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「ココ、私の手を取ってもらえぬだろうか?」


 ええっ? 単に手を繋ぐって意味ではないのよね……。


「10年前、私には手の届かない恋する女性がいた。

 10年後、その女性と似た少女が私の近くに現れた。その少女に初恋相手の影を求めないように遠ざけた。しかしその少女が魅力的で気になって仕方なかった。

 そして私は、その少女の声が聞きたくて、瞳が見たくて、ずいぶん泣かせてしまった」


 えっ、これって……どこに行きつく話?


「やがてその少女が、初恋相手と同一人物だとわかった。

 その時には、その少女には魔法使いというナイトがぴったりと付き添っていた。

 過ぎた恋だと何度も諦めようと思った。だが、そう簡単にはいかず……私はバングルやドレスを贈った。そのドレスを身にまとった少女は美しかった、残念なことにバングルを身につけてはもらえなかった」


 えっ、これって……。


「ココは私の初恋の人だ。

 王宮で過ごすココは、刻々とその魅力を増した。

 ラムセスの元に帰らないのであれば……。

 ローズ・カグヤ、私の手を取って欲しい」


 はじめて聞く優しい口調で、ローズ・カグヤと呼ばれて私はドキッとした。

 いやいや……今はドキッとしている場合ではない。


「国王陛下、国王陛下の気持ちは嬉しく思います。

 今まで気づかなくて申し訳ございませんでした」


 どうして、今、こんなことを言い出すの、これ告白だよね。

 どうして、こんなに優しく切なげな視線を向けるの? 

 どうして、召喚された時から優しくしてくれなかったの?


 ハクは、召喚に関わった二人のラナは私を愛しているような事を口にしていた。私は否定したけど……もしハクの言うとおりだったら……?


 求められ、愛される、って何なの? こんなに不安なものなの?

 私、慣れてないから、混乱してフラフラと近くにいる人の手を取ってしまいそう。


 そして、混乱すると、どうしてセスの姿が浮かぶの?

 それなのに、どうしてこんな大事な時にセスは側にいてくれないの?


 ハクは『幸せは君次第だよ』と言った。

 全然、わからないよ。ハクに会いたい!

 ハクとの日々を思い出し、涙が出てきた。


「ココ、泣かないでくれ。私の言葉が乱暴だったか?」


 こんなタイミングで泣いたら、どんな誤解をされるのだろう。

 どうして、セスがいないの?


 離れないと約束した……セスがいない。


「ごめんない、本当に人から愛されたことが無いから、わからなくて……」

「ああ、ココ、混乱させてすまない。返事を急がせるつもりはない。ココの気持ちがラムセスにあることも理解している。

 すまない、また泣かせてしまった。あ~、頼む、泣かないでくれ」



 コンコンコン


 あっ、セス。


「ローズ?」


 セスの声を聞いて私の混乱は消えた。


 あぁ、私……セスが好きだ。

 セスを心の底から愛して止まない自分に気づいた。


『やっと、気付いたね』


 ハクの声がした気がした。

 私、気づくのが遅かったみたい。どうやって「帰りたい」と言えば良いのかな?


 私はセスの方に手を伸ばした。



 ※



「ローズ?」


 ヒースと話した後、ローズの部屋に戻った私は、扉を開けて愕然とした。

 陛下があたふたしながらローズの涙を拭いている。


「陛下、ローズに何をしたのですかっ!!」

「ラムセス、ココが泣いてしまった」

「見ればわかります!

 陛下、いったい何回、ローズを泣かせれば気が済むのですか?」

「いや、話をしたかった……」


 ローズが私の手を取った。

 その手を見つめる陛下が、寂しげな表情を浮かべた。


 何があった? 陛下もローズも様子が……。


「ローズ、大丈夫だよ。何を言われた?」

「……国王陛下が優しかったので、つい……」


 陛下が優しい?


 ローズが言葉を濁した、これ以上ローズに聞いても無駄だろう。


「陛下、何をしました?」

「ああ、私の手を取って欲しいと告白した」

「陛下!!」

「ラムセス、いつまでもココの気持ちが自分の方を向いていると思うな」

「なっ、何を仰っているのですか、陛下」


 ローズに振り向いてもらうために、私は必死だというのに。

 あの約束以前に、どうやってローズをフォード邸に連れ帰るかで必至だというのに。


「私では無理だ、ラムセス後を頼む」と陛下は退室した。

 ローズは指で涙を拭っている。


「ローズ、大丈夫だよ、目をこすらないで」


 ローズは私の腕の中におさまり幸せそうに微笑みながら頷いた。


 あ~、今日のローズは一段と愛おしい。

 こんなに可愛いローズを王宮には置いておけない。


「ローズ、私の屋敷に戻ろう」

「はい!」


 とびっきりの笑顔の「はい!」と共にローズが私に抱きついてきた。

 あ~、やっとローズが、帰ることを承諾してくれた。


「ローズ、私と一緒に戻ってくれるね」

「はい!」


 やっと、ここまで……ローズとの距離が近づいた。あ~、衝動が押し寄せる。

 このまま連れ帰り、私の印をつけてしまいたい。だが、ここで勘違いして嫌われてはいけない、やっと一緒に帰ると言ってくれただけだ。

 今、ローズの唇を見てはいけない。ローズの瞳もダメだ。あっ、ローズの髪だ。品性と理性を保たなくては……。

 私は、ローズのウルツヤの髪に指を絡め唇を落とした。


「セス様、改めて筆頭魔術師就任おめでとうございます」

「ありがとう、ローズ」

「セス様、記憶操作の件については謝罪します」

「ローズが謝る必要はないよ。

 むしろ、早計に失した私の方こそ謝罪する。ローズ、色々とありがとう」


 ローズが俯いてしまった。


「ローズ、何を考えているの?」

「酷い手段を取ったことは自覚しています。

 だから、全てを知ったセス様から嫌悪の視線を向けられるのが怖くて、合わせる顔が無くて、セス様の側にいられないと思い、逃げようとして──」


 逃亡の理由を聞いて私は安心した。

 だが、ローズは私にとってかけがえのない存在ということを自覚していない。私が、こんなにも求めているのに……足りていないのか……。

 これ以上、ローズに謝罪の言葉を口にさせたくない。


「ローズ、顔をみせて」


 ローズが顔を上げた。潤んだ綺麗な瞳だ。

 あ~、身体が熱い。大丈夫だ、まだ、自制はきく。


「フォード邸の修復は終わったのですか?」

「ああ、元通りだよ」

「セス様の魔力制御は?」

「ローズが近くにいれば大丈夫だよ」

「それって、大丈夫とは違うのでは?」


 さっきまでの、可愛いローズが……。

 ローズの瞳に強さがともり、凛としたローズに戻った。


「ローズ、お茶にしよう」

「はい、セス様」

「ネイルも変えよう」

「良いのですか?」


 ローズに私以外が触れるなんて我慢できない。


「もちろんだよ、お茶をしながらデザインを考えよう」

「はい!」



 ※



 1月20日


 今朝、吸入薬を使った。

 カウンター残0。



 私の喘息は、1日1吸入とセスの治癒魔法で治まっていた。

 あと数回のおまけを使ったら、吸入薬は役目を終え、医師たちによって分解される予定だ。


 そうなると……吸入薬が複製されるまでは、セスによる治療のみになる。


「ヒース、私の喘息治療について国王陛下立会いで、正式に文書を取り交わしたいのだけど、お願いできる」

「かしこまりました」

「セス様は?」

「読書中かと……」

「そう」


 いつからか朝の回数を数えるのをやめた。

 今日で吸入薬の残回数からも解放される。

 この世界に来るまで、1回ごとの吸入をこんなに意識したことはなかった。あって当たり前だった。むしろ面倒に感じて、いい加減に吸入したこともあった。


 病気持ちは何かにつけて不利益だと思っていた。

 症状に苦しみ、検査・治療に苦しみ、時間・経済的負担が多かった。追い打ちをかけるのが、第三者だった。


 小学生のころ、喘息を理由に診断書を提出して体育を見学していると「喘息のオリンピアンがいるのに、なぜ体育をサボるの?」「喘息って嘘でしょ、私の前で発作おこして倒れたら信じてあげる」「酸素吸入器もなく登校できるのに大袈裟すぎる」等と無知で理不尽極まりない言葉を口にする同級生がいた。生徒の親が吹き込んでいるのは明らかだから、言い返さずに済ませた。

 後日、それを知った母は「代われるものなら代わってあげたい」「貴女を病弱に産んだ私を恨まないで」とくだらない事を口にして泣き叫んだ。その母を慰めるのが私の役目だった。「代われないとわかっていて、わざと言ってるよね」「恨んで治るものなら、恨み殺してしまうかも」という言葉をのみこんだ。私は母に「私が喘息でごめんなさい」とだけ言い続けた。


 吸入薬を手にしてからは、私は人並みの生活を装うことができた。

 今にして思えば、医療保険証のおかげで7割引で手にできる身近で心強い存在だった。あんなに煩わしく思わなくてもよかったなぁ。

 それに持病のおかげで無理をしない性格になった。なんでもすぐ諦められるようになった。


 この世界には喘息の概念がない。


 そのおかげで、暴言だけでなく……変な体質改善講習会に誘われたり、高いサプリを勧められたり、「喘息なら、こうした方が良いよ、ああしたらダメだよ」と善人気取りの第三者を警戒する必要もない。


 一長一短よねぇ〜。


 吸入薬が欲しいなぁ。

 引きこもりでも、もう少しだけ行動範囲をひろげたい。

 セスの行動を縛っている。申し訳ない。


 私は、大きなガラス窓から外を眺め続ける。

 グリーングラデーションの美しい庭だ、目にも優しい。


 あ~、穏やかな時間だ。


 私は王宮で国王陛下から告白されたときのことをぼんやりと思い返した。



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