16.
高城は、意外と役に立った。
失礼な態度は度々とっていたが、僕に言われればすぐになおし、それでも物怖じしない。最初は僕の後ろについていたが、徐々に考えて動くようになった。午後になって、教えてもいないのに自分からドアを開け、先に僕を通した時などは感動した。
それよりも作業のサポートは文句のつけようがなかった。地頭が良いとはこういうことを言うのだろうか。頼んだ作業を、目的を考えて効率よくこなしてゆく。わからないことは自分で推測したうえで、確認する。それが的を射ていることが多く、たびたび感心する。
ここでの僕のミッションは、うちの会社を、ちゃんと取引できる会社に見せることだ。
湊は天才だし、うちの会社の能力は高い。だが、まだ若い会社特有の、勢いだけで回っている感じが抜けない。
だから僕は、細々とした書類……例えば体制図、管理表、変更履歴、議事録、そういうものを書面で整えていく。地味な作業だが、いざという時にそれがどのくらいできているかで信用は変わる。勢いだけのベンチャーとは思わせない。対等な仕事のパートナーとして認識させるのだ。
とはいえ、日々やることは、全体の進捗と課題の把握と整理だ。
適宜報告を受け、足りないところは自分で聞きに行く。
高城はエンジニアたちの言葉が分かるので、現場とのコミュニケーションがスムーズだし、作業も速かった。彼らの言葉を僕にわかるように翻訳してくれるのも助かった。
「こっち、できました」
「ああ」
高城のおかげで、いつもより大分早く終わった。腕時計を見るとまだ八時だった。
よし。
これからも高城は僕のサポートをするだろう。今日一日で、それだけの働きはしてみせた。
となると。朝の研修の続きが必要だ。
「おい。十時まで残業するか、僕と飯に行くか選べ。飯に行った場合は奢ってやる。ただし仕事の話をするが、残業はつかない」
「なんすかそれ、飯に決まってるじゃないですか」
きょとんとした表情が、実に若者らしかった。やはり前髪は上げるべきだ。
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「もっと誘ってくださいよ。俺、普通に上司と飯に行きたいタイプの若者なんですけど」
朝の洒落た格好に戻り、髪を下ろした高城は、少し薄暗いワインバーに腹立たしいほどなじんでいた。
「以前、下につけられたヤツと飲みに行ったら、残業代を申請してきた。それから誘わないようにしている」
「へー。俺の前にもいたんすね」
「ああ、何人か」
「だれすか?」
「もういない、すぐ辞めた」
「もったいない。面白いのに」
高城はメニューを開いて覗き込んだ。
「腹減ったんで、パスタとか頼んでいいすか?」
「こら、今日は研修だといっただろ」
僕はメニューを奪う。
「ええー」
「会食での、下っ端の立ち振る舞いを教えてやる」
「したっぱ」
興味を覚えたのか、机から腕を下ろして、体を窄めた。なんだか、おすわりをした大きな犬のようだった。
これは教えがいがある。
「連れてこられたら、まず店を誉めろ。『さすが、いいお店をご存じですね』だ」
「い、イイオミセヲゴゾンジデスネ」
「よし」
棒読みだが素直な様子に満足する。つぎだ。店員を呼び止め、ワインリストの一番上にあった赤をグラスで頼む。
「あ、俺、ビー」
「私も同じもので、だ」
「わ、ワタシモオナジモノデ」
よし。ご褒美だ。
「パスタも頼んでいいぞ」
「あざす! じゃあこの、蟹とウニの…」
「躊躇せず一番高いのを頼むな! 図々しい!」
「え、じゃあこの」
「一番安いのもダメだ! 奢ってもらう時は相手を立てろ!」
「ええー」
めんどくせー、と、メニューを見直す高城を少し可愛く思う。
好きそうな牛肉とか、鶏肉とか、ポテトフライとかを頼んでおいてやった。




