31.
仕様変更の件はペンディングになり、結果的に有耶無耶になった。一週間経ち、高城が原さんに探りをいれたが、その話はなかった事になっていた。
着信のバイブレーション。スマホを見ると、『緒方さん』と表示されていた。
無視するか……?
一瞬目を背けそうになったが向き合うことにする。かけ直すのも嫌だ。
「はい」
『あ、瀬川君?』
その声色を読む。怒ってはいない。不機嫌でもない。という事は、まだ緒方さんに何かがあったわけではないのか? 少なくとも、不正を、僕たちが気づき、報告したと確信してはいない。
瀬川君、と呼ぶ声に少し距離を感じる。なにか押し切りたいわけではない。言っておきたいことでもあるのか。なんだ、僕が不正をチクったりしてないか、探りでも入れに来たのか?
……まあ、もう遅いわけだけど。
『この前の話しなんだけどさ、上に紹介してあげるっていう件』
ああ、その話か。一番上、というのは立木部長だったのだろうか。なんとなく違う気がする。例の役員だろうか。僕と緒方さんのつながりを知られても大丈夫だろうか?
……でも、この前僕は紹介してほしいと言った。
「ああ、はい! ありがとうございます! いつになりますか? 私は今からでも大丈夫ですよ」
食い気味に、テンションを少し上げて答える。
あそこから緒方さんの状況が変わっていないならば、余計な事は言わない方が良い。とりあえず、何も知らないふりをすることにして様子を見よう。
『うん、それなんだけどね、実は僕、別の現場も見ることになってさ。そっちがメインになるから少し忙しくなりそうなんだよね』
……成程。もう、沙汰が下ったのか。速いな。
現場を離れる、という話を僕にできるということは、事件にはならなかったのだろう。それで担当替え? それとも懲戒か何か食らったが、僕には隠している? ……どちらにしろ、目の前から消えてくれるか。
でも、わざわざ無難な理由を伝えてくるということは、僕を敵に回さないことにしたのだろう。ならば、僕もスルーしておこう。
「え! そうなんですか。さすが緒方さん、こんなデカい現場いくつもやるなんて、凄いですね」
『凄くないよー。いいように使われて大変なだけ』
「はは、ご謙遜を」
脳内の高城が、つまらなそうに「あー、そうなんすか」と言った。
『ま、これが終わったら僕も本格的に動くからさ。また声かける。電話番号、変えるなよ』
「はい、その時にまた、お話しさせてください」
終わり際の挨拶もなしに終話した。
電話番号、変えるな、か。
スマホの履歴に残る『緒方さん』の文字。ブロック設定をしてみたが、すぐに解除した。……僕の知らないところで何かが起きる方が怖い。
+
しかし。
その後、緒方さんとサシで飲む方が、まだ楽かもしれないな……と、僕は思うことになる。
+
料亭の入り口で、僕は足を止めた。
万博はあと2週間、もうシステムはスタートしている。しかし、思いもよらないエラーへの対応で、チームが現場を離れるのはもう少し先になりそうだった。
そんな中、僕は一人、立木部長に呼び出されていた。しかも社外での会食。もう胃が痛い。
このような場は、それこそ下っ端のふるまいしか経験がない。会議室以外での話し合いで、大枠の流れを決めてから会議に臨む。そういう文化も経験はした。
しかし、その時は机の上の酒や料理の進み具合を見て、下座で待機して何があればすぐ動く、そんな役割だった。その話し合いに参加したことはなかった。
「ああ、待ってたよ」
「お待たせして申し訳ございません」
「いいんだ、前の予定が早く終わってね。30分前には来てたから」
案内された個室には、先に立木部長が座っていた。床の間の前で紳士がパソコンを開いているのは、何だか違和感がある。
「最近はどこでも仕事できるから、いい世の中だね」
そう言いながらパソコンをしまい、「瀬川君、今日は来てくれてありがとう」と、徳利をこちらに向けた。
「酔っぱらう前に聞いておくよ、緒方君とは知り合いなの?」




