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セスはベッドの横まできて床に両膝をついた。ベッドの上に青バラが落ちた。
キラキラ・ニコニコのセスはすぐに私に触れてきた。今のアンニュイなセスは私に触れようとしない。
セスに手を伸ばすかわりに私がセス色のバラを手に取るとセスが困惑した。
「ローズ、バラは危ない。ローズは私が怖くないの?」
「なぜ?」
「私は魔力をコントロールできない、その魔力を含んだ危険なバラかもしれない」
「えっ、綺麗ですよ」
「ローズ……傷つけてごめんね」
「大丈夫です、もう傷は治りました」
「ローズぅ……」
手にした巨大な力を持て余し、セスの何かが崩壊しかけている。
迷子の子犬のよう……やはりセスは可愛い人だ。
セスが変わらない事に私は安心した。
そのセスが今までのように私に触れてこない。寂しぃ。
「王命治療ですが、今日からセス様にお願いできますか?」
私も欲深いなぁ、大好きな笑顔が見られただけで嬉しかったのに……。
「……陛下からの許可がない、魔力制御もままならず自信もない」
「セス様は以前、『就任を前倒して私の治療を優先したい』と」
「ああ、その思いに嘘はない。ただ……」
「嘘をついた私を許してくれるなら、今は私の治療を優先してください」
「ローズ、約束を破ったのは私だ。ローズは嘘をついていないよ……」
青バラが、ベッドの上に溜まる。
あっ!? 青バラに棘が無くなっている。
「今の私では、君を治療するのは無理だ」
「セス様以外からの治療は拒否します、王命治療を休止しましょう」
「ローズ、そんな事を言わないで」
「ココ、しばらくはヒースに続けてもらう、治療を受けてくれ」
「セス様、就任により増えた魔力ですが、刀剣君がセス様のために調整してくれたはずです。必ず魔力制御できます」
「ああ、ローズ、私が浅はかだった。君のおかげで魔力を増強できたというのに、君のために使うには時間がかかりそうだ、申し訳ない」
就任して増えた魔力で治療してくれるって言ったのはセスなのに……。ムッ!
私は増えるバラへ手を伸ばし続けた。左手にはちょっとした花束が出来上がっている。これ、何かに使えないかしら?
セスは、膝をついた状態でうなだれてしまった。
ハクの言ったとおり……セスが自分自身を責め始めている。困ったなぁ~。
コンコンコンコン
ヨハンとサリの訪問だった。
あっ、えっ、どうしよう……。
久しぶりに会えたのは嬉しいけど、どういう話しになっているのかな?
「旦那様、お嬢様、全ての詳細は陛下から伺いました。ご無事で何よりでございます」
国王陛下の代理としてエルがヨハンにした説明はなかなかの内容だった。
セスの就任式前後に、東の帝国がエティエンヌ公爵を攫いにくるとの情報を国王陛下は掴んだ。
当然、国はこれを阻止するための対策を取った。まずフォード邸の家人を守るため皆の記憶を消した。
その際に、セスが魔力切れをおこした。その回復のために国王陛下は回復魔法を施した。その時、手違いがありセスの記憶が混乱した。就任の儀を無事に行うため……私を王宮奥で保護し、セスを一度フォード邸に戻した。就任の儀を迎えてからセスの記憶を正常に戻す予定だった。
と……嘘に嘘を重ね、もはや何が本当か嘘か、私には分からなくなっていた。
異世界召喚関連のことを言えない限り、全ての真実を告げられない。多少の嘘は仕方ないのかもしれない。
国王陛下の仕事とは「誠実な嘘を重ねる」がごとく……フォード邸の人達とのわだかまりが残らないような綺麗な嘘だった。慣れてるわ~。
国王陛下は何百手も先を読み切っていたのかもしれない。
「陛下、大変申し訳ございませんでした。私が浅はかにも──」
セス、黙って! 嘘といえども綺麗な形でおさまりつつあるの。
「ラムセス、もう何も言うな。私の魔法の手違いを詫びよう」
「陛下っ……」
セスが深々と国王陛下に頭を下げた。
「お嬢様、そのバラを花瓶に生けましょうか?」
「はい!お願いします」
あ~、いつもの優しいサリだ。
「サリ、棘に注意してくれ」
セスが慌てた。
「セス様、ベッドの上のバラには棘はありません」
「ココ、それはまことか?」
「はい、私が手にしているバラには棘はありません。セス様がそうしているのでは?」
そうだったら、嬉しいなっ。
室内のラナ達が、一斉にバラを確認している。
「もしかして、ココを傷つける棘をラムセスは制御しているのか?」
「陛下、先ほど筆頭魔術師の部屋で青バラが消えたのは、ローズ様を傷つけないためでは?」
「ヒースは、どう考える?」
国王陛下がヒースの見解を求めた。
「少なくとも先ほどのマイ・レディの怪我は、マイ・レディ自身が怪我を覚悟して、フォード卿を守るためにバラの海に飛び込んだだけです。
フォード卿にはマイ・レディを傷つける事はできないかと、王命治療はマイ・レディの仰る通りにフォード卿にお任せすべきかと、すでにフォード卿は空気洗浄術を展開なさっています」
セスが、ハッと顔を上げた。
「ローズ、私に……私にローズの王命治療を……その……」
セスが怖がるのもわかる。力の加減を間違えれば、急激に気道を開きすぎて肺や心臓に深刻な影響がでる。場合によっては命に関わる。喘息薬は効き過ぎの方が厄介だ。その事はセスには説明済みだ。
もし、これで失敗したら、セスは大きな心の傷を負う?
でも私はセスにお願いしたい、私のわがままが過ぎるのかな?
セスは、首を左右に振りながら言った。
「ダメだ、いきなりは危険だ。陛下、ローズのためにも陛下で練習させてください」
「「「えっ」」」
セス、何を言い出すの……恐れ多くも国王陛下を練習台にするなんて……。
ん? あれ、でも……。
いやだなぁ〜、ふふっ、その練習風景は見たいかも、きゃ~!!
「お茶の準備が整いました」と紅茶紳士エルの声がした。
そう、どんな時でも……ここはお茶至上主義の国でした。
※
ローズとのお茶だ。
私の大事な可愛いローズとのお茶だ。
久しぶりのローズとのお茶だ。
私はローズを傷つけることが怖くて、ローズと距離を取って歩く。
ローズは陛下に手を引かれ、サロンダイニングへと向かっている。
二人の背中を見ながら歩いていた私の足が止まった。
真っ先にローズが振り向いた。
「セス様、具合、悪いですか?」
「ラムセス、魔力酔いか、休むか? ココ、心配は不要だ。想定内だ。
ラムセスの増えた魔力が身体に馴染むまで不安定になることが繰り返し起こる」
「フォード卿は、凄い勢いで順応しています。もう少しで定着します」
「その定着までの間、セス様は安静にしなくて大丈夫ですか?」
ローズ、君はまだ私の心配をしてくれるの?
吸入薬は、あと何回あるの?
あ~、情けない。魔力量を増やして、効率を上げて効果的な治癒魔法を開発してローズの治療をしたいと願っていたのに。
「ローズ、大丈夫だよ。君とお茶がしたい」
私は、そう言ったが……声が出ない。
「セス様!? 誰かセス様を……」
私の視界は暗転した。微かにローズの声が聞こえる。
ローズ、君にとって私はずっと頼りない存在だった。
就任後の私は万死に値するほど情けない。
それでも、君は私の名を呼んでくれるの?
僕を支えるために、迷いなくその手を差し出してくれるの?
強い魔力酔いに見舞われた私は意識を手放した。




