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ベンチャーNo.2の瀬川さんは、Z世代がわからない  作者: ru
2.社会見学

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21.


「瀬川さん、Slackに来てる備品の発注の承認、急ぎでお願いしていいすか」


「え? ああ、見落としてた」


 発注サイトを立ち上げて承認ボタンを押す。ほかにもいくつか見落としていた事に気づき、慌ててさかのぼる。僕らしくないミスだった。


「備品の承認まで瀬川さん通す必要あります?」


「昔、トイレットペーパー1000個来たことがあってな。それから最終確認してる」


「マジすか、ウケる」


 雑談しながら対応していると、高城の声が少し低くなった。


「……さっきはすみません。俺、断るの思いつかなくて」


「君が謝る事じゃないだろ」


 あの目を思い出すと頭が重くなる。あの声は僕を容赦なくあの頃に引き戻す。でもそろそろ、本当に克服しなければならない。この仕事をしている限り、上手く行けば行くほどあの人と遭遇する機会は増えるだろう。


「空気読めない新人みたいな感じで、ガッと、殴っちゃえばよかったですかね?」


「なんでだよ、出禁になるぞ。今までの仕事がパーだ」


「だって、なんか……」


「あの人は凄いんだよ。本当に。……敵には回せない。絶対変なことは言うなよ」


 あの人は湊を気に入っている。新規の商談の時に、緒方さんから聞いたと言われることも多い。だからもしも嫌われたら……その反動は恐ろしい。


「今日、俺も行きますからね」


「は、余計な気を回すな。僕の仕事が増えるだろうが」


 1対1なら僕さえ我慢すればいいが、高城をフォローしつつうまく切り抜ける自信がない。


「社長命令でーす」


 高城はパソコンの画面をこちらに向けた。slackのDM。


『いざとなったら、空気読めない振りして、殴ってヨシ』


「……意味が分からん」


 ヨシじゃないだろ。誰のためにやってると思ってるんだ。


 脱力して頭を抱えた僕に、高城がははっと笑った。


「湊さん、まじ瀬川さんのこと好きですよね~」


 +


「ええ~連れてきちゃったの? 相変わらず空気読めないねえ、お前」


 指定された店に行くと、カウンターの端に腰掛けた緒方さんは早速、片眉を上げた。


「お邪魔しちゃってすみません。私が、無理言って同行させてもらったんです。いやあ、さすが良いお店をご存じですね。こういうところ初めて来ました」


 僕が何か言う前に、高城がきょろきょろしながら突っ込んでいった。本当に恐れ知らずだな。


「コンサルの仕事、興味があって。どんなお仕事なんですか?」


「ストップストップ、僕は今日はね、瀬川君と飲みたいの。いてもいいけど、君はそっち。おい瀬川、ちゃんと教育しとけよ」


「はは、すみません」


 まずい、呼び捨てになった。首筋がヒヤリとする。僕の中に眠っていた『緒方さん機嫌センサー』が動き出したのだ。


 多分これで緒方さんの中で高城の評価は下がった。空気の読めない低能。もう隣で大人しくさせておくしかない。


 高城を押しのけて緒方さんの隣に座る。高城に顎で僕の隣に座るように示して見せた。メニューを見ずに「同じものを二つ」とバーテンダーに頼む。幾分か緒方さんの機嫌が戻ったのを感じる。


「ホント驚いたよ、まさか辞めちゃうなんてさあ」


「その節は、お世話になりまして」


「そうだよ、謹慎で済ませてくれって、根回ししてさあ。何とか通りそうだったのに」


 辞めた……いや、復帰できなかった本当の理由の当人は、表向きの理由を信じているらしい。ちがうな、信じているふりをしているのか。


 多分僕と飲みたかったというのは、僕が余計なことを言わないように念押しするためだろう。


「すみません、尽力していただいたのに。勝手ながら、他の事にチャレンジしたくなって。若気の至りです」


 すまなそうな顔で謝って、自己都合の退職だったと強調する。僕が湊の道の邪魔になるのは、絶対に嫌だ。


「へえ、他の事って?」


「税理士事務所を開業しました。でも全然ダメで。湊から声をかけてもらいまして、今はこの通り、零細企業で事務をやっております」


 実際は少し違う。開業は家族に状況を知られたくなかったから、持っている資格で体裁を整えただけだった。会計士資格で税理士登録するには時間がかかる。開業準備に半年ちょっと、登録してすぐに湊に声をかけられたから、実際には営業していない。


 それでも、独立したいとか、キャリアアップとか。そういうのは表向きの本音の理由として優秀だ。

 緒方さんはグラスを揺らして、にこりと笑った。意図は通じたようだ。


「でも、あの湊君と組むなんて、お前本当に運がいいんだね。どこで知り合ったの」


「小学校から一緒なんです、そのまま高校まで」


「あー、そうだった、湊君から聞いたわ。そういうの、ほんと大事にしなよ」


「はい」


「なんかないの? 面白い話」


「そうですね……」


 よし、ご機嫌が戻ったぞ。このままやり過ごせば、乗り切れるだろう。


 当たり障りのない話をしながら、ヒリヒリするような時間を過ごす。高城は空気を読んで隣にただ座っていた。でも僕は、その存在感に随分と助けられた。……高城が受けた命は、『いざとなったら殴ってヨシ』だ。殴らせるわけにはいかない。


 しかし。


「あ!」


 1時間くらいたったころだろうか。話の切れ目に、緒方さんはわざとらしく胸ポケットを叩いた。


「タバコ忘れちゃったよー。最近控えてたんだけど、瀬川君といると懐かしくて、つい吸いたくなっちゃうね」


 1000円札を出して高城に突き出す。


「駅の向こうに、タバコ屋さんがあるから、買ってきて。コンビニじゃ売ってないんだよね」


「え?」


中南海チュンナンハイっていうやつね。どっかでみたんだよなー、北口だったか、東口だったか」


 高城はそんな扱いされたことはないだろう。今まで完全に無視されていたのに、突然のパシリだ。ぽかんとした顔をしていた。


 しかし、僕が行くというのもおかしい。どう見ても、緒方さんは高城を追い出したいのだ。


 覚悟を決めて、手を払うようにして行くように命じる。


 高城は心配そうに出て行った。


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