99
ローズは王妃の器なのか……。
陛下の知らぬ間に王家の歴史・マナー・ダンス等の王妃教育をローズは受け始めていた。王宮がローズを認めた。
「ラムセス、デレデレしたと思ったら浮かない顔をして……どうした?」
「いえ、ローズと共にあるために何をすれば良いかを思案しておりました」
「ではまず、ココから離れろ、依存しすぎだ」
ローズと距離をとるだなんて怖くて想像もできない。
「陛下、ローズはなぜ王宮を去ろうとしたのでしょう?」
「自分で確かめろ、ただ絶対にココを無理に問い詰めるな、もう共有が切れた、刀剣様もいない、ココが本気になったら……」
刀剣様は陛下にローズを守らせた。
陛下でないとローズを守れないのか?
いや違う、選ぶのはローズだ。
こんな私をはたしてローズは選んでくれるのか?
「ローズが再び逃亡を図るかもしれないと陛下は不安ではないのですか?」
「ココは、単純で難しい女性のようだ。物事が停滞すると、意図して感情的に振る舞い、事態を好転に導く。その一方で、意外と何も考えていない時もあるようだ……」
陛下の答えは論理性を欠き目茶苦茶ではないか。
「陛下もローズに翻弄されているのですね、くくっくくっ……」
「デレデレに笑われる覚えはない」
ローズは私だけでなく陛下からも逃げようとした、底知れぬ不安が尾を引く。
機微に聡いヒースがローズを一人にしないでくれたから、何とかなったが……。
王宮逃亡の件について私はローズに何も聞けずにいた。
だか、それによりかえって不安が増した。
「ヒース、ローズが逃げようとした件について少し話をしたい」
「マイ・レディは、お忍びで外出したいと」
「ヒースを責めるつもりはない。真相を知りたい」
「マイ・レディは魅力的です。私がさらおうと思ったのです」
「ヒース、前半は真実でも後半は違うのでは?」
「いえ、後半はあながち嘘ではなく、マイ・レディと異国を巡りたいと思いまして」
ローズとヒースの関係は良好だ、伏兵はここに?
今、大事なことは……。
「ローズの逃亡動機について何か思い当たることはあるか?」
今までにない優しい表情のヒースが話し始めた。
「マイ・レディを静かに見守るのが一番かと。
はじめはリスクヘッジと採算性を兼ねて隠れ家を数件用意して欲しいと仰いました。フォード卿との関係はよく、陛下との溝も浅くなっている時期でしたので、言葉通りリスクヘッジと判断しておりました」
「ヒース、続けてくれ」
「フォード卿の就任の儀が決まった後、マイ・レディはずっと不安定でした。その直後、陛下に対して提案を行いました。提案内容もさることながら、立て板に水を流すような交渉術に目を見張りました。
召喚魔導書の消滅が上手く進むと判断したときに、マイ・レディは寂しげに逃亡をほのめかしました。
私にはいつからそのつもりで、真意が何処にあるか分かりませんでした。
ただ……ああ、私がお仕えする方は、高潔であるために孤独をいとわない方なのだと思いました。恐れ多いのですが、人を信用しない自分に似ているとも感じました。
マイ・レディは、未来において愛する人に裏切られるのが怖かったのでは?」
「どういうことだ、私がローズを裏切ることはない、私の思いが足りないのか?」
「いえ、フォード卿の溺愛が過ぎたのでは? そして、その愛に応えたのでは?」
「どういうことだ?」
「言葉にするのは難しいのですが……。
マイ・レディは透明で深い純愛をもって、フォード卿の溺愛に応えたのでは?
マイ・レディ自身が、そのことに気づかないので拗れて見えますが……」
「透明で深い純愛? 拗れて見える?」
「はい、その純愛がフォード卿の望まない結果と知っていたからこそ、無意識に逃亡しようとした……」
私が溺愛し、ローズはそれを純愛で返したと?
「ローズからの見返りなど要らないのに……」
「マイ・レディが『セス様からの愛はいらない』と言ったら、フォード卿は愛を止められますか?」
ああ、そんなことは無理だ、止められるはずがない。
「では、私は戻ります」
「ヒース、待ってくれ、教えてくれ、私はどうすれば?」
無様だろうが、私は必死でヒースを呼び止めた。
「私の敬愛する冷徹魔術師ラムセス様は、どこですか? 随分と熱く盲目に……。
『静かに見守る』これに尽きるかと……しかし、これはあくまでも私見です。真相は時間をかけてフォード卿自身で解明すべきです。
差し当たっては、マイ・レディが読んだ恋愛小説でもお読みになってみては?」
「ああ、ヒース。そうだな……、ありがとう」
※
国王陛下からの課題はすぐに終わった。
文化芸術系と医魔術系に絞った。
文化芸術系案
青バラを寄付金額の大小に関わらず、王立劇場再建に寄付した人に配布する。
青バラをもらえるのは寄付初回時のみ、青バラは転売禁止とする。
寄付金が大幅に予定額を越えたら、超過分で基金を創設し文化・芸術振興財団を運営し、無名の芸術家の指導育成の礎とする。
但し、この案には文化・芸術の範囲を狭めない配慮が必要である。
医魔術系案
青バラを国内外に超高値で販売する。
その収益で基金を創設し医魔術研究センターを設立する。
医師と魔術師が共同研究し、医療・魔術・科学の発展、国民生活の向上に寄与することを目的とする。
但し、この案には、青バラの安定供給・確実な販路・各研究者派閥の調整等、検討課題が多い。
両方に共通していることは、青バラの恒久性を調べ、その名称を考える必要がある。
と、記述した。
青バラの名称で寄付額・売上額は変わる。
魔術師のバラ? ネイビーローズ?
あ~、ネーミングセンスも無かったよ、私。
コンコンコンコン
突然、国王陛下がお越しになった。
「セス様はいませんが……」
「ああ、一度、ゆっくり時間を取って直接ココに確認したいことがある」
「ココ、記憶操作を解いた後にラムセスから結婚の申し込みはあったか?」
「いえ?」
「そうか、ココはどうするつもりだ?」
「えっ、このままではダメですか? 15歳ですし……」
「ココ、王宮から逃亡しようとした理由を聞かせて欲しい」
う~、そうだよね。
避けては通れないよね、後見人と監護者から逃れようとしたのだから。
でも、正直なところ私にもわからない、言語化できない。
「ココは、王宮の何が嫌だったのだ?」
「これといって嫌なところはなく……」
「私が嫌だったのか?」
「いえっ、そのようなことはなく……」
今、国王陛下のことは、そこまで嫌ではない。
むしろ恩人だし、感謝している。
「では、ラムセスか?」
「それも違います」
「では、ヒースに頼りたかったのか?」
「いえっ、将来あるヒースを早々に開放する予定でした」
「ココ、一人でどうするつもりだった?」
「いえっ、何とか生きるだけなら」
今朝、気づいた!
召喚時、私には召喚術式を展開したセスの15歳当時の言語能力が付与された。
セスが優秀なおかげで、私は何ヵ国語も使えるようになっていた。翻訳・通訳・観光ガイドとかで生計を立てる道もあったかもしれない……健康が大前提だけど。
「吸入薬が無くなるのだぞ」
「なんとか、なるかなぁ~、って……」
「ココらしくもない、どうしてそんな危険を冒そうとした」
怖かった、これ以上セスを好きになるのが。
召喚されてはじめて優しくしてくれた人だから刷り込みなだけかもって。
私、ストックホルム症候群かもって。そのせいでセスはリマ症候群かもって。
喘息発作予防や発作緩和を魔法で叶えてくれて、どこまでも優しくて……治癒魔法目当てでセスの側にいると思われるのが嫌だった。
離れられるうちに離れたかった。他にも色々と浮かぶ……でも何か違う。
「国王陛下にも、セス様にも、何も返せないことが申し訳なく」
「ココ! 正直になってくれ」
「自分でも理解できないのです。
あの時は逃亡が失敗するなんて思わなかった。
しかも、セス様は私を責めず謝ってばかりで、変わらずに優しくて。
私は、狡くもこの国で生きていこうと思い始めていて……」
「ココ、この国で生きてくれ、貴族籍を捨てても我々の後見は消えない」
ああ、そうかぁ〜。貴族籍を捨てると思われていたのね。
「社交を免除されているので貴族の生活に辟易することはございません」
うん、むしろ快適。
「そうか、ならば……」
「国王陛下は、ご自分の名前や愛称を呼んでいただいた記憶はありますか?」
「ああ、即位するまでは、エルがアレックスと呼んでいた」
「今は、呼んでもらえないのですか?」
「ああ、そうだな」
「それは、寂しいですね。私、ローズやココと呼ばれて……」
「それが嫌だったのか?」
「いいえ、優しくて心地良くて失いたくなかった。両親に優しく名を呼ばれた記憶がないから……これ以上、他人に甘えてはいけないと……」
「失うことはない、甘えれば良い」
威風堂々とした迷いのない発言だ。この人は正真正銘の王だ。
「簡単にそれを信じられるほど、幸せに育ってはいなくて……」
「ならば、今から信じてくれ。命ずれば信じやすくなるのか?」
鋭いところをついてくるなぁ〜。すぐに大義名分を用意してくれる。
「ココ、ラムセスに向き合うのが怖いか? ならば……」
本当に嫌! この人は、なんでこうやって深いところに踏み込んでくるの?
「ココ、私の手を取ってもらえぬだろうか?」




