10.
社内セミナーの件から、高城は調子に乗り始めた。
「瀬川さん、経管のダッシュボードってないんすか?」
「は?」
「いや、他の人が何やってんのかわからないなって思って」
開発や営業には、案件の管理と進捗の共有、数字の確認の為のダッシュボードがある。しかし経管は、高城を除き社員2人の部署だ。やることも明確に分かれている。把握すべきことは個々で管理すれば十分だ。
「作っていいですか? 瀬川さんの仕事棚卸しして、一覧にしてくださいよ」
「僕の業務は機密の範囲も多いから」
「そのへんはマル秘で黒塗りしちゃっていいんで」
「……」
そういわれると、普段から情報共有をしろと社内に言っている僕が断るのも変だ。
改めて自分の業務リストをざっと見て、インデックスだけなら問題ないと判断した。確かに、周りからは僕が何をやっているのかよくわからないだろう。瀬川は難癖付けて回っているだけ、と言っているやつもいるようだ。
「項目だけでいいなら、共有する」
「あざす。……うげ」
ダイレクトメッセージで送ってやると、それを見て高城はうめいた。
「多くないすか」
「年一の物も多い。それほどでもない」
「いやこの、”代表のマネジメント”ってなんすか。”マーケティング運用”って瀬川さんじゃなくないですか」
「じゃあ誰がやるんだ」
「……たしかに」
湊はたまに取材を受けるし、彼が表に出ることでブランドができている。そうやって知名度を上げているから、広報やマーケティング業務は重要なのだが、やる人間がいない。そういうものは僕がやっている。
「小さい会社は出来るだけ自分でやるしかないだろ」
「……決算(中間)(期末)(月次)……評価(四半期)……給与確認(月次)賞与算定(半期)、備品の選定(随時)……広報素材確認(随時)……プレスリリース(随時)……うは、だから重なると瀬川さん死ぬのか」
「勝手に殺すな」
この間の残業続きの時の事を言っているのだろうか。あれからは気を付けている。……また担ぎ上げられたくはない。
「あ、花田さんも送ってください。俺まとめますんで」
「え? あ、ええと。まとまってないから、ちょっと待ってもらえる?」
「はい」
花田は驚いたようだが聞いてはいたようだ。
数日後、経営管理部の業務一覧を手に入れた高城は、勝手に業務を振り直した。結果、僕の仕事は減った。
いや、仕事を分けるのは部長の僕の仕事だろうと思うのだが、「経験積みたいんで、これ、やらせてください」といわれれば、断る理由もない。やる気ある若者にチャンスを与えるのも上司の仕事だ。
高城は人事と広報まわりの作業を持って行った。プレスリリースの下書きとか、メディアの対応とか、採用とか、若者が好きそうなきらきらした業務が多い。
確かに、僕よりは高城のほうがはるかに向いていると思う。そのあたりは僕も手探りでやっていた範囲だから、あまりクオリティは変わらないだろう。
そうして空いたところには、また別の業務が入り込む。
「瀬川! ちょっと! ねえ、ちょっと!」
弾んだ声がフロアに響き渡り、皆が顔を上げる。
湊が社長室のドアから身を乗り出して、僕を大きく手招きしていた。メッセージで呼べばいいのに、それすら面倒だったのだろう。
「すごいすごい! すぐ来て!」
裏表のない、嬉しそうな声。何度か聞いたことがある。こういう時は決まって、大きなチャンスが目の前にある時だ。
「はい、すぐ行きます」
これは忙しくなるな。
僕は手帳を手に、社長室へ向かった。




