12.
「瀬川~、生きてるー?」
「ギリな」
控え室がわりに貸してもらった会議室で、机に突っ伏して休んでいたら、疲れた顔をした湊がチョコレートを机の上に置いた。作業デスクの端に、申し訳程度に置いてあるお菓子だ。
「生きろ、そなたは美しい」
「いみがわからん」
「そのくらいはわかってよ。義務教育だよー」
無駄話に適当に答えながら、包みをほどいて口に放り込んだ。あまり味がしなかった。
「いや~、歳を感じるね。たかだか2徹でこのありさまだよ」
「もう僕たちはオジサンだからな」
「気持ちはまだ27なんだけどなー」
机が三つの、狭いアパート。あれからもう5年。
「僕は、28くらいのつもりだが」
「あ、自分だけ成長してる。じゃあ俺30~」
それでもまだ2つ足りない。運動不足で一日中モニターを見ている生活。身体の年齢はもっと上の気がする。
「今日は寝ろよ」
「瀬川もね。あー、会社に顔出さねーと。動いてる件大丈夫かなー」
「ああ、止まってるものはあるけど燃えてるものはない」
会社の様子は高城がよく報告してくれる。メッセージで要点を送ってくれるから、疲れた頭で数字を分析しなくて済んだ。
「高城くんが?」
「あいつ、凄いな。まだ半年だぞ。その前、フリーターって言ってなかったか。よくあれがうちの会社に来たな」
「Youtubeで俺見て応募してくれたらしいよ。俺すげえ。大物釣り上げたぜ」
「そういえば」
初めて意見してきた時のことを思いだした。
「離職率高いのは、社長はカリスマなのに僕が怖いから、そのギャップのせいだと言われたな」
「えー! そんなこと言われて、お前がキレなかったの!?」
「なんか、言い方がうまかったんだよな。前は飲食だっけ? 接客業の経験か」
「あー、履歴書だとバイト書いてたからそうか。彼、職歴には書いてなかったけど、学生時代からずっと個人で開発を……はっ、あ、あ、ああああ!!」
湊はいきなりびくりと痙攣して、奇声を発すると、あたふたとスマホを取り出し耳に当てた。
「あ! お疲れ! うん、あのさ、高城くんまだいる?」
電話の先は会社のようだ。
「高城くん? あのさ、面接の時、個人で作ってたやつの話してたじゃん。……うん、うん。あれ、結局どうしたんだっけ ……はー、それそれそれ!」
湊は立ち上がって、ウロウロしながら早口で続ける。
「いまさ、ちょっと困ってて。……池上は同期の持ち方が悪いって言うんだけど、俺ちょっと違う気がしてて……うん、うん」
湊は空中に指で線を描きながら、どこか遠くを見つめている。紡ぐ言葉が、だんだん僕と違う世界の言葉になっていく。
「そう、みんなbotを……でも、……フェイルした時に……うん。うん。で、FAQも……別々の更新起点で……キャッシュクリアしたら……。あー、最悪……え、燃えたの? どこが? ……うん。あー……だよね。……エスカレーション設計と……導線が……うわ、今それだわ。全員RACI違うこと言ってる」
僕は湊の邪魔にならないように、静かに背もたれに身を預けた。
「え、MCP? ……ああ、違う違う、全部じゃなくて……うん。うん。で、UIには直接返さずに、いったんSSEで流して……あー、なるほど。うん、いや、ありがとう。なんかいけそう。ちょっと池上と話してみる。まじありがとう~」
電話を切った湊は、すっきりした顔をしていた。
「高城くんすげえ。煮詰まってたのが何とか見えた」
「よかったな」
「いやほんと。池上はさー、なんかこだわっちゃうとハマるんだよね……高城くん、さすがだわ」
「うん、そうか」
こんな企業にいるのに、僕にはどうしても、開発の話が理解できない。耳から入った音が、そのまま脳の表面を滑って落ちていく。
高城も、そっちの世界の人間だった。そうだ。あいつもエンジニアだった。
「ねー、せ、が、わぁ」
湊が目を輝かせて、わざとらしく指を組んで、お願いのポーズをした。可愛くはない。
「高城くんさ、明日からこっちに……」
そう言うと思った。
僕は湊に合わせて、腕を組んで、そっぽをむいて見せた。おっさん二人で何をやっているのだろう。
「駄、目、だ。今そんなことしたら、会社が崩壊する」
「え!じゃあ、来週から!」「無理だ!」
湊は引き下がらない。これは本気だ。
必要なのだ。高城が。
これからの全社の予定を頭の中でスクロールする。年末は無理だ。僕もいないのに、イベントが多すぎる……
「年明け」「やった」
はー、と、息を吐いて、湊は安堵したように机に崩れ落ちた。
あいつは、本当に使える人材なのだな。僕の下でなくても。




