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ベンチャーNo.2の瀬川さんは、Z世代がわからない  作者: ru
2.社会見学

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24/32

24.


 大阪から戻ってきた湊は、休め休めと煩い。


 早朝の現場の会議室で僕の作業を邪魔してくる。月末だ。午後からは会社に戻って作業しなければならない。


「瀬川、ホント休め!? 高城くんもいるんだし、休めるだろ!? なあ、無理すんな!?」


「ええい、うるさい、無理はしてない!」


 湊の頭の中は単純で、


 瀬川は緒方さんが苦手


 →会ったら病む →だから会わせてはいけない →会ってしまった! →休ませなければ!


 で、ある。


 湊は、僕の前職の退職理由を、緒方さんのパワハラだと思っている。


 実際にはそんなに単純ではない。キツい指導だけだったら僕は乗り切れた。あの時、僕のミスとされた書類は、緒方さんの指示だった。つまり不正だ。


 僕はそれに加担してしまった自分が許せなかった。


 もう7年前だ。告発できなかった自分にもがっかりした。緒方さんにはもちろんなにも言えなかったし、会社に相談しようにも証拠がなかった。


 休んだところで思い出すだけだ。仕事をしていた方が気が紛れる。


「お前が倒れたら、俺、どうしたら良いんだよー」


「倒れないから! 安心しろ!」


「今から休めー」


「ならば君が、月末の請求処理を、僕に代わって、間違いなく、できるか?」


「……も、もうすこし頑張って?」


「ぶはっ」


 弱々しい発言につい吹き出す。それを見て元気になったと思ったのか、湊もほっとした顔で笑った。


「……心配するな。それに収穫もあった」


 湊には伝えておくべきだと思うことがある。


「え?」


「……緒方さんみたいな人から見て、ウチがどう見えているか」


 僕のことなどはどうでもいい。緒方さんは企業の評価についてはかなり正しい目を持っている。ご自分に対しての評価は、少々過大だとおもうが。


「うん」


 湊は真剣な顔になる。


「このあたりで頭打ちだろうと。上場できるほどではない、すぐに潰れもしないが、大きく跳ねもしない。緒方さんは、湊がM&Aするのではないかと予想していた」


「……そんなつもりないんだけどねえ」


 湊はしょんぼりしたように机に突っ伏した。


 その様子では、湊の元にはM&Aの話も来ているのかもしれない。それは、ちゃんとビジネスとして評価されているという事で、凹むところではない。でも湊の顔は浮かない。


「最近、勢いないのは分かってる。社員も、やる気あるの一部だし。……仲間になる前に辞めちゃうよねー」


 古参の社員は、ここまで作り上げてきたという自負がある。だが、ある程度安定してから入ってきた社員は、キラキラのベンチャーではなく、ただの零細企業であることにがっかりする。


 どうにかしないといけない、とは思う。しかし、どう教えたらいいかわからないというのが本音だ。創業メンバーでまともな職歴があるのは僕しかいないし、僕だって優しい業界ではなかったから、教え方がわからない。


 そしてたまに、高城みたいな、期待を超えてくるやつが現れる。だからやはり、個人の問題も大きいと思ってしまう。そうして、教育体制を整えるのが後回しになる。


「……どうしたらいいのかなあ」


 人材の他にも、課題は色々ある。調子のいいサービスはあるが、それに何かあったら終わりだ。新規事業でも取引先の開拓でも、売上につながるものは、まだまだ足りない。


 資金繰り。ベンチャーキャピタルも以前より感触がよくない。おそらく緒方さんと同じことを考えているのだろう。追加で投資しても、儲けは期待できないと。


 細かい数字やバランスは僕でも考えられる。しかし……


「湊はどうしたいんだよ」


 僕の声は、自分で思ったよりも優しかった。


「君が始めたんだ。この会社をどうするか決めるのは君だよ」


 実務は任せろ、でも、旗は振ってくれ。


 一緒にやろうぜと言われた時の事を思い出す。


 まとまってないビジョン、やりたい事が多すぎる事業計画。でも、湊なら何とかできそうな、そんな気がしたのだ。


 湊は机に突っ伏したまま僕の顔を見て、しばらくぽかんと口を開けていた。そしてゆっくり、パチ、パチと瞬きする。


「あー、そうか」


 身を起こした湊は窓に目をやる。


 ビジネス街の、高層階からの景色。隣のビルの窓がExcelのセルのように並んでいる。ブラインドの隙間から見える、洗練されたオフィスのかっこいい大人たち。それから見渡す限り続くビルの群。


 今、雑居ビルに住んでいる僕たちは、5年前、アパートの一室で、こういうところに住む夢を確かに見ていた。


「……そうだね」


 かすれた声で湊はつぶやいた。


 しばらく部屋には、僕のキーボードの音だけが響いていた。


 +


「はよーざいます。あれ、お二人揃ってんの珍しっすね」


 高城が入ってきたので僕は少し居住まいを正した。湊も切り替えて、いつもの能天気な明るい顔になった。


「高城君おはよう。この前はありがとな。なんかあの人、無駄に怖くない? 高城君は大丈夫だった?」


「……湊さん、その話、聞きました?」


「え?」


 高城の声が少し低くなった。いつもと違う雰囲気に湊も顔を上げた。


「していいっすか? 瀬川さん」


「……」


「え、何? 何かあったの?」


 高城が拗ねたように睨む。あれか? 引き抜きの話か? まさか疑っているのか? 狼狽する僕に、湊は好奇心に満ちた目を向ける。


 二人の視線に負けた。


「……緒方さん、独立するんだと。それで僕に引き抜きの話があった。馬鹿馬鹿しい話だ。それだけ」


「えええ!?」


 内緒にしろとは言われたが、あの様子では多分あちこちで言っているだろう。


「いや、まじなんなんすかあの人。俺ガチで瀬川さん口説かれてんのかと思って。雰囲気ありありのバーで、二人きりでさあ。俺、どこで入ろうかと……」


「はあ!? 君、もっと前からいたのかよ! 早く入ってこいよ!」


 どこから見てたんだ!?まさか……


「や、なんかあの人、すっげー勢いで喋ってたから、割って入ったらまた怒られるかと思って」


 よかった。その前のみっともない姿は見られていないようだ。


「手握られて嫌そうだったんで、あ、これ合意じゃねえわって思って」


「えっ? えっ?」


「やめろ! その言い方は誤解を招く!」


 湊の目が興味でキラッキラしている。だが、これ以上話せることはない。


 僕は咳払いをして流れを切った。


「一応、僕が喋ったのがバレたら面倒臭い。知らなかった事にしてくれ」


「うん。わかった。……そうか、だからあんなに連絡先知りたがってたのか」


 湊はソワソワしながらも素直に頷く。


 ……まさか、妙な誤解をしていないだろうな……


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