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魔力酔いが抜けはじめ、体内の魔力の流れが穏やかになった。
『ラムセス、聞こえているか?』
私の意識は完全に浮上し目覚めた。
「陛下……」
「ああ、目覚めたか、大丈夫か?」
私の手を握ったままのローズが寝台に肘をついて器用に眠っている。
私はローズからそっと手を離した。
ローズの頭がぐらりと揺れ、私は慌てて枕とクッションでローズの頭を囲った。
陛下が音結界を張った。
「ラムセス、ココの近くが怖いか?」
「はい」
「ラムセス、ココと少し距離を取ってはどうだ?」
「陛下、それは……」
「避けられるココの身にもなれ、王命治療は我々で何とかする。
ラムセスは魔力制御に専念してくれ、我々がココを守る」
「陛下!」
「ほぉ〜、ココが近くにいると青バラを抑えられるようになったようだな。
ラムセスよく考えろ、ココから離れられないのであろう?
今だってそうやって髪を撫でているではないか?」
陛下に言われてハッとした。私の手はローズの髪を撫でていた。
「離れないとココに何度も約束させて、ラムセスが離れてどうするのだ?
まぁ、選ぶのはココだ。ココは、繊細で聡明で…………ラムセス、隙を作るな。
なにしろ、ココは王宮から逃亡しようとした、しかもヒースにすら頼らずに逃げようとしたふしもあったようだ。
ココの逃亡未遂は私には衝撃的なことだった。そのせいか、いまだにその真意をココに聞けずにいる」
逃亡を図った話は聞いたが、まさかヒースにも頼らず単身で?
ローズどうして……。
「ココの計画……召喚魔導書消滅のためのラムセスの記憶操作計画ではココの発想と緻密さに驚かされた。それと平行して秘密裏に自身の逃亡計画を進めていた。
ヒースはヒースで本気で東の帝国を振り切って逃げる完璧な計画を立てていた。
刀剣様が教えてくれなければ、私は国王として取り返しがつかないほどの貴重な人材を何人も失っていただろう」
「ラムセス、一連の計画は全て私の決断だ。魔力が増えない就任では、ココが王命治療を受けなくなることは目に見えていた」
「陛下、わかっております。私の方こそ、功を急ぐばかりに」
「そのココがラムセスの王命治療を望んだのだ、凄いことだと思わないか?」
陛下が側近を呼び、記録を指示した。
「ラムセス・ラナ・フォード、筆頭魔術師としてローズ・カグヤ・エティエンヌの王命治療を継続せよ」
「ははっ」
「しばらくは、私が立ち合う」
「陛下、ありがとうございます」
私は、後悔をしている場合ではない。
ローズに会えた、ローズは生きている、ローズは手の届くところにいる。
私のことを変わらずに「セス様」と呼び、手を取ろうとしてくれる。
ローズから王命治療を望んだ。しかも、私を指名した。
これ以上のことはない、今度こそ君との約束を果たそう!
「陛下、私はローズの治療に全力を尽くします」
「そうしてくれ」
そして、ローズが私から逃げないようにしなくては……。
「ラムセス、結果的にココとの約束を果たしたなっ、次に進めるなっ」
「陛下?」
「ラムセス、まだ調子が悪いのか?」
「あっ、いえっ……」
陛下は、ローズを愛おしそうに撫でてから退室した。
結果的に約束を果たした……こんな形で……次に進めるのだろうか……。
※
1月15日
今朝の吸入薬のカウンター残5。
セスと再会して3日が経った。
私は監禁の危機を回避した。
セスは自分自身を責めるのをやめた。
これで、全てが元どおり……ではなかった。
私は、王宮から逃げる気が失せたはずだった……今は逃げたい、現実から。
私は1日の大半をセスの膝の上か、セスの腕の中で過ごすという怖い状態に陥っている。どうして……なぜ……だれか、助けてぇ〜。
セスと再会したあの日、魔力酔いから目覚めたセスは別人だった。
出会った頃のようなキラキラ笑顔で「ローズ、もう大丈夫だからね」と言った。
私がうたた寝している間に何があったの? 聞けない圧があって不明のままだ。
その夜から王命治療はセスが行った。凄かった、一瞬だった。
セスが私の背中に手を添えた次の瞬間に王命治療の終了を告げられた。
その治療効果は医療用ベストの測定結果から完璧な精度の高さを裏付けた。
その時、セスは「ローズの喉のザラザラを魔力で感知できる」と言い出した。私の喉、ザラザラなの? せめてゼイゼイと言って欲しい。
セスの魔力が、私の喉の状態を把握できるようになり、それに合わせて何かを調節しているらしい。凄い!
それからだ、セスは私を離さなくなった。
私は、ずっと王宮にいる。
あれからの日々は三行の記述で終わるかも……。
朝、セスが起こしに来る。国王陛下、セス、私の三人で優雅に朝食を取る。
午前中は、国王陛下がセスを政務室に引きずって消える。しばらくすると……。
青バラが発生し、必ず私は呼ばれる。仕方がないから……セスと一緒に過ごす。
王命治療を受け、なでなでの夢で終わる。
三行を超えてしまった、あっ三行半……不吉だ……。
今日は大丈夫かな?
コンコンコンコン
「レディ・カグヤ。私達が天寿をまっとうするためにお越しくださぁ~い」
「いえ、そうすると邪魔になるので」
「先に申し上げるべきでした、陛下から『至急』とのことです」
呼ばれた部屋に足を踏み入れる。今日は青バラの波だ。綺麗だけど怖い。
セスがすぐに私に気づいた。
「ローズが来てくれたぁ~」
「…………」
「ラムセス、どうして今の制御に失敗した?」
「ローズが足りないせいです、もう大丈夫です」
真顔で何を言っているのか、はぁ〜。ダメだよ、これ。
「……そうかラムセス。ではもう一度、術式の展開を」
「はい、陛下」
「よし、できた。ラムセス、次だ……」
私はしばらく空気を装って魔法陣のキラキラを見守る。
国王陛下も凄いラナだ、セスと互角に渡り合っている。
もう大丈夫かな? 帰ろっ……と……。コソコソ。
「ローズ、行かないで! ローズがいないと僕はダメだ。ねぇローズぅ」
「……はい」
私は母親ですか? 何だかわからないけど、バラ拾いでもしよう。
「ココ、そのバラをどうするのだ?」
「これ、綺麗だから配りましょうか?」
「配る……?」
この世界でも青バラは珍しいものだった。
その上、このバラは今のところ枯れる気配がない。
生花なのに水を与えなくても綺麗に咲いている。
「はじめは、ホテル・フォンテーヌのウェルカムフラワーにできないかと考えました。しかし、青バラは希少価値が高いと知り、さらに付加価値を付けて何とかできないかと考えています。
希少性の高いこのバラはお金にも名誉にも化けます。
例えば、王立劇場再建のために寄付してくれた者限定に青バラを配り、バラを手に優越を感じてもらうのも良いかと。
貧困層に還元することを考えるべきですが、私はそちらの方に明るくなく、無責任なことはできず……。また、この青バラは大量放出すると価値が下がるので、それは避けたいですし……王立劇場再建といった明確な終期のあるわかりやすい事に使えないかと」
「ローズ、どうしてそんなにそのバラが大事なの?」
「えっ、だってセス様のバラだから」
セスは何言っているの? こんな綺麗なセス色のバラなのに。
あれ、セスが手で顔を覆って俯いてしまった。首も耳も真っ赤だけど?
「ココ、その何気ない悩殺発言をなんとかできないか? ラムセスはしばらく使い物にならないではないか」
「えっ、なんのことでしょう?」
「二人とも天然と言うか……。
ココ、青バラの活用法を簡単にまとめてくれ」
「はい、期限は?」
「明日中に頼む、今からすぐ取りかかってくれ」
「はい、国王陛下」
おっ、私にも仕事らしいことが……期限のある事なんて久しぶりだ。
少しだけ頑張ろうかな?
こうやって、私を必要として、役割をくれる方達がいるのだから……。
もう私はこの国で生きていこう。
※
「はい、国王陛下」
そう言って、ローズは去ってしまった。
「ラムセス、まだ赤いぞ! おい、大丈夫か? 氷漬けにするぞ」
「ローズが無自覚に……可愛くて、頭が良くて、時々小悪魔になって」
「そうだな、ココが傾国の何とかと言われないようにラムセスしっかりしろ」
「はい、この青バラにそこまでの価値を見いだすなんて……それも私のバラだからって理由で~、陛下も聞きましたよねぇ~」
パキッ!!
陛下が私に氷魔法を放った。
パリン、パラパラ……
「陛下、何をなさるのですか!?」
「少し頭を冷やせ。ココを良く思わない輩が出てくる」
「なにかローズに危害でも?」
「まだだ、これからココはこの国のカリスマ的存在になるだろう。それだけで噂の的になる。必ずマイナス評価も出てくる、現にラムセスが骨抜きにされている」
「……うっ……陛下、その点に関しては申し開きようもなく……」
「青バラに付加価値をつけて大量放出を避ける……。
ラムセス、仮に寄付した者限定で青バラを配るとどうなると思う?」
「寄付が殺到します」
「ココが寄付したことを公表した翌日には寄付は目標金額を超えた。オーバーフローした寄付金を巡って、すでに変な争いが始まっている。おそらくココはそこを踏まえた案を上げてくるぞ、新しい政策展開を期待できるかもしれない。明日の報告書が楽しみだ」
陛下はローズの政策を楽しみにしている。
ローズは王妃の器なのか……。




