20.
「ホントだよー、偉くなったねえ。あの瀬川君が」
「はは、湊のおかげです」
「そうだねー、湊君、去年ビジネスカンファレンスで登壇してたじゃない、いやー、若いのにさすがだよねー」
「見てくださったんですか? 恐れ入ります」
「ううん、聞いただけ。僕あーいうとこ苦手なんだよね、人多くて」
「はは」
一方的に話したら帰るはずだ。そう思って笑顔で相槌を打つ。早く去れ、早く去れと念じながら、そう思っていると悟られないように表情をキープしていると、ちょんちょんと高城が腕を引いた。
「あの、瀬川さん、そろそろ時間が」
「ああ、」
高城は、何かを感じて、助け舟を出したつもりだったのだろう。それは、だいたいの場合、正解だと思う。普通なら、次があるから失礼しますは、何も問題ない。
「なに? この子瀬川君の後輩? イケメンじゃん。K-pop系っつうの? 紹介してよ」
やっぱり。
緒方さんは片眉を上げて、チラッと僕を睨んだ。その目は、「話の途中に割って入るなんてお前どう言う教育してんの?」と、語っていた。
ちなみに、高城はK-pop系ではないが、今の僕には高城の名誉を気にしてる余裕はなかった。
「はい、私の部下の高城です。高城、こちらは緒方さん。コンサ……」
「高城君ね。よろしく。僕は瀬川君とは前職が一緒でね。ああ、ちょうど君くらいの時、面倒見てたんだよ」
緒方さんは、高城が慌てて差し出した名刺を片手でつまむようにとって、裏表を面白そうに見る。
緒方さんは元ラガーマンで、背も高くガタイも良い。高城も背はそう変わらないはずだが、雰囲気で、細く小さく見えた。
「ベンチャーの名刺って、なんかいいよね、自由って感じで。お前のもあるの? ちょうだい」
僕が部下だった頃に一瞬で空気が戻る。僕は声に操られたように名刺を出した。僕の名が書かれた黄色が基調の派手な名刺。
「うわ、ははっ 瀬川君ににあわないねー! もっと固いほうが、お前っぽいよね」
かあっと体が熱くなった。恥ずかしい。……いや、違う、僕は怒るべきだ。これは湊が用意してくれた僕のものなのだから、何も恥ずかしいことはない。
「緒方さんのも、いただけませんか」
高城が、その空気を破るような、普通の声で言った。
「ああ、そうだね。ごめんごめん」
「頂戴します。……さすが、センス良いですね、なんか、信頼感があります」
「あっはは、大げさに褒めるねえ。こんなの普通でしょ、あ、でもねえ、ロゴの加工は凝ってるんだよ、ほらこうしてみると」
「へえ、すごい。浮いて見えます。紙も和紙っぽくて高級感ありますね」
「これはねえ、エグゼクティブマネージャー以上はこの紙なんだよ」
「そうなんですか。カッコイイですね」
緒方さんは高城を相手に、気持ちよさそうにひとしきり喋ると、満足したのか手を振って「じゃあね」と、踵を返した。
颯爽と去っていく大きな背中を見て、僕はほっとした。
助かった。高城に礼を言わなければ。そう思ったとき。
「ああそうだ、本題本題。忘れるとこだったよー」
くるりと向き直った緒方さんと、目が合った。にこやかな表情なのに、全く笑っていない目。鋭くて、弾丸のような目だ。それを正面から受けてしまう。
「瀬川君探してたのはさあ、飲み行こうって言いたくて。ずっと誘いたかったんだけど、湊君、瀬川君の連絡先教えてくれないんだもん」
「……は」
「今日行ける? 駅前にいいバーがあるんだよ」
僕は、それを上手く断れなかった。




