。

兄としてちょっと複雑なんだが?


「ん〜、やっぱ私のセンス完璧♪ このグレーのジャケットにこのパンツ合わせるの、超正解じゃない?」


「お兄ちゃん、これからはその格好で私とデートしてよね。友達にも紹介しやすいし♪」


そんな変わるか……?

服一つ変えただけで大袈裟すぎるだろ。


……ただ、ベルトだけは妙に窮屈だった。

まるで鳥の羽を紐で縛られてるみたいな、不自由な感覚。


しかもベルトの締め付けが妙に窮屈で、まるで小鳥の羽を紐で縛られてしまったみたいな、不自由な感覚があった。


「なんか……落ち着かないな、これ」


「——あ、せっかく彼方んち来たし、女の子用の服も何着か持ってきたんだ〜♪ 若葉ちゃんよかったら一緒に試着してみる?」


「えっ、ほんとですか? じゃあぜひお願いしたいかも♪」


「というわけで彼方は一旦お部屋に退散ね〜。ここからは女子会タイムだからっ!」


そうして俺はリビングから追い出された。


……いや、ここ俺ん家なんだけど?


なんとも言えない釈然としなさを抱えながら、自室へ戻って荷物を整理し始めたその時だった。


ふと、枕の下から水色の三角形の布が顔を覗かせているのに気付く。


——パンツだ。


しかも間違いなく、若葉の水色のパンツ。

俗に言う“ぱんつ”ってやつである。


……なんで俺の枕の下に?


というか、なんかちょっとしっとりしてないか……?


いやいやいや。

まさか洗ったあとわざとここに仕込んで俺をからかってるとか……。


……いや、流石にそれはないか。

多分部屋に来た時にうっかり落としていったんだろう。


届けてやるか。


「おーい若葉、お前の水色のパンツ、俺の枕の下に——」


ガチャリとリビングの扉を開けた瞬間。


そこには、着替え途中の若葉とエリヴィアの姿が広がっていた。


若葉は本当に“何も履いていない”状態のままこちらに背を向けていて、瑞々しいさくらんぼみたいな白いヒップラインがそのまま露わになっている。


きゅっと引き締まった腰から太腿へ落ちていく曲線は妙に艶っぽく、細い背中から覗く肩甲骨までやけに目についてしまう。


前は見えない。

だが、それが逆に想像を掻き立てていた。


そしてもう片方では、エリヴィアがスカートを脱ぎかけた状態で立っていた。

淡いピンクのブラジャー姿。

肩紐の片方がするりと落ち、柔らかな胸元が惜しげもなく視界へ飛び込んでくる。


俺は若葉のパンツを握ったまま、無言で立ち尽くした。


……これが、青春ラブコメってやつなのか?


「おーい若葉、水色のパンツ、俺の枕の下に——」


混乱のせいで、俺はなぜかもう一度繰り返していた。


「い、言い直さなくていいからぁっ!? バカお兄ちゃん!! 早く出てってぇぇ!!」


再びリビングから叩き出された。


なんなんだ今日は……朝から災難続きすぎるだろ。


——あ。


スマホ忘れた。


「悪い若葉、スマホソファに置きっぱだったから取るぞ」


今度こそ怒られないだろうと思いながら、俺は再び自然体で扉を開ける。


結果。


半分フリーズしたみたいな顔の二人の前で、俺は静かにスマホだけ回収して撤退した。


——騒がしい朝は、ようやく終わった。


心底疲れた朝だった。


「それじゃっ、このまま楽しくれっつごー♪」


着替え終えたエリヴィアは上機嫌そのもので、そのまま俺の手を掴んで玄関へ突撃しようとしてくる。


こいつ、朝からテンション高すぎないか?


「待ってお兄ちゃん。夜ご飯、どうするの?」


「んー、様子見かな。帰って食べるなら連絡する」


「そっか……。その、あんまり遅くならないでね?」


若葉は少しだけ寂しそうに視線を落とした。


それでも最後には、小さく微笑んで手を振る。


その笑顔はどこか無理して作ったみたいに儚くて——ほんの少しだけ、胸に引っかかった。


 六月の朝から災難すぎる。


 ◇


六月だっていうのに三十度超えとか、本当に勘弁してほしい。


こんな灼熱の中、わざわざ修羅場へ向かってる俺も大概どうかしてる気がする。


隣を見ると、エリヴィアが日傘を差しながら優雅に歩いていた。


白いワンピースの裾を揺らしながら、ゆっくりとした足取りで夏の街並みを楽しんでいる。

……いや、お前は優雅でいいかもしれないけど、こっちは暑いんだからもうちょい早く歩いてくれないか?


「おーい! こっちこっち〜! エリヴィアちゃーん!」


少し先で佐浜屋が大きく手を振っていた。


どうやら集合場所にはもう何人か来ているらしい。


俺はわざと歩幅を緩め、エリヴィアとかなり距離を取る。

“最初から一緒に来ました感”を消すためである。


「やっはろ〜、来たよん♪」


「わぁ、エリヴィアちゃん今日の私服めっちゃ可愛い! 髪もさらさらで羨ましい〜!」


「ふっふーん♪ これが生まれ持った美ってやつだよっ」


「全然謙遜しないんだね、あははっ」


少し離れていても、その辺りの会話は普通に聞こえてきた。


……もうほぼ全員揃ってるっぽいな。

俺もそろそろ行くか。


暑い。


「きゃっ!? す、すみませんっ、ぶつかっちゃいましたぁ……!」


「ん、ああ……って」


聞き覚えのある甘めの声に振り返る。


そこには小柄な少女がぺこぺこと頭を下げていた。


「……あ、先輩。おはようございますっ」


「お、おう。乾照もおはよう」


まさかここで乾照白緒と鉢合わせするとは。


偶然って怖いな。


そのまま俺と彼女は並んで集合場所へ向かった。


……とはいえ、やっぱり妙に居心地が悪い。


皆とはそこまで仲がいいわけでもないし、俺だけ群れから浮いてる感がすごいんだよな。


「先輩方、はじめましてっ。中等部三年の乾照白緒です、よろしくお願いします♪」


そう言って、白緒は丁寧に頭を下げる。


礼儀正しくて、愛想も良くて、どう見ても“ちゃんとした可愛い後輩”だった。


「えぇ〜っ、かわいっ! 身長そんな変わらないのにお人形さんみたい! あ、私は佐浜屋菜波ねっ。その髪型って自分でやってるの?」


「はいはいっ。結構大変なので、今日は二時間くらい早起きしちゃいましたぁ……ねむねむです……」


「えははっ、なにそれ可愛い〜♪」


「俺は中一英翔」


「真雪紗奈です。よろしくね」


英翔と真雪も軽く自己紹介を済ませ、白緒はそのたびに柔らかな笑顔で返していく。


コミュ力、高すぎるだろこの子。


「——あっ、もしよかったらなんですけど、皆さんにお土産持ってきたんです♪」


そう言って白緒は背負っていたバッグから大きめの紙袋を取り出した。


中身がぱんぱんに詰まっている。


「えっ、これ……クリスタルブルーのブレスレット!? いいの、本当に?」


真雪が驚いたように透き通った青色のブレスレットを見つめる。


「全然高いものじゃないですよ〜? 旅行先で見つけて、真雪先輩って絶対青が似合うなぁって思ったので♪」


「ふふっ、ありがとう。大事にするね」


「英翔先輩にはこれですっ!」


「ん? ……マウス?」


英翔が箱を見て目を丸くする。


「いや待って、女子からゲーミングマウス貰う経験、人生で初なんだけど」


「先輩ゲーム好きそうでしたし♪ マウスって毎日触るものだから、結構大事かなって」


「いや、めちゃくちゃ嬉しいわ。ありがとな」


……六月なのに、サンタクロースもう来てないか?


天候だけじゃなく季節感まで壊れてるのかもしれない。


俺がぼんやりそんなことを考えている横で、真雪がこちらに気付いて小さく手を振ってきた。


……いや、待て。


英翔にマウスなんて渡したら、あいつ最低でも一週間はゲーム漬けになるだろ。


真雪はそんな俺の視線に気付いたのか、“ほんと困った人だよね”みたいな笑みを返してきた。


……分からん。

女心って難しすぎる。


「佐浜屋先輩にはこれですっ! 運動会の時の走り方、すっごく格好良かったので!」


そう言って取り出したのは——まさかのランニングシューズだった。


いや待て、それどうやってそのバッグに入れてたんだ乾照後輩。


「えっ!? うそっ、このモデルずっと欲しかったやつ!! 白緒ちゃん、神!?」


佐浜屋はそのまま白緒へ抱きつき、ほっぺをぐりぐり擦りつけている。


……至福そうだな。


さて。


順番的に次は俺だろう。


こう見えて俺、プレゼントには結構うるさいタイプなんだが、気持ちがこもってる物ならちゃんと感謝して受け取るつもりではいる。


特にマウスな。

俺も英翔と同じでLoLやるし。


ちなみに数日前、韓国サーバーでマスターまで上がった。

時間さえあればまだ上を目指せる。


だから頼むサンタさん。

俺にも新しいマウスを——。


「ちなみに白緒ちゃん、前に私にはお土産くれてるから今日は彼方の分ないよ〜♪」


「エリヴィア、お前その後輩どこの古代遺跡から発掘してきたんだよ……気配り力カンストしてんじゃん」


「えへへ〜、あげなーい♪ それじゃみんな、ご飯行こっ! れっつごー!」


そうして、わいわい騒ぎながら皆は飲食店街の方へ歩き始めた。


……サンタクロースなんて、やっぱり存在しない。


知ってたよ。

小学生の頃にはもう理解してた。


でも乾照白緒って、本当にすごい後輩だ。


初対面のはずなのに、もう完全に輪の中心へ入り込んでいる。


相手の好きな物、似合う物、欲しがってる物を的確に選び抜いて、色の好みまで把握している。


中三女子のコミュ力じゃねぇだろ、これ。

もはやボス級だ。


そんなことを考えながら、俺は少し後ろを歩く。


前方では皆が楽しそうに笑い合っている。


……なんか俺だけ余ってないか?


その時。


白緒がちらりとこちらへ視線を向けた。


俺が輪に入れていないことに気付いたのか、自然な動作で前列から離れ、そのまま俺の隣へやって来る。


……後輩に気遣われてる。


「先輩先輩っ。お土産の件なんですけど、今日はバッグいっぱいで入らなくなっちゃって……。その、先輩にはまた別の日にちゃんと渡したいなって♪」


「あー、別に気にしなくていいぞ。ありがとうな、先に言っとく」


「えへへっ、こちらこそです〜。先輩ってほんと、かわ——」


そこまで言いかけた瞬間。


白緒の身体がふらりと揺れた。


「っ——」


一瞬、倒れるかと思った。


だが彼女は咄嗟に壁へ手をつき、なんとか踏みとどまる。


「えへへ……ちょっと、暑くってぇ……」


俺は真顔で彼女を見る。


「お前、最後に水飲んだのいつだ?」


「お水……? えっと、朝バタバタしてて……そういえばまだ……」


やっぱりか。


顔は相変わらず可愛いが、明らかに血色が悪い。


「軽い脱水だな。ほら、これ飲め」


バッグからミネラルウォーターを取り出して渡す。


白緒は袖に半分隠れた小さな手でボトルを受け取ると、こくんと頷いた。


「……ありがとうございます」


そう短く呟いたあと。


ごく、ごく、ごく、とかなりの勢いで飲み始める。


……この状態でずっと前ではしゃいでたのか。

女子ってほんと無茶するよな。


飲み終える頃には顔色もかなり戻っていた。


唇の端には、まだ拭いきれていない水滴が小さく残っている。


「その……ほんとにありがとうございます、先輩」


「最近暑いからな。体調管理も実力のうちだぞ」


「あはは……気を付けますぅ」


白緒は少し照れたように笑った。


そして前方では、英翔が皆へ声を掛けていた。


「とりあえず飯行くか。みんなどっか食いたいものある?」


「この暑さだとあんまり食欲ないかも〜。冷たいもの食べたいなぁ」


真雪はいかにも夏バテしそうなタイプだ。


「私はハンバーグ! 陸上やってるとタンパク質大事だし!」


「私はなんでもいいよ〜♪」


「私も皆さんに合わせますっ」


……そしてなぜか、全員の視線が俺へ集まった。


やめろ。

そんな注目されると怖い。


とはいえ、昼飯は大事だ。


できればラーメンか、唐揚げ定食みたいなガッツリ系がいい。


だが皆の意見はバラバラ。


このままだと決まらなさそうなので、俺は合理的な提案をする。


「じゃあ各自好きな店行けばよくないか? 一時間後ここ集合で」


——静寂。


いや待て。

なんで空気凍った?


暑さ三十度超えだぞ?


「……ほんと彼方って感じの発言だよね」


英翔が苦笑する。


やめろ、その“残念な奴を見る目”。


「せっかくだし皆で食べた方が楽しいじゃん♪ ほら、私ちょっと近く探してみるね」


真雪はスマホを操作し始める。


「——あ、このお店よさそう。デザートもあるしファミレス系っぽいよ。歩いて五分くらい」


俺の案、秒速で却下された。


みんなで食べたほうが美味しいって、どういう理論なんだ。

群れて行動したら料理の味でも変わるのか? 一体どんな香辛料が入ってるんだよ……?


泣きそう。


レストランへ向かう道中、佐浜屋先輩は英翔の左腕にぴったりと抱きつきながら、楽しそうに笑っていた。

真雪先輩はその反対側、半歩ほど後ろの位置を歩いていて、三人で英翔のパーソナルスペースを奪い合っているみたいな構図になっている。


そんな光景を横目で眺めていた俺は、ふと周囲へ視線を流した。

すると、乾照白緒だけが三人の少し後ろを静かについて歩いていることに気づく。


一言も喋らない。

表情もない。


ただ、猫みたいなあの瞳だけで、三人の背中をじっと焼き付けるように見つめていた。


……なんだろうな、この感じ。

妙に嫌な気配がした。


そんな空気を抱えたまま店へ入り、俺は念願だった唐揚げ定食を注文した。

やっぱりこういう時はカロリー補給が大事だ。

めちゃくちゃ美味い。


「ねね、先輩って唐揚げ好きなんですかぁ?」


「別に普通。

ただ今この瞬間、急に食いたくなっただけだ」


人間ってのは、たまに無性に何か食べたくなる瞬間がある。


そんなことを考えながら、俺はテーブル脇のケチャップへ手を伸ばした。


「先輩、唐揚げにケチャップ派なんですね?」


「美味いぞ。試してみるか?」


「いいんですか? じゃあ一口くださいっ」


そう言って白緒は身を乗り出してくる。

なので俺は唐揚げを一つ摘まみ、彼女へ渡そうとした――その瞬間。


「あーん……」


白緒は俺の目の前でそっと目を閉じ、小さく口を開けた。


……いや、無防備すぎるだろ。


小動物みたいな小さな口をそのまま差し出され、数秒ほど固まる。


「ほら」


俺はそのまま唐揚げを彼女の皿へ放り込んだ。


「あぅ……ありがとうございます……」


どこか残念そうに肩を落としながら、白緒は唐揚げを口へ運ぶ。


……ケチャップと唐揚げの組み合わせ、わりと革命かもしれないな。

そのうち特許でも取れるんじゃないか。


「んっ……意外とすごく美味しいですね。

 ケチャップの酸味でちょっとさっぱりします」


「生活の知恵ってやつだ」


周囲を見渡すと、みんなの料理もちょうど運ばれてきたところだった。


真雪先輩は言っていた通り苺パフェ。

エリヴィアはコーンスープとサラダ。


……こいつ、ただでさえ細いのに誰に向けてダイエットしてるんだよ。


英翔は俺と同じ唐揚げ定食で、佐浜屋先輩は念願だったハンバーグプレート。

そんな感じで、賑やかな昼食タイムが始まった。


「ねぇ英翔、その……あ、唐揚げって美味しい?」


「美味いぞ。俺はソースかけない派だけど。

 一個食う?」


「いるいるっ!」


佐浜屋先輩は子犬みたいに皿を差し出し、英翔はそこへ唐揚げを一つ乗せる。


「んむっ、んむっ……おいひぃ~♪」


「もう、飲み込んでから喋りなよ」


真雪ママの矯正は今日も健在だった。


「そんなに美味しいのかぁ……。

 なんか私も唐揚げ食べたくなってきたかも」


そう呟いた瞬間。


じぃぃぃ――っと、熱量の高い視線がこちらへ突き刺さる。


……やめろ。

唐揚げは有限資源なんだぞ。

これ以上俺のカロリーを奪う気かこいつら。


「自分で頼め」


「えぇ~、人のって美味しそうに見えるじゃないですかぁ」


「盗賊理論だな」


「あーん……♪」


さっきと同じように、白緒は口を開けて待機姿勢に入る。


当然スルーして皿に置こうとしたのだが――。


「あぅ……」


皿が見つからなかった。


仕方なく、俺はそのまま唐揚げを彼女の口へ放り込む。


「んむ……おいひ……」


これで残り三個。

また俺の大切な栄養が失われた。


「エリヴィア見て見て、さっき撮った写真!

 英翔、すっごいアホ面してるの~♪」


「見せて見せてー! わぁ、なにこの顔、挑発力高すぎでしょ♪」


きゃいきゃい騒ぐ連中を横目に、俺はひたすら唐揚げを胃へ運び続ける。


ふと隣を見ると、白緒はブルーベリープリンを小さなスプーンでちまちま食べていた。


「そんなんで足りるのか?」


「大丈夫ですよぉ。

 私、もともとあんまり食べないので。さっき先輩から施しの唐揚げもいただきましたし♪」


「そりゃどうも。

 俺の栄養、お前に吸われてる気分だ」


「なんかえっちな言い方ですねぇ。

 先輩って年下の女の子好きなんですか?」


「ごく一部を除いて、女は平等に嫌いだ」


「前輩ってほんと不思議な人ですねぇ」


「どこが」


「女の子怒らせる才能あるところです♪」


「それは褒めてないだろ……」


エリヴィアに弄られるのはもはや日常茶飯事だ。

別に今さら気にもならない。


そもそも俺は女って生き物自体をあまり信用していない。

だからまあ、こんなものだ。


……ただ。


逆に、この学妹のほうが妙に引っかかっていた。


今日は英翔と仲良くなるため――つまり攻略目的で来たはずだ。

なのに、ここまで一切積極的に動こうとしない。


最初からずっと妙に静かで、どこか一歩引いた場所から眺めているだけだった。


「お前、攻略しに行かなくていいのか?」


「へ? 私ですかぁ?」


「このままだと負けるぞ。

 真雪先輩、かなり強敵だし」


他人事みたいに言いながら、俺はまた唐揚げを一つ口へ放り込む。


「……私が負ける、ですか?」


白緒はぽかんとした顔でこちらを見る。


その目は相変わらず純粋そうなのに、奥底には妙に得体の知れない何かが潜んでいる気がした。


「勝ちますよ?」


彼女は、そうはっきり言い切った。


……自分を鼓舞してるだけ、なのか?


けれど、さっき一瞬だけ見せたあの深い目。


あれを見た瞬間から、俺の中で乾照白緒という少女への印象は少し変わっていた。


この子は、ただ愛想のいい可愛い後輩――それだけじゃない。


食事を終えたあと、俺たちはそのままカラオケへ流れ込んだ。

青春っぽいイベントといえば、まあ定番だろう。


席順はというと――


英翔の左に真雪先輩、右に佐浜屋先輩。

俺は端っこの席で、その隣に乾照白緒。

そして金髪バカがど真ん中を陣取っている。


そんな感じの配置だった。


「それではみなさんっ、次は私のカナリアのような美声をご堪能くださ~い♪」


エリヴィアはノリノリで最近流行りのラブソングを入れ、マイクを握って軽く深呼吸する。


そしてイントロが流れ始めた瞬間――。


鈴の音みたいに澄んだ歌声が、部屋いっぱいに響いた。


思わず全員が耳を傾ける。


……ほんと、こういうところは神に愛されてるよな、こいつ。


「お前、英翔の隣取りに行かなくていいのか?

 俺の横とかハズレ席だろ」


「別にぃ?」


白緒はそう言って、小さく首を傾げた。


……いや、違うな。


ぼんやりしているというより、ただ“見ている”。


今日一日ずっとそうだった。


輪の中心へ入ろうとはせず、少し離れた場所からみんなを観察している。

まるで相手の本質を見抜こうとしているみたいに。


薄暗いカラオケボックスの照明のせいか、彼女の瞳はどこか深く、暗く見えた。


ただ静かに座って。

何も言わず。

全てを見つめている。


「先輩」


「なんだ」


「さっき、私が負けるって言いましたよね?」


「勝負になってないってほどじゃない。

 でも不利ではあるだろ。学年違えば会う機会も少ないし、接点がなきゃ会話も生まれない。つまり関係が進展しようがない」


当たり前の話だ。


真雪先輩と比べれば、この学妹は圧倒的に不利。

見た目は抜群だし、愛想もいい。けど、会えなければ意味がない。


しかも真雪先輩は、上品で落ち着いていて、それでいて少し天然な美少女だ。

普通に考えれば、勝ち目なんて薄い。


「勝ちますよ?」


白緒はあっさりと言い切った。


その声に視線を向けると、ちょうど向こうでは真雪先輩が英翔にリンゴを食べさせていた。

ゲームに負けた罰ゲームかなにかだろう。


二人とも桃みたいに顔を赤くしていて、やけに甘ったるい空気を漂わせている。


「先輩」


白緒がこちらを見る。


少し陰ったその瞳は、小さなブラックホールみたいだった。

吸い込まれそうになるほど深くて、危うい。


そして――。


「三週間後。

 私は英翔先輩と付き合っています」


乾照白緒は、そう断言した。


絶対の自信を浮かべた笑み。

それはまるで毒入りのキャンディみたいだった。


食べれば死ぬと分かっていても、舌で舐めたくなってしまうような。


……アダムとイヴの林檎みたいに。


俺はその覚悟の宿った表情を見つめながら、心の底から思う。


やっぱりこの後輩、危険すぎる。


関わるべきじゃない。

本能がそう警鐘を鳴らしていた。


「彼方くん、心理テストやってみない?」


真雪先輩が隣から声をかけてくる。

たぶん、俺がずっと輪に馴染めてないのを気にしてくれたんだろう。


「先輩先輩、気にせず楽しんできてくださいねぇ?」


「……あぁ」


正直、できることならこれ以上この後輩と深く関わりたくないんだが。


「心理テストか……。

 なんか小学生ぶりくらいな気がする」


「だからこそやるんだよー。

 エリヴィアさんもめちゃくちゃ乗り気だし」


確かに。

心理テストって、女子には妙に抗えない魅力があるよな。


「こほん。

 じゃあ問題は私が出すね。ちょうどこの前買った本持ってきてるから」


そう言って真雪先輩はバッグから一冊の本を取り出した。


『心理で丸わかり! あなたが本当に気になる“彼”と“彼女”100の質問!』


……タイトルからして胡散臭さがすごい。


「それじゃ第一問っ!」


「次の果物の中から、直感で一番最初に思い浮かんだものを選んでください。

 りんご、レモン、メロン、キウイ、さくらんぼ、スイカ、もも」


なるほど。

こういうタイプのやつか。


「俺はレモンで」


「じゃあ私はメロンかな~♪」


エリヴィアはメロン。


「んー……私はリンゴかなぁ」


佐浜屋先輩はリンゴを選ぶ。


「俺はスイカで。

 もう夏近いし、スイカって涼しそうじゃん」


英翔はスイカ。


「はい、では次です。

 今選んだ果物から連想する異性を思い浮かべてください」


異性、ね。


「エリヴィア」


俺は反射的にそう答えた。


「えへへ、選ばれちゃった~♪

 じゃあ私は妥協して彼方でいっか」


妥協ってなんだ。

というか異性二人しかいないだろ。


「私は英翔かな……」


「ん、俺は真雪で」


「真雪先輩は参加しないんですか?」


「うーん……じゃあ私はさくらんぼで英翔かな」


そう言って真雪先輩はぺろっと指を舐め、本を次のページへめくる。


「それじゃ結果発表です。

 さくらんぼを選んだ人は、自分の考えをしっかり持っていて正義感が強いタイプ。

 相手に恋愛以上の依存を抱きやすい反面、自分からは積極的に動けない受け身な性格です」


……意外と当たってる気がするな。


「リンゴを選んだ人は、前向きで勇敢なタイプ。

 困難から逃げず、真正面からぶつかっていく人です。

 恋愛でも自分を偽らず、素直に向き合います」


へぇ。

もしかして意外と本格的なのか?


「もー、遅い遅いっ。

 私の結果も見せてよ~」


そう言ってエリヴィアが心理テスト本をひったくり、俺たちのページを開く。


そのまま頬を膨らませながら真剣に読み込んで――。


にやぁ、と意味深に目を細めた。


「か・な・たぁ~♪

 レモンを選んだ人が連想した異性はぁ~~~~?」


語尾をだらぁっと伸ばすエリヴィアを見て、俺は思わず喉を鳴らした。


……なんか命の危険を感じる。


「言うけど、怒るなよ?」


「怒んないよぉ~~?」


「今朝のブラにレモン柄入ってたから」


「英翔くん、窓開けて」


「おっけー」


「待て待て待て?!

 六階から投げる気か!? やめろ!!」


エリヴィアが俺の襟首を掴み、そのまま窓際まで引きずっていく。


……おかしいだろ。

怒らないって言ったじゃねぇか。


やっぱ女の“怒らない”ほど信用ならない言葉ないな。


そういえば、レモンから連想した異性の評価って結局なんだったんだよ。

あれ聞かされないままじゃ、今夜絶対気になって眠れないんだけど。


そんなふうに騒がしく帰路についている途中、俺は後方をどこか元気なさげに歩く真雪紗奈の姿を見つけた。


夏の熱気がまだ漂うアスファルトの上を、彼女は少し寂しそうに歩いている。


「よ、お疲れ」


「あ……星晴くん。今日はお疲れさま」


「なんか元気ないな」


「そうかな……? うん、まぁ……そうかも」


真雪は少し疲れたような笑みを浮かべ、申し訳なさそうに笑った。


「ひとつ聞いていいか? 答えたくなかったら無視してくれていいけど」


「うん、いいよ」


「もし今、英翔に告白したらさ。成功する自信ってどれくらいある?」


真雪は歩く速度を少し緩め、しばらく考えてから口を開いた。


「……百パーセント、かな」


「へぇ……すごいな」


「こういうのってね、お互いなんとなく分かるものなんだよ」


「じゃあ何を悩んでるんだよ。

さっさと告白して、そのままバカップルにでもなればいいだろ」


「……それじゃ、ダメなの」


「ダメ、か。……そっか」


なんとなくだけど分かった気がした。


真雪紗奈っていう少女は、自分の恋愛に迷ってるだけじゃない。

今のこの関係、このグループの空気を壊したくないんだ。


だから彼女は、自分から半歩引いた場所で、みんなを見守ることを選んでいる。


「……私は、どうするのが正解だと思う?」


「知らねぇよ。

そういうのは自分で決めるもんだろ。だって別に、正解も不正解もないんだから」


「正解も不正解も、か……ふふっ。

うん、たしかに君の言う通りかもしれないね」


真雪はどこか吹っ切れたように、小さく笑った。


――英翔。頼むからさ。

こんないい女の子を泣かせるようなことだけは、するなよ。


 

 ◇


夜、疲れ切った身体を引きずって家に帰ると、若葉がソファにぐったり倒れ込んでいた。

まるで空気の抜けた風船みたいだ。


「生きてるかー?」


「……お腹空いて、死ぬ……」


「悪い。ピザ買ってきたけど食うか?」


「ピ――ピザ!?」


「まぁ、一応お詫びってことで」


そう言いながら、妹が夢中でピザを頬張る姿を見ていると、自然と笑みがこぼれた。


食べ終わった若葉は幸せそうな顔でソファに寄りかかり、そのまま俺の膝の上に足を乗せて、ぶらぶらと揺らしている。


「お兄ちゃ~ん、足マッサージして~」


「はいはい」


「優しくね~?」


俺は若葉の足を両手でそっと包み込む。


指先に触れた瞬間、驚くほど柔らかかった。

女の子特有のすべすべした肌が、掌に吸い付くみたいに触れてくる。


「んっ……」


若葉の小さな声が漏れる。


細い足首を軽く支えながら、親指で足裏をゆっくり押していく。

ぷに、と柔らかく沈む感触が返ってきて、押し込むたびに白い指先がぴくりと動いた。


「そこ……気持ちいい……」


長い指を一本ずつ軽く揉みほぐしていくと、若葉はくすぐったそうに脚を揺らす。

小さな足指がきゅっと丸まり、力が抜けるようにまた開いた。


俺はそのまま土踏まずをなぞるように指を滑らせる。


「ぁっ……♡」


若葉の身体が小さく震えた。


温かい。

風呂上がりなのか、足先までほんのり熱を帯びていて、触れているだけでじんわり体温が伝わってくる。


踵を支えながら、今度はふくらはぎへ手を滑らせた。


白く細い脚。

だけど思ったより柔らかくて、軽く押すだけで肌がゆっくり沈み込む。


「んぅ……お兄ちゃん上手……」


若葉は力の抜けた声を漏らしながら、ソファの上でぐったり身体を預けていた。


俺が下からふくらはぎを持ち上げると、脚のラインがすっと伸びる。

滑らかな肌に部屋の照明が反射して、妙に白さが際立って見えた。


「そこ、もうちょっと……」


言われた通り、指先で優しく揉み込む。


すると若葉は気持ち良さそうに吐息を漏らし、足先をぴくぴく震わせた。


「ぁっ……んぅ……気持ちいぃ~……だめぇ、そこ……ぁっ♡」


「変な声出すな」


「はぁ~い」

しばらくして、俺はふと思い出したように口を開く。


「そういや乾照白緒のことだけどさ。もう少し詳しく教えてくれないか?」


「どの辺?」


「人間関係とか、成績とか、趣味とか」


「んー……私もそんな詳しくは知らないけど、たしか今まで三人くらいと付き合ってたかな。同級生二人と、下級生一人。でもどれも一、二か月くらいですぐ別れてた気がする」


「部活とかは?」


「入ってないよ。でも勉強はめちゃくちゃできる。だいたい学年五位以内は安定って感じ」


「そりゃお前も頑張らないとな。自慢の妹なんだから、負けるわけにはいかないだろ?」


「はいはい。じゃあもっと甘やかしてエネルギー補給させてくれたら、限界突破できるかもね~」


「悪い噂とかは? そういうの聞いたことないのか」


「んー……記憶にはないかなぁ。だってあれだけ人気だし、毎日のように告白されてる感じだったから。なんていうか、“完璧”ってイメージ?」


――完璧、か。


そんな人間、本当に存在するんだろうか。


いや、あり得ない。

そんなもの、いるわけがない。


だとしたらきっと、まだ何かある。

乾照白緒には――誰にも見せていない秘密が。

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