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「また、ローズを私から引き離すおつもりですか!」
「ラムセス、落ち着け、頼む」
ランカスター卿と陛下の側近が結界を張り、爆ぜるバラから陛下を守っている。
青バラは、膝下まで積もっていた。
「ココを呼べ、この荒れているラムセスをココに見せろ」
「陛下、ローズ様を呼ぶのは危険です」
「ココは強い、多少の事は大丈夫だ。ラムセスの記憶が戻った時にこうなる事も危惧していた」
私の感情の高ぶりと連動して魔力が暴走する……。
頭では理解しているのだ、最初に約束を破ったのは私だ。
陛下との約束、召喚魔導書との誓い、ローズとの約束……全て破ったのは私だ。
あのまま就任していたら私の魔力は増量を望めなかったと陛下は言った。でも、それでも、刀剣の力でローズを治すことはできたのだ。ローズの喘息を完治させ、私は責任を取って筆頭魔術師を辞し、ローズと二人で暮らす道だって残っていた。
ローズはそれを望まなかった。
どうしてだ? いつもあんなに喘息発作に苦しんでいたのに。
せっかくの根治の機会をローズは、どうして……みすみす手放した……。
私が、当初の予定通りに事を運べば、こんな事にはならなかったのか?
バチッ! バチッ! バババチッッ!
青バラが爆ぜ続ける。
「残念だ……予想以上に悪いなっ。
今のラムセスを見たココは、自分自身の決断を責めるだろうな……今度こそココは身を隠すぞ」
「陛下、ご安心ください。その前に私はローズを白い布で包んで──」
コンコンコンコン
「レディ・カグヤをお連れしました」
「ゆっくり扉を開けてくれ」
陛下がそう言うと、扉が静かに開き、それと同時に青バラが廊下に流れ出た。
ヒースに手を引かれたローズが廊下に立ち尽くしてバラを眺めている。
「ローズ……」
ローズは廊下のバラから目を上げ、私をその瞳に映した。
ローズは不思議そうにしながら微笑んだ。
「これは、セス様のバラですか?」
ローズは、一輪のバラを拾い上げ指先で茎をつまみ、くるりと回した。
その時、ローズの足元のバラが爆ぜた。
「ローズ! 近寄らないで!! 手からバラを捨てて……」
「えっ……」
ローズは、パチパチと瞬きすると、何事もなかったようにバラを次々に拾い始めた。
「やめてくれ、ローズ。君を傷つけたくない」
「では、傷つけないでください。セス様次第のような気がします」
「私はどうすることもできない、離れてくれ、ローズ!」
「セス様、結果的に騙し嘘をついた私を許せないのですか?」
違う!!
バチッバチッとバラが爆ぜる。
「ラムセス!! やめろ!! ランカスター卿、ココの手当てを」
手当て?
ローズの足や腕の数カ所に引っかいたような生傷が……。
ああ〜、私とローズを繋いでいた共有が切れてローズの怪我にも気づけない。
どうしてだ……どうして……何もかもに納得がいかない。
私がローズを傷つけてしまった、その事実に全身が震える。
「あぁぁぁぁ~、どうして……」
「ラムセス! 紳士協定を覚えているか?」
“ローズ・カグヤ・エティエンヌの意志を尊重する。我々は、抜け駆けをしない、自己にも他者にも第一にココに対して恥ずべき事はしない”
あ、ああ……あの時から変わったのは……私だ。
ローズにとっての特別な存在に私はなりたかった。
私がローズのためだと口にして、ローズの病気を利用して狡く立ち回ろうとして、それに失敗したことに腹を立て、魔力を暴走させて、ローズを傷つけて……。
就任の儀の日程が決まってからローズは不安定だった、ローズは窓の外の降る雪を見て泣いていた。フォード邸に戻ってからも時々、一人で泣いていた。
ローズの「小説に感動して」という言葉を信じた。吸入薬が減ることに対する不安だと思った。
ローズが先に王宮に向かったあの夜、いつもと違うローズだった……共有していたのに見落とした。
私はローズを助けたかった。いつも吸入薬を離さないローズが不憫だった。発作のたびに周囲に謝る君が可哀そうだった。
君を召喚してしまったことへの最大の償いだった。
私は君を失いたくなかった。
「ああ! 私はローズを助けたかった……あぁ~!!」
「ラムセス、しっかりしろっ!」
「陛下! ローズを連れて……離れてください。
感情も魔力も制御できない、うわあああ~~!!!」
私の視界は爆ぜるバラで青く染まった。
「セス様、大丈夫ですよ」
いつの間にか、ローズは私の手を握り微笑んでいた。
その時、部屋中の大量の青バラが音もなく消えた。
「セス様、無事ですか?」
私と目が合うとローズは「良かった」といい、ふっと気を失った。
私は傷だらけのローズを抱きかかえた。
「ローズ……」
ローズの手も足も傷だらけで方々から出血している。
足の怪我が酷い、あのバラの沼を……棘だらけの青バラの上を渡って来たのか?
爆ぜたバラで怪我をしたのか?
「ローズ、どうして君は……。
一緒にいようと言うと離れて、離れてくれと言うと近づいて……」
「ランカスター卿、すぐにココの手当てをしてくれ」
「かしこまりました」
「陛下、私がローズの手当てを」
「だめだ、ラムセス」
「陛下!! お願いします」
私はそう言いながら、ローズに治癒魔法を施そうとした。
その瞬間、ローズの傷は消えた。思うだけで、魔法が発動した。
「「おおっ~」」
陛下をはじめ室内にいた皆が奇跡でも見るような表情を浮かべた。
「ラムセス、見事だな。
ココをヒースに渡してくれ、そしてその力をなんとかしろ。
治癒魔法で何度治そうと、痛みの記憶は蓄積される。そのことを忘れたのか?
今のラムセスは、お気に入りのおもちゃを離さない子どもにしか見えないぞ」
そうだ、わかっている。いつもローズに縋っていたのは私だ。
「陛下……ローズをお願いします」
※
青いバラの海で私は溺れている。……私、泳げない。誰か助けてぇ~。
「ココ?」
「マイ・レディ?」
うん? 呼ばれている……私は、溺れながら瞬きをした。
「ココ、大丈夫か? うなされていたが」
「こくおう、へいか? 海で溺れる夢を見ていました」
「それは、怖い夢だな。ヒース、ココの具合は?」
「はい、安定しています」
私は上体を起こした。見慣れた白い寝室だった。
ベッド横に国王陛下とヒースが、少し離れたところにランカスター卿がいる。
なんだか、凄い怪我をしたような気がしたけど……。
私の右手には青バラが一輪握られていた。
「あっ、セス様は? 国王陛下、私は大丈夫です。セス様をお願いします」
「ラムセス、こちらに来い!」
国王陛下は視線を部屋の隅へと動かした。
そこには、不自然に部屋の隅に向けられた椅子があり、セスがこちらに背を向けて座っていた。
えっ、なに!? 今度はなに?
「ラムセス、来い!」
「陛下、私が近づくとローズに怪我を負わせてしまうかもしれません」
「では、どうしてこの部屋にいる?」
「うっ…………それは……せっかくローズに会えたのに……傷だらけのローズを見た時は……しかもそれが私のせいで……でも心配で不安で、ローズを心配しているのか、ローズと離れる事が心配なのか……私はふさわしくないから……」
あっ、セスの周りに青バラがちらほらと現れた。
セスは、不安定だ。かなり、危ない領域にいる。
『あのラナはローズを監禁しそうだね』『あのラナは全てを知ったあとは精神的にかなり不安定になるね。壊れそうになるかも』『壊れないまでも、時間が経つにつれて自分自身を攻撃しそうだね』
ハクの予言は本当に当たった。
私の監禁は回避されたかな?
記憶操作が解けた直後のセスは、私に会えればよかった。だけどそれが叶えば、その先には後悔と欲が出てくる。その後悔と欲を抑えても、冷静になれば今回の真相に関して怒りや疎外感が湧き、そこへ魔力増加というエレメントが加わった。
セスが、壊れなくて良かった。最悪のシナリオは回避されたかな?
「ほら、ラムセス。しっかりしろ!」
国王陛下がセスを椅子から立たせ、こちらに連れてくる。
凄いよ! なんて絵になるの。麗しく凛々しい二人が寄り添って、気だるげに青バラと共に歩いてくる。
副音声が聞こえる! 「ほら、立って……」「私は、もう無理です」「そんな拗ねないで」「拗ねてません」「わかったから、ほらっ手を取って」……って聞こえる。うっとり。
お願い、二人ともゆっくり歩いて、セスは少しよろけてみてぇ〜。




