18.
高城は目をすがめるように細めて手を組んで口を覆った。いつもはポンポンと言葉を放つくせに、何やら考え込んでいるようだった。
「うーん、常識」
常識、常識、と、口の中で転がすように呟く。それが引っかかっているようだ。
「違うんじゃないすかね。それは、瀬川さんの経験から生まれた、瀬川流仕事術なんですよ。きっと」
そう言うと、自分で納得したように頷いた。
「湊さんがどこでもチームをまとめちゃうのと一緒で、どこでも誰にでもすぐ信頼されるっつーか」
「……」
それを聞いて、不覚にも、胸の奥がジンと熱くなった。
僕には才能が無い。だから相手に気に入られるしか、信頼される方法はない。そのために、当たり前のことを当たり前に、確実に、やっているだけだ。褒められるような、特別な事ではない。
でも、その高城の言葉は、僕の胸を確かに打った。
「経験」か。
新卒で入った監査法人。激務と周りのレベルの高さ。誰もかれもが上を目指し、取り残されれば落ちていく。同じ組織の仲間も敵だった。その中で才能のない僕が必死で足掻いていた時間……
思い出すだけで頭が痺れたようになる。それが、僕の血肉となっているのだろうか。
ぐわん、と、一瞬思い出さないようにしていた景色が眼裏に甦る。キーボードの上で止まる指は震えていて青白かった。吐き気を飲み込み、モニターしか見えなくなった狭い視界で打ち込んだ、あの数字。
……しかし、それすらも、糧になったと思っても良いだろうか。
才能ある若者が、すげえと言ってくれる程度には。
「……」
「瀬川さん? 落ち込んでます?」
「落ち込んでなどいない」
「なんか、いつもよりしょんぼりしてる」
「してない」
本当に、違った。ただ、どう受け止めていいのか分からなかったのだ。
そうか、僕は、あの時は負け犬だったかもしれないが。……武器は手に入れていたのか。
高城は自分のグラスを空けると、ワインリストではなくドリンクメニューを僕に差し出した。
「何飲みます? そろそろほんとに好きなのでいいじゃないですか。俺、カシスオレンジ」
「……カルアミルク」
つい、目に留まった甘い酒の名前を読む。学生時代以来だ。
「オッケーっす」
馬鹿にするでもなく、意外そうな顔もせず、平然と注文する高城を見て、感心する。
こいつはきっと、そのままで大丈夫なんだろう。素のままで皆に気に入られる。僕と違って。




