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ベンチャーNo.2の瀬川さんは、Z世代がわからない  作者: ru
1.パワハラ上司の憂鬱

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8/32

8.


 翌日。


 いつも通り8:00に出勤する。まだ誰もいない。


 一晩放置された紙コップのコーヒーを処分し、気の抜けるようなデザインの包み紙を剥いて、きなこもちチョコを口の中に放り込んだ。こんなものが机の上にあるのを見られたくない。しかし食べ物を捨てる事もできない。


 黒蜜の香りのする甘ったるいチョコレートは、中に餅のようなものが入っていて、意外と美味かった。


 昨日は強く当たりすぎたかもしれない。コーヒーにチョコレート。やりすぎだとは思うが、僕の身体を心配してくれたのは確かだろう。


 少し良い気分で、パソコンを袖机のキャビネットから取り出し開く。勝手にSlackが立ち上がる。全社宛にメンションを付けられたメッセージを見て思わず眼鏡を押さえた。


『おはようございます、経営管理部、瀬川さんの専属秘書、高城です☆ 今日は瀬川さんは体調不良なので、急ぎの要件があったら高城までお願いします』


 まだ高城は出勤していない。7:00ぴったりに投稿されていたところを見ると、昨夜のうちに予約したのだろう。


「体調不良とはなんだ……」


 帰宅は深夜だったが、睡眠時間はいつも通りだ。家で画面を見なかったからか、いつもよりスッキリしているくらいだった。


 結局、9時までに昨日の積み残しは終わった。背中を伸ばすと、ちょうど高城が出勤したところだった。目が合うと少し頭を下げて、何ごともなかったように経管の席にリュックを下ろした。


 高城は契約上は開発部なので、フレックスが適用されているから、コアタイムの11時までに出勤すれば問題はない。だが、経管に席ができてからは、「朝弱いんすよね」と言いながらも9時ギリギリには出勤してくる。


「瀬川さん早いっすね」


「いつも通りだ。体調は悪くない。slackの投稿消しとけよ」


「いいじゃないすか」椅子ごと近づいてきて、小さな声で言う。「これで今日は少しサボっても平気ですよ」


 なんだそれは。悪魔のささやきのつもりか?


 睨みつければ、にやにやしながらぺこりと頭を下げて、茶色い頭はパーテーションに隠れた。


「瀬川さん、ちょっと聞きたいんですけど。これ見てもらえます?」


 PCから顔も上げずに、そう声だけ掛けられる。チャットに送られてきたURLを見ると、『育児介護休業法2024年10月改正!対応はお済ですか?』と、書かれたブログだった。


「こういうのって経管でやるんですか?」


「そのあたりは花田の仕事だ」


「そうなんすか。花田さーん」


「え! は、はい!?」


「これってもう終わってますか?」


「え、そ、それは、私何も言われてないし……」


 もごもごと口籠る花田に、胸の奥に苛立ちが生まれる。


 経営管理部は僕を除いて花田、鈴木の二人だ。鈴木は週2〜3回しか来ない。経営管理と名前は立派だが、経営が僕、管理が花田。


 僕は上長として、管理の仕事の決済や確認はしているが、法改正の確認とその対応は当然花田の仕事だ。4月の時にも同じようなことがあった。新入社員の労働条件通知書を、入社日の朝に慌てて差し替えた。


 花田は仕事が多すぎると周囲に不満を漏らしているようだが、30人も居ない会社の事務など、一人で十分だろう。給与計算にしろ経理にしろ、システムを導入している。勤怠や経費の申請を確認して、システムを回せば登録される。


 僕がやれば1日2時間もかからないことしかやってないのに、なぜ言われるまでルーチン以外の仕事をしないのか。


「花田、労務は君の仕事の範囲だろう。気づかなかったのか?」


「い、いえ、ニュースレターで知ってはいましたけど」


「じゃあ、何でやらなかった?」


「忙しくて……佐藤さんの離職もあったし……」


「忙しいのは理由にならない。法改正対応は後回しにしていい仕事じゃないだろう。できないならせめて、早めに僕に相談するべきだった。違うか?」


「……すみません」


「謝罪を求めているんじゃない。何が未対応で、いつまでにやるつもりだったのか聞いている」


 花田は口を開きかけたが、そのままうつむいた。このまま黙り込んでしまうのだろう。こういうのは、いつも困る。


「あー、なんかすみません、花田さん、今からやるとこだったんですかね」


 その沈黙を破ったのは、高城の軽い声だった。


「もしまだ手つけてないなら、俺やっちゃってもいいですか?」


「は?」「え?」


 僕と花田は同時に高城を見た。


「何で君がやる」


「や、マタハラとかって、ハラスメントの研修に入れないとなんで。ついでに」


 高城は花田のほうを向く。


「花田さん、わかんないとこあったら後で教えてください」


「え、あ、はい……」


「瀬川さん、これ今日中に流れまとめますんで。見てもらえます?」


 勝手に話を進めるな、と言いかけて、やめた。


 花田はもう半分固まっている。以前からこんなことは何度もあった。やるべき事をやらず、それに対して改善策もださず、僕が根負けして巻き取るのだ。


「……17時」


「了解です」


 花田は、僕と高城を交互に見て、静かに立ち去るように、席に座った。もう他人事のようだった。


 仕事を人に押し付けておいてその態度はなんだ。


 胸の辺りが苛々としたが、これ以上言ったところでどうにもならない。


「ハァ」


 ため息をついて、気持ちを切り替える。


 僕には彼女が何を感じ、どう考えているのか、まったく分からなかった。


 高城はあっという間に巻き取った仕事を終えた。その日の16時にはこれからやる事がまとまっていたし、翌日の昼には湊に確認書類が回り、15時にはイントラネットで法改正情報と更新した規程が公開されていた。


「鈴木さん、これ、労基署に郵送しておいてもらえます?」


「はーい」


 高城から書類を受け取った鈴木がいそいそと郵送処理を始める。


 花田は先輩面で、管轄の労基署の住所を教えていた。


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