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制御しきれない魔力が暴走する。
窓・壁・天井がギシギシしている。部屋中に青バラが飛び回って、棘が頬をかすめる。
「「旦那様!!」」
「ラムセスの記憶が解けたから、皆の記憶も解けたか……」
使用人達がローズの間に集まってきた、みな不安そうにしている。
「ラムセス、今日は失礼する、見送りは要らない。明日、城で待っている」
陛下は、去っていった。
「「お嬢様は?」」と口々に皆が聞いてくる。サリは泣き崩れている。
「明日、ローズを迎えに行く。しばらく一人にしてくれ」
ローズが過ごした部屋に、一人にしてもらった。
ローズの痕跡を探して部屋を歩いた。
ローズ、この寝台の天蓋をいつも使わず、君は早起きだったね。
ローズ、本を読むときは、姿勢よくこの書類机を使っていたね。
ローズ、君が一人でお茶をするときは、このサイドテーブルを使っていたね。
ローズ、君は食事やお菓子をあまり食べないから、みんな心配していたんだよ。
私はクローゼットを開けた、なにも無い! 慌てて、中に入った。
黒いドレスを着たトルソーが隠れるように佇むのを見つけた。
あの日の記憶が蘇る。
私が君への恋を自覚し、そこから愛が始まった。
ローズ、この黒いドレスを着てまた食事をしようって約束したよね。
ローズが外を眺めるときに座っていた場所に戻った。
魔石に魔力をとおした。
空中にスクリーンがあらわれ、映像が流れる。
────
セス様
筆頭魔術師就任おめでとうございます。
この魔石が再生されているということは、セス様の記憶が解けたのですね。
セス様、いくつも嘘をついてごめんなさい。
もう私に囚われず幸せになってください。
遠くから……セス様の活躍を心からお祈りしております。
────
音声と共に映像が消えた。
ローズ、何を言っているの……。
なんで、笑っているの……。
祈らなくていい、むしろ私はずっとローズに囚われていたい。
記憶を操作されても、私の魂はローズを求めていたよ。
私だけではない、屋敷中のものがローズを探していたよ。
なぜ、陛下はこんなことをした。
なにがあった、どうしてこうなった……。
ローズ、君は陛下を求めたの?
ローズ、君は私を求めてくれないの?
ローズ、君は元気に過ごしているの?
ローズ、吸入薬はまだ残っているの?
その夜、私は一睡もできなかった。
日の出を待たずに、ローズの無事だけを祈って、私は王宮に向かった。
※
1月12日
朝、吸入薬を使う、カウンター残8。
華麗なる逃亡に失敗した直後から監視が増えた。
うん、待遇の良い囚われの姫という感じだろうか?
その上、昨夜の雷と風の音が凄かった。その割に喉は大丈夫だった。
コンコンコンコン
「レディ・カグヤ、お目覚めですか? おはようございます」
ミヤが寝室に入ってきた。
「本日のご予定ですが、変更がございます」
「はい」
予定? 予定という予定があっただろうか?
王宮の新館に隠れるように住み始めて約一週間。
召喚魔導書消滅までは、歴史とマナーとダンスの勉強、クローゼットの片付け、本を読み、お茶を飲み、ハクに会いに行き、外を眺めていた。
ハクの最期を知り喪失感に浸った、その翌日に逃亡に失敗した。
ここで失敗すると思っていなかったから、かなり呆然自失かも……。
「陛下が、朝食をご一緒するとのことです」
「わかりました、失礼のない服をお願いします」
今朝は新館サロンでいただくらしい。この新館は迎賓館として完成したばかりで落成式はこれからだ。
「ココ、待たせたか?」
「いえ……おはようございます」
「おはよう」
王様の朝食を無事に終え、お茶が始まった。
「ココ、少し確認したい。もし、ラムセスの記憶が解けたら」
「…………」
一昨日の私の逃亡の話ではなく……そこ?
「いつかは解ける」
「……はい」
「ラムセスが、ココを迎えに来たら?」
「たられば話はやめましょう」
「ココ、そのバングルの意味を知っているか?」
「……はい」
「そのバングルをはずさないのは何故だ?」
「それは……」
それは、私とセスの唯一の繋がりのキラキラの思い出だから。
「セス様の記憶がほどけそうなのですか?」
国王陛下の魔術はその程度なの?
でも無力の私が、そんなことを口にはできない。
「国王陛下、お願いがあります」
「ダメだ」
「まだ何も言っていません。
セス様の記憶が解けないようにしてください」
……………バシッ……………ドォォーン……
ん? 今、音というか振動が……?
「ラムセスが迎えに来たら、ココはどうする?」
「とりあえず、就任のお祝いの言葉を申し上げます」
「それから?」
それから? と言われても……。
「ラムセスが、また一緒に暮らそうと言ったら?」
「それは無理です。
私は自分の決断は正しかったと思っております。ですが、セス様の思いを知りながら、話し合いによる合意を得られずに、強硬な手段に出たことも認識しています」
「合わせる顔がない」ってこういう時にピッタリだ。
「ココ、だったら、なぜバングルを外さない」
「それは……」
涙声になってしまった。
「ココ、その涙の訳は……?」
「それは……」
……………… ドッドォーン………バキッ…
まだ、工事が終わっていないところがあるのかしら?
音と振動が……がうるさい。
国王陛下が側近を見に行かせた。
「ココ、ラムセスに会ってみてはどうだ?」
「それは無理です、私を知らないセス様に会ってどうするのですか?」
「ココ……。
異国で盗難被害にあい、資金や身分を証する物を失ったココは強かった。『最後まで全てを諦めない』と覚悟を固めた鋭い眼光を覚えている」
「もう、あの時の私はいないのです。ここは違う時間軸です」
「今回、あれだけの計画を企て、時期を見計らって我々を味方につけた。ココのカリスマ性を目の当たりにして、私は幸せだった。
私が憧れたココそのものだ……いやっそれ以上だった」
えっ、憧れ? あんな無謀な提案だったのに……。
「そう感じるのは、おそらく刀剣君の力です」
私にはもう勇猛果敢に進む力はない。
その証拠に華麗なる逃亡は未遂に終わった。
「ココ、なぜバングルを外さない」
「きれい……だから……?」
「私が、新しいバングルを贈る、はずせ」
「あの時の、私の気持ちは本当で……キラキラの思い出は大事にしたいから……」
……バタッ……ドンドン……
「これで最後にする。もう一度聞く、ラムセスが一緒に暮らそうと言ったら?」
「……こぼれた水は戻りません。以前のように暮らすことは難しいかと……」
「私もココを大切に思っている、幸せに生きて欲しい」
「はい、感謝しております」
「感謝とかは今は不要だ、素直になってくれ。
最後まで全てを諦めないでラムセスと向き合ってくれ」
「でも、だからといって……」
バッキッ!!
凄い音と衝撃がその場を支配した。
私の後方の扉に凄い衝撃が……扉が破壊されて飛んだ?
護衛がサーベルに手をかけた音が聞こえた、また襲撃?
私は驚きのあまり、正面を向いて座ったまま肩に力が入って固まった。
テーブルの上に置いた左手のバングルに静かに右手をそえた。カチっと鈍い音がして少し肩の力が抜けた、バングルを撫でながらブルーサファイアを眺めた。セスの色だ……。
セスとの思い出が一気に蘇ってきた。走馬灯?
襲撃された私は、夢を見ているのだろうか?
戻れるものなら、戻りたい。
セスの側に戻りたい。
ローズと呼んでくれる人がいないことがこんなに辛いなんて……。
セス色の石を眺めながら、涙がこぼれ続けた。
視界がにじんでボヤボヤしている。
「ローズ」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
全107話で完結予定です。
もう少し続きます、よろしくお願いします。




