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1月10日
いよいよ決行日だ。
朝、吸入薬を使う。カウンター残10。
朝食をとった。こんな豪華な朝食も今朝が最後かしら?
計画成功のためいつもと同じメニューにする。
その後は、寝室で待機した。
就任の儀開始時刻、「お茶の時間です」とヒースが寝室に入ってきた。
「マイ・レディ。吸入薬はお持ちですね、こちらのコートを」
「はい」
「行きましょう、ここからは声を出さないでください」
寝室の壁にヒースが手をかざした。
壁に魔法陣が浮かび、隠し通路があらわれた。おお~。
ヒースが私の手を取り、隠し通路へ踏み込んだ。
細く暗い廊下をヒースの指先の細緻な魔法陣の光を頼りにひたすら進む。
時間にしたら3分ぐらい歩いただろうか? やっと外に出た。
ヒースの表情が緩んだ。
「マイ・レディ、あの馬車に」
私はヒースに手を取られ馬車に近づいた。
ヒースが馬車の扉に手をかけて開けようとした時、私は馬車の死角の人影に気づいた。
「ヒース! 人が……」
ヒースは魔法陣を展開した。
「ココ、戻ってくれ」
「っ、国王陛下!!」
どうして!?
私はヒースを見た。
ヒースは声をなくし驚愕の表情を浮かべている、ヒースの裏切りではない。
ヒース以外誰も知らない計画のはずなのに、どうして明らかに待ち構えていたの?
それに今って、筆頭魔術師就任の儀の最中では?
国王陛下の側近と警護官が馬車の陰と背後から近づいてくる。囲まれた。
「ココ、ラムセスの就任の儀は一時間前に無事に終わった。
即位の誓いを果たし、筆頭魔術師を得たことを誇りに思う。
そのためにココが払った犠牲と尽力に礼を言う。
だから、ココ……」
国王陛下が言い淀んだ。
「ココ、戻ってくれ。ヒースも」
「国王陛下、私は少し外出をしようかと……」
私は、状況が分からない中で平静を装った。
「刀剣様から、ココとヒースに嘘の時間を知らせ監視するように言われていた」
ハ、ハクぅ~!! どうして……。
「ココが東の帝国に狙われているのは確かだ、刀剣様はそれを案じていた。
ココ、とにかく戻ってくれ!! 手荒なことは避けたい」
「でも、ただの外出です」
往生際悪く私は抵抗した。
その時、空に巨大な魔法陣が浮かんだ。
凄い、王都中を包むような……この色はセスの色だ。
近くにいるの?
私はあたりを見回したが、セスの姿は見つけられず……心が痛い。
未練だなぁ……セスが近くにいる、会えるかもしれない、と思ってしまった。
「就任によるラムセスの魔力増加量は計測不能だ、安定するまで時間もかかる。そんな状況だからこそ、ココを行かせるわけにはいかない。
今、ラムセスに無理を言って城から出ようとする者を全て抑えてもらっている」
「マイ・レディ、戻りましょう。フォード卿が不安定な状態で魔力を使うのは危険です。フォード卿のためにも、マイ・レディの安全のためにも戻りましょう。
自分が至らず申し訳ございませんでした」
ヒースが深々と頭をさげた。
「ヒース……」
「ココ、これを」
一輪の濃い青色のバラを国王陛下が差し出した。
この世界には青バラがあるのね。セスの瞳を思い出す。
私は青バラを受け取り茎を指先で軽く持ちそれをくるくると回した。
「ラムセスが就任した際に、就任の間はこのバラで溢れかえった。フォンテ国中で細氷が観測され、王都には青バラの花びらが降り注いだと報告された。
就任した筆頭魔術師の力を示すものだ、周辺国にこれが伝わり国境紛争の抑止力となる。
ココに渡したそのバラはラムセスの手に握られていたものだ」
セスは遠い存在になってしまった。
「国王陛下!
即位の誓いを果たされ、おめでとうございます。
並びに、我がフォンテ国に最強の筆頭魔術師が誕生したことを心からお喜び申し上げます」
私は丁寧にお辞儀をした。
「ココ……」
「本日の外出を取りやめればよろしいのでしょうか?」
「ああ、部屋に戻って欲しい。外出したいのならば日時を調整し私が同行する」
「いえ、多忙な国王陛下にそのようなご迷惑をかけるわけにはまいりません。どうぞセス様をよろしくお願い致します」
「ココ、少し落ち着いたら、以前のようにまた朝食を共にしよう」
「はい、是非……」
私の発言が終わると空の巨大魔法陣は消えた。
私は、ヒースに手を取られその場を辞した。
「ヒース、華麗なる逃亡は敷地から出られずに終わったみたい、残念ね」
「申し訳ございません」
「ハクが関わっていたら無理よ、しかもセス様まで……。ヒース、色々とありがとう。悔しいから遠回りして帰りましょう」
「かしこまりました」
私をローズと呼んだ二人は、私をここに閉じ込めたいの?
セスは今回も知らず知らずにその力を利用されたの?
私は複雑な気持ちを振り払うために、ヒースと話を続けた。
「ヒース、未遂に終わった逃亡の全容をおしえて」
「ここを出た後、内堀通で馬車を乗り換え、外堀を越えたところで、その馬車も乗り捨てます。外堀通りにある雑貨店の奥で着替えて裏口へ抜け、そこに待機させた馬車で王都を出ます。半日馬車を走らせたところの中核都市に入る予定でした。そこで一晩を過ごし翌日の早朝には港へ向かいます。明日の昼過ぎには出航し他国へと渡る予定でした」
えっ、凄い、凄すぎる計画力だ。そして、他国へ行く予定だったのね。
「ヒース、計画失敗はどうやって伝えるの?」
「毎日待機させておりました、それは今も今夜も明日も続きます。
今夜か、明日早朝にもう一度、脱出を試みますか? フォード卿の記憶操作が解けるまででしたらチャンスはあります」
えっ、もう私の心臓が持たない……すでに監視も増えている。
それに、こんな優秀なヒースを巻き込めない。
というか……この若者……怖いよぉ~。
「ヒースは、この国や身分に未練はないの?」
「ありません、マイ・レディもそうなのでは?」
私は元の世界にすら未練はない、今の身分も一時的に預かっていると考えている。
「ふふっ、そうかもしれない」
「マイ・レディと温暖な気候の国を選んで旅をしたくなったのです」
「それは、楽しそうね。渡り鳥のように季節ごとに……」
「はい。私にも蓄えがあります。行った先々で魔法を使い、収入を得る事も可能です。気に入ったところが見つかったらそこに移住するのです」
どこででも稼げる人は強いなぁ~。
私は、王都の隅で潜伏するとばかり……。
「ヒース、ありがとう。今回は諦めます」
「マイ・レディ、それでしたフォード卿の側にお戻りください」
「えっ、それは……難しいと思うの……」
ヒースの「0か100」かの発想が怖い。若いなぁ~。
「ヒース、私の中では物事は49対51で決するのよ」
「マイ・レディ? ですが、答えは是か非の二択です」
「たしかに……」
部屋に戻ってから、私は青いバラの茎を指でつまみくるくるまわして眺めた。
セス色のバラを目にすると、色々な記憶と感情が浮かんでは消えていった。
ここで計画が失敗するなんて思っていなかった。
これから、私はどうすればいいのだろう。
いつか、セスに会わなくてはいけないのかな?
色々と身の処し方を考えなくては……今は疲れて無理だ。
初心に戻って……とりあえず丁寧に毎日を過ごそう。




