13.
「瀬川さん」
「うあっ」
年明け、高城と先方のオフィスのエントランスで待ち合わせていた。セキュリティがあるので入館証を渡さなければならない。
10分前に来いと言ったのに、15分前になっても姿を現さないことにイライラしていたら、急に後ろから声を掛けられた。入口は見張っていたのに。
「な、なんだその格好は!?」
気づかなかったのも無理はない。髪色が濃くなって、スーツを着ていたのだ。とはいっても黒髪ではないし前髪も長い。ジャケットの下はワイシャツではなく洒落たTシャツだった。
「いつもよりちゃんとしたのに怒られる」
「いや、ええと、……駄目ではない」
こんな現場にしては珍しく、服装は自由だった。なので、駄目ではないのだが。
ジーンズを避けてジャケットは羽織ってこいとは言った。さすがに、初日からスウェットでは印象が悪い。
だが……。
この僕が珍しく、言葉を探した。
「君は、それでいいと思ったのか?」
「え? はい。なんか変すか?」
前髪のすぐ下の少しぼんやりした目が、本当に不思議そうに少し丸くなった。
「あ、ねえ、イケメン」「しっ、聞こえるよ」「背、高あ」
悩む僕の後ろで、女性の会話が聞こえた。
「あれ、もしかしたら、なんかマナー違反とかしてます? 俺」
マナー違反。そうだ。それが一番近い。だが……
高城は続ける。
「でも、外出するときの湊さんて、こんなじゃないです? 瀬川さんぽくしたかったんすけど、予算2万じゃ無理でした」
そうだろうな。ゼロが一つ足りない。私服の会社なのにスーツで通してる僕のこだわりを舐めるな。……違う、今はスーツのセンスの話じゃない。いや、そうかもしれない。
だめだ。……うまく言葉が浮かばない。
「……立場を考えろ。あと、自分の身体的特徴を客観的にとらえろ。その上で……それでいいか、よく考えてみろ」
「ええー」
こんな……生意気そうで、背も高く、髪も豊かな、渋谷でも歩いてそうな若者、警戒されるに決まってるだろうが。
これは絶対、女性にモテる。実際、さっきから視線がすごい。だがこいつは、ビジネスマナーもなっていないし、よいしょが下手なことも僕はよーく知っている。JTCの役職者を敵に回す素養はそろっている。
「……仕方ない。裏から開発チームに連れて行くから、今日は大人しくしてろよ」
「俺、開発チームじゃないですよ」
「は?」
「湊さんに聞いてません? 俺、瀬川さんのサポートっす。まあ、助っ人もやりますけど。運用フェーズに入ったら、責任者が常駐してなくてもいいだろうから、交代できるようにって」
僕はスマホを取り出し湊にコールする。出ない。くっそ。ダイレクトメッセージで「聞いてないぞ」とだけ打ち閉じた。
「……はあああああああああぁぁぁ」
「うわ、くそでかため息」
息を吐ききって、気持ちを切り替えた。湊の指示だ。僕はこれを、僕の代わりになるように仕上げなきゃいけない。
「行くぞ」
「いやあ、俺、入り口でピッとするの、夢だったんですよね~」
「きょろきょろするな」
そうして僕はまず、社会見学に来た中学生のようなテンションの高城を、とりあえずトイレに引きずり込んだ。




