29.
「大体洗い出したと思う」
水増しの痕跡が、いくつも見つかった。現場にはいくつもの関係者が入り、権限も細かく分けられている。外部からわかる方法はなかった。
僕は「緒方さんならやるはず」というマイナス方面の厚い信頼で、ピンポイントでやりそうなことを探した。そして、原さんが高城にかなり甘く、僕と湊と池上、全員をサポートできるように権限を設定してくれていたこともあって、見つけられたことだった。
しかし
「さすが緒方さんだ。ハッキリした証拠はない」
人員の水増しは、聞いた事もないIT会社に金が流れていたが、現場ではなく切り離したものを外注で作業している、という可能性もあった。深く調べて、もしそれが架空の取引だったとしても、ただのミスで終わりそうだった。
外部の僕たちが告発することはできそうになかった。したとしても、権限を無視して現場を混乱させた、という事にしかならない。
「という事で、僕はスパイに行ってくる」
「いやいやいやいや! その流れはおかしいだろ、瀬川!」
湊には隠し事が出来ない。本当にどんな勘をしているのだろう。今回もこっそり動こうとしたところで捕まった。
「だって、お前がまた、えーと、……メンタル病んだら、俺やだよ」
言葉を探して見つからなかったのか、ダイレクトに言われる。
「大丈夫だって」
緒方さんの圧や、雑な扱いには慣れている。厳しさが指導の域を超えていたとしても僕は耐えられる。それは本当だ。
悪事の片棒を担ぐのは、そうと分かっていて作戦でやるなら大丈夫だろう。罪悪感と疑問を抱え、自分の意思に反しながらやったからつらかったのだ。
「僕が仲間になれば、とりあえず今回の仕様変更はなくなる。それに、僕が不正を指示された証拠は必ず押さえる」
「そんなに簡単にいくかなあ……」
「大丈夫だ。緒方さんにとって僕は都合がいい手下だ。舐められてるから、ボロも出すだろ」
「そうじゃなくて……」
湊は嫌そうだ。でも他に打開策も思いつかない。
それに僕はひそかに、緒方さんと戦えることに興奮していた。
真正面から戦って勝てば、苦手意識もなくなるだろう。悪夢を見る頻度も少しは減るかもしれない。
+
だがその野望は、珍しく自らスーツを着て、前髪を上げた高城に、見事に打ち砕かれたのだった。
「あ、瀬川さん、緊急会議ですって」
連れていかれたのは応接室。一面は窓になっていて、眼下にビル群と青空が見える。空に浮かんだような部屋だ。ローテーブルにソファセット。観葉植物もあって重厚な部屋だがさわやかさがある。
いつもと雰囲気の違う場所には、原さんの他に、もう一人。
プロジェクトスタートの時に挨拶させていただいた、事業責任者の立木部長がいた。高城は初対面だったようで、原さんに紹介してもらって名刺交換をしている。前よりはスムーズだなと見守っていたら、僕のほうに目くばせした。(これが、瀬川さんの言ってた、バブル期のモテおやじですね!)と、内なる声が聞こえた。……無視。
いやしかし、実際に大変おモテになりそうだ。
口元のしわすらどこか上品で、セットされたグレーの髪もスーツも、洗練されている。僕たちが少年時代に思っていた「成功した大人」がそこにいた。緒方さんとは格が違う。いや、緒方さんもあと10年したらこうなるのだろうか……うーん、難しいかな。
「原から、少し気になる事を聞きまして」
原さんは小さな目を瞬かせている。
「例のシステムの改修の件ですが、なにか難しいですかね」
「はい。スタート日はもう目前です。今からの変更は、対応できかねます」
立木部長を前に、自然と背筋が伸び、肩に力が入る。
ここで曖昧なことは言えない。どうなってしまっても、断るしかない。今後の取引が続くかは、僕の頑張り次第、というところだろう。
「なにか、要望はありますか。こうすれば、出来る、という意見があればお聞きしたい」
まさか、湊と池上を分裂させて10人に増やせともいえない。今更、新しい人間が入ったところで、混乱を招くだけだ。人さえいれば良いものではない。
どう断ろうかと息をのんだ時。
空気を読まないぬりかべのような声が、となりから流れたのだ。




