17.
「瀬川さんてやっぱすげーっすよ。いなかったらまじでこの会社もうないでしょ」
「僕は誰にでもできることをやってるだけだ。うちは湊がいるから」
何杯か飲んで、研修はなし崩しに終わった。肘をつくな、グラスに気を使え、人が真面目な話と自慢話をしているときは飲み食いするな、スマホはしまっておけ。相手を褒めろ。
そんな細かい話を、高城は素直に聞いてすぐに実践しようとする。
「いや、湊さんもすげーっすけど、前しか見てないじゃないすか。今日、瀬川さんいない時、原さんめちゃくちゃ褒めてましたよ。そちらはバックオフィスがしっかりしてるから安心だって」
原さんは先方の担当者だ。穏やかな方で、たどたどしく挨拶した高城を、早速気にかけてくれていた。息子さんが高城と同い年なのだそうだ。
「……そうか。それは嬉しいな」
「俺もっす」
「なんで君が喜ぶ」
「へへ」
ああ、部下とはこうあるべきだ。きちんと上司を立てて、敬う態度を見せる。
酒もあって、下手糞な世辞すら心地良く感じる。僕も久々にふわふわといい気分だった。
「あー、そうだ、今朝俺、一個だけ瀬川さんにムカついたことあって」
は?
冷水をぶっかけられたようだった。頭が一瞬で冷える。
ムカついた? 上司に向かってムカついたとは何だ!?
とっさに言い返せない僕に、高城はさっきとまったく変わらない態度で、グラスを見ながら続ける。
「『少し考えればわかるだろ』って。やっぱ、あれはいくら考えてもわかんねっすよ」
朝、格好を注意した時か。
言い過ぎたか? いや、だってそれは指導の範囲内だろ。でも、つい、馬鹿と言った気がする。
「一日引っかかってたんですよ。なんで俺わかんなかったのかなって。瀬川さんの説明でそうかもって思って、言う通りにしましたけど。そんでそれは、今は正しかったなって思いますけど。でもやっぱ朝はわかんなかったんすよ」
高城は冷めたポテトフライにケチャップをつけて、口に運ぶ。僕は何も言えず、もぐもぐと動く口元を見ていた。
「俺、就活もしてなくて、 ちゃんとした大人の中に入ったことなかったんすよね。会社の皆も若いし、あんまマナーとか気にしないじゃないすか。湊さんもあんなだし。だからやっぱ、実力があれば何してもいいだろって思ってたところがあって。だからダサくして可愛がられろって意味わかんねーって」
「その割には、素直に従ったじゃないか」
「や、だって、ハゲたおっさんより俺のほうがモテるって、説得力しかないじゃないすか」
瀬川さん言語化ヤバいっすよ、と、高城は笑う。
「いや、今は分かりますよ、原さんだって、俺が似合わねーネクタイ締めて、なんか、頑張ってたから優しかったんだろうし。他の人も良くしてくれましたけど、多分、舐めた態度とってたらなんも教えてくれなかった」
そう言われて、僕はようやく、思い至った。
ああ、そうか。新卒で会社に入社した時のショックを、こいつは今まで受けていないのか。
僕はこいつの経歴を知っているのだから、少し考えればわかる事だった。
「朝は僕の失言だった。……悪かったな」
「え? あ、別に謝ってもらいたかったわけじゃなくて」
「そういうのは、社会の常識だ。すぐに身に付く」
僕にしては、かなり優しい言葉をかけたつもりだったのだが、高城はまだ納得できないというように首を傾げた。




