5.
「わかりました、やってみます」
伝えると、高城は平然とそう言って、翌日には数案持ってきた。チームビルディング、個人情報保護、ハラスメント、どれも必要そうだが、やらなくても日常は回るものばかりだった。
とりあえずハラスメント研修でもやってみろと言うと、不思議そうな顔をした。
「え、いいんすか? 瀬川さんの悪口になっちゃいません?」
「は? 僕がいつハラスメントした?」
「ほら、今。この圧がいけないんですって」
「圧は要件に入ってない。良く調べておけ」
「えー、はーい」
間延びした返事をすると、素直に資料を探し始めた。
「変なブログではなくて、きちんと厚労省のサイトを確認しろ」
そうアドバイスして、僕も僕の仕事に戻る。
「厚労省すげえ。動画まである」
弾んだつぶやきが聞こえてきた。つかみどころのない奴だが、やる気は本当にあるようだった。
会社は雑居ビルの2フロア。開発とそれ以外に分かれている。経営管理部以外はフリーアドレスだ。高城は常にここにいる必要はないのだが、固定デスクが気に入ったのか、僕の隣の席から離れない。結果、他部署からの訪問が増えた。
煩わしい。Slackでやり取りしろよ。
最初はそう思っていたが、あまり話さない社員の話が耳に入ってくるのは良い情報収集になった。
それが分かっているのか、高城はたまに、「ねえ、瀬川さん、これ、いいっすよね」と、話をふってくる。
最初は、具体的な話なら聞いて、その場で検討していた。しかし調子に乗って、「決済者が隣にいるって便利」と言い出したので、ムカついて、稟議システムを構築してやった。
「ベンチャーはスピードが命じゃないですかあ」
「うるさい、書面で上げろ!」
そう言うと「文系管理職なのに〜ノーコードで〜ツール作っちゃう〜俺」とか歌い出して、手が出そうになった。いけない。さすがに殴るのはいけないぞ。
それでも、若い連中は適応が速い。稟議を上げる前に高城に相談してくるやつも出てきた。
どうしたら厳しい瀬川チェックが通るか、などと、人の前で堂々と作戦会議をしている。
あの会議の数日後、戸田が高城に頭を下げているのを見かけた。
「この間はホント助かったよ。ありがとう」
「いや、俺はまとめただけです。戸田さんが全体把握してたからできたんで」
「高城君がいてくれてよかった。瀬川さんにはさ、ちょっと言いにくくて」
「そうですか。じゃあよかったです」
それを見て少しむかついた。「瀬川さんが損をしている」と言っていたじゃないか。そう考えて、慌てて首を振った。僕は何を甘ったれたことを。
『そうですか』には、戸田への同情も見えなかった。それはそれで釈然としない。あいつはどっちの味方なんだ。
──考えるまでもないか。
僕は踵を返した。
自分が嫌われていることくらい、知っている。
会社を回しているのは僕だ。その自覚はある。社長は……湊は天才肌で、プロダクトのことしか頭にない。独立するときに僕を巻き込んだ。関係は、小学校からの幼馴染。
あいつは昔からそうだ。「いい事思いついた!」と言って、周りを巻き込む。しかし、やりたい事は明確なのに、実行するための泥臭い事はどうも見えないらしい。だからそのあたりは僕がやる事になるのだ。僕には「いい事を思いつく能力」がないから、その役に不満はないのだが。
だから皆、僕に従ってもらわないと困る。なのに従わない。平気で出来ないという。
そんなことはないだろう。僕にでもできるようなことしか頼んでない。皆本当は、『できない』のではない、『やらない』だけだ。




