11.
一週間ぶりに出社すると、花田の後ろに高城がいた。花田から何かを教わっているようだった。
「あ、瀬川さんお疲れ様です。なんか久しぶりっすね……って、大丈夫っすか。顔、ヤバいっすよ」
「失礼だな」
ここしばらく、気が休まるときがなかった。睡眠時間も足りていない。だがまだ、動けた。ここが正念場だ。アドレナリンのようなものが出ているのだろう。
あの日、興奮した湊が見せたのは、万博関連の仕事に紹介してよいかというメールだった。
開業当時から世話になっている丸山さんからで、協力会社が直前に降りてしまい、代わりを探しているという。
紹介先は大手で、今までにない大きな話だった。「ねえ、いい? やるって言っちゃっていい?」湊は乗り気だ。ワキワキと指をキーボードの上で動かしソワソワしていた。
返信する前に僕に聞くようになったのはものすごい進歩だ。こうなるまで、何度、無茶なものを引き受けてきては僕に怒られただろうか。
いや、違う。湊も感じていたのだ。……もう半年を切っている。開催日は決まっているから納期は絶対伸びない。そして、取引がなかった所にまで声をかけている……嫌な予感はする。
しかし、確かに大きなチャンスだ。目を輝かせる湊を前に、僕も腹をくくる。
やる、ということになり、こちらも折衝役として責任者を出すことになった。そうすれば、必然と僕になる。湊や池上は作ることしか頭にない。逆に言えば、開発の部分は二人がいれば何とかなるだろう。
そしてその予想は概ね当たった。二人はほとんど寝ていないくせに、やたらと楽しそうに現場に張り付いている。
問題はその周り。大手には当たり前だがうちにはないものを揃えたり、さもそれが前からあったように整えたり、契約がなるべく対等になるように動いたり。
まあ、つまり、僕もかなり忙しかった。
「お疲れ様です」
「ああ」
そんな僕とは対照的に、花田は顔色が良かった。いつもよりも溌溂としている気がする。なにか良いことでもあったか、と聞こうかとして思いとどまった。理由に心当たりがある。僕が会社に来ないからだ。
「書類がたまってるから、それだけやりに来た」
僕のデスクには書類が積み上げられていた。
ほとんどオンラインで済むのに、紙がゼロにならない。ため息を飲み込み、上から手に取る。
「で、高城くん、ここなんだけどね、」
「はい」
花田はレクチャーを再開したようだった。少し楽しそうな声に、後輩が出来てやる気が出てきたのかと僕も嬉しくなる。
「今年は定額減税で、年調の書式も変わったんだよね。これをプリントアウトしてみんなに配って……」
何の話をしてるのかと思ったら、年末調整か。……もうそんな時期か。今年こそはシステム化を検討していたが、そんな余裕はなくなってしまったな。
「え、紙なんすか? システムの広告とか見ますけど」
「ほら、うちは小さい会社だから、自分でできることは自分でやらないと」
高城が来年もいたら、システム導入やらせるか。
二人の会話を聞いてそう思いながら、手元の書類に目を通す。誤字を見つけて赤字で直し、差し戻しフォルダに刺した。




